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『学校ではツンなギャルが、夜になると俺の部屋でだけ甘えてくる秘密は誰にも言えない』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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ep.56 連絡先を聞かないメガネっ娘は、紙のしおりで距離を残す

 水曜の朝、朝比奈湊のスマホには黒瀬琉衣奈からのメッセージが来ていなかった。


 別に、毎朝来る約束をしたわけではない。


 昨日も黒瀬は言っていた。


 ――毎朝じゃないから。

 ――たまになら送る。


 だから来ていないのは普通だ。


 普通なのに、玄関で靴を履く前に一度だけスマホを確認してしまった自分がいて、湊は少しだけ嫌になった。


「……完全に待ってるじゃん」


 小さく呟いて、スマホをポケットにしまう。


 教室に入ると、黒瀬はいつも通り窓際の席にいた。


 莉子と話している。

 スマホを片手に、気怠げな顔で、何かに短く突っ込んでいる。


 湊が入ってきた瞬間、黒瀬は顔を上げた。


 目が合う。


「……おはよ」


「おはよう」


 いつもの朝の挨拶。


 でも今日は、そのあとにほんの少しだけ黒瀬が口元を緩めた。


 メッセージは来ていない。

 けれど、教室でこうしてちゃんと届く。


 その確認みたいな一秒だった。


「朝比奈くん、おはようございます」


 横から白瀬栞の声がした。


「おはよう」


「今日は、スマホを気にしていた顔ですね」


「……もうそこまでわかるのか」


「なんとなくです」


「なんとなくで当てないでほしい」


 栞は小さく笑った。


 その笑い方はいつも通り静かだったが、今日は少しだけ決めていることがある顔にも見えた。


「朝比奈くん」


「ん?」


「この前の本、よかったら次はこれを読んでみてください」


 そう言って、栞は鞄から一冊の文庫を取り出した。


 青い表紙の、薄めの小説だった。


「借りていいのか?」


「はい。私物なので、急がなくて大丈夫です」


「ありがとう」


 受け取ろうとすると、栞は本の間に何かを挟んだ。


「これも」


「しおり?」


「はい」


 薄い紙のしおりだった。


 市販のものではない。淡い色の厚紙に、細いペンで本の題名と、短いメモが書かれている。


 ――読み終わったら、好きだった場面を一つ教えてください。


 湊はその文字を見て、一瞬だけ黙った。


 連絡先ではない。


 メッセージでもない。


 でも、これは確かに次につながるものだった。


「……白瀬さんらしいな」


「そうですか?」


「うん。かなり」


 栞は少しだけ照れたように目を伏せた。


「連絡先を聞くのは、今は少し違う気がしたので」


 湊は言葉に詰まった。


 昨日、湊が言いかけて止めたこと。


 栞はちゃんと気づいていたのだ。


「だから、本にしました」


「強いな」


「強いですか?」


「うん。静かに強い」


 そう言うと、栞は少しだけ困ったように笑った。


「黒瀬さんほど真っ直ぐにはいけないので」


「十分、真っ直ぐだと思うけど」


「そうなら、よかったです」


 その会話の途中で、窓際から視線が来ているのがわかった。


 黒瀬だ。


 見ている。


 湊の手元の本も、しおりも、たぶん見えている。


 一限前、栞は今日は前の席に座らなかった。


 代わりに、机の横に立ったまま短く言った。


「今日は、これだけ渡したかったんです」


「そっか」


「感想、待っています」


「うん」


 栞は自分の席へ戻っていく。


 その背中を見送りながら、湊は本の間に挟まったしおりをもう一度見た。


 紙に書かれた文字なのに、妙に残る。


 二限の休み時間。


 黒瀬が湊の席の横へ来た。


 今日は手ぶらだ。


 用事がないのに来るのも、最近は少しずつ自然になってきている。


「……それ」


「本?」


「うん」


「白瀬さんに借りた」


「見ればわかるし」


 黒瀬は少しだけ唇を尖らせる。


「何か挟まってた」


「しおり」


「ふーん」


 黒瀬の“ふーん”は、今日も少しだけ長かった。


「連絡先じゃなくて、しおりなんだ」


「……見てたのか」


「見えたし」


「まあ、そうだな」


 黒瀬は本の表紙をちらっと見る。


「強いね、あのメガネ」


「俺もそう思った」


「そこで同意すんな」


「でも強いだろ」


「強いし」


 黒瀬は少しだけ悔しそうに言った。


 けれど、以前のようにただ尖っているわけではなかった。


「でも、ちょっとわかる」


「何が」


