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六願目

 出歯亀四人が見守る中、次に横島たちが向かったのはゲームセンターだった。

 デートとして見れば無難な選択。しかし遠目で見ているこちらからはアレをデートとするには無理があった。


「あれは可哀想です」

「もし友達であれやってる奴がいたら恥ずかしくて一緒にいるの嫌だぜ」

「……お姉ちゃん」


 ただ一言で表せば傲慢の一言に尽きる。


「くそっ、次だ次!」


 僕たちに見られているのを知らない横島は他の客に迷惑をかけているのも気にせず横暴に遊んでいた。

 通路を歩けば我が物顔で歩き、狭い通路で他人に道を譲らずにその巨体で押し返すように進む。

 ゲームをすれば悪いスコアを叩き出しては機体を殴り、大声で荒げる。それでいてまたゲームを再開させるので店の雰囲気は悪くなる一方。


 そのせいで店の客は減って行き、通常運営時の六割いれば良い方だった。

 店員も気弱な為か注意する事もなく、ゲームセンターは実質的に横島の城に変わっていた。

 それには当然向奈も気付いている。


 横島の側にいる向奈は恥ずかしさのあまり顔を赤くして俯くばかり。

 これを可哀想と言わずに何と言うのか。


「さあ先輩。お姉ちゃんを助けて下さい」

「ここで僕に頼まれても困るんだけどな」


 姉を心配する恵がかなりの無茶ぶりをした。あんな面倒なのを相手にすると碌な間に合わない。現に向奈が被害を被っている真っ最中だ。


「作戦はこうです」

「あるんだ作戦」


 名案だと言わんばかりに自信を持って話し始める恵。しかし僕は不安にしか思わなかった。


「まず先輩があの巨漢に突進します」

「それで?」

「先輩は巨漢に絡まれます」

「結末が予想出来るです」

「その間にお姉ちゃんを私が救出して先輩を置き去りにします。完璧ですね」

「完璧じゃねぇぞ。それ」


 僕を囮にするとか鬼だろこの子。

 姉を助けるのに手段を選ばないのはある意味好感が持てるがもっと他の案でお願いしたい。


「贅沢な先輩ですね。今時囮も出来ない男子は女子にモテませんよ?」

「囮が出来ないとモテないならモテなくて良いよ」

「ってか、囮を求める女子とか普通にないわ」

「この後輩そもそも先輩を先輩と思ってないです」


 敬うって言葉を知っているのか問いたいもんだ。

 ある意味で恵の本性が分かった所で向こうの様子が変化した。


 今は横島のやっていたのは銃タイプのコントローラーを使ったゾンビを討伐するゲーム。そのコントローラーを叩きつけるように置いて横島は立ち去って行く。

 そんな後ろを嫌そうに歩く向奈の姿は拷問を受ける囚人のような悲壮感が溢れていた。

 

「で、あいつら次は何処に行く気だ?」

「さあね。カラオケとか?」

「あれは体臭キツそうで個室とか最悪です」

「…うう、お姉ちゃんいつもこんな目に遭ってたんだね」


 きっといつもあんな感じで振り回されているんだろうな。

 恋人らしくプリクラを撮る事もなく、ただやりたいゲームをやっている姿を散々見せられて出て行く。

 本当に恋人同士ならもっと互いを尊重し合っても良いと思うけどな。


 恋なんてのは人それぞれに違う形があるだろう。振り回されるのが好きな者もいるかも知れない。ああした俺様系が好みなのかも知れない。ダメ人間に尽くしたくなるのもいるかも知れない。

 心川向奈ももしかしたらあれはあれで虐げられて喜んでいるのか。でもそんな風には見えなかった。


 あからさまに浮かぶ『無』。感情が表に出ないように必死に抑える表情は楽しいなど浮かばず、苦行を強いられた坊さんのようにただただ『無』だった。

 横島への関心はベクトルがあからさまにマイナスに振り切っていながらも心川向奈は横島と付き合い続けている。

 


 これはどう見ても――矛盾――していた。



 付き合いたくないのに付き合わされている。その矛盾は【願望器】の影を色濃くさせた。

 何かしら脅されているかも知れない可能性の方がまだまだ高いが、もしかしたら本当に?

