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聖女様、最後を何とかする



「聖女さまー! どこ居るんですかー!」


女官がぱたぱたと廊下を走る。その腕は果物の入った籠を抱えていた。


「まったくもう、また公務をさぼってますね」


女官がふと気配に気づく。裏庭の方だ。


「マニット様?」


裏庭へのドアを開ければ、そこにはいつもの儀礼服に錫杖を腰帯サッシュにさした人物、それが樹によじ登ってリンゴを食べていた。


「違いましたね、あれはセミ様でした」

「いえマニットですが」


するすると降りてきて錫杖を振る、儀礼服は新品に変わったかのように小綺麗になった。

女官は籠に盛られた果物を見せる。


「マニット様、リンゴでしたら農家の方から届いてますよ、木になんか登らないでください」

「リンゴの好きさをアピールできるかと思って」

「誰にですか……?」


それはともかく、と女官は話題を切り替える。もともと果物を届けに来たわけではない。


「マニット様、報告書の仕事があるんでしょう? 国王様に提出するためのものが」

「そうですね。国王様っていたんですね」

「もちろんいますよ」

「いなかったら困りますよね」

「なんか危ないこと言ってませんか?」


マニットは女官とともに廊下を戻り、執務室へ向かう。部屋の前にはメイドが待っていて、紙束や書籍などを両手に抱えていた。マニットは多少げんなりする。


魔王が世界より消えて、はや三ヶ月。


かつて魔王の支配圏だった土地は痩せ細り、建物は朽ちかけていた。その中で技術者や魔法使いが北バルチッカに集められ、復興のための組織が編成されていた。


同時に、世界の各地に聖女の才能を持つ少女が現れ始め、また世界牢から聖女を助け出す事業も始まった。

聖女の救出、および新たな聖女の育成は緊急の課題である。


北バルチッカは唯一無事だった土地として臨時政府が置かれ、男たちが毎日額を付き合わせて議論している。


「でもあれですよね」


そんな中、マニットは一人、書類仕事に取り組んでいた。

内容は復興や聖女の教育に関するものもあるが、その大半は報告書である。

魔王アスタルデウスとの戦いについて知りうる限りをまとめて提出するように、との命令が下り、マニットは長大な小説のような報告書を毎日毎日書いていた。参考にする書類や本もかなりの量となっている。


「もうだいぶ書きましたけど、ほんとに誰か読むんでしょうか」

「さあ……とにかく一日8時間以上の執筆、というのが義務付けられていますので」


女官も割と同情の顔である。

臨時政府が世界の建て直しを指揮するのは当然としても、北バルチッカの様々な権限がマニットから騎士団長に移され、教区内の出来事の報告すら上がらなくなった。


要するに、マニットは現場から離された格好である。


女官はあちこちで噂話を集めているのか、顔を見せるたびにその手の話をしてくる。今日も今日とて声を潜めて語る。


「マニット様に実権を持たせると、王位の乗っ取りが起きると警戒してるとか」

「そんなわけないと思いますけど」

「私もそう思いますけど、男どもって不安症ですからね。大司教様もそうですよ。いまだに会いにも来ないし、呼びもしないんですよ。魔王を追い払った功績を認めたくないんだとか」

「それは噂でしょう? 真に受けてはいけませんよ」

「はあ、でも……」

「それに、私は認められようとは思ってません。世界が元に戻ったなら、それ以上望むことはないのです」

「マニット様、ご立派です」


女官はハンカチを手に感涙にむせぶ。

マニットはさらさらと筆を走らせ、流麗な文字を書き流しつつ言う。


「それに報告書もなかなか良いものになってますよ。法力についてとか、魔王の使役した魔物のことなどは貴重な知識ですし、それとの戦いは物語としても面白いと思います」

「そうなんですね」

「自分で読んでたら爆笑と号泣が同時に来ました」

「情緒不安定ですか?」


執務机の脇には紙が山と積まれている。すでに辞書一冊を超えるほどの分量になりつつある。

女官はその量に内心感心しつつ、ぽんと手を叩く。


「あ、それと南バルチッカからリブラ様がお見えになってます。男どもに挨拶を済ませてからここに来るとか」

「リブラが……」


マニットは少し考えて、さりげなく言う。


「分かりました。内々の話がありますので少し外していただけますか」

「? はい、分かりました」


女官は少し疑問を抱く。マニットが食べ物のこと以外で何かを内密にする事は稀だからだ。食べ物のことだと週に10回ぐらいあるが。


そして女官は執務室の戸を出て、出るときに外にいた人物に会釈をして、入れ替わりに入ってくるのは聖女リブラである。


「聖女リブラ、しばらくぶりで」

「こらあああああ!!!」


リブラは三段跳びの要領で執務机に至り、それを真上に蹴りあげる。紫檀の机が天井に刺さった。


そして机に隠れる位置に、大量の酒瓶が。


「あうっ……」

「また飲んでたわね! てかうちの教区からお酒ガメてったでしょ!」

「あの、いえ、ガメてません。ちゃんとお金払いました」

「ウイスキー何十本も買う金がどこにあんのよ!」

「その、アルバイトして」

「……え、そうなの?」


リブラが虚を突かれた顔になる。この聖女は大酒飲みで大喰らいで行動が読めないことといったらネズミ花火以上だが、基本的に嘘はつかない。聖女としての最後の一線というものだろう。


