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十九願目

 僕はゆっくりと豪邸の門を開ける。

 無駄に豪華な装飾の施された門は真夜中を切り裂くようにギィギィと大きな音を立てた。


「まるで悲鳴だな」


 肥え太った横島を象徴するように過度で豪華な重々しい門の金属部品に負荷を与えている。

 それでいて手入れも杜撰なんだろう。錆びがあちこちに目立っているのが確認出来た。

 見た目だけの中身の伴わない門。使用人の碌に働く気のなさが伺える。


「酷いもんだ」


 主人が主人なら使用人も使用人か。

 そこかしこで手入れの行き届いていないのが良く分かる。

 歩く庭は雑草が微妙に残っており、とても中途半端。

 花の咲き方も、とりあえず埋めて置きましたと言わんばかりに乱雑に多様な種類の花が咲いて豪華とは違う混み具合。

 だけど横島は何も思わないのだろう。でなければしっかり仕事をしろと叱責している。

 

「今回は本当に都合が良いね」


 しかしながら今、この屋敷には叱責されるべき使用人は一人も存在していない。

 それは僕や姉さんが何かした訳ではない。したのは横島本人だ。


 横島は向奈さんや恵を監禁するとして、それは自身の手元でかつ、自由に色々出来る所に置く必要があった。

 当然それは自宅であり、特に地下のある横島の家は絶好の監禁場所だ。

 

 使用人にバレる恐れもあるが鍵でもしてしまえば入れない上に、こんな仕事ぶりの使用人なら必要以上に踏み込む事もない。


 マンション等で監禁も一つだが、部屋の余った屋敷を使わない手は無いし、屋敷との往復を続けるのはバレる元だ。そもそもマンションを借りるにも誰がその金を支払い続けるのか。


 子に無関心な横島の親とて流石にそんな奇妙な支出があれば不審に思うだろう。

 そうした観点から屋敷で監禁するのが都合が良く、今日の為に使用人は全て追い出している。


「それもアダになってるけどね」


 屋敷の中を闊歩する僕は予め部屋割りを熟知しているので迷う事はない。

 目的の部屋の前に立つと僕はギィ、と静かに扉を開けた。

 薄暗い部屋は物で散らかり、まともな整理はされていない。本来はこれも使用人がやるべき仕事なのだろうが、横島に難癖付けられるのが嫌なのだろう。最低限の掃除で済まされていた。

 そんな汚い部屋の片隅のベットに目的の物と一緒にその主はいた。

 

「………何故、だ。こんな、筈じゃ………」


 僕はその主の弱弱しい呟きを無視して近付いた。

 

「まあ、こうなるだろうね」


 正直予想はしていた。

 【願望器】に必要な対価は基本的に命で賄われる。

 僕が針の元々持つ特性の強化程度に使用した願いであれば少し休めば回復するような取るに足らない対価で済むものだが、横島の願いは僕の願いの何百倍もの対価が必要なとんでもないものだった。


