91.よりよい将来のために
珍しく今日は来ないみたいだし、久しぶりにフェルと二人で料理をしたいわ。と言うミーシャにフェルリシアも頷きミーシャからエプロンを借りてキッチンに並び立つ。いつもは殿下がいるから殿下の料理人が押し掛けてきているせいでろくに作れなくて不満が溜まっているのだという。
「ねぇ、ならいっそのこと貴女も時々うちに来たらいいんじゃないかしら?遠隔通話護符を片方置いて行くから連絡くれればゲート繋ぐわよ?」
「それもいいわね。……私はお野菜の下拵えやるからフェルはお肉の方お願い」
「はいはい、あれね?」
フェルリシアがよくウィンテルのために作る病床料理のほとんどはミーシャと共同で考えたものに、それぞれの地方食材に応じた改良を加えたものでフェルリシアは唯一身に付けて来た腰のマジックバックパックから予め処理してきた肉の塊を取り出すと今回の料理に使う分だけ大胆に切り分ける。
「なーに?フェルったらわざわざ持ってきたの?」
「うちも寝込んでいるからね。だったら活用しなくちゃ勿体ないじゃない」
それはそうだけど、とミーシャは苦笑しながら自分もある程度は仕込んでおいた野菜類を適度な大きさにカットして大鍋に放り込んでいく。
「後の調理はお願いしてもいいかしら?フィナリアを連れてくるから」
「任せて行ってらっしゃいな」
小さく手を振って料理に向かっているフェルリシアに後を託してミーシャは娘の部屋へと向かう。
「フィナ?入ってもいいかしら?」
「お母様?大丈夫だよ」
《ガチャリ》
「今日はいつもより顔色がいいのね。……殿下がいないからかしら?」
「そんなことは……あるかも。毎日のようにべったりされたらさすがに、ね」
「ま、もうすぐお昼ご飯だしお客様が来ているから少し上に羽織りましょうか。パジャマはそのままで大丈夫だから」
「お客様……って?」
「約20年来の親友よ。さ、これでいいわ」
二人が二階のフロアからゆっくりと降りてくると階下のダイニングから漂ってくる美味しそうな香りに思わず顔を見合わせる。普段からミーシャが使っている調味料とは何か少し違うらしい。
「あれ。お母様が作っているわけじゃ……」
「さすが、フェルリシアねぇ。これがウィシュメリア風ってやつかしら?」
「えっ?……ええっ?!」
フィナリアは明らかに混乱していた。昨日の今日で問題のウィンター家の人間が自分の家に客として来ているとか、その人物と自分の母親が知り合いだとか、ましてやそんな人が自分たちの食事を作っているだなんて想像の域を越えていたからだ。
「勝手知ったるなんとやら。全然変わらないのね?ミーシャのキッチンは。お皿からパンの置き場所から何から何まで」
階段を降りてくる二人を認めたフェルリシアがにっこり笑いながら料理を並べおわったテーブルを指差している。
ミーシャは状況に頭がついていかずに呆然としているフィナリアの頬っぺたをぷにぷにつっ突いて我に返させると、早く食べましょうとフィナリアを導き席に座らせる。
「自己紹介がまだだったわね、フィナリアさん。私はフェルリシア・ウィンターよ。よろしくね」
「あ、う、え、えっと。フィナリア・フローリスです……その、よろしくお願いします」
「さ、食べましょうよ。殿下がいないと気持ちよく食べれるわぁ」
「ちょっ、お母様!?」
「あらあら」
よほど殿下来襲の日々が苦痛だったのか会食中のミーシャは久しぶりに会った親友に延々と愚痴をたれていた。フィナリアはそれを肩身狭く聞き流していたのだけれどここまで自分の母親が苦労しているのであれば何か出来ることはないのだろうかと考え始めたころにフェルリシアから話を振られたのだった。
「……ねぇフィナリアさん。今の状態の殿下を見ていてどう思うのかしら?」
「あまり……好ましいとは思えないです。私にたくさんの時間をかけても無意味ですし」
「どうしたらいいと思うのかしら?」
「少しの間だけでも距離をとって冷静になれる時間を取れたらとは思うのですが……」
「ミーシャ?」