「けっこうな額でお酒を買い付けた情報が入ってんのよ? どんな仕事したの?」

「その、法力で姿を変えまして、首から札をかけて街角に立ってました、どなたでも……」

「……え、まさか」

「好きなだけ殴ってください。有料。と書いて」

「聖女が殴られ屋するなあああああ!!」

「素人はアッパーぎみに殴ってくるのでスウェーバックが有効です」

「どーでもいいわよ!」


どん、と天井に刺さっていた執務机が落下してきて元の位置に着地、その天板をリブラが叩く。


「だいたいお酒は週にウイスキー三本までって約束でしょうが!」

「それなんですけど、瓶の大きさは自由ですよね。かなり未来だと4リットル入りのやつとか売ってますから、何なら特注で1トンぐらい入ってるやつでも」

「ダメに決まってるでしょ。大きめのやつで800ミリリットルとして、2400ミリリットルまでよ」

「度数はどうなんでしょう。98度ぐらいのやつを薄めて飲んでもいいですか」

「それほとんど工業用アルコールじゃないの。ええと、バルチッカに売ってるやつを叡知の書庫クレボナで調べると……そうね、60度までよ」

「飲みかけのやつに水と糖蜜を加えて発酵させるのはアリですか」

「ウイスキーのことばっか言うなあああああ!!」


「なに怒鳴ってんのよ、外にまで響いてるわよ」


また執務室の扉が開き、入ってくるのは銀髪の聖女、ジュデッカである。

しかし聖女の儀礼服ではなく、体にぴたりと張り付く銀色のスーツを着ている。口元にはインカムのマイクが伸びていた。


「アビスが役になりきる気がないのよ! 毎日酒ばっか飲んで!」

「失礼な、まだ誰にもバレてないです」


マニットこと、聖女アビスは法力を解き、彼女本来のやや古風な儀礼服になる。顔は変えていないが、何となく雰囲気も変化する。アビスなりにマニットになりきっていたのだろう。


「分身体だとお酒が出せないのがつらいんですよね……」

「しょうがないわよ。南バルチッカから届けさせるぶんで我慢してよね」


聖女マニットと、魔王アスタルデウス。

この両者は世界から姿を消していた。あの戦いのさなか、両者は星から離れてやがて光の速度を超え、光学観測を超えた存在となっていずこかへ消えたのだ。


そしていつの間にか、世界は復元していた。

マニットが肥大する前と寸分変わらぬ世界。人々は何が起きたのかを認識しておらず、当事者であったリブラたちだけがそれを記憶していた。


マニットの変わり身として、聖女アビスは北バルチッカに留まることとなった。幸い、先に述べたように報告書の他には大した仕事がなく、またマニットのことは予知で観察していただけに、成りきるのは難しくなかったという。


ジュデッカが髪をかき上げ、騒々しいやりとりとは無縁でいたいという気配をにじませて言う。


「聖女アビス、別にいつでも姿を消していいのよ。混乱もだいぶ落ち着いてきたし、マニットが去ったことを隠す必要もないでしょう。教区の人に偽りを続けてることになるしね」

「そうですか? ですが、偽りと言うならすでに」

「そうね、マニットは人々から記憶を消した。すべての異変を復元すると同時にね」


ジュデッカはふと、部屋の天井を見上げる。


「それがマニットの意思だったのか、本能だったのか知らないけど、彼女は結局、何もかもを何とかしてみせた。世界の大いなる脅威になり得た二人、魔王アスタルデウスと聖女マニットを消して、そして世はすべて事もなし、完璧というしかないわね」

「私はそんなこと認めない!」


リブラが火花のように言う。

そこで聖女アビスは察する。今日この日に、二人の聖女がここに現れた理由を。


リブラは彼女に独特の炎のような眼差しで、あらゆる諦めや迷いを打ち砕く力を込めて語る。


「マニット様が消えることが解決だなんて思わない! だから私たちは探しに行く。宇宙の果ての、そのさらに先まで!」

「そうだったのですか……」


リブラはこの三ヶ月、ほとんど不眠不休の働きで南バルチッカの復興に努めてきたはず。そしておそらくは後任の聖女も見つけているのだろう。ようやくマニットを探しに行ける目処がついたということか。


