表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白夜の町で、雪色のきみと暮らす~北極圏の小さな雑貨喫茶とオーロラの魔法~  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/22

最終話 白夜亭で、きみと暮らす

 それから数日が過ぎた午後、リーヴァは大きな布包みを抱えて白夜亭へやってきた。

「それ、どうしたの?」

「雪原から持ってきた」

 カウンターの上で包みを開くと、中から小さな銀色の鈴が現れた。

 トナカイの首につけるものより少し小さく、表面には青と赤の細い糸が巻かれている。鈴の下には、雪原の道しるべを表す模様を編み込んだ飾り紐がついていた。

「きれい……」

「白夜亭に、つけようと思って」

「店に?」

「うん。雪原の家では、帰る場所の入口に鈴をつけることがある」

 リーヴァは鈴を持ち上げた。

「吹雪で家が見えなくても、音を聞けば、帰る方向が分かるから」

 わたしは鈴を見つめた。

 白夜亭の入口には、いつも小さなランプが灯っている。今度はそこへ、リーヴァの雪原の鈴が加わる。

 町の灯りと、雪原の道しるべ。

「一緒につけよう」

「うん」

 わたしたちは店の外へ出た。

 白夜亭の看板の下には、おばあちゃんが長いあいだ守ってきたランプが揺れている。リーヴァが椅子の上に立ち、わたしは下から飾り紐を渡した。

「もう少し右かな」

「こっち?」

「うん。そこなら、ランプにも当たらない」

 リーヴァが紐を結び、わたしは結び目へ指を添えた。

「……帰る場所を、見失いませんように」

 小さく唱えると、紐の編み目に淡い橙色の光が染み込んだ。

 その瞬間、風が吹いた。

 ちりん、と鈴が鳴る。

 澄んだ音が、白夜亭の前から町の通りへ広がっていった。ランプの光も風に揺れ、鈴の表面へ橙色を映している。

「いい音」

「うん」

 リーヴァは椅子から降りると、看板の下に並んだランプと鈴を見上げた。

「これなら、雪原から戻ってきても分かる」

「白夜亭の場所が?」

「アイナがいる場所が」

 胸の奥が、じんわりと熱くなった。

「わたし、ずっと店にいるとは限らないよ。仕入れや配達にも行くし」

「そのときは、待つ」

「店の前で?」

「中で」

 リーヴァは当たり前のように言った。

「エプロンもあるから」

 以前渡した白夜亭のエプロンは、もう店の奥に置かれている。リーヴァが使うカップも、刺繍道具も、少しずつ棚に増えていた。

 いつの間にか、白夜亭の中には、リーヴァの居場所ができていた。

「じゃあ、冬は店を手伝ってくれる?」

「雪原の仕事がない日は」

「雪かきも?」

「する」

「ニエルより頼りになるね」

 店内から、ニエルの声が飛んできた。

「聞こえておるぞ。我は雪をかくために北の使いになったのではない」

「蜂蜜を食べるためでもないと思うけど」

「蜂蜜は、北の使いに必要な栄養である」

 わたしとリーヴァは顔を見合わせて笑った。

 しばらく鈴の音を聞いたあと、わたしはふと思いついた。

「来年の白夜祭も、また一緒に出店をしようか」

「うん」

「今度は、雪原の飾りや保存食も並べたいね。リーヴァの模様を入れた手袋も、もっと作って」

「歌を書き留めたものも置ける」

「歌を?」

「アイナのレシピと一緒に、一冊の帳面にする」

 リーヴァは指を折りながら考え始めた。

「眠れない夜のハーブミルクには、子守歌。迷子にならない手袋には、道しるべの歌」

「料理と魔法と歌の本かあ」

「二人で作る」

 まだ何も書かれていない帳面が、頭の中に浮かんだ。

 おばあちゃんのレシピ帳とも、ソルヴェイグさんの歌の記録とも違う、わたしたちの一冊。

「来年までに作れるかな」

「来年だけ?」

「え?」

「その次の年も、続きを書くつもりだった」

 リーヴァは穏やかな声で言った。

 何年も先まで白夜亭に通い、わたしと一緒に帳面の続きを書く。それを当然のこととして考えてくれている。

 そう分かるまでに、少し時間がかかった。

「うん」

 わたしは頷いた。

「その次も、もっと先も。書くことがなくならないくらい、いろんなことを一緒にしよう」

「分かった」

 リーヴァは、わずかに頬を緩めた。

「春になったら、アイナを雪原へ連れていく」

「本当に?」

「前に約束したから」

「何を持っていけばいい?」

