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十二願目

横島side



 恵の予想は当たっていた。

 横島は向奈に拒絶されてからというもの【願望器】の対価を集めるのに終始しており、それにより仮初めの平和が維持された。

 しかしそれも今、終わりを迎えようとしている。


「へ、へへ……もう俺を拒絶なんかさせないぞ、向奈」


 光悦とした表情で大義を成し遂げたような笑みを浮かべていた。

 その浮かべた笑みに着いた血痕が物々しくただ一言、横島は狂気に取り憑かれたと言わざるを得ない。


「恋人ごっこはもう止めだ。下らない感情に流されるくらいなら流されないようにしちまえばいい」


 頬に着いた血痕を拭う。

 その仕草は手慣れており、けして十や二十では足りないだけの貫禄を見せている。


 心川の不運はただ横島の家が金持ちであり相応の権力を保有している事にあった。

 もしも横島は金持ちないし権力を持っていなければそれだけ慣れる程に対価を得られなかっただろう。


 得ようとすれば確実に警察が動き、必要とする対価を得る前に捕まるか、慎重になってしまいその動きを自粛せざるを得なかった。


 しかし現状それはない。

 仮に警察が動いたとしても権力によって握りつぶされ、正当な行為として処理される案件であり、多少の歪な行為には目を瞑らされるのが世の常だ。


 現に横島はここ数日間で学校を休みながら尋常ではない速度で対価を貯めるのに成功した。

 もはや横島の悍ましい執念の結果としか言えない。


 そこに生活の基盤を置く職員たちも横島のそれにはただ異常だと絶句させられていた。

 普通の者であれば絶対にしない、出来ない、その前に心が折れる。

 どうすればこんな子供が出来上がるのかと疑念が沸き起こる。


 ある職員はその残虐さに耐え切れず嗚咽を漏らしながら何度もトイレへと駆け込んだ。

 別の職員は同じ部屋にいるのに耐えられず煙を量産する日々を送る。

 更に違う職員は自分たちがどれだけの命を奪ってきたかを考えながらも、これよりはマシだと顔を青ざめながらも開き直っていた。


「俺はもう自重しねぇぞ、向奈…」


 ぐちゃり、と踏み潰されるそれはもう息をしていない。

 横島にとっては搾りかすも同然であり、価値を見出せるものではなかった。

 血の海、とまではいかなくとも血の池と豪語出来る床を踏み歩く。


 横島の頭にあるのはどうやって向奈を貶めるか。不快とさえ思いもしない横島の頭はそれだけで頭が一杯である。


 横島の背後には夥しい死体の山で埋もれている。

 ここは保健所。殺処分される犬猫の溢れた命の檻。

 国全体で年間五万頭は殺処分される命の内の数百頭を横島が持って行った所で気にされるものではない。


 横島の家が処分費を負担し権力で事実を覆い隠す。

 それが出来てしまうだけに向奈の不幸は止まらない。そしてまだまだ向奈の不幸は終わらない。

 一人の職員が横島に近付く。


「………追加を用意しました。こちらの部屋に」


 まだまだまだ、――いるのだ。

 飼い切れなくなって捨てられた大型犬。自然繁殖した子猫。引き取り先のない動物はまだ沢山いる。

 【願望器】に食わせる命はそれこそ山とある。


 これ以上の不幸など何処にも無い。

 向奈にとって自身を脅かす原材料として消費され、原材料となる生き物たちは慈悲の一切もなく殴殺される。そしてその処理をさせられる職員はその残虐さから命とは何かを実感させられざるを得ない。

 誰に取っても不幸でしかなく、たった一人の幸福のために多くの不幸が量産されていた。

 

「俺はてめぇの何もかもを奪ってやるぞ、向奈!」


 殴殺される一匹の子犬は鈍器によって頭を殴打された衝撃により白く丸い物が子犬から飛び出して行く。

 その行く末は横島を案内した職員の足元。


「うっ…」


 ころり、と転がった眼球はついさっきまで生きていた証だと露に光る。

 あまりの生々しさから口に手を当てて退出する職員。

 そんな職員を気にも留めない横島は何度も鈍器を振り下ろし続けた。


「ふひ…」


 彼にとって子犬も猫も、いや、そこらにいる動物全てが自身の願いを叶える道具でしかない。

 むしろ無意味に殺処分されるよりも有意義だと思ってもいた。


 現実、そんな事はない。


 殺処分するにしても苦しませない楽なやり方で行われている上に、里親を地道に探しどうにもなくなった時に行われる。

 こうして施設に保護されたもの全てを殺処分するのは稀であり、必要以上に命を奪う行為は残虐極まりない。


 だが横島にとってはたかが犬猫。

 美味しく頂く家畜以上の価値は無かった。


「ふひひひひ…」


 狂い踊るはグラン・ギニョール。

 恐怖を撒き散らしては観客を脅かす。カーテンコールなど有りはしないこの演目はまだ終わりを見せない。


 たった一回。されど一回。【願望器】を使用した者は大抵魅力され、取り憑かれてしまう。

 人だから望むのか。望むから人なのか。分かるのは誰かが願いを叶えると言う事は誰かの願いを踏み躙ると言う事だけ。


 必要以上の願いなど叶えるべきではない。

 こうして不幸は享受される。

 



 ――演目【野獣は全て喰らい尽くす】――




 開幕

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