56話 目覚めてから
「うっ、う~ん」
眩しくて目が覚める。俺昨日電気消し忘れて寝たかなと思いながらゆっくり目を開ける。俺の家でも『猫宿』でもいつもの安宿でもない知らない天井だな。あれ俺、昨日どこで寝たんだっけ?体を起こしながら周りを確認すると、
「ああ、起きましたか。良かったです」
俺が寝ているベッドの横でイスに座っていたミーサさんが声をかけてきたので、滅茶苦茶焦って自分の体を確認する。一応服は着ているな。ミーサさんも服を着ているので間違いを起こした訳じゃなさそうだ。
「ああ、すみませんが、装備は全てこちらで預からせてもらっています」
俺が自分の体を慌てて確認したのを別の意味で捉えたのか手に持っていた書類の束を置いて説明してくれる。説明してくれるが、意味が分からない、何故俺は装備を取られたんだ?
「それでギンさんにはすみませんが、しばらくここにいて貰います。食事は用意しますし、体を拭くお湯も用意させてもらいます。トイレだけはすみませんが、そこの穴にお願いします。ああ、大丈夫です、その時は私は席を外しますので」
タダで飯をくれてお湯も用意してくれるなんて有難い。トイレは少し不満だが。ただ、この部屋廊下から丸見えなんだよね。鉄の棒が等間隔で壁に埋め込まれて、扉にはごつい鍵がついてるからセキュリティ万全。
・・・・・ってここ牢屋じゃん。何で美人なお姉さんと二人で牢屋に入ってるの?混乱している俺だったがミーサさんの次の発言で全てを思い出す。
「多分明日にはポーラスさんの刑が確定して即執行されると思いますので、それまではすみませんが・・・」
「ポーラス」その名前で全てを思い出した。師匠達『カークスの底』の全滅、野盗の仲間のポーラスを殺そうとしてギルマスに邪魔された事。
「俺はどれぐらい寝てた?」
両手で顔を覆いながらミーサさんに質問する。邪魔をしたギルマス、そして俺をこんな所に入れたギルド、そして見張りをしているミーサさんにも怒りが沸いてきて、とても敬語を使う気にならない。
「・・・・か、鐘半分ぐらいです」
俺を纏う空気が変わった事に気付いたのか、怯えながらも答えてくれた。鐘半分か、そんなにあいつの寿命を延ばしてしまったか。師匠、みんなすみません、すぐにそっちに送ります。
俺は立ち上がり扉に向かう。てっきり止めてくると思ったミーサさんだったが、俺が扉に近づいても何も言わず、動こうともせず椅子に座っている。
ガシャ!
扉に手をかけて開けようとしたが、やっぱり開かない。見たら分かるぐらいでかい鍵がついてるから当たり前か。
「ギンさん、駄目ですよ。ポーラスさんの刑が執行されるまでギンさんはここにいてもらいます」
こちらを見ながら注意してくれるミーサさんだが、俺はそれに素直に従う事はない。『影収納』で鍵を回収して扉を開ける。
———キィ
「へ?う、嘘?・・・・あるのに何で?」
俺が扉を開けて牢屋から出るとミーサさんが驚きながら自分の体を漁り、多分この牢屋のだと思われる鍵を手にする。驚いているミーサさんを置いて俺は先に進む。
「だ、駄目です!ギンさん!戻って下さい!!」
俺の後を追って牢屋から出てくると俺の腕にしがみ付いて牢屋に引っ張って行こうとするが、普段鍛えている冒険者の俺と一般職員のミーサさんでは力が違う。
「どけ」
「きゃあ」
『身体強化』を使う事無く腕を振ると、ミーサさんは振り払われて倒れこむが俺は無視して足を進める。そう言えば、武器取り上げられてたな。手持ちの短剣でもいいけど、ポーラスの野郎は真っ二つにしてやろう。それならクソムカつく国から奪った長剣が丁度いいか。
「え?・・・な、何で?・・・どこから」
再び追いついてきたミーサさんは長剣を担いだ俺を見て驚く。
歩いていくと出た所はギルドの受付だった、但し受付の中、職員がいる側だった。長剣を担いだ俺に気付くと職員は叫び声を上げて離れるからギルドにいる全員から注目される。要注意のギルマスは受付の向こうで『赤盾』達と話をしていたが、俺に気付くと、後ろについて来ていたミーサさんを怒鳴りつけた。
