ep.1 夜のベランダで、ギャルがひとり取り残されていた
夜というものは、不思議なくらい本音を浮かび上がらせる。
昼間はどうってことのない教室の一言が、帰宅してから急に引っかかったり。誰かの何気ない視線を思い出して、今さら変に意識したり。逆に、どうでもいいと思っていたことが、夜になると本当にどうでもよくなったりする。
朝比奈湊にとって、夜はそういう時間だった。
静かで、余計な音が少なくて、他人の機嫌に振り回されない時間。
だから嫌いじゃない。むしろ、かなり好きなほうだ。
両親は仕事の都合で家を空けることが多い。父は海外赴任と出張を行ったり来たり、母も地方の店舗立ち上げに関わっていて、家にいる日よりいない日のほうが多い。完全な一人暮らしではない。けれど実態としては、ほとんどそれに近い生活を湊は一年以上続けていた。
最初は大変だった。
洗濯のタイミングがわからない。米の炊き方が曖昧。気づけば冷蔵庫の中の食材をダメにする。掃除なんて、床に髪が落ちていても「こんなもんか」で済ませていた。
でも、人間は案外慣れる。
今ではスーパーの特売日も把握しているし、冷凍保存もできる。洗濯物はためすぎると面倒だと知っているし、風呂は追い焚きよりもすぐ入ったほうが安い。料理だって、豪華ではないけれど一通りはこなせるようになった。
その日も、湊は夕飯に作った生姜焼きの残りを小分けにして冷蔵庫へ入れ、米の予約タイマーをセットし、洗った食器を拭いて棚へ戻したところだった。
時計を見る。午後十時二十六分。
明日の授業に必要な英単語帳を机に出し、シャープペンを転がし、椅子に腰かける。窓の外はしんと暗く、駅前から少し離れたこのマンションの一角には、都会らしい喧騒も届かない。
静かだ。
ちょうどいい。
この時間の、この感じが好きだった。
学校では、静かであることは必ずしもプラスに働かない。目立たない、地味、印象が薄い。そういう言葉に変換されることが多いからだ。
朝比奈湊は、高校二年生の男子としてはたぶん平均的だった。背も平均より少し高いくらい。成績も上の下あたり。運動は得意ではないが苦手すぎるほどでもない。誰かに嫌われることは少ないが、中心に立つこともない。
クラスの誰かが「朝比奈っていいやつだよな」と言ってくれたら、たぶん何人かは「まあ、わかる」と頷く。けれど、そのあとすぐ別の話題に移れる程度の存在感しかない。そんな自覚があった。
別に、それで困ってはいない。
むしろ楽だ。
クラスの中心にいて、いつも誰かの視線を浴びるのは性に合わない。
それに、目立つ人間には目立つ人間なりの面倒がある。
たとえば――黒瀬琉衣奈みたいな。
頭の中に浮かんだその名前に、湊は無意識に眉をひそめた。
同じ二年。しかも同じクラス。
黒瀬琉衣奈。
茶色がかった明るい髪。きっちり巻いてある日もあれば、少しラフに下ろしてくる日もある。制服は校則違反ぎりぎりを攻める着崩し方で、ネクタイもゆるい。スカート丈は短いが、下品な感じはしない。肌は健康的に焼けていて、それがいわゆる“ギャル”らしい雰囲気をさらに強くしていた。
噂では日サロに通っているらしい。
本人が隠していないというか、隠す気がないのか、クラスの女子たちも「るいなの焼き方、今日めっちゃ綺麗じゃない?」なんて普通に話しているのを何度か聞いたことがある。
目立つ。とにかく目立つ。
でも、単なる派手な女子ではなかった。
強いのだ。
誰かに媚びないし、誰かの顔色をうかがわない。男子が軽いノリで話しかければ、「は? だからなに」と普通に切る。女子の輪の中心にいるくせに、ベタベタ群れる感じもない。笑う時は笑うが、つまらなければ笑わない。
