3話:1人の帰り道
「あれっ、めずらしいね明美。今日は1人なんだ?」
翌日、部活が終わって帰ろうとした時に、文芸部の友達から、声を掛けられた。
今日は昨日と違って雨は降っていないけれど、今にも雨が降りそうな、どんよりとした曇り。まるで自分の気持ちを象徴してるみたいだ、とちょっとだけ苦笑した。
「うん、なんか高志、部活張り切っちゃってて。今日からずっと遅くなるんだって。だから今日からは私、1人で帰るんだー」
声を掛けられた友達にそう返事した。
事実なのに、なぜだか口にすると余計に暗い気分になる。
グラウンドではまだ野球部、サッカー部が練習をしてて、体育館ではバスケ部、バレー部の練習している音が聞こえる。
校門前からじゃ聞こえないけど、きっと剣道部も今頃一生懸命練習してるんだろう。
「おうおう、残念だねえ。愛しの高志君と一緒に帰れなくって」
「違うってば。別に付き合ってるわけじゃないし」
「大丈夫大丈夫。そんな照れなくてもいいのに」
「照れてない!」
「そんなにムキにならなくても、あたしだけは、高志君と明美の前途洋々の未来を信じて祈ってあげるから」
「だから違うってば! 別に高志とは家が近くのご近所さんってだけだから!」
「信じて。あたしは最後まで明美の味方だよ」
意味が分からない。何が言いたい。むしろ一番の敵はお前だと言いたい。
毎度毎度、からかうのが好きなこの友達は、毎回私と高志の事をネタに絡んでくる。
いい加減うっとうしくなってきたので、無言になって歩き始めた。
「あ、すねた? いいよいいよ、気にしなくって。大丈夫大丈夫。私はようくわかってるから」
何が分かってるんだと思いっきりつっこみいれたいけど、返事をしてしまうと絶対に余計に絡んでくるだろうから、これ以上返事はしない。
そのままじゃあね、と挨拶をして、1人で校門を抜けて帰り道を歩く。
まだ暗くはなっていないけれど、曇り空で太陽も一番星も見えそうにない。
……1人でこの帰り道を歩くのは、高校生になってから初めてかもしれない。いつも隣に高志がいたから。
1人で歩くこの道はなんだか色あせて見える。昨日見たアジサイの花も、今日はなんだか元気がないみたいだ。
「はぁ……」
ため息をしても、反応してくれる人はいない。咳をしてもひとりって俳句を詠んだ人は、もしかしてこんな気持ちだったのかなと、勝手に思ったりする。
とぼとぼと歩く道のりはいつもより、とても長く感じる。私の歩く速さが変わったわけじゃないと思う。
ふと携帯電話を取り出して、時刻を見てみたら、まだ学校を出てから10分しかたっていなかった。
「まだ半分も来てないじゃん」
ボソッとつぶやく。もうたくさん歩いて、いつもだったらとっくに家についてしまってる気分だ。高志と歩く時間が楽しいから、どんどん時間が過ぎてっちゃうんだろう。
普段はもっとこの帰り道の時間が続いてくれればなって思うのに、こんな時だけ時間が進むのはゆっくりだ。きっと時間の神様が存在するんだったら、すごい意地悪な神様に違いない。私にこうやって今も意地悪をしてるんだから。
明日から、どうしようかな。今日みたいにまた1人で帰るのか。それとも誰かほかの友達誘って帰ろうか……でも、私んちの近くに住んでる友達ってあんまりいないんだよね。一番近くて15分くらい離れてる。
「そもそも、きっと他の人と帰ったって、きっと時間の神様は意地悪する」
高志だから、きっとあんなに時間が短く感じられるんだって思う。他の人とこの帰り道を歩いたって、やっぱりこの帰り道は長いんだろう。
「はぁ……高志、まだ練習中かなあ」
そう言えば今日は高志とは全く顔を合わせてない。朝だって朝練があるからって先に行ってるから、全然顔を合わせる機会がなかった。
「……つまんない、つまんないつまんないつまんない」
そう駄々をこねたって、誰も返事してくれるはずもなく、いつもよりとても長く感じる帰り道を、とぼとぼと帰っていった。
次の日も、また次の日も私は1人で帰った。1人で帰る事に慣れるかと思ったのに、全然慣れることもなく、どんどんと長く感じるようになってる。
一週間くらいたったころ、私は文芸部の部室で突っ伏していた。本を読もうとしても、全然頭に入ってこないし、書こうとしても頭に浮かんでくるのは高志の事ばかりで、全然アイディアがわいてこない。
「うぅううう……明美さんは高志成分が不足しています」
「あほ。そんな聞いてても恥ずかしくなってくることを堂々と私に照れずに言ってこないでよ」
今私は部室で、私の話をからかわずに聞いてくれる友達に、ちょっとだけ愚痴っている。たぶん、友達には「ちょっとじゃない!」って言われそうだけど。
「だってだって、1週間1回も口きいてないんだもん」
そうなのだ、
「休み時間にでも教室に遊びに行けば? お昼ご飯一緒に食べたり」
「恥ずかしいからいや」
「……登下校を一緒に行き帰りするのは恥ずかしくなくて、お昼ご飯を食べるのが恥ずかしいっていうその明美の感覚が分からない」
だって、やっぱりお昼時間だと、みんなの視線が気になるもん。帰り道なら友達に合うことも少なくってそんなに気にならないし。
「じゃあ電話かメールでもしたらいいじゃん」
「高志、帰ったらすぐ寝ちゃうみたいで、電話しても出てくんなかった」
「あいたたた。接点がないねー」
うるさい。そんな事言われなくても分かってるよ。
まさか、帰り道以外で、ここまで全く何の接点がないなんて思っても見なかった。クラスも違えば部活も違うんだから、当然と言えば当然か。
「ううぅ、高志とおしゃべりしたいー。一緒に帰りたいー」
「……めんどくさ」
「うるさいっ。悪い!?」
「いや、別に悪くないけどさあ。もう告白して付き合っちゃいなよ。好きなんでしょうが、高志の事」
「それができればそうしてるよー……そんなこと怖くてできるわけないじゃん……」
一緒に帰ろうってセリフすら言えなかった私が、一体何を言えと。
「ところで明美、文芸部とで2か月に1回発行してる、文芸誌の原稿締切が1週間後なんだけど。見たとこ真っ白だよね? 大丈夫?」
「…………明美さんは高志成分が不足しています……」
「ごまかすなっ! そこ関係ないでしょっ!」
ううう、書けないのは嘘じゃないのに。
文芸部って本読むだけでもいいかと思ってたのに。1人1人に最低ページが決められてるなんて。
「…………あ」
「ん? 何か作品のいいアイディアが浮かんできた?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……うんうん……おぉおぉ? ふふ、ふふふふふふ」
頭の中で思いついたことをシミュレーションしてみた。うんうん、これでいける。
「……あんた、その笑い方不気味だよ? って聞こえてないか……」
友達が何か言っているのも気にせず、私は脳内のシミュレーションを繰り返していた。




