72話 ギルドへ売却
「5番」
リマはそれだけ言うと鍵を差し出してきたので、俺は鍵を受け取ると5と書かれた部屋に魔物の種類や素材が詳しく書かれた本を手に個室に入る。ギルドに置いてある本で魔物の種類や弱点、素材を勉強する事は珍しくはない。ただし俺の場合は個室に入って行ったのが見られても不審に思われない為に本を持っているだけだ。
コン!コン!
しばらく個室で持って来た本を眺めていると、俺が入ってきたのと反対側にある職員専用のドアがノックされる。そうして俺の返事も待たずに扉が開かれてリマとギルマスが入って来た。リマは凄く心配したような顔、ギルマスは胡散臭いものでもみるような顔で俺を見ている。
「リマから少しだけど話を聞いている。何やら貴族絡みで厄介毎を持ち込みたいってね」
「聞いてるなら話は早い、出所内緒で買い取りをお願いしたい物がある」
「何だい?さっさと出しな、私はこれでも忙しいんだよ」
チラリとリマを見るとコクリと頷いてくれたので、カバンをひっくり返し遠慮なく野盗の宝や首を取り出していく。生首がゴロゴロ出てきたのでリマは軽い悲鳴を上げたが、流石はギルマス、眉を少し顰めるぐらいのリアクションしかしなかった。
「この前、東に現れたって野盗団の首とそいつらが持っていた宝だ。これを全部買い取って欲しい」
「何だい、そんなの別に私を呼ぶ必要ないじゃないか、そんなの通常手続きで・・こ、これは・・・はあ、分かったよ。そう言う事かい」
ぶつくさ文句言いながら野盗の宝をつまらなそうに手に取っては戻す作業を繰り返していたギルマスが例の剣に気付いた瞬間、驚きの声をあげる。そして並べてある野盗の首からダルクさんと同じで、ある野盗の首を見つけると、視線が止まる。そうして大きく溜め息をつくと全て理解してくれたみたいだ。
「分かってくれたなら、説明はいらないな。それじゃあこいつらの首を含めていくらになる?」
いつもダルクさんに売る時みたいに概算で売り払ってお終いだな。ギルマスに正体バレなさそうで良かったなんて安心していたら、
「その前にこれは誰の入れ知恵だい?・・・・まあ、聞かなくてもダルクって所か。そうなるとやっぱりお前さんが『首渡し』だったのかい」
ダルクさんからギルマスには絶対バレると言われていたので、驚きは小さかった。一応チラリとリマを見るとブンブン首を振って否定しているのでリマがバラした訳ではないようだ。
「何だい?リマも知ってたのかい。だったら何で私に報告しなかった?『首渡し』の件は些細な事でも報告しろって通達しておいたはずだよ」
俺から目を離さず隣のリマに説教を始める。
「ギンから聞いたけど、証拠が何も無かったから・・・」
リマは下を向いて言いにくそうにモゴモゴ言い訳を言っているが、最後の方が良く聞きとれない。
「俺が黙っててくれって頼んでたから、リマは怒らないでやってくれ。そもそもEランクの俺が『首渡し』なんて誰が信じるんだよ。婆さんは、リマからそんな報告があったら信じてたか?」
「・・・・聞いた時期にもよるけどね。まあ、その件は今はどうでもいいさ。それよりもアンタが『首渡し』って証拠でもあるのかい?」
そう言われてみれば、証拠なんて何もないな首は捕まっている人にあげたし、宝とかは全部ダルクさんに売ったからな。
「まあ、この目の前の物が証拠って事にしとくさ。それに『首渡し』の正体はアンタだって情報屋にはほぼバレてるからね。後はダルクの所にいつ売りに行くかをおさえるだけだったから、手間が少しだけ省けたよ」
そうか、リマが言ったようにプロにはほぼバレてるのか。まあダルクさんの所に売りに行く所だけは『影移動』使ってるから絶対におさえられないけどな。
「俺が『首渡し』だと何か不都合があるのか?」
「いや、ギルドには何もないね。ただ、正体を隠していたぐらいだ、バレると面倒な事になるのは分かってるだろ?」
「ああ、だから内緒で買い取りをお願いしに来てる。で、婆さんからみていくらぐらいになりそうだ?」
いい加減、話も飽きてきた。早い所終わらせて依頼に行きたいので買取を急がせる。
「そうだね、懸賞首もあるからザッと白金貨2枚かねえ」
「よし、じゃあ、それで」
「・・・は?」
「・・・え?」
最初に売った時のダルクさんと同じ顔をするリマと婆さん。だけどギルマスはすぐに表情が戻る。
「・・・何を考えている?」
「そ、そうだよ。ギン!今のギルマスの言い方だと最低でも白金貨2枚だよ。しっかり鑑定すればそれ以上になるのに、何言ってるの?」
信じられないのか二人から抗議の声があがる、婆さんは俺が何か企んでのか怪しんでいる。まあダルクさんと同じで迷惑料込みだからな企んでいると言えば企んでいる。
