第六章 残酷な神託 ④
王のもとを訪れたアンナは、神託をそのまま告げた。王はそれを聞いて、グレンが国家転覆を目論んでいたと受け取ったようだった。
傍にいたアルバートをちらりと見たが、彼が何を考えているかはわからなかった。ただ、無表情でアンナをじっと見ていた。
それからすぐに処刑の日は決まった。まるで用意されていたかのように。
バラ園には静けさが戻っている。風は、アンナの心をも通り抜けていく。
ミカドは何も言わず、ただじっとしていた。二人で空を眺めているだけではあったものの、一人ではないことが、アンナの気持ちを少しだけ軽くする。
片時も離れることのなかった友は、もうこの世にはいない。首はしばらく処刑広場に掲げられるのだそうだ。それをアンナが見ることはないが。
「グレンの墓は、宮殿のそばにある小高い丘に立てるってさ。この宮殿が見えるから、あいつも喜ぶだろ」
「……お墓を立ててもらえるの? 大罪人なのに」
「こっそりな。アルバートが手配してくれた。さすがに名前は刻めないけど……グレンだって、国のために命を懸けた一人だろ。罪人としてなんて、さすがにあんまりだ」
「アルバート様は、このことを知っているの?」
「あいつは最初からグレンのことを疑ってないよ。だから俺に聞いてきたんだ、何か知っているかって」
問いただされたミカドは、一連の話をしたのだろう。それでアルバートは、彼を丁重に扱うようにしてくれたのだ。
第一王子は公平。その噂は、罪の烙印を刻まれた相手であっても変わらないらしい。素晴らしい人だと思う。
「犯人は必ず捕まえて晒し上げてやるって意気込んでたから、あとは任せていいと思う」
「……そう、わかった」
今更犯人がどうとか、そんなことはどうでも良かった。犯人が捕まったところで、グレンが返ってくるわけではない。
それにグレンが死んだのは、罪を背負ったからではない。それが神託だったからだ。
すべてが虚ろに溶けていくように思えて、アンナはもう何もしたくなかった。考えることすら億劫に思えた。
自分の選択が間違っていたとは思わない。聖女として、この国を導く義務がある。自分の感情に流されて無用な犠牲を出すことは避けるべきだ。
ただ、最期に彼と話をできなかったことは心残りだった。彼はアンナの選択を裏切りだと思っただろうか。それとも、必要なことだとわかってくれただろうか。
答えは出ないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
ミカドはどこまでも付き合ってくれるつもりらしく、同じように空を眺めている。
「聖女様」
ふと声をかけられて、そちらを見る。そこには、クリスが立っていた。厳粛な面持ちの彼の手には、一枚の紙が握られている。
声を出す気にもならず視線で応えると、彼は近づいてその紙を差し出してきた。
「グレン・シモムラの最期の言葉を書き留めたものです。聖女様宛の」
刑に関するすべての情報は、司法長官であるクリスに届けられる。だから、わざわざ伝えにきてくれたのだろう。
受け取る気にならなくて動かずにいると、ミカドが代わりに受け取った。そして、その文字を読み上げる。
「アンナ様、貴方の選択は間違っていない。私は貴方を誇りに思います。どうか、これからも、お元気で……っ」
ミカドの喉が詰まったひゅうという声が聞こえた。見れば、彼はただ静かに涙を流している。
ゆっくりと、グレンの言葉を反芻する。
間違っていない、誇りに思う、お元気で。どれもアンナを思う気持ちばかりだ。
じんわりと、心が溶けていくのを感じる。胸の奥にその優しさが伝わり、全身へと広がっていく。
「ほら、これ」
ミカドからハンカチを渡されて、アンナは自分が泣いていることに気がついた。
自覚してしまえば、もう止まらない。声にならない声が喉から漏れ、その度に大粒の涙がぽろぽろと頬を伝っていく。
ミカドは顔を拭おうとしないアンナに焦れたのか、代わりに拭ってくれた。彼だって顔中が涙まみれなのに。
黒髪に黒い瞳の彼の姿に、グレンを思い出す。いつだったか、転んで泣いたアンナの涙を拭ってくれた。
その彼はもういない。どれほど望んでも、二度と会うことはできない。それどころか大罪人として首を掲げられ、罵声を浴びせられるのだろう。
すべて、アンナの招いたことだ。
だが、それでもグレンは肯定してくれた。誇りに思うとさえ言ってくれた。ならば、自分の選択を信じるしかない。そしてグレンの死が無駄にならないように、自分にできることを探していくしかないのだ。
誰よりも大切な、たった一人の護衛騎士。友であり兄であった彼の忠義を、一生忘れたりはしない。
アンナは心に固く誓って、どこまでも青々と広がる空を見る。
穏やかな風が、優しくアンナの頬を撫でた。




