4話:そして、いつもの帰り道
その日の放課後、私は校門前に立っていた。
時刻は19時半。夏至近くとはいえ、さすがにそろそろ暗くなり始めてる時間帯。ついさっき一番星が見えた。
剣道部以外の他の部活は運動部も含めて、とっくに終わってて、残ってるのは剣道部だけって状態みたい。
つい先ほど剣道部の部活も終わったみたいで、武道場の電気が消えたのが分かった。
……そろそろ高志が来るころだ。大丈夫大丈夫、落ち着いて落ち着いて……。あ、高志がきた。
しっかりとしごかれたか、足取りがフラフラな状態だ。顔は下を向いて、よたよたしてる。疲労困憊って言葉がよく似合う感じだ。
校門前付近まで来ても、私の姿に気付く様子はない。
……高志、目の前に私、いるんだからさあ。ちょっとくらい気づいてくれてもいいんじゃないかなあ。
さっきまで緊張してたのに、そんなことも忘れて、私はおっきな声で高志に声をかけた。
「高志っ!」
「……えっ? うわっ!? あ、あああ、明美!?」
そこまで驚かなくてもいいと思う。まるで人をお化けみたいに。
「え、なんでまだ学校にいんの? あ、もしかして補習か? 居眠りでもしたか? 駄目だぞ、勉強はちゃんとしないと」
しかもなんで人が失敗したように言うのだ。
「違うよっ! 人を駄目な子みたいに言わないでよ! そ、そうじゃなくて、こ、今度ね、文芸部で文芸誌を発行するんだけど、私の担当するところがまだできてないんだよ」
「……やっぱただの駄目っ子じゃん。それでこんなに遅くなったのか」
「う、うるさい! そ、その通りだけど、他にも理由があるの! で、もう全然思いつかなくって。ほんと書くのって難しいよね」
「……なんで明美、文芸部に入ったんだよ」
本読んでればいいと思ったから! しょうがないじゃん、ほんとにそう思ったんだから!
「でさあ、ジャンルは何でもいいって聞いてるから、それなら高志をモデルにした作品を書けばいいかなって思ってね」
「…………はぁ?」
え? あれ? そんな変なこと言ったかな?
そう、私が思いついたこと。思いついたというほどの大したことではないんだけど、高志が遅くなるんだったら私も適当に言い訳作って遅くなればいっかと思った。
けど、高志にはあまり意図が伝わらなかったみたいだ。
「ほ、ほらほらあ。やっぱり色々自分の経験談とか、モデルがいたほうが書ける気がするでしょ!? 私なんて平々凡々な生活を送ってるから、それなら高志をモデルにした方が書ける気がしない?」
「……はぁ。それで、結局何で遅くなるんだ?」
……にぶい。わかってもよさそうなもんな気がするのに。
いっそのこと一緒に帰りたかっただけなんだよって一瞬言いたくなったけど、恥ずかしくて言えないので、別の事を言う私。
「だ、だから高志をモデルにした、剣道小説を書くんだよ! 今日からずっとずっと帰り道に密着取材してインタビューしてやるんだから、覚悟してなさい!」
……なんか私、今一緒に帰りたいって言うよりも恥ずかしいセリフを口走った気がする……。
モワッと一瞬にして顔が熱くなる……きっともうあたり暗くなってきてるから気づかないよね。
「はぁ……そうなんだ」
……けど、高志は別に何とも思ってないみたいな返事が返ってきた。
うぅう、恥ずかしいと思った自分がバカみたいだ。
「な、なに!? 別にいいでしょ!? なんか文句ある!?」
「や、別に悪くないけど……ってかキレるなよ」
うるさいっ、私の気持ちに気付かない高志が悪いんだ。
「と、と、という訳で、も、もう帰るよ! 高志は帰るの? 帰らないの!? 帰らないって言うなら1人で帰るけど!」
そこまで言うと、私は返事を待たずに、先に歩き出した。
高志が慌てて追いついてくる足音が聞こえる。
「や、帰るよ帰る。ってか怒鳴んなよ明美」
