二章十九話[みずあそび、したい]
「アハハ! みずあそび……しよぉ?」
ヒュッと、空気が裂ける音。
水の鞭が一本、一直線に俺へ迫る。
――やっぱり早ぇ……っ。
しかも、避けたら後ろのカンナ達に当たる軌道。
「来い……!」
咄嗟に白炎を包丁に纏わせ、踏み込む。
――バァン!
叩きつけられる水の鞭。
飛沫が散って頬を掠める。凄まじい衝撃に腕が痺れた。
「ぐっ……!」
おいおい水のはずだろ!?
なのに、なんだよこの重さ、硬さは……!?
「あハあはアは!」
笑うハンナ。
白炎を押し返そうとするように水が蠢く。
脅威的な圧力。
体が、軋む。
「こ、の……っ!」
耐えきれない、でも……!
俺は歯を食いしばり、白炎を両手に集中。そして一気に噴射、なんとか水の軌道を逸らした。
「あはっ! すごいすごい!」
たった一撃やり過ごすだけで、ここまで消耗させられんのかよ……!
ジュウッと、包丁から蒸気が上がる。
心做しか、火の勢いが弱まってるような気がした。
――駄目だ。
体感で理解した。
水と炎じゃ相性が悪い。このまま打ち合ったら、多分押し負ける。
そもそも……火力不足だ。
「クソ! なんで、こんな時に……ッ!?」
分からない。
でも、今再現してるこのスキル――【憤怒の境地】。
それには、あの時程の……ファブニールと戦った時程の威力はないように感じた。
「おにーさん。だいじょぉぶぅ?」
煽るようなハンナの声。
ふざけやがって。
いや……待て。
落ち着け。
冷静になって、考えるんだ。
あの水の鞭、防ぐのは難しい。
だったら、他にできることを探せ。
見極めろ――
『――料理人スキル。解体術Lv1、【斬視】発動』
視界が一気に開くような感覚。瞬間、うねる水の全てに光の筋が走って見える。
「あの水……」
直に打ち合ってみて、気付いた。
「……スライム、か?」
似てる。少なくとも、性質はほぼ同じだ。
覚えのある質感に、そう結論づける。
「なんで、ハンナにくっついてんだよ……」
そこまでは分からない。でも、今はどうでもいい。
「つぎ、いっくよ〜」
ハンナの声。覇気のないそれとは裏腹に、凄まじい勢いで水の鞭がしなる。
今度は――二本。
交差しながらこちら目掛けて振り下ろされる。
やっぱり、早い。
「避けらんね……ッ」
ならば、と。
咄嗟に左手を背中へ。鉄鍋を引っ掴み、盾のように構える。
――バシャン!
衝撃と水飛沫。
水の勢いを相殺した一瞬、足から白炎を噴射してその場から退避する。
「っぶねぇな、クソッ!」
でも、これでいい。
カンナ達から距離を離すことはできた。
ここからだ。
「今度はこっちからいくぞ!」
地を蹴る。
瞬間、白炎を足裏から噴き出し推進力に。一気に間合いを詰めた。
「わっ! はやいはやーい!」
こちらの速度に対応するように水の鞭が振り上げられる。
不規則な水のうねり。
「うおおおおおお!!」
纏う白炎を背後で爆発させ、更に加速。
囲まれる前に、突っ切る!
「――そこだッ!」
斬るべき場所は、もう視えている。
光の筋に沿わせるイメージ。ハンナの背中に回り込み、俺は水の鞭へ包丁を振りかぶった。
「輪切りにしてやらぁ!!」
解体スキル【剛刃】――発動。強化した刃で一閃。肉の繊維を断つように刃を滑らせる。
刹那――
――パシャッ!
水の鞭が形を失った。
根元から風船みたいに弾け飛んだ水が地面に染み込んで消える。
「まずは一本!」
このまま全部ぶった切ってやる!