 転移。人類が未だ科学で到達出来ていない神の奇跡と呼んで過言ではない願い。そんな願いを横島は叶えてしまった。

 その叶え方も強引で、まず身に纏っている物は【願望器】を除いて全てあの場に置き去りとなった。

 しかしながら横島の肥大した巨体を移動させるには対価が不足した。


 そこで【願望器】は横島の願いを叶える為に肉体の不要部位から徐々に削り落とし始めた。

 まず公園に残っていたドロドロとした物質。あれは横島の全身の脂肪だ。だからマッチの火で簡単に燃え広がった。


 だが、まだ転移させるには大きすぎる巨体。

 ならばと【願望器】は肥大化した筋肉を生命維持ギリギリまで破断、分解、削り落とし、対価を支払った。

 そうでなければ今の横島の姿は説明が着かない。


 肥大した肉体が急激に萎んだ事により余った皮がベットに毛布のように広がり、その下を肉と呼べる肉は無く骨だけが浮き彫りとなった哀れな姿。

 手足を曲げるのも難しいのだろう。僕が目の前に立っても身動き一つ取る事は無い。

 代わりに窪んだ眼窩がギョロリと動いて僕を捉える。


「渡さ、ねぇ…。これは、俺の、だ……」


 喋るのも困難なのだろう。

 覇気のない声で必死に威圧しようとしているが、恐怖は感じさせずひたすらに哀れを誘う。


「お前には過ぎた代物だよ」

「っ、やめ…、止めてくれ……」


 指先でかろうじて掴んでいた十手を取り上げると動かせない腕を身動ぎさせようとするも無駄に終わる。

 これで【願望器】は回収出来た。後はこいつの後始末だけだ。


「なあ頼む……俺から、それを……奪わないでくれ」


 横島はこんな姿になってもまだ執着するのか。


「それが無いと……俺は、俺は……」


 涙と鼻水を流しながら、その視線だけは【願望器】だけを注視し続ける。

 その執念だけは評価しても良いが、手段から方法まで何から何まで人としては最低だ。


 だから命乞いのように続けられる懇願も耳障りにしか聞こえない。

 全て自分が起こした結果なんだから。

 しかし、僕はここで横島の口から信じられない言葉を耳にする。




「俺は……誰からも、()()()()()……」




 ――何とも不可思議な事を口にしたものだ。

 向奈さんや恵が聞けば激怒しそうだよ。

 愛されたいならどうしてこんな行動を取ったのか。


 だけど腑に落ちた点もある。

 どうして自分勝手な横島が最初から短絡的に向奈さんをものにせず、どうして恋人としての立ち位置に当てはめたのか。


 少なくとも僕が知る限り、このパターンでは【願望器】を中途半端に使っている。

 身体を求める者は公園で横島が行ったような行動に出るし、(つが)いとして求める者は対象の記憶を弄って強引に家族として当て嵌めた。


 こうなるとどちらも悲劇だった。


 前者は早々に身体を求められ、何度となく弄ばれたために心には深い傷が残った。助かった後でもあの人の人生が狂うのは間違いない。


『もっと早く助けに来てよ……』


 泣き叫ぶ女性に僕は何もしなかった。精々が【願望器】に関する記憶を消した程度。何せ【願望器】を使えば強姦された記憶なんて無かった事に出来る。しかしそうするにも対価が必要だ。

 だから【願望器】を回収し終えた後までは干渉せず、警察に全てを任せてしまったがあの後女性がどうなったかまでは知らない。きっと不幸をその身に宿し続けているだろう。



 ――が、もっと酷かったのは後者だ。

 前者であれば女性を心配した家族が僕に気付かせてくれる行動を起こしたから子供が出来る前に終わった。

 しかし後者は不審に思う者がいない。


 記憶を弄られてしまったが故に、不審に思う筈の家族に自身で結婚すると告げてしまい長い年月をその男と過ごしてしまった。

 そうなるともう想像出来るだろう。僕が【願望器】を見つけた時にはその女性には十才になる男の子と二才の女の子がいた。


 【願望器】を使い続けなければ弄った記憶は維持出来ない。

 記憶を消すのであれば一回で済むのだが、偽りの記憶は齟齬が大きければ大きいだけ違和感を覚えてしまう為に何度も【願望器】を使用する事となる。

 

 偶々その男が【願望器】を別の願い――浮気のために使い、かつその男が妻に【願望器】を使うのが遅れた為に事は発覚した。

 女性が自身の違和感に気付き、向奈さんと同じように神頼みをした結果、僕は動いたのだけど悲惨なものだった。


 女性は生んだ子供たちと無理心中をした。――男に怨みの言葉を残し。

 女性にとってもう取り返しがつかなかった。子持ちとなった自分がどうやって次の愛を見つけるのか。少なくとも独り身であった時よりも苦労するだろう。

 それにこのまま本当に好きでも無かった男の子供を育てられ続けるのか。なにより子供たちには最低な男の面影を宿している。


 そうした側面から絶望感が強くなり、マンションの屋上から寝ている子供たちを抱えて飛び降りた。

 あれはどうにもならなかったとしか言いようがない。


『お前がいなければ俺は幸せでいられたんだ……』


 その後、男も後追いで死んだが、自業自得なだけに男には同情も何もしなかった。そもそも自分勝手に記憶を弄っておきながら他の女と浮気をしている時点でダメだ。

 もしも女を愛していたのなら【願望器】なんて使うべきではなかったんだ。独りよがりな幸せを押し付けて自殺に追い込んだのは自分自身だって言うのに。



 こんな例があるだけに横島は随分と中途半端だった。

 それでもデートにおいて自分を知ってもらおうとしていたのだろう。向奈さんにとって好きでもないCDや食事も自分の好みを知ってもらう為。

 ゲームセンターでも向奈さんに格好付ける為に横島なりに愛されるように頑張っていたのだろう。


 しかし全てが空振りに終わった。あれだけ横柄に自分勝手な押し付けを続ければ自然とそうなるか。

 これは性行願望だと思っていたけど愛心願望とでも呼ぶべきか。表立って見える行動の割りには随分と純粋な願望だ。


「だけどもう終わりだよ。良い夢はもう見ただろ?」

「いやだ……、いや、だ…」


 十手を掴むと僕は横島の額に押し当て【願望器】に強く執着する横島の記憶を消す。


「――――っ……」


 ビクンと痙攣する横島は白目を向いて気絶した。

 両親から愛されず、愛し方も知らなかった横島をほんの少しだけ哀れに思う。

 もっと人を愛する方法を知っていれば違う結末もあっただろうに。そもそも【願望器】に呼ばれる事もなかっただろう。


「もう会う事もないだろうね」


 あの状態では回復するのも数年先となる、学校で横島を見る事も無く、向奈さんたちも姉さんに任せたから全て無事に終わった。

 僕は部屋を出るとパタンと扉を閉めて屋敷から立ち去るのだった。

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