「ミーサ!!何をしている!何で俺がいないのに鍵を開けた!」
「開けてません!鍵はまだ私が持ってます!ギンさんが多分『スキル』使ったんです!」
ミーサさん正解。
「それにギンの手にしている長剣は何だ!!装備は全部取り上げろと言ったはずだ!!」
「どこかに隠し持っていたんです!!」
「馬鹿言うな!こんなでかい剣を隠し持てる訳ないだろうが!!」
「それでも気付いたら手に持ってたんです!!」
2人が大声で怒鳴り合って五月蠅い。俺は自分のやる事をやろうと思ったが、ポーラスの野郎が見当たらない。
「ポーラスの野郎はどこだ?」
「今はある場所で取り調べを受けている。場所は教えないぞ、諦めて牢屋に戻れ、ギン」
ギルマスに聞いても教えてくれる気はなさそうだ。それなら・・・・ふむ、この距離、この方向なら、
「教会か」
「な!!!ま、待て!!ギン!・・・・お前らギルマス命令だ。ギンを止めろ!多少痛めつけてもいいギルドから外に出すな」
ギルマスがギルドにいる冒険者に命令すると、全員が立ち上がる。
「ギルマス。あんたの命令だから従うが、正直『最長』に同情しているぞ。俺もギース達には助けて貰った恩があるから、できればポーラスの野郎はぶっ殺してやりてえよ。悪いが『最長』を止められねえかもしれねえ」
俺と顔見知り程度の奴だが、俺の怒りを理解してくれるらしい。そうしてよく見るとみんな俺を本気で止める気はなさそうだ。なんとなく嫌々従っているだけのようだ。
「馬鹿野郎共!勘違いするな!これはギンを守るためだ!ポーラスは既に兵士に渡したんだぞ、それを殺してみろ!そうなっては俺ではもう庇いきれん、ギンが罰せられるぞ!」
そうか、だからこうして必死で俺の事止めようとしてくれるのか。ギルマスの言葉を聞いた奴等もさっきまでのやる気のない感じから本気の目に変わってるな。俺を助けようとしてくれるなんてホントにみんな良い奴等だ。
・・・・だけど悪いな
——————ズァァァァ
・・・・・・・
俺の影魔法でギルドにいる奴等全員を捕縛しギルドの中が静かになる。
「悪いな、みんな、それでも俺は師匠達の仇が討ちたいんだ」
聞こえていないだろうけど静かになったみんなに謝ると俺は歩き始める、ギルドには俺の足音だけが響く。受付を飛び越えて出口に向かって歩き出すと誰かがギルドに飛び込んできた。
「ギン!・・・はあ~良かった。無事なのね。・・・・なに・・・これ」
何故か無関係のエレナがギルドに飛び込んできた。飛び込んできて俺の姿を目にすると安心したようだが、すぐに周囲の異様な光景に絶句する。ギルドには俺が影で捕縛している真っ黒い人や机等のオブジェが立ち並んで、色があるのが俺だけなので驚くのも当然か。
「エレナ!先に行くなって・・・なんだ・・どう・・・なって・・ん・・・だ」
続いてカイルがギルドに飛び込んできたが、エレナ同様ギルドの光景に驚いている。
エレナはカイルが呼んできたみたいだが、俺はやる事をやりに足を進める。
「ギン!どこに行くの?」
歩き出した俺にエレナがいつものように胸の前で両手を組んで質問してくる。カイルは引き攣った顔で何故かだらだら汗を流している。
「エレナ、師匠達が死んだよ、全滅だった」
「カイルから聞いた。・・・・・残念だわ、良い奴等だったのに」
エレナも顔を伏せて悲痛な表情で答えるので悲しんでいる事が分かるが、俺は今エレナと話をしている暇はない。
「師匠達の仇があと一人残ってるから、今から行って殺してくるよ。邪魔はするなよ」
「しないわよ、どうぞ」
そう言って腕を組んだまま道を譲ってくれる。カイルは何故か怯えているので邪魔するつもりはないようだ。そうしてエレナの脇を通り過ぎようとした所で、
「そうそう、ガフからの伝言よ。『俺が死んでも暴れんじゃねえぞ』だって」
———ピク