そのせいで怖がっている男子も多いが、女子からの支持は高い。
要するに、簡単に近づけるタイプではない。
湊とは、まともに話したことがほとんどない。
席が近くなった時にプリントを回したとか、体育のペア分けで一瞬視線が合ったとか、その程度だ。たまに廊下ですれ違うことはあるが、黒瀬のほうは湊のことを「クラスにいる男子のひとり」くらいにしか認識していないだろう。
少なくとも、湊はそう思っていた。
だから。
その夜、ベランダの向こうから小さく物音がした時も、まさかそこに黒瀬琉衣奈がいるなんて、夢にも思わなかった。
最初は風かと思った。
コト、と軽い音。次に、カタン。なにか硬いものがぶつかるような、控えめな音。
湊は単語帳から顔を上げた。
エアコンの送風音に混じって、また、コツ、と鳴る。
「……なんだ?」
独り言ちて椅子を引く。
このマンションはベランダ同士が非常用の隔て板で仕切られている、ごく普通の造りだ。隣の部屋との間に薄い板が立っていて、火事や災害の時はそこを破って避難するようになっている。
まさか隣人トラブル、というほど大げさな気配ではない。
けれど、明らかに何かがおかしい。
湊はカーテンを少しだけ開け、ガラス越しに外を見る。
暗い。室内の明かりが反射して、最初はよく見えない。
仕方なく窓に近づき、鍵を外し、そっと数センチだけ開ける。夜の空気がひやりと流れ込んできた。
その瞬間。
「ちょ、待っ……!」
小さく、でもはっきりとした女の声が聞こえた。
湊の肩が跳ねる。
「え?」
思わず窓をもう少し開けた。
隔て板の向こう、隣との境目あたりに、しゃがみこんでいる人影がある。暗がりの中でも、長い茶髪がわかった。細い手首。華奢に見える肩の線。けれど、ひざを抱えるようなその姿勢と、顔を上げた時の強めの目元で、誰なのか一瞬で理解してしまう。
「……黒瀬?」
一拍遅れて、相手も固まった。
次の瞬間、ものすごく嫌そうな顔をされた。
「……は?」
夜のベランダだというのに、その声は昼間の教室みたいに棘があった。
「なんで、あんたなの」
「それ、俺の台詞なんだけど」
「聞いてないし」
反射的に返してから、湊は状況を確認しようと目を凝らした。
黒瀬琉衣奈は、明らかに家の外側にいた。
正確には、ベランダに締め出されている。
服装は学校の時とは全然違った。薄い色のキャミソールの上から、ゆるいパーカーを適当に羽織っている。下はショートパンツ。夜風にさらされるには少し心もとない格好だ。普段の強気なギャル姿ではなく、完全に部屋でくつろいでいたところをそのまま外に出されたような、そんなラフさだった。
しかも髪は下ろしたままで、巻きも取れかけている。
顔も、ほとんど化粧が落ちているように見えた。
暗いのに、それでもわかるくらい、学校で見るのとは雰囲気が違う。
「……なにしてんの」
そう聞くと、黒瀬は露骨に目を逸らした。
「別に」
「いや、別にじゃないだろ」
「うっさいな。ちょっと出たら閉まっただけ」
「閉まったって」
「窓。オートロックじゃないけど、なんか半端に閉めたら、ほら……」
言いながら、自分でも何を言っているのかよくわからなくなったらしい。黒瀬は苛立ったように髪をかき上げた。
「とにかく、締め出されたの。これでいい?」
ぶっきらぼうだ。
でも、その最後の一言には、ほんの少しだけ恥ずかしさが混じっていた。
湊は自分でも驚くくらい、しばらく何も言えなかった。
クラスの黒瀬琉衣奈が、風呂上がりみたいな格好で、夜のベランダに締め出されている。
情報量がおかしい。
「スマホは?」
「部屋」
「鍵は」
「部屋」
「家の人は?」
「……いない」
短く返ってくる。ぶすっとした口調のまま。
