第十一話 怒涛の席替え
それから毎日、オレはひたすらひらがなを書かされる授業を受けた。
おかげで、子供のような字を書くのにもずいぶん慣れてきた。
給食に関しては、未だにおかわりのほとんどを、ヤスに持っていかれている。
あいつ、給食のじゃんけんがやたらと強い。
まあ、ここは青少年の健全な育成のため、(中身は)大先輩のオレが譲ってやっているということにしておこう。
結局、朝飯をたらふく食べてくることでなんとか凌ぐ日々だ。
そして今日は、一時間目の学級活動の時間に、席替えが行われる予定だった。
オレは席につくと、後ろの真弘に話しかけた。
「いよいよ、席替えだな」
「なにそれ? なにすんの?」
……おい。昨日、先生がしっかり説明してただろう。
「席替えだよ。新しい席に替わるんだ」
「えー! おれ、いまの席きにいってるのに! こじろうとはなれんの、やだな」
「きっと、また近くになれるよ」
「ほんとか!?ならいっか! せきがえ、たのしみだな!」
……単純なやつだ。
チャイムが鳴り、授業が始まった。
「今日は、席替えをします!」
戸田先生が、にこやかに切り出す。
「くじ引きで、みんなの席を決めまーす。今から配る紙に、自分の名前を書いてくださいね」
先生が黒板に、番号を割り振った席順を書いていく。オレは紙に「天谷」と書き込み、投票ボックスに入れた。
オレはこの席替えをしっかり覚えていた。
オレ、優世、真弘、矢彦──この四人が、さらに仲を深めるきっかけのひとつだった。
これから始まるいろいろな行事を、オレたちはこの四人からなる班で、共に過ごしていくことになる。
そう思うと、なんだか胸が高鳴った。
ほどなくしてすべての投票が終わり、先生が一枚ずつ開票していく。
黒板の番号の横に、名前が書き出されていった。
順調に、メンバーが決まっていく。
窓際の後ろの席に、矢彦、真弘、優世と、次々に集まっていく。
……うん、いい感じだ。あとはオレがあの近くに入るだけだ。
そして、オレの名前が発表された。
廊下側の、一番前。
え……今と、まったく同じ席じゃないか。
いつもの三人とは、教室のいちばん端と端。
最も遠い距離である。
待てよ、なぜ?オレだけ?
あいつらの近くになるはずなんだが……。あれ? 近くになったのは、別の席替えのときだったか?
記憶が、ほんの少し食い違う。
優世も、向こうの席から悲しそうにオレを見ていた。
みんなが、決まった席へと移動していく。
もちろんオレはそのままだ。動く必要すらない。
……まあ、仕方ない。
結構寂しいが、休み時間にでも、こっちから積極的に話しかけに行けばいい。
と、そのときだった。
オレの後ろの席についた女の子がすっと手を挙げた。
「せんせい。天谷くんが大きくて、黒板が見えません」
……そりゃそうだ。
オレの身長は、小学一年生に比べれば、大きいどころの話ではない。
今までは、後ろの席があの真弘で細かいことを気にしないやつだったから、なんとかなっていただけなのだ。
「あっ、そうだね。天谷くん、大きいもんね」
先生が、ぽんと手を打つ。
「じゃあ、天谷くんと席を替わってくれる子、いるかなー?」
すると――窓際の、いちばん後ろの席の男の子が勢いよく手を挙げた。
「せんせー! おれ、目が悪いから、天谷くんとかわるよ!」
そして。
晴れて、いつもの四人が揃った。
さっきまで不安そうだった優世が、
「よろしくな、コジ!」
と、満面の笑みを向けてくれた。
……ああ。やっぱり、こうでなくちゃな。
真弘も、我がことのように喜んでくれた。
「こじろう! おまえすげーな! ほんとに、ちかくになったぞ!」
「ふむ。そうなのか。小次郎は、預言者だったのか」
矢彦まで、感心したように頷いている。
そんな調子で、いつもの四人は大いに盛り上がった。
そして、オレの隣に座るのは――白石凛さん。
この子のことも、よく覚えている。勉強熱心で、真面目。曲がったことが大嫌いな正義感の強い女の子。
典型的な委員長タイプの女の子だ。
