第1話 私の可愛いお嬢様を泣かせた罪
「婚約破棄だ! エミリア! 貴様のような嫉妬深く、陰険な女は我が公爵家に相応しくない!」
きらびやかな夜会会場。その中心で、第一王子直属の近衛騎士団長でもあるエドワードが、大声を張り上げていた。
彼の隣には、いかにも庇護欲をそそるような、儚げな表情をした男爵令嬢が寄り添っている。
「エドワード様、そんな……。私は、何も身に覚えがありません……!」
床にへたり込み、涙を流すのは私のお嬢様――公爵令嬢エミリア様。健気で、心優しく、小さな虫も殺せないようなお方だ。そんなお嬢様を、夜会という衆人環視の場で泥を塗り、なじり倒すエドワード。周囲の貴族たちは、面白がってクスクスと指をさして笑っている。
「黙れ! 言い訳は見苦しい! おい、近衛騎士団! この悪女を今すぐ捕らえ、地下牢へ連れて行け!」
エドワードの合図とともに、完全武装した屈強な近衛騎士たちが、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべながらエミリア様へ歩み寄る。
「いや……、来ないで……!」
怯えるお嬢様。その華奢な肩に、騎士の手が触れようとした、
その瞬間だった。――ガツンッ!!!鈍い衝撃音。次の瞬間、お嬢様に触れようとした騎士の身体が、まるで大砲で撃たれたかのように真横へと吹き飛んだ。会場の壁を突き破り、瓦礫に埋もれて白目を剥く騎士。
「な……、なんだっ!? 何が起きた!?」
騒然とする会場。静まり返った空間に、カツ、カツ、と静かな足音が響く。エミリア様を背中に隠すようにして立ったのは、一人の女性。一点の曇りもない完璧な着こなしのメイド服。一糸乱れぬ美しいお辞儀。私だ。
「皆様、夜分遅くに無礼をお許しください。エミリア様専属の、ただの侍女でございます」
私は淑女の手本のような完璧な笑みを浮かべながら、手元で愛用の『鉄扇』をパチリと閉じた。
先ほど騎士を吹き飛ばしたのは、この鉄扇の一振りである。
「な、貴様……! ただのメイドの分際で、国家の最高戦力たる近衛騎士に何をした!?」
エドワードが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「何、とは? 我が主であるエミリア様の高貴な肌に、手袋もはめていない不潔な男の手が触れそうでしたので。埃を払う感覚で、少々横へ退いていただいたまでにございます」
「埃だとっ!? ふざけるな! 出あえ! この不届き者を即刻叩き斬れ!」
エドワードの怒号により、会場内にいた残りの近衛騎士、総勢二十名が一斉に剣を抜いた。きらめく刃が、一斉に私へと向けられる。
「シルヴィア……! ダメよ、逃げて……! 私のせいで、あなたが……!」
後ろでエミリア様が、私のスカートを小さな手でギュッと握りしめる。その手が、恐怖で微かに震えていた。(……ああ)私の脳内で、何かが音を立てて弾け飛んだ。
この清らかなお嬢様を。私が人生のすべてを賭けてお守りすると誓った、この天使のようなお方を。こんな有象無象の、脳みそまで筋肉でできた男たちのせいで、震えさせ、涙を流させた。許せるわけがない。万死に値する。否、万死でも生ぬるい。
私の中にあった「理性のリミッター(忠誠心限界突破)」が、完全に粉砕された。
私はゆっくりと、背後のお嬢様を振り返る。そして、これ以上ないほど優しく、慈愛に満ちた声で告げた。
「お嬢様。どうか耳を塞ぎ、目を閉じて、30秒だけお待ちくださいませ。……少々、害虫駆除の『お掃除』をいたしますので」
「え……?」
私は再び正面を向く。その瞬間、私の顔から「笑顔」が完全に消えた。冷徹極まる眼光で、目の前の騎士たち、そしてエドワードを射すくめる。
空気が凍りつき、騎士たちが本能的な恐怖から一歩後退りした。私は右手に握った特製の鉄扇(重量五十キロ、純魔鉄製)を、ガチリと開き、夜会の天井に向けて突きつけた。
「おい、エドワード。そしてそこの出来損ないの鉄クズ共」
口調から、侍女としての丁寧語が完全に消え去る。
「ただのメイドの分際で……? あぁ、その通りだ。私はただのメイド。だからこそ、主人を泣かせたゴミ虫共は、一匹残らず叩き潰してゴミ箱に放り込むのが――私の仕事ですわ」
私は鉄扇を激しく振り下ろし、会場が震えるほどの怒声を張り上げた。
「我が公爵令嬢の涙の代償、その安い命丸ごとで支払わせてやりますわああああ!!! 全員まとめて、肉片の一片すら残さずぶっ殺して差し上げますわ!!!」
般若も裸足で逃げ出すほどの狂気を孕んだ笑顔で、最強の侍女は、怯える二十人の近衛騎士団へと突撃した。