そう思ったのも束の間、
「えへへっ! あははっ!」
ハンナの背中がブクブクと音を立てる。
嫌な予感。
「おいおい嘘だろ……?」
最悪の的中。
切った筈の断面が泡立ち、そこから再び水の鞭が形成されていく。
それだけじゃない。
「あぁあ! おもちゃ、いぃっぱい! あそぼぉ!」
ボコボコと、更に二本の鞭がハンナの背中から生えてきた。
「クソがッ、誰が追加注文したよ!」
馬鹿げた光景に思わず悪態をつく。
「あはは! じゃ〜ンプ!」
水の鞭を使い、自らを押し上げるように跳躍したハンナ。
そのまま空中から全ての鞭がこちらへ伸ばされる。
六本――時間差で迫る脅威。
「来やがれ! またぶった切ってやんよ!」
最初の一本を躱す。
凄まじい速度で俺の頬を掠めた水の突きは、容易く地面に穴を空けた。
鳥肌を立てる暇もない。続けざまに二本目。
これもギリギリで躱し、そして――
「――ここだッ!」
恐怖を殺し、包丁を振るう。
光の筋に導かれるまま、白炎を纏った斬撃で二本の鞭を同時に切り解いた。
「次ィッ!」
三本目。
鉄鍋を打ち付けて軌道を逸らす。勢いが死んだそれを、横から一閃。消し飛ばした。
「これはど〜ぉ?」
残りの三本が突如軌道を変える。
「……ッ!?」
上から叩きつけるように一本。それとほぼ同時に、左右から二本の鞭が迫る。
「負けるかぁ!」
迎え撃て!
今、俺にできる全てで!
『――料理人スキル。属性魔法(火)Lv6――【ブレイズバーン】。発動』
俺を中心に、周囲を焼き尽くす爆炎が放出される。
人が傍にいる状況では使えない、俺の奥の手。
消費はでかい。でも、その威力は――絶大。
爆発の勢いに負けた水の鞭は、全てが俺に届く前にその動きを止めた。
隙あり――すかさず包丁を振るい、三本の鞭をただの水へと還す。
「あぁアァあ、たのしい! もっと! もっとぉ!」
衝撃に吹き飛ばされ地面を転がるハンナ。
うねる水がクッションになったのか、傷は浅いようだ。
「これで終わり、じゃねぇよな……」
ゆらりと起き上がるハンナ。
その背中から、水の鞭が再生するのを止められない。
「いいぜ! とことん付き合ってやらぁ!」
戻るなら、また切るだけだ。
何度でも。何度でも。何度でも。
「まだまだぁ!」
白炎が爆ぜ、水が蒸発し、視界が白く霞む。
腕が重い。息が、苦しい。魔力も尽きそうだ。
それでも、刃は止めない。
無我夢中。
再生しては向かってくる水の鞭へ、俺は包丁を振り続けた。
「たのしい、ねぇ……はぁ、はぁ。たの、しい、ねぇ!」
いつ終わるともしれない炎と水の応酬。
その中で――ふと、気付く。
「ハ、ンナ?」
目に入った彼女の顔。
――真っ青だ。
表情は変わらず笑顔のままなのに、いつの間にか、その肌からは血の気が抜けていた。
まるで死人だ。生気が感じられない。
なんでだ?
最初は、あんなじゃなかった。
なんで今、急に……?
「……まさか……お前……それ……っ」
俺の頭に浮かんだのは、最悪な可能性。
――吸われてる、のか?
再生する水の鞭。
その原動力は、なんだ?
見れば、明らかだ。
ハンナの生命――それを食って、アレは動いている。
その答えに辿り着いた一瞬、俺の手は止まった。
「――シノさんッ!」
「――ご主人ッ!」
声が聞こえた時には、遅かった。
「ぐッ……!?」
四方八方、俺を取り囲む水の鞭。
逃げられない。
――やられる!
そう思った、次の瞬間――
「――駄目ぇ!!」
割り込む人影。
俺を庇うようにそこにあったのは……カンナの、小さな背中だった。




