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閑話 身勝手な願い

 横島伸郎には他人を思いやる心が欠けていた。

 何せ彼は世界が自分を中心に回っていると本気で信じている。

 その上、漫画や小説に出る主人公と自分をイコールで結び付けていた。バカをやっていながら芯の強い主人公の方ではない。力強く、知性に溢れ、それでいて誰からも好かれるご都合主義な主人公と自分は同じだと思い込んでいた。

 その理由の一つに彼の両親が金持ちなのが挙げられる。

 何でも思い通りに動く大人は誰もが横島伸郎に頭を垂れる。

 それはさながら王の気分だ。親の力であるにも関わらず、自分の力で大人たちを平伏させていると錯覚し勘違いを増長させる。


 

 そんな勘違いに気付かないまま育った彼は横柄な性格に育ち、誰も手を付けられないワガママな人間に育った。



 両親は仕事にかまけ、家事や育児は全てが使用人。

 当然ながら横島家に相応しい人間にしようと家庭教師なりも雇っていたが結果はこの有様。

 それでも彼が矯正されずに済んだ、済んでしまった理由の二つ目が横島家に子供がもう一人いた事にあった。

 成績は優秀。運動神経は抜群。人を思いやる心を持ち、人の上に立つ風格も順調に育っており家を継がせるのに理想的な長男がいた。

 だから彼は育児放棄された。ある程度自由に出来る金と使用人はいるが両親は彼をいなかったものとした。


 

 だから彼は『愛』を知らない。分からない。

 


 そしてそれが普通だと、世界は彼の思いのままだと錯覚したまま公立高校に入学する。

 件の兄は私立の高校に入学している。ここでも扱いに格差があったのだが、そもそも彼は別宅に住んでおり兄がいる事さえも知らされてはいない。

 適当な扱いをされていながらも自分が家を継ぐと信じているし、公立高校に入学したのも優越感に浸れらように両親が配慮したと思い込んでいた。

 高校に入っても彼は自分勝手なワガママを発揮する。

 教師への反抗的な態度に同級生の奴隷化。教室内で彼は好き勝手に振る舞った。 

 裏から回される寄付金が騒動を沈静化させているのだが、それも彼は両親が自分に都合良くしてくれていると判断していた。



 もはやここまで行くと一種の才能だろう。



 そんな彼に転機が訪れる。心川向奈との出会いだ。

 彼女との出会いはただただシンプルに廊下でのすれ違いだ。

 出会いと言うには些か甘さの無いごく普通の出会いであるが、彼にとっては運命だった。

 そんな彼が心川に告白するのは当然の流れであり、付き合えるものだと思い込むのは御都合主義の彼には当たり前であった。


「おい心川、お前を俺のモノにしてやる」


 校舎裏に呼び出し開口一番の彼の告白がこれだ。彼の身勝手さはあらゆる面で発揮されていた。

 それは大事な告白の時でさえ身勝手極まるものであり、そんな告白を受ける者など奇特な者だけだ。


「ご、ごめんなさい。お付き合い出来ません」


 そして心川は残念ながら奇特な人間ではなかった。

 走り去る心川の後ろを呆然と見守る横島はどうして自分がフラれたのかが分からなかった。

 それよりも完璧である自分をフッた事実に次第に怒りが込み上げる始末。

 俺と付き合える幸運を無にしやがって、と他人が聞けば不可解極まる言動も誰も聞いてはいない。

 フラれた理由さえも分からないとあっては横島も怒りが収まらなかった。 

 心川としては横島の人柄を一応噂として聞いていた上に、部活でやっている吹奏楽に力を入れていた。

 もし横島が横柄な態度を取る者じゃなかったとしてもこの結果は変わらなかったと言える。



 心川自身に誰かと付き合う気など毛頭無いのだから。



 でなければ美少女である心川が誰とも付き合っていない方がおかしいのだ。美しい花に吸い寄せられる虫の如く彼女にとって告白とは日常であったのだから。

 そんな情報さえ集めない辺り、横島の直情的で適当な性格なのが伺える。


「くそっ、くそっ、くそがぁっ!」

「きゃ、ぼ、坊っちゃま…」

「構ったらダメよ。行きましょう」


 自宅に帰っても怒りが冷め止まない横島の癇癪は使用人に八つ当たりとして物を投げる始末。

 使用人はこれはダメだと横島を放置する。それが習慣であり当たり前の対処だった。ある意味動物と扱いが変わらない。

 そんな事実にさえ横島は気付いていないが気付かない方が幸福と言える。気付けば自分は不要な人間だと自覚してしまうのだから。

 

「はぁ、はぁ……、くそっ、イライラする…」


 しかしながらご都合主義な横島が気付く事はない。

 世界は彼を中心に動いていると信じている。

 周りから使用人がいなくなり、手元に壊せる物も無くなった横島はそのストレスをぶつける対象を探して部屋を出た。

 余談だがここの使用人が辞めないのは給料が破格で良かったからだ。そうでなければこんな爆弾みたいな子供の世話などしたい筈がなく、通常の料金であればさっさと辞めていた。

