表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『学校ではツンなギャルが、夜になると俺の部屋でだけ甘えてくる秘密は誰にも言えない』  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

132/164

ep.131 報告が来ない朝、ギャルは自分から確かめない

翌朝、黒瀬琉衣奈は、起きてすぐスマホを見なかった。


 見なかった。


 少なくとも、自分ではそういうことにした。


 実際には、目覚ましを止めた時に画面の上の通知欄を一瞬見た。


 そこに朝比奈湊の名前がないことも確認した。


 けれど、ロック画面を開いてメッセージ欄まで見たわけではない。


 だから、見ていない。


 黒瀬の中では、そういう扱いになった。


「……別に」


 誰に言うでもなく、布団の中で呟く。


 昨日の朝は、湊からメッセージが来た。


 ――消してない。


 たったそれだけだった。


 短すぎる。


 短いのに刺さる。


 でも、それを見て安心した。


 だから昨日の夜、黒瀬は言った。


 毎日は重い。

 でも全然ないと気になる。


 我ながら面倒くさい。


 しかもその面倒くささを、湊は「難しいな」と言いながら、普通に受け取った。


 受け取るな、と思う。


 でも受け取ってほしいとも思う。


 朝から、そういうことを考えている自分が嫌になる。


 黒瀬は布団をはねのけて起き上がった。


 スマホは机の上に伏せる。


 まだ見ない。


 制服に着替え、顔を洗い、髪を整える。


 その間も、スマホは沈黙していた。


 いや、通知音が鳴っていないだけで、もしかしたら無音通知が来ているかもしれない。


 そんなことを考えて、黒瀬は鏡の前で自分の顔を睨んだ。


「だから何なの」


 自分で自分に言う。


 報告が来ない日もある。


 毎日は重いと言ったのは自分だ。


 それなのに、来ないと気になる。


 ひどい。


 かなりひどい。


 だが、ここで自分から「今日は?」と聞いたら負けな気がした。


 負けとは何なのか。


 よくわからない。


 けれど、黒瀬の中では明確に負けだった。


 結局、家を出る直前に一度だけスマホを見た。


 湊からのメッセージはない。


 黒瀬は画面を閉じた。


「……よし」


 何がよしなのかはわからない。


 でも、自分から聞かなかった。


 それだけは、少しだけ偉い気がした。


 学校に着く頃には、黒瀬の中で「今日は聞かない」という方針が固まっていた。


 気になる。


 でも聞かない。


 待つ練習の続き。


 そう思えばいい。


 教室に入ると、白瀬栞がすでに席にいた。


 今日もノートを開いている。


 今日も髪には、あのヘアピンがついている。


 黒瀬はそれを見て、少しだけ息を整えた。


「……おはよ」


「おはようございます、黒瀬さん」


 白瀬は顔を上げ、黒瀬を見る。


 いつもの穏やかな目。


 でも、ほんの少しだけ探るような気配があった。


「今日は、少し意地を張っている顔ですね」


「朝から何」


 黒瀬は即座にむくれた。


「すみません。そう見えました」


「見えすぎ」


「はい」


「認めるな」


 黒瀬は席に鞄を置き、ノートを出した。


 白瀬はそれ以上すぐには聞かなかった。


 それがありがたい。


 ありがたいのに、少しだけ物足りない。


 また面倒くさい。


 黒瀬はノートを開いた。


 余白に書きたい言葉がある。


 ――今日は報告なし。


 でも、書いたら本当に気にしているみたいだ。


 気にしているのだが、書きたくない。


 しばらく迷って、黒瀬は別の一行を書いた。


 ――自分からは聞かない。


 書いた瞬間、白瀬が少しだけ視線を落とした気がした。


 見えていないはずだ。


 いや、白瀬なら見えているかもしれない。


「見た?」


 黒瀬が聞く。


「見ていません」


「ほんと?」


「はい。ただ、何かを決めたようには見えました」


「怖い」


「怖くはないと思います」


「白瀬の観察力が怖い」


 白瀬は少しだけ笑った。


「今日は、自分から聞かない日ですか」


 黒瀬は固まった。