でも、そこに少しだけ震えが混じったのを、湊は聞き逃さなかった。
夜風のせいか、別の理由かはわからない。
ただ、このまま立たせておくのはまずいと思った。
「とりあえず、こっち来る?」
「は?」
「俺んち。中通って玄関から管理人さん呼ぶなり、鍵屋調べるなりしたほうがいいだろ」
「……あんたんちに?」
「他にないだろ」
黒瀬はすぐには動かなかった。
たぶん警戒している。そりゃそうだ。いくら同じクラスでも、夜中に男子の部屋へ入るなんて、普通なら避けたい状況だろう。
でも、湊だって別に好き好んでこんな展開を迎えているわけではない。
「嫌なら管理人室の前まで一緒に行くから」
「……」
「その格好でずっと外いるよりはいいと思うけど」
言うと、黒瀬は不本意そうに唇を尖らせた。
それから、小さく舌打ちして立ち上がる。
「……変なことしたら、普通に蹴るから」
「しないよ」
「男って信用ならないし」
「じゃあ入らなくていいよ」
「入るけど」
どっちだよ、と思ったが口には出さない。
湊は窓をいっぱいに開け、ベランダへ出た。隔て板の手前まで回り込み、黒瀬がこちら側へ寄ってくるのを確認する。
近くで見ると、やっぱり学校の時と全然違う。
日焼けした肌はそのままだが、バッチリ作り込まれた雰囲気がないせいか、年相応というより少し幼く見えた。目元も鋭いのに、今はどこか心細そうだ。
そして――近い距離で気づく。
すごくいい匂いがした。
きつい香水ではなく、シャンプーとボディソープの残り香みたいな、甘くて軽い匂い。
変に意識するな、と自分に言い聞かせる。
「足元気をつけて」
「子どもじゃないし」
「いや、そのサンダル危な……」
言い終わる前に、黒瀬の足がベランダの段差で少し滑った。
「っ」
反射的に、湊は腕を伸ばす。
がし、と掴んだのは彼女の手首だった。
温かい。
細い。
でも、ちゃんと生きた体温がある。
黒瀬のほうも一瞬息を呑み、次いで、顔をしかめた。
「……触った」
「転びそうだったからだろ」
「別に転んでないし」
「転ぶ一歩手前だった」
「……ありがととか言わないから」
「別に期待してない」
そんなことを言い合いながら、なんとか湊の部屋へ入れる。
窓を閉めた瞬間、外気の冷たさが遮断されて、部屋の空気が一気に戻ってきた。
それまで平気そうな顔をしていた黒瀬が、ほんの少しだけ肩の力を抜く。
その変化がなぜか目について、湊は視線を逸らした。
「適当に座れば」
「……へえ」
「なに」
「いや、意外とちゃんとしてんだなって」
黒瀬は部屋の中を見回した。
ワンルームではないが、広いわけでもない一人暮らし向けの間取り。キッチンとダイニング、奥に六畳の居室。派手さも生活感もほどほどにある、無難な男子高校生の部屋だ。
ただし、床に服が散らばっているようなことはない。
テーブルの上も片づいているし、シンクにも洗い物はない。
「朝比奈って、もっと散らかってるかと思ってた」
「どういうイメージ」
「知らない。男子の部屋ってだいたい終わってるじゃん」
「偏見すごいな」
「だってそうじゃん」
言いながら、黒瀬はソファの端に腰かけた。
座り方はラフなのに、どこか落ち着かないようにも見える。さっきまでのツンツンした口調はそのままだが、ベランダにいた時よりは棘が丸くなっていた。
湊はキッチンへ向かい、コップを二つ出した。
「なんか飲む?」
「……水」
「温かいのもあるけど」
「じゃあ、あったかいの」
小さく言い直す声が、昼の黒瀬からは想像しづらい柔らかさだった。
湊は少しだけ驚きながら、ケトルのスイッチを入れる。インスタントのカフェラテがあったはずだと思い出し、棚を開ける。