「これからギルドに迷惑かけるから白金貨2枚以上の分は、その迷惑料だと考えてくれ」
そう言うと婆さんの眉間の皺が更に深くなる。
「ほら、その剣持ってると、伯爵家が絡んできて面倒な事になるんだろ?ダルクさんから婆さんなら貴族からの要求突っぱねる事が出来るって聞いたからな。その貴族が絡んできた時の迷惑料だと考えてくれればいい」
「・・・そういう事なら納得だねえ。あの馬鹿貴族の対応は今から考えるだけでも頭が痛い」
心底疲れた顔でぼやく婆さんを見るからに、例の伯爵家すごい面倒な奴等っぽいな。うん、婆さんに任せよう
「納得してくれたか?それならもう行っていいか?金は3日後ぐらいに依頼を終わらせて帰ってきた時にでも渡してくれたらいいぞ」
「何言ってんだい。誰に見られるか分かんないから、今ここで渡すよ。リマは今から私の部屋でこれのリスト作って報告書作成しな」
俺に白金貨2枚差し出しながら、俺が出した宝や首を婆さんの『魔法鞄』に収納していく。リマはすごい嫌そうな顔をしているが、仕事なので我慢してもらおう。可愛そうなので今度またワインを持って行ってやろうと考えて、俺は依頼に向かった。
◇◇◇
「う~、寒いな~。それでもみんなビール飲むんだよな~」
「何言ってるんですか、アニキ、寒くても暑くても最初はビール!冒険者の暗黙のルールですよ」
いや、そんな暗黙のルールは聞いた事がない。偉そうに言うトマスに冷たい視線を送りながらもビールに口をつける。最近は寒さが厳しくなってきたのでビールじゃなくて温かい飲み物が欲しくなってくる。
「別にこのぐらい寒いうちに入らないッスよ。このぐらいの寒さなら朝方気を付ければ凍えて死ぬ事はないから余裕ッス」
「ウッス、雪が降ってからが本番ッス。これを寒いって言うなら春まで持たないッス」
「ああ~。重い、重い。お前らのスラム時代の話は内容が重いんだよ。もうちょっと明るい話題はないのか?」
「明るい話題ですか?・・・俺昨日、クオンさんに『頑張れ』って言って貰いました」
「ああ、はいはい、良かった、よかった。今日でもう3回は聞いたぞ、次、ディー!」
「ウッス!『ウェイブ』の人達が依頼から帰ってきたら『カモメ亭』連れて行ってもらう約束したッス!」
最初はルールを破ったこいつらを警戒していた『ウェイブ』も『戦乙女』も今では暇な時はこいつらを気にかけてくれるようになったし、稽古もつけてくれるぐらい仲良くなっている。
「その話も今日5回は聞いた。お前らの近況じゃなくて、都全体の話だ。次、ベース!」
「そうッスね。なんか光の国から聖女様が来るってんで、貴族が騒いでるって話は聞いたッス」
「聖女?」
なんか物々しい肩書の奴だな。・・・・あっ、俺も一応勇者?元?人の事言えない肩書はあるな。でも大々的に『聖女』とか名乗ってるって事はすごい人なのか?
「そうッス。聖女ッス・・・・」
「・・・・他に情報は?」
「・・・・無いッス」
終了。
「話題にするならもうちょっと、調べてからにしろよ。どんな奴とか、何しに来るとか色々あるだろ?」
「俺も衛兵がボヤいてるの聞いただけッス。良く分かんないッス」
「まあ、たった4日しか依頼で街を離れてないからな、そうそう変わった話題なんてある訳ないか」
溜め息を吐きながらつまみを口にして、トマス達が今どこまでクエストを終わったか話をしようとした所、
「どうしたギン、疲れた顔してんな。まさか依頼失敗したか?」
ゴドル達が俺たちの座るテーブルにやってきた。トマス達は立ち上がりゴドル達に挨拶して、隣のテーブルに移動する。
「してねえよ。ただ、最近寒くなってきて嫌なんだよ。それで何か明るい話題でもないか聞いてたけど、まあ4日都を離れてただけだと何もないなあって考えてた所」
都ではこれから雪がチラつく事もあるらしいので、既に防寒着を買い込み対策はしっかりしているが、それでも寒い物は寒い。
「そうか、まあ明るい話題か分からんけど、さっき『首渡し』が出たって聞いたぞ、しかも今回は宝と首をギルドに直接持ち込んだらしいんだと」
ああ、ようやくか、色々事務手続きがあるから少し時間がかかると言ってたからな。今日戻ってきたらリマが目に隈を作ってたのはそれが原因か。帰りにワインでも持って行ってやるか。
「ただ対応したのがギルマスだけらしくてな、ギルマスは『首渡し』の顔を見たらしいんだが、それが誰かって教えてくれないらしい」
ダルクさんの言った通り、あの婆さん口は堅いみたいだ。ただ、対応したのが婆さんだけになって、リマの名前が無くなっているな。もしかして婆さんがそうしたのかな?
