第39話「大丈夫だと思います!」
翌朝、俺たちはレジャーシートを畳み、出発の準備を始めた。
アルフォンがいるであろう部屋は、この先にあるはずだ。
緊張が高まる中、不意にモエカが口を開いた。
「父は、剣術の鍛錬だけに打ち込んでいたし、私も厳格な父の影響を受けて、小さいころから剣術の訓練をしていたわ」
モエカは思いつめた様子で言葉を続けた。
「剣とすべての感覚を共有すること……。
それが剣術の全てだというのが父の口癖だったし、私もそれを信じて鍛錬してきた……。
ミリアン……」
「え……はい」
突然名前を呼ばれて、ミリアンは驚きを隠せなかった。
「今だから白状するわ。
私、魔法が嫌いだったの」
「え……」
「父から、魔法は邪悪なものだって教わってた。
精霊の力を借りて、人間にできないことをするなんて、邪道だし、人の道に反することだって……信じてた」
「そう……ですか」
ミリアンは寂しそうな顔をした。
俺にとっても意外だった。
今までいっしょに旅をして、戦火を潜り抜けてきたのに、モエカの気持ちには気づいてやれなかった。
今思えば、俺がモエカに魔法水を使ってはどうかと提案したとき、彼女の中では激しい葛藤があったのだろう。
「でもね。
ミリアンの魔法に何度も命を救われて、気づいたの。
私は、間違っていたって。
魔法も人の心から生まれるものであって、剣術と同じだった。
使う者次第で、善にも悪にもなる……。
だから、これからは魔法を避けるんじゃなくて、いっしょに戦っていこうって思ったの」
「モエカさん……」
ミリアンの目がうるんでいた。
ずっと隣にいたのに、自分の魔法が嫌われていたことも、それが変わったことも知らなかったのだ。
言葉にならない感情が、彼女の表情にあふれていた。
「ごめんね。
もっと早く言えばよかった」
「いいえ……。
打ち明けていただいて、嬉しいです。
とっても」
ミリアンは袖で目をぬぐった。
マロンも横で静かに頷いている。
モエカはそう言うと、腰のカバンから100円のシャンプーを取り出した。
「それ……温泉のときの……。
ずっと持ってたのか?」
「うん。
ミノルにもらったやつ。
実はこれを見たときから、ずっと試したいことがあったの。
勇気がなくて何もできなかったけど、今はもう決心がついたわ」
モエカはシャンプーの容器からドロドロの溶液を流し、てのひらで受け止めると、それをミリアンに見せた。
「ミリアン、お願い。
これに火炎の魔法を宿らせて欲しいの」
「え……」
「できる……かな?」
「はい、やってみます!」
「ありがとう」
うーむ。
シャンプーを床に撒いて、敵をツルツルステーンと転ばす作戦か?
それともシャボン玉の爆弾を作るとか?
ミリアンはシャンプーの入った容器を両手で包み込み、目を閉じて精神を集中し始めた。
呪文を宿らせるには、ある程度の時間がかかるようだ。
その間、俺は決戦に備えてやるべきことを整理することにした。
「マロン。
クロスボウの調子はどうだ?」
「ああ。
さっき引いてみたが、接着した部分は問題なさそうだ。
まだ完全に信用はしていないが……戦えるだけの強度はある」
「それなら充分だ。
あとは矢の残りが気になるな」
「通常の矢が4本。
試験管に詰めた魔法水を飛ばせるようにしたものが2本。
合わせて6本だ。
……正直、心もとない」
「だな。
無駄撃ちは避けて、確実に効くところで使おう」
俺も自分の持ち物を確認した。
火炎の魔法水を入れたポットは残り半分ほど。
氷結の魔法水はミリアンの水鉄砲に入っている分だけだ。
フルーツナイフ、LED懐中電灯、ライター、ダクトテープ。
それに昨夜使った「水風船(100円)」と「ライターオイル(100円)」がまだ残っている。
潤沢とは言えないが、ここまでの戦いで分かったことがある。
メタルオークには氷結魔法で視界を奪い、人間の衛兵には火炎攻撃が有効だ。