「カフェラテでいい?」
「……甘いやつ?」
「まあ」
「それ」
やっぱりギャルでも甘いの好きなんだな、と思ったところで、ふと、おかしさが込み上げた。
なんで自分は、クラスで一番近寄りがたい女子の好みを確認しながら、夜中にカフェラテを淹れているんだ。
現実感が薄い。
でも、黒瀬のほうはもっと変な気分なのかもしれない。
振り向くと、彼女はパーカーの袖をぎゅっと握りしめていた。強がっているけれど、たぶん結構まずい状況だったのだろう。外に締め出されるなんて、笑い話みたいでいて、当人には笑えない。
「……で、どうすんの」
マグカップを差し出しながら湊が聞くと、黒瀬は受け取って、ふうと表面に息を吹きかけた。
「管理人、まだいるかな」
「この時間だと微妙」
「だよね」
「親に連絡は?」
「……今はしたくない」
その一言だけで、そこに踏み込みすぎるのはやめようと思った。
軽い事情ではないのかもしれない。あるいは単に、気まずいだけか。
どちらにせよ、今それを無理に聞く間柄ではない。
「じゃあ、管理会社の緊急連絡先とか、玄関の掲示にないかな。見に行く?」
「あとでいい」
「寒くない?」
「ちょっと」
「毛布あるけど」
「は? そこまでじゃないし」
即答だった。
けれど、その返しのあとで小さくくしゃみをしたので、湊は黙って奥の棚からブランケットを取ってきた。
「使えば」
「……だから、そこまでじゃ」
「風邪ひかれても困る」
「なんであんたが困るわけ」
「クラスで変な噂立ったら面倒」
「それは、まあ」
言い返せなかったらしい。黒瀬は気まずそうに視線を泳がせ、結局、ブランケットを受け取った。
「……ありがと」
たぶん、かなり小さかった。
聞こえなかったふりをしてやるか迷ったが、湊は普通に「どういたしまして」と返した。
すると黒瀬は、なぜか少しだけ目を丸くした。
それが妙に印象に残る。
しばらくのあいだ、部屋には沈黙が落ちた。
気まずいわけではない。かといって気楽でもない。不思議な静けさだった。
テーブルの上のマグカップからは湯気が立っている。外より数度高いだけの室温なのに、それでもさっきまでベランダにいたせいか、黒瀬の頬には少し赤みが差していた。
学校では決して見られない顔だと思った。
髪をきっちり作っていない黒瀬。
メイクの薄い黒瀬。
ソファに浅く座り、ブランケットを膝にかけて、甘いカフェラテをちびちび飲む黒瀬。
同一人物に見えなくて、逆に、ちゃんと同一人物なのが不思議だった。
「……見すぎ」
不意に言われて、湊は我に返る。
「見てない」
「嘘。今めっちゃ見てた」
「いや、状況が珍しいから」
「珍しいってなに」
「黒瀬が俺んちでカフェラテ飲んでる状況」
「……それは、そう」
一瞬だけ、彼女の口元が緩んだ。
すぐに元へ戻ったけれど、確かに今、笑いそうになっていた。
そのことに気づいて、湊の胸の奥が妙にざわつく。
昼間の教室では、他の女子たちと笑っていることはあっても、こんな近くで見ることはない。というか、自分に向けられた表情として見ることがない。
「で、これ、学校で言ったらほんとに終わるから」
黒瀬は真顔に戻って言った。
「何を」
「何を、じゃない。今日のこと全部」
「言わないよ」
「絶対?」
「絶対」
「男子ってそういうのすぐ喋るじゃん」
「喋らないって。というか喋ったら俺のほうが終わる」
「……まあ、たしかに」
そこは納得するんだ、と少しだけ笑いそうになる。
黒瀬はマグカップを両手で持ったまま、じっと湊を見た。
強い目だ。学校で見るのと同じ、まっすぐで、ちょっと人を試すような目。
なのに今は、その奥にほんの少しだけ揺れるものがある。
「……ほんとに、言わない?」