「見てるじゃん!」


「見ていません。ただ、そうかなと思いました」


「当てるな」


「すみません」


「謝るの早い」


 黒瀬は顔を赤くして、ノートを閉じかけた。


 だが、閉じなかった。


 別に見られて困るようなことではない。


 少しだけ困るが。


 白瀬は静かに言う。


「聞かないで待つのも、待つことだと思います」


「……白瀬」


「はい」


「朝から強すぎ」


「すみません」


「でも」


 黒瀬は小さく息を吐いた。


「それ、ちょっと思った」


「はい」


「だから今日は聞かない」


「はい」


「でも、気になる」


「はい」


「普通に受け取るな」


「でも、どちらも本当だと思ったので」


「またそれ」


 黒瀬はむくれた。


 でも、少し楽になった。


 そこへ莉子がやってきた。


「おはよー。あれ、るいな今日は戦ってる顔」


「何と」


「自分と」


「朝から重い」


「でも当たってない?」


 黒瀬は答えなかった。


 莉子はそれだけで察した顔をする。


「朝比奈くんの一行?」


「莉子」


「はい、今日は掘らない」


「ほんと?」


「ほんと。顔が今日は掘るなって言ってる」


「また顔」


「顔は便利」


「便利にするな」


 莉子はツッコミ帳を出さなかった。


 その代わり、机に鞄を置きながら軽く言う。


「聞かないで待てたら、今日のるいなは偉い」


「莉子まで」


「これは茶化し半分、真面目半分」


「便利にするなって」


「便利だもん」


 黒瀬は文句を言おうとして、やめた。


 今の言葉は、少しありがたかった。


 聞かないで待てたら偉い。


 それなら今日は、少しだけ頑張れる気がした。


 湊が教室に入ってきたのは、その数分後だった。


「おはよう」


「……おはよ」


 黒瀬は普通に返した。


 普通に。


 たぶん。


 少なくとも、変な声にはならなかった。


 湊は黒瀬の顔を見て、何か言いたそうにした。


 黒瀬は先に視線を逸らした。


 聞かない。


 今日は聞かない。


 湊も、それを察したのか、何も言わなかった。


 ただ、自分の席に鞄を置き、いつものように教科書を出す。


 それだけ。


 それだけなのに、黒瀬は少し落ち着かなかった。


 メッセージは来ていない。


 でも、目の前に湊はいる。


 スマホの中の一行も、きっとまだある。


 昨日までは「報告」が安心だった。


 今日は、報告がない状態で信じる練習なのかもしれない。


 そんなことを思って、黒瀬はノートにもう一行書いた。


 ――報告なしでも、たぶんある。


 書いてから、すぐに顔が熱くなった。


 何を書いているのか。


 でも消さなかった。


 一限目、黒瀬は思ったより集中できなかった。


 問題を解いている途中で、何度かスマホを見そうになる。


 授業中なので当然見ない。


 見ないが、意識だけが机の中のスマホへ向かう。


 湊から何か来ているかもしれない。


 来ていないかもしれない。


 いや、朝来ていなかったのだから、授業中に来るはずがない。


 そう思いながらも気になる。


 黒瀬はシャーペンを握り直した。


 白瀬が隣から小さくメモを差し出してきた。


 授業中なので、声は出さない。


 紙には短く書いてあった。


 ――待つ日は、手元を見ると少し楽です。


 黒瀬はそのメモを見て、目を瞬かせた。


 白瀬を見る。


 白瀬は黒板を見ているふりをしている。


 黒瀬は少しだけ口元を緩めそうになり、慌てて引き締めた。


 余計なことを。


 でも助かる。


 黒瀬は返事を書く。


 ――白瀬、強い。


 それをそっと返す。


 白瀬は紙を受け取り、ほんの少しだけ笑った。


 その笑顔を見て、黒瀬は思う。


 白瀬も待つのが上手い。


 だからこういう言葉をくれるのかもしれない。


 昼休み。


 黒瀬は結局、自分から湊に聞かなかった。


 莉子はそれに気づいていた。


 白瀬も気づいていた。


 湊もたぶん気づいていた。


 四人で机を少し寄せて昼食を食べている間、莉子はツッコミ帳を閉じたままだった。


 珍しい。


「莉子、今日書かないの?」


 黒瀬がつい聞くと、莉子はにやっとした。


「書いてほしい?」