「お二人とも、私は北バルチッカにいますよ」


アビスが顔をほころばせる。


「貴女たちが戻るまで、この土地を守ります。私の本体も、過去からずっと見ています。マニットは昔も今も、ずっと変わらずこの土地にいた。そうでしょう?」

「アビス、本当にいいの? ジュデッカと私の旅は何年かかるか分かんないのよ」

「聖女が、聖女としての勤めを果たすだけのことです。何の憂いがありましょうか」

「アビス、元気でね」


ジュデッカが手を差しのべ、リブラとアビスもそれに合わせる。

三つの手が組み合わされ。


そして次の瞬間。うら若き二人の聖女は姿を消す。


アビスは感覚の糸を伸ばす。衛星軌道上に大きな質量があり、それが星から離れていくようだ。二人はトカゲたちの造った大型の宇宙船まで跳躍し、そこからは科学の力で旅をするのだろう。


「頑張ってください、お二人とも」


そして舞台には、最後の一人。


始まりの聖女、アビス。

己から始まった聖女の歴史。それはマニットという一つの到達点を経て、また大きく華開いていくような気がする。


いずれは自分やマニットすら超える才能が現れ、そして力を次世代に渡すのだろうか。


「楽しみですね」


様々な混乱もあり、聖女たちの織り成す複雑な物語もあったが。

それもすべては過去のこと。アビスから見れば遠い未来のことでもある。そこに不思議なおかしみを感じる。


「聖女の歴史は果てもなく、きっと、もっと大きな力が」


いずれの時代も、大いなる試練が、そしてそれを何とかする聖女たちがいる。それを漠然と想う。


「あるいは、大きな祈りが、大きな幸せのために使われることを……」


そして春の日の暖かさに、短くまどろみ。






に落ちようとしたとき、前方に殺気。


「え」


そして何もない空間から放たれる20ミリ機関砲。


「わっ」


無意識下に張っている防壁を抜けるほどではない。400グラムほどある砲弾が直角に軌道を曲げられ、執務室の壁を半壊させる。


「な、何です?」


空間が歪む。それは光と熱を歪める薄膜か。背景と同化していた者が現れる。蟹のような多脚の機械に乗り込み、銀色の潜水服のようなものを着込んだ人物。


「貴様、マニットか」

「…………いえ、違いますけど」


胸の膨らみから見て女性のようだが、バイザー型のグラスをかけていて顔が見えない。そのバイザーに虹色の光が散る。


「法力推定量17パーセク以上。だがマニットのそれと波長が異なる。おそらくは第二目標、アビス」

「だから違いますって……えっ第二目標?」

「アビス、お前も我々の最重要目標のひとつ、この場で排除させてもらう」

「……あなたたち、何者です? 魔王アスタルデウスの手の者ですか? それとも聖女を脅威と見なす、別の星系から来た知的存在ですか?」

「聖女アビスよ、我々は全宇宙の統一された意思である。この世の秩序のため、消させてもらうぞ」

「いいでしょう……降りかかる火の玉は……いえ竹の子は……。まあそれはともかくかかってきなさい」

「受けるがいい」


蟹のような機械が足を一本突き出す。その先端は空洞になっている。


(何かを射出? ですが口径はさほど大きくない……)


と思いきや、そこから生まれたのは吸引だった。

すさまじい勢いで空気が吸われ、小石やタイルの破片まで吸い込まれていく。

アビスは法力を足に集中させて耐える。


「む……こんなもの」


そして机から報告書が舞う。あるいは周辺からも。


「あっ」


それは空間を埋めるような白の乱舞。

枚数にして1265枚、びっしりと文字で埋まった報告書が一気に吸い込まれていき。全部吸い込んだ時点で蟹も動きを止める。


「排除完了、戦域を離脱する」

「えっ、ちょっ、待って」


蟹は静電気のようなものを残して消え。


そして最後に残された聖女アビスは。


「……………………え?」


振り向く、紙切れひとつ残っていない。

そして物語は、訳もわからず幕となる。


「ええ……」


だがきっと、聖女ならば何とかするだろう。どんな困難があろうとも。


「え、いや、待って、ほんとに……」





(完)






「完じゃなくて……何これ……」



というわけで完結となります。ここまでお付き合いいただきありがとうございます。


当初は一話完結コメディの形で始めた連載でしたが、回数を重ねると何となくストーリーが生まれてきて、こうして一応の完結まで至れたことは幸運なことかなとも思ってます。

他にもいろいろと書いてますので、もし興味を持っていただけたなら紐解いていただけると嬉しいです。


ではまた、別の連載でお会いできることを祈っております。

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