「言わない」
「じゃあ信じる」
あっさり言われて、今度は湊のほうが拍子抜けした。
「そんな簡単に?」
「簡単じゃないし」
「じゃあ」
「あんた、なんか……変に見栄張らないし」
黒瀬はそこまで言ってから、しまったという顔をした。
「いや、別に褒めてない」
「今ちょっと褒めた」
「褒めてない」
「そういうことにしとく」
「うざ」
いつもの調子のはずなのに、なぜか本気で刺さらない。
それが少しおかしくて、湊は肩の力を抜いた。
時間はゆっくり過ぎていく。
管理会社の連絡先をマンションの共用部まで確認しに行くことになったのは、その十分後だった。廊下を歩く間も、黒瀬は「近すぎ」「先行って」「見ないで」といちいちうるさかったが、その声にはもう最初ほどの尖りがなかった。
結局、その夜のうちに管理会社の夜間窓口に繋がり、合鍵対応でどうにか部屋へ戻れることになった。
担当の人が来るまでの二十分、黒瀬は再び湊の部屋で待つことになった。
その二十分は、さっきまでよりさらに短く感じた。
大した会話はしていない。
学校の話を少し。近所のコンビニの話を少し。湊が料理をすることに黒瀬がまた驚き、「マジで?」と何度も確認したくらいだ。
でも、帰る直前。
玄関で靴を履きながら、黒瀬はふいに言った。
「……朝比奈」
「ん?」
「今日のこと、ほんとに」
「言わないって」
「そこじゃなくて」
そこで一瞬、彼女は言葉を探すみたいに黙った。
こんな黒瀬を見るのは初めてだった。強気で、即答で、人の話に被せるみたいに言い返してくる彼女が、こんなふうに迷うなんて。
けれど次の瞬間には、もういつもの顔へ戻っている。
「……まあ、助かった。ありがと」
それだけ言うと、黒瀬はさっさとドアを開けて出ていった。
廊下に消える背中は、また学校で見る“あの黒瀬琉衣奈”に戻っているように見えた。
玄関の扉が閉まる。
急に静かになる。
湊はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
胸の奥に、変なざわつきが残っている。
助けた。それだけだ。
クラスメイトが困っていたから、部屋に上げた。それだけ。
なのに、どうしてこんなに落ち着かないのか。
数分後、テーブルの上に置きっぱなしだったマグカップを片づけようとして、湊は小さく息を呑んだ。
ソファの端に、細い黒のヘアピンが一本落ちていた。
黒瀬のものだ、とすぐにわかる。
拾い上げる。
たったそれだけの物なのに、妙に指先が熱かった。
「……明日、返すか」
独り言ちてから、湊はすぐに首を横に振った。
いや、学校でどうやって。
そもそも向こうが普通に受け取るとも思えない。むしろ「は? なにそれ」とか言われる未来しか見えない。
そう考えると、少しだけ気が重くなる。
でも同時に――ほんの少しだけ、妙な期待もあった。
また、話すことになるかもしれない。
昼の教室ではない、夜の静かな部屋で見た彼女の顔を、もう一度見ることになるかもしれない。
そんなことを考えた自分に、湊は呆れた。
「……いや、ないだろ」
言い聞かせるように呟く。
今夜のことは、たぶん事故みたいなものだ。
一回きりの、たまたま起きたハプニング。
クラスの派手なギャルが、たまたま隣人で、たまたまベランダに締め出されて、たまたま助けただけ。
それ以上でも以下でもない。
――そのはずだった。
この時の湊は、まだ知らなかった。
学校では目も合わせてくれないようなツンなギャルが、この夜を境に、少しずつ自分の部屋へ足を向けるようになることを。
そして、自分もまた、その夜のインターホンを、知らないうちに待つようになってしまうことを。




