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1話「愚かな子」

 平和でのどかな世界の片隅に、ある一つの大国があった。

 建物は軒並み高く、緑が極限まで削られていて、発展度合いが目覚ましい。

 そんなビル街の中心地に、ぽっかりと穴が空いているかのように、広々とした平地があった。


 平地にはびっしりと灰色の墓石が規則的に並んでいて、まるで色味のない無機質な街の中に不気味さを醸し出している。

 墓には2……3……4……5……と、ひたすら自然数だけが刻まれていて、それが四桁に至るまで続いている。

 通り道は狭く、前も後ろも右も左も、地平線の果てまでただただひたすらずっと墓。

 もはや墓だけで一つの街を成していると言っても過言ではない大きさの空間だった。


 その墓の街の真ん中に、一つの小さな家が建っていた。

 家も墓も管理が行き届いてはいるようで、雰囲気は悪いが妙に小綺麗。

 家の側には、1の数字が刻まれた、他の墓とは一線を画す巨大な純白の墓が一つ建てられていた。その小屋の入り口で、二人の男女が言い争いをしていた。


「──ですから、その話は承諾できないって何度も言ってますよね……! 何で執拗に尋ねてくるんですか?」

「あなたが話の通じる人物だからです。会話を重ねればちゃんと理解を示してくださる。そう我々は考えています」

「私からすればあなた方が話の通じない人物なんですけどね? いい加減そちらが理解を示してください。私はここの墓を潰させる気なんてありませんからっ……!」

「ふむ、そうですか。それは残念です……。ですが仕方のないことなのです。ここら一帯の開発を進めることで、さらなる経済成長が望める。我が国の一強時代も終わりを迎えるなかで、国際間での地位の高さを保つには、どうしても必要不可欠なことなのです。どうかご理解いただきたい」

「知りませんよそんなこと……。どれだけ話し合っても結論は変わりませんから……! 今日も帰ってくださいっ……!」

「はい、今日は失礼します。どうかご協力をお願いします。失礼しました……」


 男は一度礼をすると、振り返ることなくどこかへと歩き去っていく。

 女は、男が完全にいなくなることを確認してから、扉を閉めて中に入った。

 入った直後、女は扉を背にその場で座り込んで、つばの広い三角帽子を取って大きくため息をつく。


「はあ……何でこんなことに……」


 女の名前をオロカと言った。

 質素な家に暮らしながら、膨大な数の墓石を管理する、ビル街に出るとかなり存在が浮く、時代錯誤な墓守の魔女である。


 数千年前。この世界ではかつて魔物という概念が蔓延っていた。

 スライムやゴブリンといった人類に害する魔物が世界の至る所で発生していて、人間は手を焼いていた。

 そこで人類は、冒険者という職業を設立して、魔物の討伐をする勇者を集う。

 オロカもその一人で、現存する中では最後の勇者でもある。


 オロカは当時の相棒とパーティーを組んで、あらゆる依頼を引き受けては魔物を討伐した。

 死線をいくつも掻い潜りながら洞窟を制覇し、ドラゴンまで倒し、果ては魔王すらも討ち滅ぼすことに成功する。


 魔物のほとんどは魔王の支配下にあったので、リーダーの消滅によって統率力を失い、勢いは減退。

 人類と魔物の争いに人類側が勝利する結果となり、最終的に一部の魔物を除いてほとんどは駆除されて、世界にようやく平和が訪れることとなった。


 ──そこまでは良かった。

 相棒と共に戦って冒険する、オロカにとってかけがえのない日々。

 魔王を討ち滅ぼした世界の英雄として二人して讃えられた、あの日の喜び。

 冒険者として生きた一分一秒が、きらきらと輝く宝物のようだった。

 だがそんな時間が永久には続くことはない。


 魔王を討伐したオロカと相棒は、二人で街のはずれに住むことにした。

 しかし、生活をして一年も経たないうちに、相棒は病に伏せて倒れてしまう。

 英雄というのもあって、国からの特別待遇で当時最高位の治療を施されたが、身体が良くなることはなく、若くしてその尊い命を落とした。


「ああああああっ゛…………!!!!」


 オロカは人生で一番の苦しみを、心に深々と刻まれて、二度と立ち直れなくなる。

 それまでは積極的に行っていた外へのお出かけもやめて、めっきり家に引きこもるようになってしまった。

 だがどれだけ泣いて喚いて塞いだところで、相棒が蘇ることはない。感情で事象を捻じ曲げられないのが、不条理な現実である。

 オロカはしばらく引きずった後に、相棒への弔いを込めて家の側に大きな墓を建てることに決めた。


 そしてそれから毎年、なぜかオロカは相棒の命日が訪れる度に家の周りに小さな墓を建てるようになる。

 たまたま近くを通った住人が気になって尋ねると、オロカは言った。


「この世界には、人知れず命を落とした方が大勢います。そう言った方々の魂を祀れたらと思いまして……」


 人々はそんなオロカの人を平等に愛する姿勢を評価した。さすがは英雄だと。しかし、本当の理由は別にあった。

 オロカの建てた墓には、一つ一つにある仕組みがあった。それは記憶のバックアップで、過ごした一年分の記憶を、墓一つに想いとして刻んでいたのだ。

 こうすれば、どんな出来事も忘れることはない。相棒を想う一秒一分一日一ヶ月一年百年千年を、大切に保管することができる。




 そうして月日は流れて、やがてオロカの成し遂げた偉業が伝説上の概念となった現在。気が付けば墓はおびただしい数に達していた。

 最初は庭にポツンと建っていただけなのに、今は街の面積を圧迫するまでに至る。

 魔物が討伐されて平和になった影響もあって、時間の経過と共に街もずいぶんと発展を遂げた。


 そのせいだからだろうか。ある日を境に、オロカの元に国の人間が尋ねてくるようになる。

 その内容こそが墓の撤去だった。墓を潰して開発を進めることで、新たな経済効果の波及を目指す国家プロジェクトなのだそう。

 かつては称賛された墓作りは、時間の経過と共に疎ましがられるようになる。

 幸いにも、住民はそれほど政治や経済に関心を持ってはいなかったので、生活する中で誹謗を受けることはなかった。


 それでも国から直接敵視されるというのは非常にまどろっこしい。

 いくら言っても何度言っても訪ねてくる。ご協力という名目での強制的な命令は、オロカの心を疲弊させるに至った。

 今日も今日とて、オロカはくたびれていた。


「世界を救うのは……間違いだったのかな……」


 世界が発展しなければ、こんなくだらない争いなんて起こらなかったのだろう。

 だが、正しいか正しくないかで物事の尺度を測ったところで、何かが変わるわけではない。

 オロカは本日も意味のない愚痴を溢すだけ溢して、ゆっくりと立ち上がる。


(もう何でもいいや……。何度来ても追い返せばいい。それだけの偉業は成し遂げたのだから)


『この世界の発展だって元を辿れば私のおかげ』

 多少の融通は効くだろうと、オロカは帽子を被り直して、外に出かけた。

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