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『今は返事しないで。明日、いつもの通りに待ってるから、返事は公園で』



 夜露はそう言った。


 未だに信じられないが、昨日のことだ。


 お陰で、ろくに眠れず出社して昼間には頭が痛くなり久々に薬を飲んだ。



「あれ?なんかサイレン聞こえません?」



 確かに、由美ちゃんの言う通りどこかでパトカーのサイレンが鳴っているようだ。



「でもま、よくある事だろ」



 都内には複数の警察署があるから、サイレンを聞くのも割と日常茶飯事だ。危機管理能力が低下しているのかもしれないが、まあ今考えることでは無い。俺は今日、大事な約束があるのだ。



「火事だと怖いんで、ちょっとニュース観てきます」



 そう言って由美ちゃんは、一歩でた事務所の扉から踵を返した。自宅がここなんだから、自室で観ればいいのに。まあいいや。



「わかった。んじゃ、お疲れ」


「お疲れ様でーす」



 物臭に室内から返事をするのを聞き届けて、廊下を歩き出す。


 今から緊張しているが、初めての事なのだ。仕方ないと言い聞かせる。


 ビルを出て、空を見上げる。


 うん、今日も快晴だ。


 そして、いつも夜露とリズが立っている場所に目を向ける。













 そこには誰もいなかった。









 近くをパトカーと消防車が通り過ぎていく。サイレンの音に、一度収まった頭痛がぶり返された。


 まさかと思うが、パトカーもサイレンも夜露達が帰る方向とは別の道を進んでいった。


 そうだよな。事故も事件もそうある事じゃない。そこに巻き込まれるのは本当に確率の低いことだ。


 何か用事があって、遅れているのかもしれない。


 もしかしたら、先に公園で待っているかもしれないし。


 大丈夫。すぐにいつもの笑みをたたえて夜露が駆け寄ってくるはずだ。














 期待をして行った公園には、夜露の姿はなかった。


 夜露の事を何も知らないんだと改めて思う。


 知っているのは、名前と性別と年齢だけ。


 住んでる場所も知らなければ、電話番号もメールアドレスも知らない。このご時世に、だ。


 這い寄る不安を無視して、ブランコに腰掛ける。


 胸ポケットから煙草を出そうとして、やめた。子どものための遊具でしていい行為ではない。


 携帯アプリでニュースを観るのもなんだか違う気がして、公園の中を見回す。




 そこが、夜露とキャッチボールをするときの固定の場所。


 あっちは、シャボン玉の時に三人で空を見上げた場所。


 そのむこうは、水風船をしている時に夜露が自分で落とした水風船を踏んでしまい盛大にコケた場所。


 短い期間で、夜露のことで頭がいっぱいになる位ここには思い出が出来た。


 忘れたいと思っても、きっと忘れられない思い出になるだろう。そう思うほどに、それはキラキラして眩しかった。












 公園の街灯が明かりを灯して暫くすると、どこから現れたかいつのまにか羽虫が飛んでいる。


 辺りは暗く、すっかり夜となった。


 まあ、そうだよな。期待した俺がバカだった。そうだよ。こんな上手い話がある訳ない。何をこんなに舞い上がってたんだ。馬鹿らしい。


 一時の夢を見せてくれたんだから、少しの感謝くらいは忘れないようにするけど。きっといつかこれも風化する。


 帰りにスーパー寄って、酒とつまみを買っていこう。


 立ち上がろうとした時、携帯が鳴った。ディスプレイに映る番号は知らないものだ。



「も、もしもし?」



 暫く無言が続くが、電波が悪いのか雑音が混じっている。



「もしもし?」


『……あんたの、あんたのせいよ』


「リズ?」



 リズにも教えていなかったが、キャッチボールをしている間の荷物番はリズだった。この子だったら知っていてもおかしいとは思わない。



『あんたさえいなければ!ヨツユは……!』


「どうした!夜露になにかあったのか!?」



 嗚咽しか聞こえない。不安で胃がぐるぐるする。頭痛も本格的にぶり返してきた。


 立っている足元が不安定で、崩れそうな感覚が陥る。


 返事を待つが、嗚咽と雑音が混ざった頃、電話が切れた。






 あの後、何度かけ直しても繋がらなかった。どうにか帰宅して、かけ直した頃には既に繋がらず、着信拒否がされたようだった。


 浅はかにも、現実逃避で被害者ぶってみたが、嫌な予感はあった。


 約束は殆どした事がなかったが、あの子がそこで待っていない日なんてなかったから。


 重い身体を叱咤して、頭痛薬を飲みテレビをつける。


 会社から二キロ離れた先で爆発事故があったらしい。


 それが関係あるのかわからないが、そこに夜露の名前を見つけてしまったらどうにかなりそうだったから、すぐにテレビを消して頭まで布団を被った。


 俺が。


 俺が幸せになれなくてもいい。


 身に過ぎた願いだったと受け入れる。


 だから


 どうか夜露が今も笑っていてくれれば。


 彼の幸せが消えることのないように。


 神か、仏か、悪魔か。


 俺自身、何に願っているのかわからないが、なんでもいいからこの状況を救ってくれと願うしか無かった。



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