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十願目 

 結果から言えば、やはり横島は【願望器】を所有していた。それと同時に調査した横島の家を鑑みると横島がああ育ってしまうのも頷ける。

 横島の横柄な人格も環境が育ててしまったのか。それでも自分を変えて行こうとしなかったのだから自業自得だろう。


 あれが素直に【願望器】を渡してくれればそれまでだが残念ながらその可能性は低い。

 心川がこの準備の間も彼女としてずっと横島の相手をさせられていたのだから【願望器】を渡せと言ってもまず無理だろう。

 

 ――人の心は移ろうもの。


 心を【願望器】だけの力でどうにかしようなど考えが甘過ぎる。

 【願望器】で願いを叶え続けなければ彼女でいられない横島を哀れに思うべきか。それとも嫌悪の塊としか思えない横島と付き合えるように出来る【願望器】の力を評価するべきか。


「姉さんは人の心を好き勝手にしたいと思う?」


 姉さんの用意した大量の資料を抱えながらソファに座る僕は料理中の姉さんに素朴な疑問をぶつけてみる。


「僕には分からないんだよね。見目が良いから欲しい、そいつを自分のものにしたいとかどうすれば思えるのか」


 僕には横島の行動が理解出来なかった。

 三代欲求が性欲なのは分かりきった事。だったらさっさと犯せば良い。


 心川の動きを一時的に止める程度であれば【願望器】は一々彼女にして心を束縛するよりも簡単で対価も少ない。

 ああして拒まれては怒り、自分のものに出来ない現実に憤怒するならそうした方が手っ取り早いのだ。


「前に回収したのもそうだったけど自分の願った結果通りに行かないからって怒るのは筋違いだよね。【願望器】は正しく願いを叶えているのに」


 横島は心川を彼女にしたいと願った。

 そしてその願いは成就され、ちゃんと付き合っている。


 そこから先は横島の行動次第だ。

 彼女になったからと言って簡単に身体を許す関係にはならない。

 寧ろ好意の感情を無視している分、横島の願いは普通に恋人になるより難解なものとなった。


「奏多ちゃん」


 そこで姉さんは料理をする手を止めてこちらに顔を出した。


「何でも願いが叶う【願望器】にも限界があるもの。仕方ないわ」


 【願望器】なのに限界がある。それは不思議なようでいて実の所何ら不思議ではない。

 何でも願いが叶うとしてもそこには当然のように対価が付き纏う。


 例えば金持ちになりたいと願ったとして、払う対価が少なければ【願望器】は払える対価分だけで願いを処理しようとする。

 結果として金が一円しか手に入らなかったとしても金は持った。つまり願いは叶えた形となる。


「そんなもんだよね。それで姉さんはこれをどうやって手に入れたの?」


 横島の情報を仕入れて欲しいと頼みはしたが毎回ながら資料の量はとても一人で手に入れられるものではない。

 横島の生まれから今に至るまでの経緯や家族についてまで細かく資料に記載されている。


 【願望器】を回収する上で相手を知らなければ追い詰めた時に手に痛い反撃を受けるかも知れない。

 だから回収前に資料を貰うのだが、それでもこの量は異常だ。まさか姉さんは…。


「大丈夫よ。【願望器】なんて使ってないから」


 疑問視した僕に気付いた姉さんはきっぱりと断言する。


「ちょっとした協力者がいるの。奏多ちゃんにもいつか教えて上げるから」


 でなければこれを数日では作れない。

 分かりきった事とは言え、一人でやってないのならこの量は頷ける。


「なら良いけど、その協力者は信頼出来るの?」


 しかしそれとこれとは話が別だ。

 姉さんが接触している協力者とやらがどんな見返りを求めて協力しているのかは知らない。

 もしその協力者が【願望器】ではなく僕たち自身を求めているのなら別の意味で対処する必要がある。


「ええ大丈夫よ。昔ながらの親友だから」

「そう言うのが危ないと思うけどな」


 人は簡単に裏切る。

 それが自分の利益になるのなら十数年の親友だろうと親族だろうと容赦なく蹴落としに掛かる。


 【願望器】なんて特別な物があれば尚のこと。

 叶えたい願いが叶う夢のような代物を前にどれだけの人間が欲望を抑えて居られるか。

 【願望器】の回収した数だけ知ってるエピソードがあるだけに姉さんの慢心は気になる所だった。


「ふふ、彼女は私を裏切れないもの。奏多ちゃんが心配するような事は何もないわ」


 いつも通りおっとりした口調で微笑む姉さんは何かしらの確信があっての事だろう。

 その彼女とやらがこの資料を見る限り優秀な人なのは分かる。

 しばらくは様子見でも良いか。


「姉さんに何かあったら困るからね」

「ありがとう奏多ちゃん」


 何かあればその時は僕の手でどうにかすれば良い。その為の【願望器】なのだから。

 横島は明日狩る。その準備は整えた。


「でもそれはそれとして奏多ちゃんはどうして向奈ちゃんを早く助けようとしないの?」


 今度は姉さんから素朴な疑問がやって来る。

 僕としては何度も提示した答えであったが姉さんはまだ納得してくれなかったようだ。 


「危ない行為をするならキチンと情報を集めて場も用意しないとね。それくらい姉さんも分かってるでしょ?」

「そうだけど…。ほら向奈ちゃん可愛いでしょ?」


 でしょ?と返されても困る。

 先にも言ったが見目が良いから張り切ってどうするんだろうか。

 

 相手が不細工であれ綺麗であれ等しく同じ人でしかない。

 それに心川が仮に弥生や悟くらい近い間柄なら分からなくもないが、昨日今日知った程度の他人に掛ける情なんて河原の小石程度も有りはしない。


「可愛かろうと何だろうと関心の持てない相手にどうしろと?」


 僕の答えは一貫して横島の持つ【願望器】の確実な回収だ。重要性など天秤に載せるまでもなく分かり切っている。

 だと言うのに目の前の姉はとても残念そうに溜め息を吐いた。


「はぁ…。奏多ちゃんったら草食系ね。それもウサギさんより小食だわ」

「僕に何を求めてるのさ」


 姉さんの考えは昔から分からない。

 

「もう少し人間らしくありなさいって事よ。ま、取り敢えず食事にしましょう」

「はいはい」


 ただ姉さんが今まで僕を使おうとした事が無いのだから、他人よりはマシだろう。

 料理を盛り付けた姉さんから皿を受け取るべく僕はソファから立ち上がった。

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