「連絡先じゃないとこ」


 意外な言葉だった。


 湊が黙っていると、黒瀬は視線を逸らしたまま続ける。


「あたしが今、それ持ってるからでしょ。だから、同じところに来ないで、別の残し方したんじゃん」


「……たぶん、そうだと思う」


「あの子、そういうの上手いよね」


 黒瀬は小さく息を吐く。


「むかつくけど、下手じゃない」


「褒めてる?」


「半分」


「最近その半分、便利だな」


「使いやすいし」


 その言い方が少しだけいつもの黒瀬で、湊は笑った。


 黒瀬もほんの少しだけ口元を緩める。


「で、読むの?」


「読むよ」


「感想言うの?」


「そりゃ、しおりに書いてあるし」


「……ふーん」


「怒ってる?」


「怒ってない。ちょっとだけ、面白くないだけ」


 かなり素直だった。


 その素直さに、湊は少し驚く。


 黒瀬はすぐに付け足した。


「でも、いいんじゃない」


「いいのか」


「本なら」


「本なら?」


「……あのメガネらしいし」


 そう言って、黒瀬は窓際へ戻っていった。


 昼休み。


 栞が前の席へ座った。


 今日は少しだけ緊張しているように見えた。


「黒瀬さん、何か言っていましたか」


「本ならいいんじゃないって」


 湊が答えると、栞は少し驚いた顔をした。


「そうですか」


「あと、白瀬さんらしいって」


「黒瀬さんが?」


「うん」


 栞は文庫本の端を指で軽くなぞった。


「少し、嬉しいですね」


「嬉しいんだ」


「はい。認めてもらえたみたいで」


 その言葉は、穏やかだった。


 黒瀬と栞の距離も、少しずつ変わっている。


 敵対でもなく、仲良しでもない。


 でも、相手のやり方を見ている。

 少し悔しくて、少し認めている。


 そういう距離だ。


「白瀬さん」


「はい」


「本、ちゃんと読むよ」


「急がなくて大丈夫です」


「でも、感想はちゃんと返す」


 栞は少しだけ目を細めた。


「待っています」


 その一言には、連絡先より遅くて、メッセージより静かな近さがあった。


 放課後。


 黒瀬は帰り際、湊の机の横へ来た。


「朝比奈」


「何?」


「今日、行くかはあとで送る」


「うん」


「あと」


 黒瀬は本のほうを見る。


「その本、読んだらあたしにも感想言って」


「黒瀬にも?」


「悪い?」


「いや、いいけど」


「白瀬にだけ言うの、なんか嫌」


 かなり正直だった。


 湊が少し笑うと、黒瀬はすぐ睨む。


「笑うな」


「悪い」


「悪いと思ってない」


「半分くらいは」


「それ、あたしのやつ」


 黒瀬は少しだけむくれてから、小さく続けた。


「……でも、面白かったら、あたしも読む」


「本当に?」


「何その反応」


「いや、嬉しい」


「普通に言うなって」


 黒瀬は顔を逸らした。


「じゃ、あとで」


「うん」


 夜八時半。


 スマホが震えた。


『今日、行く』


 湊は返信する。


『わかった』


 続けて、もう一つ来た。


『本、読んだ?』


『まだ』


『遅』


『借りたの今日だぞ』


『言ってみただけ』


 湊は笑った。


 九時。


 インターホンが鳴る。


 ドアを開けると、黒瀬はいつもの顔で立っていた。


「……遅」


「メッセージでも急かしてきたな」


「本の話?」


「そう」


「気になるし」


 黒瀬は部屋へ上がり、ソファに座る。


 湊がカフェラテを持って戻ると、彼女はテーブルの上の文庫本をちらっと見た。


「しおり、見せて」


「いいのか?」


「見るだけ」


 湊は本からしおりを抜いて渡す。


 黒瀬はそこに書かれた文字を読んだ。


 ――読み終わったら、好きだった場面を一つ教えてください。


 しばらく黙ってから、黒瀬は小さく言った。


「……やっぱ強い」


「だな」


「でも、嫌いじゃない」


「白瀬さんのこと?」


「このしおりのやり方」


「そっか」


 黒瀬はしおりを丁寧に本へ戻した。


 その動作が思ったより大事そうで、湊は少しだけ驚いた。


「雑に扱わないんだな」


「当たり前じゃん。あのメガネが考えて渡したやつでしょ」


 黒瀬は少しだけ視線を逸らす。


「そういうの、雑にしたら負けな気がする」


「勝負なんだ」


「ちょっとだけ」


 そう言って、黒瀬はカフェラテを飲んだ。


 連絡先を聞かないメガネっ娘は、紙のしおりで距離を残す。


 そしてギャルは、そのやり方を悔しがりながらも、ちゃんと丁寧に受け取る。


 その変化が、湊には妙にあたたかく感じられた。

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