二章十八話[おまつりさわぎ]
***シノ視点***
「あ〜、美味しかったにゃ〜!」
「もう、お腹いっぱいです……」
満足そうに頬を膨らませるレイと、小さく息を吐いて笑うカンナ。
そんな光景を、俺は食後の片付けをしながら微笑ましく見ていた。
「うんうん、楽しんでもらえたならよかった!」
「うん、レイ楽しかった!」
「いやお前はいつも楽しそうだろ!」
もはや定番になりつつある俺達のやりとりに、カンナが声を出して笑う。
「ふふっ……シノさん、レイさん。今日は、本当にありがとうございます。こんなに楽しかったの、久しぶりでした」
「……もう、帰るのか?」
「はい、そろそろ……皆さん心配してると思うので」
「そっか……」
それだけしか言えなかった。
本当は、もっと気の利いたことを言いたかったはずなのに。
そんな俺のもどかしさを知ってか知らずか、カンナは小さく笑った。
「大丈夫です! ワタシ、巫女ですから! 皆の前ではちゃんとしてないと……ね? 聖獣様にも、怒られちゃいます」
「カンナ……」
そう言って聖獣の像を見上げるカンナ。
「そうだ! よかったら、明日の本祭も見に来てくださいね! 聖獣様に捧げる巫女の舞……二人が居てくれたら、ワタシ……頑張れる気がするので!」
そういうカンナの表情は、年相応の、無邪気なものに見えた。
――小さい、よな。
巫女とか、聖獣とか。期待とか、責任とか。
そういうのを背負うには、まだ小さ過ぎる少女の背中。
俺はつい、彼女の頭をぽん、と叩いていた。
「当たり前だろ? カンナのかっこいい所、見ないで帰れるかよ!」
「そうにゃ! 明日、絶対見に来るにゃ!」
俺達の言葉にカンナは嬉しそうに笑って、それから、ほんの少し潤んだ目で言った。
「ありがと――」
その時だった。
――ポツリ、と。
水が肌を伝う感触。
反射的に、空を見上げる。
相変わらずの灰色。
「……雨?」
首を傾げるレイ。
でも、次の瞬間――
――バギィンッ!
凄まじい破砕音。
近くで、なにかが壊れたような。
遅れて、誰かの悲鳴が広場を満たす。
「きゃああーーッ!?」
「に、逃げろぉ!!」
混乱、困惑。逃げ惑う人々。
明らかに只事ではない状況に、心臓が早鐘を鳴らす。
そして――
「な、なんにゃ……アレ?」
――俺は、見た。
人混みの中、土煙を纏いながらウネウネとしなる……“なにか”を。
「“蛇”……?」
一瞬、そう見えた。
けど、違う。
あの透明感は、
「まさか……“水”か?」
それも、一本じゃない。
三本……いや四本?
縦横無尽に荒ぶるそれらは、まるで水の鞭みたいだった。
「ぶ、舞台が……」
呟くカンナ。
その視線を追いかけた先には、無残に破壊され、瓦礫と化した舞台の姿があった。
「嘘だろおい……!」
本当に水かよ、威力おかしいだろ!
あんなの、もし人に当たったら……。
想像するだけで鳥肌が立った。
「にゃッ!? ご主人! なんか、来てる! こっち来てるにゃ!」
「え?」
レイの言う通りだった。
その物体は人の波を掻き分けながら、まるで意思があるかのように真っ直ぐ、こちらに向かってきていた。
「なんだってんだ……ッ!」
ゆっくりと、でも確実に縮まる距離。
――まずい。
脳が警鐘を鳴らし、反射的に俺は動いた。
「レイ、カンナ、逃げるぞ!」
「う、うん!」
俺の呼びかけに弾かれたように反応するレイ。
しかし、
「……カンナ?」
何故か、微動だにしないカンナ。
「どうし――」
目を見開き、一点を見つめる彼女の視線を、俺は追いかけた。
目を凝らし、土煙の向こうへ。
「――は?」
俺も、カンナと同じ表情になった。
『――料理人スキル:食材鑑定Lv3、発動』
個体名:“ハンナ・ヌメール”
年齢:18
性別:女
職業:
可食適性:✕
好味:塩味・酸味
状態:“狂”
視界に映ったのが、見覚えのある少女――ハンナの、変わり果てた姿だということが。
「ハ、ハンナ……?」
「お姉、ちゃん……?」
逃げようとした足が止まる。
今、俺の目の前にある光景は、現実なのか?
「あ、あぁあ、みぃ〜つけたぁ!」
場違いなほど明るい声。
それを発したのがハンナだと頭が理解するまでに、僅かな時間を要した。
「ほ、本当にお姉ちゃん、なの?」
「にゃんか、怖いにゃ……」
「どうしたんだよ、おい! ハンナ!」
そんな俺達の声に反応したのかどうか、満面の笑みを浮かべるハンナ。
その表情に、背筋が凍る。
「アハ、アハはハハは! カ〜ンナちゃん、あぁそびましょおぉぉぉ!」
楽しくてたまらないとでも言うように、背中から生えた水の鞭を揺らしながらハンナが迫る。
――早い。
まるで酔っ払いみたいなぎこちない足どりなのに、どんどん距離が縮まっていく。
「やばいやばいやばい……っ!」
逃げ惑う周りの人々には目もくれず、一直線に迫りくる異形。
なにがなにやら分からない。
けど、危険だ。それだけは分かる。
俺は咄嗟にカンナの方へ手を伸ばした。
と、その時――
「――巫女様ッ!!」
鋭い声が響く。
誰だ?