 あるかも知れない【願望器】を前に僕は僅かに喉が渇きを訴えた。




 ・・・



  

 デートと言う名のペットの散歩はようやく終わりを迎えようとしていた。

 どんなブリーダーでもお手上げしたくなる横島の傍若さに心川の疲労は目に見えて溜まっているのが分かる。

 そこからようやく解放されるのだ。心川の疲労感のある表情の中に嬉しさが多少滲んでいた。

 かく言うこちらも横島のアホらしい行動の数々を見せられただけに変な疲労を感じていた。


「次は公園か」

「ここはカップルのデートスポットです。定番と言えば定番です」


 横島たちが最後に訪れたのはそれなりに規模が大きい公園だった。

 森林に囲まれた公園は昼であれば影を作り涼しさを演出するが、夜となれば声を上げても気付かれにくい都合の良い空間になっている。


 そんなデートスポットに横島たちは来た。それはなるようになる、と言っているものか。

 今はまだ夕方でカップルたちがそうした事に利用するにはまだ早い。

 

 しかしそれでも人の気配の少ない公園では本当にもしかしてと思ってしまう。


「……お姉ちゃんを、私がお姉ちゃんを守らないと」

「その角材はどこから拾ったのさ」


 そんなだから隣にいる恵がいつのまにか握っていた角材を抱えてぶつくさ言っているもんだから怖い事この上ない。

 下手したら僕らは死体の処理をする必要があるんじゃないだろうか。


「向奈、今日こそは良いだろ?キスさせろよ」

「う、うん…」


 草むらの茂みに隠れる僕たちはそっと二人の会話を聞いていた。その内容に恵の角材を持つ手に力が篭る。


「お姉ちゃんは私が守る!」

「おいおい、勘違いだったらどうするんだよ!」


 悟が恵の角材の先端を握って止めに入る。

 しかしその程度では止まらないと恵は角材を折らんばかりに歪ませながら前進しようとした。

 これは良くなかった。


 これじゃあ本当に脅されているのか【願望器】によるものか判別が出来ない。

 あれを放置して表れる反応は非常に重要なもの。

 もしも【願望器】の力で付き合わされているのなら心川のあの反応からして横島を()()する。

 人の心は思いの外強いのだ。


 たとえ【願望器】の力であっても横島が望んでいる以上は余程捧げた対価が多くなければ思い通りにするのは難しい。

 特に横島のように好かれる努力をしない奴では【願望器】であっても願いを持続させる対価は払いきれない。

 だから心川は脅されているのでなければ無事だ。

 脅されている可能性も心川の書いた手紙がそれを否定する。



 ――なんで付き合っているか分からない――



 手紙にそう書いた心川が脅されているのなら横島への罵倒が綴られていただろう。

 しかしあの手紙にあったのは自分自身の行動の違和感のみ。

 なら、ここは見守るだけで十分だ。

 それに万が一心川にとって望まぬ結果になったとしても僕には関係ない。所詮は赤の他人なのだから。


「静かに」

「むぐっ!?」


 静観を決めた僕は恵の口を塞いで動きを封じる。

 姉を助けたい一心の恵には悪いが、これで横島の願いが叶えば次の願いのために必ず行動に移す。そうでなくとも心川が拒絶すれば願いを成就させるために【願望器】を使う。


 どう転ぼうと僕にとって都合が良いのは確かだった。

 これで人間関係が悪くなろうと関係ない。僕は【願望器】を手に入れるのに手段を選ぶつもりはなかった。


「あ、キスするです」

「うえっ、マジかよ…」


 横島は心川の両肩を掴み、互いが目を閉じ合っている。

 誰が見てもキスするだろう雰囲気に僕たちの反応は二択だ。

 淡々とした弥生の反応と嘔吐(えづ)く悟の反応。弥生は傍観者として客観的に、悟はもしも自分があの立場だったらと主観的に見ての反応だろう。


 でもこれは心川に対して近しい者、ないし心川に好感を持てる者が主観的になるのか。

 しかしもし自分が心川の立場ならあれは嫌だろう。

 ニキビだらけで蓄えた脂肪によってあらゆる崩壊を起こした顔面がアップで迫って来る。さながら害虫に襲われる気分か。


 心川が美少女なのは認めるし同情はするが見捨てると決めた時点で僕は弥生と同じ気分でしかない。

 こうして考えている内にも二人はキスをしそうな距離まで近付いていた。


「~~~っ、~~~~~~~~っ!!」


 恵が腕の中で死ぬ程暴れるがそれだけで僕の拘束は解けない。

 顔面蒼白になりながらも恵は僕を睨むが知った事じゃなかった。


「「「………」」」


 あと一歩。あと少しで二人の口元の影が重なる。

 僕たちは二人の様子を固唾を飲んで見守った。

 

「――――っ、ごめんなさい」


 しかし心川は横島の胸を両手で軽く付いて離れた。それはある意味当然であり必然だった。


「やっぱりこうなったか」

「です。あれを食べた後でキスとか馬鹿です」


 二人が先に食べた『絶品ガーリックチップス・ステーキW』は大量のニンニクの入った料理。それにより視覚的暴力を回避しても視界を閉じた事で発生する嗅覚の暴力が邪魔をした。

 つまり臭かったのだ。横島の口臭が。

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