そう言いながら、高志は私の隣に並んで、そしてそのまま歩き出す。
うん、この感じ。1人で帰ってたのはたった1週間だけだったのに、ずいぶん久しぶりに感じる。
高志と一緒に帰ってるってだけで、なんでこんなに心がほんわかするんだろ。
「ってか明美、こんな時間まで部室空いてんの?」
「別に部活自体は17時半に終わるけど、そっから先も部室にいてもいいらしいんだ。21時過ぎると、見回りの用務員さんがチェックに来て鍵かけちゃうらしいけど」
けど、17時半終わった後、部室にいつまでも残ってる人はほとんどいない。今日も私と先輩1人を残してみんなさっさと帰っていった。
部室でみんながいる中、書いたり読んだりするよりかは一人で書いたりしてる方が、書けるって先輩もいたし。
「ふうん、そうなのか。ってか、さっき言ってた本の締切っていつなんだ?」
「来週の木曜日。後、1週間しかないんだよねー。実は結構やばかったりする」
「ダメじゃん! ってか、それだったら俺なんて待ってないで早く執筆開始しろよ!?」
「あっ、そういうこと言うのー!?」
ひどい、高志はきっと1人で帰ってても別に気にならないんだろう。きっとMDプレーヤーを胸ポケットに入れて、音楽でも聞きながら登下校すれば平気に違いない。
うう、さびしい思いをしてたのが、私だけって思うとなんだか余計さびしくなってしまう。
「いや、そりゃ、俺も明美と一緒に帰ったほうが楽しいし。1週間つまんねーなーって思ってたけど、やばいのに待ってもらうのは悪いだろ」
……あ、高志もつまんないって思ってくれてたんだ。
さっきまで寂しい気分でいたのに、その一言を言われた瞬間、幸せな気分になってしまった。
高志の一言でコロコロと変わる私の心、ほんと私、やばいかも。
「それに、明美の親も心配するだろうし。親は大丈夫なのか」
「あ、大丈夫大丈夫、親にはこれからずっと遅くなるって伝えてあるから」
「ずっとかよ!? いいのかマジで!? 今はまだ明るいからいいかもしれんけど、暗くなったら危ないだろ。早く帰れよ、明美」
「いいのいいの。私がそうするって決めたことなんだから、高志がそんなに気にする必要はないのだ」
「……やっぱり、俺より明美の方が聞く耳を持たない気がする」
その後も私と高志は他愛のない話を続けた。日頃のお互いのクラスの話とか、勉強やばいー、期末試験どーしよーみたいなはなしとか、適当な事をいろいろ。そんな事を話している間に、いつの間にか家についていた。
やっぱり、高志と帰ると帰り道はあっという間だ。まだまだ話したいことはたくさんあるのに、すぐに時間がたってしまう。
ほんと……時間の神様ってやつは意地悪だ。
「それじゃ、また明日ねー! たっかしー!」
私は高志にいつもよりも大きな声を張り上げた。うれしさがこみあげてきて、自然とおっきな声になってしまう。
「ああ、またな……ってか大声で叫ぶなよ。恥ずかしいから。後、俺のインタビューはどうなったんだ」
……話をしてるのが楽しくて忘れてた。
「あは、あははは。そ、それはまた明日からっ。明日も密着インタビューしてやるんだから、忘れないでよっ、高志!」
「はいはい……んじゃまた明日な。ったく何でそんなにハイテンションなんだか」
しょうがない、だってうれしいんだもん。明日からのこと、考えるとやっぱりうれしくなって声がおっきくなってしまう。
「気にしない気にしない! それじゃ、またね、また明日!」
そう言って鞄でバシンと高志の背中をたたいて、高志と別れた。うれしさの照れ隠しだって、高志にばれてなきゃいいけど。
今日から、また前と同じいつもと同じ帰り道、明日も明後日も続く、いつもの帰り道。
読んでいただき、ありがとうございました。
まだまだ高志と明美の話は続きますが、それはまた別の機会に。




