第38話「ミノル、あのね……」
衛兵たちを倒した広間で、俺たちはそのまま夜を過ごすことにした。
敵の本拠地のど真ん中でキャンプとは正気の沙汰ではないが、ここまで来て引き返すという選択肢はない。
それに全員、体力の限界に近づいていた。
「見張りは俺がやるよ。
お前ら少しでも寝ておけ」
「いや、ひとりじゃ危険だ。
交代で見張ろう」
マロンの提案はもっともだった。
前半を俺とモエカ、後半をマロンとミリアンが担当することにした。
俺はリュックサックから「レジャーシート(100円)」を広げ、さらに「アルミブランケット(100円)」を4枚取り出した。
薄いアルミのシートだが、体温を反射して逃がさない仕組みになっている。
洞窟の中だから風はないが、岩の冷たさが体温を奪う。
これがあるだけでもだいぶ違うだろう。
「わあ、この銀色の布、あったかい!」
ミリアンはアルミブランケットに包まると、嬉しそうに体を丸めた。
「布じゃなくて金属の一種だよ。
……まあ、細かいことは気にする必要はないか」
「お腹減っちゃったなあ……」
モエカが定期的にこの台詞を言うのは、もはや自然現象に近い。
俺は「たまごスープ(100円)」と「カップみそ汁(100円)」を取り出した。
お湯はミリアンの火炎魔法水を使えば簡単に沸かせる。
「ステンレスマグカップ(100円)」にお湯を注ぐと、たまごスープの優しい香りが洞窟の中に広がった。
「はい、どうぞ」
「わあ……あったかい」
ミリアンはマグカップを両手で包み込むように持ち、ふうふうと息を吹きかけた。
モエカとマロンにはみそ汁を渡した。
「これは、何の汁だ?」
「味噌という調味料を湯で溶いたものだ。
日本では朝と夜に飲む習慣がある」
マロンは一口すすると、目を丸くした。
「……うまい。
温かいものがこんなにありがたいとは」
しばらく、みんなでスープをすする音だけが洞窟に響いていた。
張りつめていた空気が、少しだけほどけていく。
マロンは空になったマグカップを置くと、壊れたクロスボウを取り出して膝の上に乗せた。
本体が中央からぱっくりと折れ、弦も外れてしまっている。
彼女はその断面を指先でなぞりながら、じっと見つめていた。
「マロン、ちょっと貸してみろ」
「……どうするつもりだ?」
「まあ、見てろって」
俺はリュックサックから「強力瞬間接着剤・木製品用(100円)」を取り出した。
付属のハケで、粘度の高い接着剤をクロスボウの割れた面に塗りたくり、「ダクトテープ(100円)」でぐるぐる巻きにした。
「2分間は動かすなよ」
「え?」
「これで直るはずだ」
「そんな……嘘だろ?」
「これは瞬間接着剤と言ってな。
糊みたいなものだが、短時間で固まる。
100円ショップだから5グラムしか入っていないが、ちょうどいい量だ」
マロンはまだ信じられない様子だったが、2分後、恐る恐るクロスボウを持ち上げた。
弦を引き、留め金にかけ、ゆっくりと解放する。
その動作を何度か繰り返したあと、マロンの目が見開かれた。
「……びくともしない」
「だろ?
100円の実力を舐めるなよ」
「ミノル……」
マロンはクロスボウを胸に抱くようにして、深く息を吐いた。
こいつは自分で一から設計して、何日もかけて組み上げたものだ。
彼女にとっては単なる武器ではなく、ものづくりの技術と情熱のすべてを注ぎ込んだ分身のようなものだろう。
それを失いかけた恐怖は、想像以上だったに違いない。
「……ありがとう」
小さな声だったが、それがマロンの精一杯なのだと分かった。
「なあ、ミノル」
「ん?」
「お前と旅をしていると、不思議な気持ちになることがある」
「不思議?」
「クロムとお前は、まるで違う人間だ。
考えかたも、戦いかたも、何もかも。
……なのに、こうしていっしょにいると、不思議と落ち着くんだ」
「……」
「お前には、目の前の問題を解決するために何が必要かを見抜く力がある。
ナイフで傘を加工して武器を作ったり、釣り竿で罠を仕掛けたり……。
今だって、こんな小さな瓶ひとつでクロスボウを蘇らせた。
そういう力は、この世界には存在しないものだ。
大天使がお前を選んだ理由が、わかる気がするよ」
「……ありがとう、マロン」
思いがけない言葉だった。
ものづくりの達人であるマロンに、そんなふうに言ってもらえるとは。
照れくさくて顔が熱くなったが、暗い洞窟の中で助かった。
「さあ、私たちは寝るとしよう。
ミリアン、行くぞ」
「はい。
おやすみなさい、ミノルさん、モエカさん」
マロンとミリアンはアルミブランケットにくるまると、すぐに寝息を立て始めた。
よほど疲れていたのだろう。
広間は静まり返り、遠くから水滴が落ちる音だけが聞こえていた。
俺とモエカはレジャーシートの上に並んで座り、通路の方向を見張っている。
LED懐中電灯の光量を最小にして足元に置いた。
しばらく無言の時間が続いた。
こういう沈黙は、不思議と居心地が悪くない。
「ねえ、ミノル」
モエカが静かに口を開いた。
「明日で……決着がつくのかな」
「つけるさ。
アルフォンを倒して、執政官を助け出す。
それで終わりだ」
「……うん。
そうだよね」
モエカは膝を抱え、顎を乗せた。
懐中電灯の淡い光が、彼女の横顔をぼんやりと照らしている。
「ミノル、あのね……」
「ん?」
「全部終わったら、言いたいことがあるの」
「……何だよ、今言えよ」
「今は駄目。
戦いの前に気持ちがぶれたくないから」
「お前らしいな」
モエカは少しだけ笑った。
「だから、絶対にみんなで生きて帰ろうね」
「当たり前だろ。
俺を誰だと思ってる。
大天使公認の勇者様だぞ」
「あはは。
そうだった」
モエカは声を殺して笑うと、俺の肩にそっと頭を預けてきた。
心臓が跳ねたが、俺は何も言わずにそのままにしておいた。
洞窟の闇の向こうに、明日の決戦が待っている。
不安がないと言えば嘘になる。
だが、この肩に感じる温もりが、俺に静かな勇気をくれていた。
ミリアンの寝言が聞こえた。
「うーん……カレーライス、おかわり……」
俺とモエカは顔を見合わせ、声を殺して笑った。




