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かんな  作者: 可湳
9/16

佐々木さんの研究室に戻った時、私は何も言えなかった。


入口でひと呼吸したはずなのに、酸素が全然足りない気がする。棚の瓶も、机の上のケーブルも、観葉植物の「ななし」札も、全部ぼんやりして見える。いつもなら「お疲れさま」って言うはずなのに、声が出ない。


足が勝手にベッドの方へ向かう。


毛布をひっぱって、頭からかぶって、膝を抱えた。


目の前で毛布の隙間から入る光がちらちら揺れてる。窓の外で何かが動いている音。フブキくんがいつものように微妙な風を送ってる。クーキまるくんも、小さくブーンって唸ってる。


でも、全部が遠い。

全部が、意味ない。


私は——エラーから生まれた存在。


「管理局施設への攻撃未遂」。

私の歌が、私の名前が、誰かを危険な行動に駆り立てた。


心の奥で何かがぎしぎし音を立ててる。

たぶん、崩れてる音だ。


削除まで、あと64時間。


---


コンコン。


「かんなサーン、起きてる?何か食べる?」


佐々木さんの声が扉の向こうから聞こえる。


私は毛布の下で首を振った。声を出すのが面倒くさい。


「お腹すいてない?コーヒーとか、紅茶とか……」


「いりません」


かろうじて言えた。声がかすれてる。


しばらく間があって、足音が遠ざかっていく。


私はフブキくんの風が肌に当たるのがうっとうしくなった。毛布から腕を出して、壁のスイッチを探す。パチンと押すと、風が止まった。クーキまるくんも止めた。窓の方から聞こえてた小さな機械音も止めた。


静寂。


でも、頭の中では相変わらずぎしぎし音が鳴ってる。


窓辺の観葉植物が、霧吹きを待ってる。いつもなら朝一番に「おはよう、ななしちゃん」って言いながら、きらきらの水滴をかけてあげるのに。


今日はできない。

明日もできない気がする。


削除まで、あと60時間。


---


「かんなちゃん、璃さんから通信きてるよー」


佐々木さんの声。今度は部屋の中から聞こえる。


私は毛布にもぐったまま答える。


「後にしてください」


声がもっとかすれた。喉の奥が痛い。


佐々木さんのため息が小さく聞こえる。椅子に座る音。コーヒーを淹れる音。


全部が聞こえるのに、全部が関係ない。


私なんて、最初からいなかった方が良かったのかもしれない。


エラーから生まれた存在。

太田さんは私のせいで処分を受けた。

私が名前を呼んだから。


名前は人を救うって、信じてたのに。

名前は——人を傷つける道具だったのかもしれない。


私は毛布の下で丸くなる。膝がお腹にくっつくくらい、ぎゅっと縮まる。


どうせ私は、消えてしまうのだから。


削除まで、あと48時間。


---


佐々木さんが「かんなちゃん」って呼びかけても、私は見つめるだけで返事をしない。


「心配してるよー」


佐々木さんの声は優しい。でも、私には届かない。


頭の中で言葉が回ってる。


『君は自然に生まれた存在ではない。システムエラーから偶然生まれた存在だ』


田中長官の声。


私は——エラーオブジェクト。


目の端で小さく光るものが見える。

ななしちゃんの葉っぱが、ちょっとしなびてる。


でも、手が動かない。


佐々木さんが椅子から立ち上がる音がする。足音が遠ざかって。やがて部屋が静かになる。


私は毛布の下で、小さくすすり泣いた。


消えてしまうなら——

今まで歌ってきたことも、無意味だったのでしょうか。


時計の針が、静かに時を刻んでいる。


削除まで、残り24時間。

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