俺は思わず目を向けた。
視線の先、逃げる人波を割って広場へ駆け付けてきたのは、鎧の集団。
「あれは……」
知ってる――教会の騎士だ。
この島にもいたのか。
「み、皆さん……!」
「ようやく見つけたぞ! 皆心配している! さあ、早くこっちに!」
「え? あ、あの……」
騎士の一人、隊長格らしき人物に手を引かれるカンナ。
「後は我々にお任せを! そちらの! お二人も避難を!」
周りの騎士達に促され、俺とレイも後ろへ下がった。
ガシャリ、と重い金属音が響く。
「囲め!」
隊長らしき人物の号令で騎士達が一斉に剣を構える。
統率の取れた動き。無駄がない。
瞬く間に取り囲まれるハンナ。
――いける。
そう思った。
「ま、待って! あれは――」
なにかを言いかけるカンナ。
しかし、
「――かかれぇーーッ!!」
もう止まらない。
騎士達が一斉に突撃を開始する。
――早い。
荒ぶる水の鞭を躱しながら、一気に間合いへ。
先頭の騎士が剣を振り下ろす。
重く、鋭い一撃。
迫る脅威を前にして、ハンナは――
「あははっ」
――楽しそうに笑っていた。
「な……っ!?」
ぴたりと。
騎士の剣が止まる。
水の鞭が騎士の腕に巻き付き、その動きを止めていた。
そして、
「えいっ」
気の抜けそうな声がした、次の瞬間――なにかが俺の横を勢いよく通り過ぎていった。
「え?」
思わず振り向く。
それが、吹き飛ばされた騎士だと、遅れて理解した。
「怯むな! 同時にかかれ!」
冷静な指揮。それに従った数人の騎士が息を合わせてハンナへ飛びかかる。
完璧な連携、だったが――
「――駄目ぇ!!」
カンナの叫び。
呼応するように、ハンナは動く。
「ぐるぐる〜」
その場で一回転するハンナ。
それだけ。
それだけだった。
まるでプロペラみたいに回った水の鞭が、哀れな騎士達をもれなく弾き飛ばす。
ひしゃげ、宙を舞う鎧。
重い金属音が連鎖し、石畳にいくつもの亀裂ができる。
誰一人、立ち上がる者はない。
「な、なんだと……!?」
残された隊長らしき男が、声を揺らす。
「あはあはあは、よわいね〜」
何事も無かったかのように、再びこちらに向かって歩き出すハンナ。
「く……止まれ下郎! それ以上は進ませんぞ!」
この状況においても、騎士は剣を下ろさない。
「逃げるんだ、早く! そこの少年! すまんが巫女様を頼む!」
「あ、ああ!」
騎士の声に応え、俺はカンナの手を取った。
だが、カンナはその手を振り払う。
「だ、駄目……ッ! もう――」
「――今こそ騎士としての役目を果たす時! いざ!」
剣を構え、突進する騎士。
「あハァ、あそんでくれる?」
ブンブンと水の鞭をしならせながら、ハンナは笑う。
獲物を狙った不規則な連撃。
それらを騎士は躱し、斬り払い、防ぎながら間合いを詰める。
「す、凄いにゃ……!」
怒涛の勢い。
躱しきれなかった一撃で鎧が砕け、兜が砕け、額から血が流れても、歩みを止めない騎士。
「うおおおおおおーーッ!!」
覚悟の一閃。
その剣は、遂にハンナを捉えた――
「むッ!?」
――はずだった。
「……馬鹿な……お前は……?」
寸止め。
剣先を震わせながら、騎士は目の前のソレを凝視していた。
「あれあれ〜、おしまい? じゃあ……」
手を振るハンナ。その背中から、騎士に向かって水の鞭が伸びる。
「ばいばいだね。おとーさん」
響く風切り音。
「――やめてぇーーッ!!」
悲痛なカンナの叫びも虚しく、次の瞬間には――地面に転がる騎士の姿があった。
「嘘、だろ?」
全滅。
その光景に、俺は息を呑んだ。
「あはは。つぎ、カンナちゃん」
無邪気な声。
カンナの肩が、びくりと震えた。
「そんな……お、お姉ちゃん……っ」
駄目だ、やめろ。それは、駄目だ。
「ねえ、あそぼう?」
水の鞭をしならせながら、じわじわと。わざとらしい速度で歩いてくるハンナ。
そんな姉の姿を前に、カンナは涙を流す。
「ないちゃう? ないちゃう? カンナちゃんはなきむしさんだねぇぇ」
狂気的な笑みのハンナ。
それを見て、なんでだろう?
俺は、なんだか、すごく。
「笑ってんじゃねぇよ……」
腹が立った。
「……なあ、レイ」
「にゃ?」
「カンナから、絶対離れるなよ?」
レイは、静かに頷く。
「え? シノ、さん?」
目を丸くするカンナの前に、俺は立った。
「ん〜? あなたも、あそぶ?」
「ああ、そうだな……」
鞘から、包丁を引き抜く。
「待って! そんなの……」
「大丈夫。任せろ!」
守るんだ。絶対に。
今できる精一杯の笑顔で、俺はカンナに応えた。
そして――
「おい、ハンナ!」
「なぁ〜に?」
ケタケタ笑う声。
「妹泣かせて、楽しいか?」
「うん、かわいいもん!」
「そうかよ」
話にならないな。
話にならないなら、仕方がない。
分かったよ――
『――再現スキル、発動――【憤怒の境地】』
瞬間、全身から噴き出す白炎。
炎の料理人――その力を再現し、目の前の異形に対峙する。
「悪ぃけど……この姉妹喧嘩、俺が預かるぜ!」
妹をいじめる悪いお姉ちゃんは、俺がぶっ飛ばしてやる。
カンナに代わってな!