「まあ、最近見なかったから死んだとか殺されたとか噂されていたからな。北の野盗がこの話知ったら、逃げ出すんじゃねえか」
・・・・何だと!?
「・・・ゴドル、今何て言った?北の野盗って言ったか?」
「??・・・ああ、最近『首渡し』が死んだって噂になっていたから、余所の野盗が北の街道を餌場に引っ越してきたって話だぜ。」
ふ~ん。そうか~。出たか。って事は明日は北の方の依頼を受けるか。そうと決まれば明日に備えてさっさと帰って寝よう。
「なんだ?もう帰るのか?もう1杯ぐらい付き合えよ」
席から立ち上がる俺を引き止めてくるゴドルに金貨を1枚渡す。渡されたゴドルは何で渡されたか分かってないので、キョトンとしている。
「お前ら今日トマス達を『カモメ亭』に連れて行ってくれるんだろ?これ、あいつらの分な。残った金は好きに使ってくれ」
「アニキ!いいんですか?」
「おいおい、残った金って結構余るけどいいのかよ?」
パーティを代表してトマスとゴドルが驚きの表情で聞いてくる。
「ああ、トマス達は気にするな。俺も初めては師匠のおごりだったからな。ゴドル達も気にすんな、ただ、トマス達に店のルールはちゃんと説明してくれよ」
そう言って席を離れる俺の後ろからみんなの喜ぶ声が聞こえてきた。
◇◇◇
「だから!ババアが一人で対応したとは考えらん、この報告書もババアが作ったとは考えられん!誰が作ったんだ!」
依頼達成と北の野盗団を潰せてテンション高く戻ってきた俺がギルドに入ると男の怒鳴り声が聞こえてきた。怒鳴り声から男と分かるが、その姿は鎧を着た兵士に囲まれている為、どんな奴かは分からない。
「どうしたの?あれ?」
近くにいた、顔見知り程度の冒険者に聞いてみると、
「なんか、あの貴族が『首渡し』の正体を教えろって昨日から怒鳴りこんできてるんだよ。昨日もギルマスが戻ってくるまで受付で怒鳴り散らしてたから、今日も同じだろうよ。五月蠅くてかなわん」
・・・あ~、例の伯爵家かな。って事は俺が原因か。でもまあ迷惑料は払ってるからギルマスに任せておけばいいか。そう思いながら、リマの受付に言って依頼達成の処理をしてもらったのだが、言われた通り近くでずっと怒鳴っているからリマとのやり取りが聞こえにくくて困る。貴族の相手をしているのはベテラン職員さんだけど、かなり疲れた表情をしている。
「何の騒ぎ・・・はあ~、またあんたかい。伯爵家の坊ちゃんが連日ギルドまで足を運ぶなんて暇なのかい」
騒ぎを聞きつけたのか、今ギルドに戻ってきたのか分からんが婆さんが現れて、騒ぎの原因を見つけると、大きく溜め息をついて例の貴族に嫌味を言う。
「チッ!うるさい!父からあの剣は絶対持って帰ってこいと命令されているんだ。返してもらうまでは毎日来てやるからな!」
「だから、金さえ払えば持って帰っていいって何度も言ってるじゃないか。話の分からん奴だね」
「ふざけるな!あれは元々我がアクアフォース家の物だ。それを白金貨1枚っておかしいだろ!」
「へえ~。あんたんとこの家宝の剣が白金貨1枚の価値が無いっていいたいのかい?それともあるって言いたいのかい?」
おお、婆さん流石に口が上手いな。白金貨1枚の価値がないと言えば家の顔に自分から泥を塗りつける事になるし、価値があるって言えば婆さんは値段を白金貨1枚以上にするだろう。どっちに転んでも詰んでる事が分かったのか貴族の奴が何も言い返せなくなった。ただ、あの剣に白金貨1枚は高えだろ。あれだけで俺に売った金の半分になるぞ、足元見てんな。
「チッ!相変わらず口だけは良く回るババアだな。ふん!もういい明日もう一度くる。あの剣は絶対に売るなよ!」
負け惜しみにしか聞こえない言葉を残した後、その貴族は兵士を連れてギルドから出て行った。出ていく時にチラリと見えたが、身長は俺ぐらいだと思うが横幅は俺の3倍はありそうなデブのオッサンだった。ラノベや漫画だとあの体形で有能な奴は見た事がない典型的な駄目貴族の見た目だった。
そうしてその貴族が去っていったのを確認した婆さんは溜め息を吐いた後、チラリと俺に視線を送っただけで特に何も言わずにどこかに行ってしまった。ただ、その目が明らかに文句を言っていたが、それ含めた値段にしたんだから文句を言われる筋合いはない。その後はリマに依頼達成の処理をしてもらってから、最近の俺の楽しみの一つ銭湯に行きゆっくり疲れを癒してからいつもの常宿に泊まった。夜遅くに一度ダルクさんの所に行って北の野盗団の宝を白金貨2枚で売り払ったが、首はいつものように捕まってた人にあげたので明日以降に都に噂が流れてくるだろう。




