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『学校ではツンなギャルが、夜になると俺の部屋でだけ甘えてくる秘密は誰にも言えない』  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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ep.162 消してない確認が、思ったより優しい

 黒瀬琉衣奈は、朝の教室で自分の余白ノートを開いた。


 昨日の一行が残っている。


 ――消してないって聞くの、あたしだけの言葉じゃなくなってきた。変な感じ。


 見返すたびに、少し落ち着かない。


 最初は、ただ湊に聞いていただけだった。


 見せない二行を消していないか。

 なかったことにしていないか。

 ちゃんとそこに残しているか。


 それを確認したくて、何度も聞いた。


 しつこいと思われるかもしれない。

 重いと思われるかもしれない。

 でも、聞かずにはいられなかった。


 それがいつの間にか、白瀬の見せない一行にも使われた。


 莉子も普通ノートに書いた。


 湊も保留ノートに書いた。


 消してない確認。


 四人の言葉になりつつある。


 変な感じだ。


 でも、悪くない。


「黒瀬さん、おはようございます」


「……おはよ」


 白瀬栞が席に座る。


 今日も髪には、黒瀬が選んだヘアピン。


 黒瀬がそれを見ると、白瀬は小さく笑った。


「今日も消していません」


「何を?」


「ヘアピンをつける習慣です」


「そういう言い方するな」


「すみません」


「謝るの早い」


 黒瀬は顔を赤くしてノートを閉じかけた。


 けれど、ふと白瀬のノートを見る。


 あの消した跡のあるページ。


 そこにはまだ、白瀬の見せない一行がある。


「白瀬」


「はい」


「その一行」


「はい」


「消してない?」


 白瀬は静かに頷いた。


「消していません」


「ならいい」


 黒瀬がそう言うと、白瀬は少しだけ安心した顔をした。


 その顔を見て、黒瀬は気づく。


 これは、自分が安心するためだけの確認ではない。


 聞かれた側も、そこにまだあると言える。


 それが少し、安心になることもある。


 そこへ莉子が教室へ入ってきた。


「おはよー。あ、今日も消してない確認してる」


「莉子、耳」


「育ってる」


「育てるな」


 莉子は席に座り、普通ノートを開いた。


「私の普通ノートも消してないよ」


「聞いてない」


「でも報告」


「朝比奈みたいにするな」


「必要かと」


「口調まで真似るな」


 莉子は笑いながら、普通ノートを開いて見せた。


 昨日の一行が残っている。


 ――白瀬さんの見せない一行も、まだ名前がない。でも消してない。


 黒瀬はそれを読んで、小さく頷いた。


「うん。消してない」


「でしょ」


「……よかった」


 言ってから、黒瀬は固まった。


 莉子がにやっとする。


「るいな、今普通に言った」


「言うな」


「でも、よかったって言われると、ちょっと嬉しい」


「受け取るな」


「受け取る」


 白瀬が静かに微笑む。


 そこへ湊が教室に入ってきた。


「おはよう」


「……おはよ」


「おはようございます」


「朝比奈くん、おはよ。今日の消してない報告どうぞ」


「莉子」


 黒瀬が止めるが、湊は少し笑って鞄を置いた。


「消してない。増えてない。名前もつけてない。紙には増えてない」


「完全版になってる」


 莉子が言う。


「やめて」


 黒瀬は顔を赤くした。


「でも、必要だろ」


 湊が言う。


「……必要だけど」


「ならよかった」


「普通に安心するな」


「安心したから」


「ずるい」


 莉子が普通ノートに書く。


 ――消してない報告、完全版になってきた。


「莉子」


「これは書く。歴史的進化」


「進化させるな」


 昼休み。


 四人はいつもの机に戻った。


 名前はない。


 けれど、もうそこに戻ることに違和感はない。


 莉子が机を寄せながら言う。


「ただいまー」


「まだ言う」


 黒瀬が返す。


「消してないから」


「何を」


「ただいま文化」


「文化にするな」


 白瀬も少し遅れて机に来て、小さく言った。


「ただいま、です」


 黒瀬は顔を赤くしながらも、今度は小さく返した。


「……おかえり」


 言った瞬間、莉子が固まった。


 白瀬も少しだけ目を丸くする。


 湊も黒瀬を見る。


「何」


 黒瀬は睨む。


「何か言った?」


「言ったね」


 莉子が言う。


「おかえりって」


「聞くな」


「聞こえた」


「消して」


「無理。心に保存」


「それもやめて」


「これは無理」


 白瀬は少し頬を赤くして、静かに言った。


「ありがとうございます」


「普通に礼言うな」


「嬉しかったので」


「白瀬、ずるい」


 湊は席に座りながら、少しだけ笑った。


「今のは、いいな」


「朝比奈まで」


「おかえりって言える場所になってる」


「普通に言うな」


 黒瀬は顔を赤くして、焼きそばパンの袋を開けた。


 莉子は普通ノートを開いた。


「これは書いていい?」