「温かい服と、歩きやすい靴。それから、冷めないスープ」

「スープは絶対なんだ」

「大事」

「じゃあ、雪原でしか採れないベリーも探したいな。白夜亭の新しいジャムにできるかも」

「案内する」

 春は雪原へ。

 夏は白夜祭を一緒に開く。

 冬はこの店で、スープを作り、手袋を編む。

 リーヴァが雪原へ帰る日もあるだろう。わたしが町で店を守る日もある。それでも二つの場所を行き来しながら、また同じ店へ帰ってくることができる。

 どちらか一つを選ぶのではなく、町と雪原の間に、わたしたちなりの道を作っていけばいい。

 看板の下で、もう一度鈴が鳴った。

「リーヴァ」

「なに?」

「この鈴、帰ってくるときだけじゃなくて、出かけるときにも鳴るよね」

「うん」

「だったら、帰る場所の印だけじゃないのかも」

「ほかに、何の印?」

 わたしは少し考えてから答えた。

「一緒に、新しい場所へ行くための印」

 リーヴァは鈴を見上げた。

「それも、いいと思う」

 橙色のランプと、銀色の鈴。

 二つの光と音が重なり、白夜亭の入口で静かに揺れていた。

 これから先、どんな季節が来るのかは分からない。

 けれど、来年のことも、その先のことも、もう一人で考えなくていい。

 隣には、同じ未来を思い描いてくれる人がいる。

 それだけで、まだ見たことのない冬の景色さえ、少し楽しみに思えた。


 季節は、少しずつ冬へと近づいていく。

 そのある朝、白夜亭の扉を開けると、外は、これまでよりもずっと冷たい空気に包まれていた。吐く息が、はっきりと白く色づいて、目の前でゆっくりと消えていく。けれど、店の中には、いつものようにスープの湯気が立ち込めている。

「ただいま」

 声がして振り返ると、リーヴァが雪を払いながら店に入ってきた。その肩には、うっすらと、初雪の欠片がついている。頬は寒さで赤く色づき、けれどその表情には、確かな安らぎが浮かんでいた。

「おかえり」

 わたしは、自然とそう答えていた。

 その言葉が、あまりにもすんなりと口から出たことに、自分でも少し驚いた。

 けれど、きっとこれでよかった。

 リーヴァは雪原へ出かけても、また白夜亭へ戻ってくる。そしてわたしは、その姿を迎える。

 それがいつの間にか、特別なことではなくなっていた。

「帰ってきた」

 リーヴァはそう言ってから、少しだけ言い直した。

「アイナのところに」

 胸の奥へ、あたたかなものが静かに広がった。

 わたしはもう一度、今度はさっきよりもはっきりと言った。

「うん。おかえり、リーヴァ」

 白夜亭の入口で、ランプの光と雪原の鈴が、同時に小さく揺れた。

 リーヴァはいつもの場所に外套を掛け、いつもの椅子へ腰を下ろした。わたしは何も尋ねず、二人分のカップを棚から取り出す。

 その一連の動作は、これから先も何度でも繰り返される、わたしたちの暮らしの始まりのように思えた。

 カウンターの上で丸くなっていたニエルが、片目を開けて、のんびりとした声で言った。

「む。よい朝だ。では、蜂蜜入りミルクを要求する」

 その台詞に、わたしとリーヴァは、思わず顔を見合わせて笑った。

「相変わらずだね、ニエル」

「相変わらずでいいんだよ、たぶん」

 わたしは鍋に手を伸ばし、いつものように蜂蜜入りのミルクを温め始めた。指先に小さな魔法を込めて、湯気がゆっくりと立ち上るのを見つめる。鍋から立ち昇る甘い香りが店の中にじんわりと満ちていった。

 白夜亭のランプが窓の外の冷たい空気の中で、変わらず、やわらかな橙色の光を灯していた。大きくはないけれど、決して消えることのない確かな灯り。

 北極圏の小さな町、ルミラヴィ。

 白夜亭の扉の前には、新しい看板が静かに揺れている。

「白夜亭――冬守り見習いと、雪原案内人の店」

 その扉の内側で、わたしたちはこれから訪れる冬に向けて、また新しいいつもの朝を迎えようとしていた。

 窓の外では、冷たい風が丘の上のカラフルな家々の間を吹き抜けていく。けれど、その風の中にも、どこかあたたかな気配が混じっているように、わたしには感じられた。

 小さな魔法と小さな灯り。それらが積み重なって作られる、この町の暮らし。

 わたしはこれからも、その一部として自分にできることを、ひとつずつ、丁寧に続けていくのだろう。

 それが、わたしの冬守りの形だから。

(おしまい)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