あとは、アルフォン本人がどれだけの戦闘力を持っているか……。
「できました!」
ミリアンが目を開いた。
シャンプーの容器を持ち上げると、中の溶液がかすかに赤みを帯びている。
普通のシャンプーが、魔法の力を宿した兵器に変わった瞬間だった。
「衝撃を与えれば発動しますけど、容器の中では安定しているはずです。
……多分」
「多分って……」
「大丈夫だと思います!」
ミリアンは自信ありげに胸を張ったが、「多分」が少し気になる。
まあ、今さら引き返すわけにもいかない。
モエカはシャンプーの容器を受け取ると、剣の鞘の中にゆっくりと注ぎ込んだ。
「……何してるんだ?」
「鞘の中をシャンプーで満たしておくの。
こうすれば、剣を抜いたときに刃全体にシャンプーがまとわりつく。
あとは敵に斬りつければ、衝撃で魔法が発動するはず」
「なるほど……!」
俺は思わず唸った。
剣と魔法の融合。
父親から受け継いだ剣術と、この旅で認めた魔法の力。
モエカの中で、ふたつの世界がひとつになったのだ。
「でもこれ、一撃限りよ。
鞘から抜いた瞬間にシャンプーは流れ落ちていくから、最初の一太刀に全てを賭けるしかない」
「充分だ。
お前なら、その一撃を外さないだろ」
「……ありがとう」
モエカは剣を腰に差し直すと、静かに深呼吸をした。
昨夜、彼女は俺の肩に頭を預けて「全部終わったら言いたいことがある」と言った。
その約束を果たすためにも、全員で生きて帰らなければならない。
「よし。
行くぞ」
「うん!」
「おう」
「はい!」
俺たちはアルフォンが立ち去った方向に向かって歩き出した。
***
扉を抜けると、長い廊下に出た。
暗闘の中に、俺たちの足音だけが反響する。
その廊下をさらに進むと、天井の高い広間に出た。
衛兵が4人いる。
そしてその奥には、銀色の鎧をまとったアルフォンが立っていた。
鎧を着たということは、今回は戦う気があるようだ。
アルフォンはヘルメットをかぶると、その上からフェイスシールドを装着した。
「あなたがたのおかげで確信が持てましたよ。
やはり鋼鉄だけでは不十分です。
我々は魔法の力を手に入れなくてはならない。
強大な魔法の力をね。
そのためには執政官にも協力してもらわなくてはなりません」
部屋の奥を見ると、そこには四肢を拘束されたフローラム執政官の姿があった。
かつての精悍さは失せ、やつれ、疲れ果てている。
拷問されたか、無理やり魔法を使わされたのだろう。
俺の中で、改めてアルフォンとメタルギルドへの憎しみが煮えたぎった。
「アルフォン……お前は本当に愚かだな」
「何だと!」
「俺たちが、武器と魔法だけで強靭なメタルオークやお前の部下を倒してきたと思っているのか?」
「……まさか、それは友情だ! とか言い出すんじゃないだろうな」
「……確かにそれもあるが……違う。
お前は重大な要素を見落としている。
俺たちを勝利に導いたのは、他でもない、ヒャクエングッズだ!」
「ヒャクエン……グッズだと?」
「そう。
超高度文明をもつ異世界から呼び寄せた、お前らの技術を遥かにしのぐ、超技術を結集した様々な神器……それがヒャクエングッズだ。
この世のものではない力を駆使する俺たちに、そもそも、お前らが勝てるはずはないんだよ」
「……ほう。
ならば、そのヒャクエングッズとやらも、いただくとしよう」
アルフォンがハンドサインを送ると、4人の衛兵たちが俺たちに襲いかかってきた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ゲームメーカーでRPGのシナリオは書いたことがありましたが、長編小説は今回が初めてです。
もともと飽きっぽい性格なので、最後までモチベーションを維持できたのは、皆さんのおかげです。
次はもうちょっとゲーム寄りの作品を書いてみようと思ってますので、今後ともよろしくお願いいたします。