「だめ」


「名前出さないなら?」


「だめ」


「じゃあ、抽象的に」


「だめ」


「心に保存」


「それもだめ」


「でも無理」


 莉子は笑ったが、今日は書かなかった。


 それだけで黒瀬は少し救われた。


 昼食が始まると、莉子がふと口を開いた。


「消してない?ってさ」


「何」


 黒瀬が警戒する。


「思ったより優しい言葉じゃない?」


 黒瀬は動きを止めた。


 白瀬も箸を止める。


 湊も莉子を見る。


「だってさ、見せてって言ってるわけじゃないじゃん」


 莉子は普通ノートを指で押さえながら言う。


「まだある?って聞いてるだけでしょ。なかったことにしてない?って」


 黒瀬は黙った。


 莉子は続ける。


「見せなくてもいい。でも、消えてないならいい。って、けっこう優しいと思う」


 白瀬が静かに頷いた。


「はい。私もそう感じました」


 湊も言った。


「俺も」


 黒瀬は顔が熱くなった。


「……あたし、そんなつもりで言ってない」


「最初は?」


 莉子が聞く。


「最初は、ただ不安だっただけ」


「でも、それが優しい言葉になったんじゃない?」


「莉子」


「何?」


「今日、ちゃんとしてる」


「今日だけ?」


「半分」


「便利にするな」


 莉子は笑った。


 けれど、その笑いは少し照れていた。


 白瀬は自分のノートに一行書いた。


 ――消していないかを聞くのは、見せてほしいではなく、残っていてほしいに近い。


 黒瀬は、それを読んで胸が詰まった。


「白瀬、それ」


「見せてもいい一行です」


「……強い」


「すみません」


「消さないで」


「消しません」


 莉子も普通ノートに書く。


 ――消してない?は、残っていてほしい、に近い。


 湊は保留ノートを開いた。


 黒瀬が見る。


「書くの?」


「うん」


「見せるやつ?」


「見せるやつ」


 湊は一行書いた。


 ――黒瀬の「消さないで」が、いつの間にか四人の言葉になっている。


 黒瀬は固まった。


「……朝比奈」


「うん」


「それ、かなり恥ずい」


「そうか」


「そう」


「でも本当だと思う」


「普通に言うな」


「本当だから」


「ずるい」


 黒瀬はノートを見つめた。


 自分が不安で言った言葉。


 消さないで。


 消してない?


 それが、四人の言葉になっている。


 白瀬を安心させ、莉子の普通ノートに残り、湊の保留ノートに書かれている。


 恥ずかしい。


 でも、少しだけ嬉しい。


「消さないで」


 黒瀬は小さく言った。


「消さない」


 湊が答える。


「その一行も」


「うん」


「見せない二行も?」


「消してない。増えてない。名前もつけてない」


「ならいい」


 放課後。


 黒瀬は自分の余白ノートに書いた。


 ――消してない?は、思ったより優しい言葉だったらしい。知らなかった。


 書いてから、少しだけ笑った。


 知らなかった。


 自分の言葉なのに。


 莉子が覗き込む。


「見せるやつ?」


「……見せてもいい」


 莉子は読んで、少し笑った。


「るいならしい」


「何が」


「知らなかった、ってところ」


「悪かったね」


「悪くないよ」


 白瀬も読んだ。


「黒瀬さんの言葉が、黒瀬さん自身にも返ってきたんですね」


「白瀬、そういうの普通に言うな」


「本当なので」


「出た」


 湊も読んで、静かに頷いた。


「俺は助かった」


「何が」


「消してないって毎回言えること」


 黒瀬は湊を見る。


「面倒じゃなかった?」


「面倒じゃなかった」


「ほんと?」


「うん。言うたびに、まだ残してるって自分でも確認できた」


 黒瀬は何も言えなくなった。


 消してない確認は、黒瀬だけの安心ではなかった。


 湊自身の確認にもなっていた。


「……そっか」


「うん」


「ならいい」


 夜。


 黒瀬は湊の部屋で、カフェラテを両手で包んでいた。


「今日、消してない確認の話ばっかりだった」


「そうだな」


「あたしの言葉が、四人の言葉になってるって」


「うん」


「恥ずい」


「うん」


「でも、悪くない」


 湊は静かに頷いた。


「悪くないと思う」


「普通に受け取るな」


「でも、本当に」


「ずるい」


 黒瀬はカップを見つめる。


「消してない?」


「消してない。増えてない。名前もつけてない」


「紙には?」


「今日の見せてもいい一行だけ」


「ならいい」


 少し沈黙が落ちる。


 カフェラテの湯気が揺れる。


「朝比奈」


「何?」


「あたし、消さないでって言ってよかった?」


 湊はすぐに答えた。


「よかった」


「即答するな」


「これは即答する」


「ずるい」


「うん」


 黒瀬は顔を赤くして、クッションを抱いた。


 消してない確認は、思ったより優しい言葉だった。


 見せろではない。

 急かすでもない。

 ただ、残っていてほしいと伝える言葉。


 黒瀬は、それを知らないまま使っていた。


 けれど今、その言葉は四人の中に残っている。


 消されずに。


 ちゃんと。

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