オレは、軽く「白石さん、よろしくね」と声をかけた。
すると白石さんは、オレをじろりと品定めするように一瞥して、
「天谷くんね……よろしく」
と、短く返してきた。
ふっ。相変わらず、隙がない。
「はい、それじゃあ、今からこの班の班長を決めてもらいまーす!」
戸田先生の一言で、事件は起きた。
「では、僕がやろう」
真っ先に手を挙げたのは、矢彦だった。当然のことのように、胸を張っている。
「班長には、誰よりも知性が求められる。この僕ほどの適任は、いないだろう」
すると、すかさず白石さんが口を開いた。
「待って。班長は、頭がいいかどうかじゃないと思う」
「なんだと?」
「みんなをまとめて、ちゃんと責任を持てる人がやるべき。坂東くん、自分のことばっかりで人の話聞かないでしょ」
「な……っ。言うじゃないか」
火花が、散った。
矢彦と白石さん。
プライドの塊と、正義感の塊。一歩も譲らず、睨み合っている。
優世はおろおろし、真弘は「けんか?」と、きょとんとしている。
……やれやれ。
オレは、内心でため息をついた。
二人の言い分は、どっちも正しい。班長には、知識も、責任感も、どっちも要る。だが、六歳児二人が、そんなことを認め合えるはずもなくヒートアップする一方だ。
仕方ない。ここはひとつ、中身三十歳の出番だろう。
「まあまあ、二人とも」
オレは、できるだけ穏やかに間に入った。
「矢彦は、たしかに頭がいいよ。物知りなのは、みんな知ってる。白石さんは、しっかりしてて、責任感がある。……それって、どっちも班長に必要なことじゃない?」
二人が、きょとんとオレを見る。
「だからさ。班長は白石さんがやって、矢彦には、その頭で白石さんを助ける”参謀”をやってもらうのはどう? 一人でやるより、二人で組んだほうが、ぜったい強い班になると思うよ」
参謀、という響きに矢彦の眉がぴくりと動いた。
……いかにも、矢彦が好きそうな言葉だろう。
「さんぼー? なにそれ?」
案の定、真弘がきょとんとしている。
「真弘よ、説明してやろう。参謀とは、軍師とも呼ばれていてな――」
「ぐんし! なんかよくわかんないけど、かっこいいな!」
優世も、うんうんと頷く。
「さんぼー、いいじゃん! 矢彦にぴったりだよ!」
仲間たちの賛同を受けて、矢彦は誇らしげに片眉を上げた。
「ふっ。良かろう! この僕が、班の参謀を務めてやる。安心して班長をやりたまえ、白石くん」
白石さんも、こくりと頷いた。
「……うん。それなら、いいよ」
こうして、班長は白石さん、副班長(自称・参謀)は矢彦、という形でめでたく決着したのだった。
オレは、矢彦にこっそり耳打ちする。
「すまんな、矢彦。オレ、これから隣の席になる白石さんには、逆らえないんだ。ここは我慢してくれ」
「ふん。仕方のないやつだな」
……なんだかんだ、満更でもなさそうだ。
と、白石さんが、じっとオレを見ていた。
「……天谷くんって」
「ん?」
「意外と、難しい言葉知ってるんだね。“参謀”なんて、私も知らなかった。それに……ケンカ、止めてくれてありがとう。ちょっと、見直したかも」
ふいに向けられた、まっすぐな言葉。
「……ああ。ちょうど昨日、テレビで見たんだ」
オレは、適当にごまかして笑った。
社会人時代、揉める同僚や取引先の間を、何度も取り持ってきた。あの頃は、ただすり減るだけの面倒な仕事だと思っていた。
まさかこんなところで、役に立つとは。
班長が決まり、ようやく落ち着いた班をオレはぐるりと見回した。
知性をひけらかしたがる、参謀気取りの矢彦。
それを真正面から叱りつける、しっかり者の白石さん。
意味も分からず「かっこいい」とはしゃぐ、おバカな真弘。
そして、そんなみんなをにこにこと見守る優世。
……いやはや。これは、とんでもなく賑やかな班になりそうだ。
30歳小学生のオレと、個性の塊みたいな子供たちが集まった、この小さな班。
これから始まる学校生活、どんな騒がしい毎日が待っているんだろう。
……ふっ。なんだか、楽しみで仕方がない。