エレナの言葉に一瞬立ち止まりそうになったが、すぐにエレナの嘘だと判断した。それは伝言じゃなくて遺言だ。そもそも、あの飄々とした態度で自分が死ぬなんて少しも考えていない様子の師匠が死んだ後の事、ましてや俺の事を考えていたなんて信じられない。俺は聞かなかった事にして、足を進める。そしてギルドの扉に手をかけようとした所で再びエレナから話かけられた。
「師匠の遺言を守らないなんて、酷い弟子ね。それとも・・・・
『火の国の勇者』ってのは薄情なのかしら?」
今度こそ、俺の足は完全に止まった。
「な、何で・・・・エレナが・・・・その事を知って」
ギルドの扉にかけようとした手を下ろしてゆっくり振り返りながら、エレナに答えると、エレナは片手を目に当て上を見上げ首をふった。
「ホントに、ガフは何てお願いしてくのよ」
ボヤいているエレナを前に俺は脳みそをフル回転させていた。
何でエレナが知ってる?スパイか、いや何か師匠がどうとか言ってるから師匠がスパイだったのか?それなら俺を殺すチャンスはいつでもあったはずだ。訳が分からない。
「私とカイルはガフから聞いたわよ。ギンが火の国の勇者で影魔法使いだって」
「な・・・それじゃあ・・・師匠は・・・スパイだったのか・・」
「違うわよ。逆よギンの事をどこかのスパイだと思ったらしいわ。情報屋を使って調べたらすぐに違うって分かったらしいけど。まあそれ以上にギンはヤバい人だったって気付いて焦ったって言ってたわよ」
「何だよ、それ。ひでえな」
何となく師匠ならそう言うだろうな。
「それで、ギンはどうするの?私はどうやってギンが影魔法使いで火の国の勇者って気付いたか教えてもらったわよ、詳しい話聞きたい?それとも仇とりにいくの?」
「・・・・・・・」
正直すごい話を聞きたい。俺が知らない師匠の話、俺がどこでミスって正体がバレたか分かれば今後の役に立つ。ただ、ポーラスは今すぐ殺しにいきたい。・・・そうだポーラス殺した後教えてもらえば・・・
「仇とりにいったら、私もカイルも何も話さないから、多分ギンはお尋ね者になって話をする暇もないでしょうね」
くっ・・ど、どうしよう。すごく悩む。どうすればいい、どっちの行動が正しい・・・師匠・・・。
「あと一つガフから伝言・・・いえ命令ね、預かっているわ。聞きたいならついてきて」
更に気になる事を言うエレナは俺の返事を待たずにギルドの外に向かう。扉に手をかけた所で、すぐ隣に立つ俺に、
「どうするの?早く決めて。今から家に帰るけど家に着いた時点でギンがいなかったら、私はもう何も教えないから」
そう言って、扉を押して出て行こうとするエレナの手首をつかむ。
「はあ~、分かった。気になるし、師匠の命令ならちゃんと聞かないといけないから、ついてくよ」
「そう、じゃあ行きましょ」
俺の腕をギュッと抱え込んで歩き出す。エレナもギルドを出てからは黙って俺の腕を強く握って歩いているだけだった。
◇◇◇
「どうぞ」
促されてエレナの家に入る。これで3回目か。
「それで、師匠は・・・どわああああ」
リビングまで入ると後ろのエレナに振り返り話をしようとした所、エレナが勢いよく抱き着いてきたから慌てて変な声が出てしまった。
「おい、どうした?」
「・・・った」
「は?なんて?」
「怖かった!ギルドにいたギン凄い怖かった!」
なんか涙目になってるエレナに怒られた。別にエレナに対して怒鳴ったりはしなかったはずだけど。
「えっと、怖がらせて悪かった」
よく分からないがここは素直に謝っておこう。下手な言い訳はしない方が早く話を聞けるだろう。
「罰として私を安心させて」
「どうすりゃいいんだよ」
そもそも怖がらせた張本人にやらせる事なのか、しかもどうしたらいいんだよ。
「ん」
エレナが『猫宿』のように唇を俺に向かって差し出してくる。ただいつもと違い俺は今日はそんな気分になれない。
「エレナ、悪いけど今日はそんな気にはならない。分かるだろ?」
「しないと、ガフからの命令は教えない」
俺の目を真っすぐ見据えてきっぱり言い放つ。約束が違う気がするが、もう言い合いするのも面倒くさい。