 そんな使用人たちはああなった横島に近付くのは危険と知っているので、それぞれが部屋に篭り接触しないようにしていたので屋敷は無人の如く静かであった。

 静かな廊下を歩く横島は何故かこの時だけ離れにある蔵が目に映った。


「……ん?」


 あの蔵には横島家の宝――と思い込んでいるだけで本当は両親たちにとって邪魔な物を置いているだけのゴミ――がある。 

 その蔵には価値が分からないが売ればそれなりの金額で売れそうな掛け軸や壺が置いてあり、将来は自分が手にするからと気にしていなかったが、この時ばかりは気になって仕方なかった。

 何かが自分を呼んでいると。そんなオカルト的な気分になった横島は細長い木の箱の前に立つ。

 多分これだ。そんな直感的思考は見事に正解を引き当てる。


「これは……?」


 それが何かは知っていた。

 ただそれがどうして自分を呼んだのか分からず怒りも忘れて戸惑う横島だったが、それを手にした途端、またしても主人公気質でご都合主義な思考が発揮される。


「…………ふ」


 あくまでもそれは使い方を横島に知識として与えただけ。それでも直ぐにそれでどうするかなど考えは決まっていた。


「ふふふっははははははははっは!!!マジかよ!!これ本気でそうなのか!?良いじゃねぇかよ!!」


 圧倒的な全能感と世界を支配したと錯覚させる興奮と悦楽に包み込まれ、横島の横柄な性格と直情的な考えが手にしたそれと合致してしまう。

  


「俺をフッた心川と付き合えるようにしろ!!」



 横島の手にした物こそ奏多の求める【願望器】であった。

 もしも心川への告白が遅いか早いかであれば別の願いを言っていたのかも知れない。しかし横島は心川へ振られた夕方に【願望器】を手に入れてしまった。

 それが心川の人生を狂わせ、同時に自分の人生をも狂わせてしまったのだから運命とは皮肉であった。


 

 

 心川と横島は付き合い始めた。

 あの最低な告白も心川は良いと返事したと、いや()()()()()()()()()と告白したと思い込んでいる。

 そこに好きの感情はない。しかし付き合わなければならないと強迫観念に囚われていた。

 二人が付き合い始めて早数日。横島は心川にある命令をした。


「向奈、吹奏楽を止めろ」

「………え?」


 部活をやっていれば二人が一緒に居られる時間が減る。そもそも吹奏楽をやっている心川では精々休み時間しか会えていない。

 平日や休日でも関係なく部活に打ち込む心川とグータラ好き勝手に過ごす横島では価値観が違い過ぎた。

 心川も真面目に取り組んでいる手前、吹奏楽を辞めたくは無かった。しかし最終的に暴力を振るおうとする横島に脅され退部を余儀なくされる。


 横島の暴挙はこれだけに留まらない。


 部活を辞めさせられた心川の日常は崩され、放課後はあの地獄のデートを強要される。

 元々クラシックの方が好きな心川にヘビメタとジャンルのあまりに違うCDを買わせられ、食べたくもない物を一緒に食べるのを強制させられた。

 デートの内容はほぼ同じ。しかも数日おきにやらされる。心川の精神はかなり削られていた。

 そこに追い打ちを掛けるようにある命令をされる。


「俺に弁当を作って来いよ」


 もはや彼女を奴隷と勘違いしている横島の言動。しかし何を言っても聞いてくれない横島に心川は反論する気力も無くしていた。

 仕方なく作られる弁当。その内容も適当で半分以上が冷凍食品を使ったお手軽弁当だった。

 そこに愛など有る筈もない。

 しかしそれなりに身体に気を使った栄養重視の弁当であり、満足してくれるだろうと期待して作った物だった。

 

「何で野菜ばっか入ってんだよ!」

「そんな事言われても…」


 出した途端にケチを付けられる弁当は確かに野菜を中心としたヘルシーなメニューであった。

 ただ横島は弁当を作って来いと言っただけであり、内容に関しては何も言ってはいなかった。 

 結局手を付けられず残る弁当。

 

「……はぁ」


 零れる溜め息には諦めしかなかった。

 奏多たちにこの姿を目撃されるも事情を知らない人に助けを求められる程に心川は強くなかった。

 逃げる様に屋上を去る心川は結局一人で二人分の弁当を食べたが多少余ってしまいゴミ箱に捨てる羽目になる。

 好きでもないのに横島の為に早起きして作った弁当を無価値にされ泣かないで居られる程強くは無かった。

 淀み濁って行く姉の瞳に心川の妹、恵は不安感を募らせる。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「う、ううん何でもないから」


 こうして物語の舞台は整えられる。

 【願望器】の呪いに囚われた心川が在りもしない七不思議に祈るのも必然であった。

 そんな姉を助けたいと願う恵によって奏多がその舞台に立たされるのも必然であった。

 身勝手な願いで破滅する横島のカウントダウンは近い。

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