「違う」


「今日は見てる日」


「何それ」


「るいなが自分から聞かないでいられるか観察する日」


「結局観察してるじゃん」


「心に」


「それが一番怖い」


 莉子は笑った。


 湊は黒瀬を見る。


 黒瀬は目を逸らす。


 その反応を見て、湊が言った。


「黒瀬」


「何」


「今日、聞かないでいるんだな」


 黒瀬は固まった。


 真正面から言われると、やっぱり刺さる。


「……本人が言うな」


「ごめん」


「謝るの早い」


「でも、気づいたから」


「気づくな」


「無理だろ」


「最低」


 黒瀬は焼きそばパンの袋を少し強めに畳んだ。


 湊は静かに続ける。


「消してない」


 黒瀬の手が止まった。


 教室の音が、一瞬だけ遠くなる。


 湊はそれ以上言わない。


 ただ、それだけ言った。


 消してない。


 朝に報告はなかった。


 でも、今言われた。


 黒瀬は顔が熱くなる。


「……聞いてない」


「うん」


「聞いてないのに言った」


「うん」


「ずるい」


「今日は言った方がいいと思った」


「そういう判断するな」


「悪い」


「悪いと思ってない」


「半分くらいは」


「禁止」


 黒瀬はむくれた。


 けれど、胸の奥の緊張が少しほどけていく。


 莉子が小声で言う。


「今のめっちゃ書きたい」


「書くな」


「書かない。今日は我慢」


「莉子も待つ練習?」


「そうかも」


 白瀬が少し笑った。


「藤堂さんも、待つ側ですね」


「白瀬さん、今日もまとめが綺麗」


「ありがとうございます」


「褒めたら普通に受け取った」


「はい」


 黒瀬はそのやり取りに少しだけ笑った。


 放課後、自習会は短く終わった。


 確認テスト対策というより、ほとんど確認だけ。


 黒瀬はノートの余白に、昼の湊の言葉を書いた。


 ――聞いてないのに、消してないと言われた。


 その下に少し迷ってから、もう一行。


 ――助かった。むかつく。


 自分らしいな、と思った。


 白瀬には見せない。


 莉子にも見せない。


 湊には、夜なら見せるかもしれない。


 そう思った瞬間、また顔が熱くなった。


 夜、黒瀬はいつものように湊の部屋へ来た。


 ドアを開けると、黒瀬は少しだけ不満そうな顔で立っている。


「……来た」


「今日は何の確認?」


「聞かないで待った件」


「自分で言うんだ」


「うるさい」


 黒瀬は部屋に上がり、ソファへ座った。


 カフェラテを受け取り、クッションを抱える。


 少しして、鞄からノートを出した。


「見せるのか?」


「ちょっとだけ」


 黒瀬はページを開いた。


 湊に向ける。


 そこには、昼に書いた二行があった。


 ――聞いてないのに、消してないと言われた。

 ――助かった。むかつく。


 湊はそれを読んで、少しだけ笑った。


 黒瀬が睨む。


「笑うな」


「ごめん。でも黒瀬らしい」


「それ言えばいいと思ってるでしょ」


「いいと思ってる」


「認めるな」


 黒瀬はノートを引っ込めようとしたが、途中で止めた。


「今日、朝から聞かなかった」


「うん」


「かなり気になった」


「うん」


「でも聞かなかった」


「うん」


「昼に朝比奈が言った」


「うん」


「あれ、助かった」


「そっか」


「でも、むかついた」


「それも書いてあった」


「うん」


 二人で少し笑った。


 黒瀬はカフェラテを飲む。


「報告がない日も、たぶん待つ練習」


「うん」


「でも、たまには言って」


「わかった」


「毎日は重い」


「うん」


「全然ないと気になる」


「うん」


「難しいでしょ」


「難しいな」


「難しいんだって」


 黒瀬は少しだけ笑った。


 報告が来ない朝、ギャルは自分から確かめなかった。


 気になって、落ち着かなくて、スマホを見そうになって。


 それでも聞かなかった。


 そして昼に、湊が自分から「消してない」と言った。


 その一言は、むかつくくらい助かった。


 黒瀬のノートには、ちゃんとそう残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