「フィナ。貴女……しばらくの間、フェルリシアのところへ身を寄せてゆっくりしてきなさいな。あのバカ王太子が落ち着きを取り戻して最低限の仕事をこなすくらいになるくらいまではのんびりしてきなさい」
「えっ、でも……」
「いいのよ。うちのウィンテルがね、元々言い出した事なのよ。……貴方たちが心配だってね」
「そう、なのですか…………」
フェルリシアの言う“貴方たち”が自分とミランダの事だろうということは何となくフィナリアには察しがついた。王太子殿下の事、母親の事、このままで進む未来の事、良く考えたのち。
「…………お世話になります。よろしくお願いします」
「決まりね。じゃあ殿下が来ないうちに移動したほうがいいからミーシャと支度してもらえるかしら?洗い物は私がやるから」
***
フィナリアとフェルリシアを庭先から消えていく転移門の向こうに見送ったあとミーシャは王宮へ出向く支度をして先触れをだし出発する。
「王妃様。フローリス侯爵夫人がお見えになっていますが」
「えぇ、通して。そのあとは呼ぶまで控えて」
「はっ」
侍従はミーシャを王妃の待つ居室に案内すると側仕えの侍女たちも含めて控えの間に下がった。
「久し振りね、ミーシャ。貴女少し痩せたの?」
「王妃様ほどではないですよ」
「ちょっと。二人きりの時はそう呼ばないでって言ったじゃない。本当にこの子ったら…………」
「すみません、アリスお義姉様。殿下の件で最近苛ついていたのでつい」
「うっ…………。はぁ、どうしてああいう風に育ってしまったのかしら。ごめんなさいね、ミーシャ」
王妃であるアリスはミーシャの夫のマインツに二人いる姉のうちの一人でプライベートな空間では気さくに会話の出来る間柄であった。
「アリスお義姉様に事後報告がありますの」
「事後…………。次からは事前相談がいいのだけれど」
「殿下絡みですから。殿下の過剰な心配ぶりで逆に私たち母娘は疲弊してしまいましたので、ウィシュメリアにいる伝手にフィナリアを当分預けてしまいましたので容認してくださいませ」
「…………分かったわ。認めましょう。ミーシャの伝手は、ウィンター伯爵家なのでしょう?あのやたら加護たっぷりかかっている」
「お義姉様は高等精霊神官でしたからお見通し、でしたか。殿下は少し娘から離れるべきだと思いましたから」
まぁ、仕方ないわよねぇ。と王妃アリスは手ずから淹れた紅茶に口を付け溜息を吐く。と、廊下の方が騒がしくなり侍従らしき声が鋭く制止の声を上げるもむなしく乱暴に居室のドアが乱暴に音を立てて開かれる。
「フローリス侯爵夫人!余のフィナがいないのはどういうことなのだっ?!」
「…………まだ嫁いでませんから殿下のモノではありませんよ」
「スティリーフ?貴方、昨夜何を話し合ったのでしたっけ?」
もぬけの殻になっていたフィナリアのいないフローリス侯爵家の屋敷からとんぼ返りした王太子は侍従の制止を振り切って王妃の部屋に飛び込めば案の定いた侯爵夫人に食ってかかるも冷ややかな視線を放つ二人に思わずたじろぐ。
「余、余は大事な用事があって赴いたのだ。そうしたらもうここにはいない、夫人に聞けと侯爵の執事に言われたのだ。フィナはどこにいるのだ?」
「それを知ってどうされるのですか?殿下」
「無論、追い掛けて会いにいく」
「殿下のその用事とやらはこの王国と天秤にかけられるほどのモノなのですか?」
「なにっ!……そこまでの事では無い、が。しかし……」
「スティリーフ。フィナリアさんは私の指示でウィシュメリアに療養に出したわ。だから彼女に渡したいものがある時は私に預けなさい」
「母上?!い、今なんと……」
「ウィシュメリアにいるウィンター伯爵家に療養に行かせたのよ。夫人も了承済み。だから近衛の無駄な配置もこの後解除させるわ」
「何故余に相談無く……くっ、まだ日も暮れていないならば追い付く」
「無駄ですよ。フィナリアは自分の意志で殿下からの離別を口にしました。最近の行動、よーくお考えになってみては如何ですか?少しでも周囲の目を見て行動されていればこのようにはなりませんでしたけれど。それから、ウィンター伯爵夫人は大陸に一握りの高等ルーンマスター。娘はもうウィシュメリアにいるわよ」




