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ハイダとたばね箱  作者: 佐屋 理由


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1/12

プロローグ 前



長く書き続けられる話をと思って始めました。

書き溜めていた分を公開しますが、それ以降は気が向いた時に更新します。










 がらんがらんと鳴り響いた鐘の音に、ハイダは小さく飛び上がった。

 やっとの思いで手に入れた品々を抱えてすぐに方向転換をすると、大急ぎで元の列車に飛び乗る。

 かなり不自然な体勢になりながら、列車が動き出す直前に扉を自分の手で閉めた。

 その途端、車両は大きくガタンと揺れる。


(危なかった! 色々と、本当にギリギリだったけどどうにかおつかい無事完了!)


 ハイダに与えられた任務は難しいものではなかった。

 短い停車時間内にホームの売り子の下へ行って、二人分の食料と飲み物を購入し、席に戻ってくること。

 ハイダは小さな子供ではない。少し前まではもうすぐ就職を控えていた学生であった。

 だからこれくらいのミッションはなんなくこなせるだろうと自分では思っていた。

 そもそも彼女はここ最近、何もかもを周囲に頼り切りで少々自尊心を削られていた。なのでここらで自己肯定感を少しでも上げようと、張り切って買い物役を引き受けたのである。


 けれど。

 勇んで飛び降りた駅では売り子自体がなかなかが見当たらず、ようやくホームの先に見つけた時には既にその場には二人の人物が並んでいた。

 最初の一人は優雅な観光旅行らしい若者で、気さくな笑顔を振りまきながら売り子から商品の一つ一つの詳細を聞き出し、迷い、悩みに悩んでこの土地の名物だと言われたパンと飲み物を購入していった。

 次の一人は労働者風の中年男性で、男性は一度だけちらりとハイダを振り返ったあと、そこにある商品のほとんどをごっそりとまとめ買いしていってしまった。もしかしたら列車の中には連れ達がいて、彼が代表で出てきたのかもしれない。

 そして最後となったハイダには選択肢などある筈もなく、残った商品をすべて買うと売り子に告げて、硬貨を使おうとしてこれは他国の金なので駄目だと言われ、慌てて大規模商会の発行する旅行金券で支払いを済ませ、釣りは出ないと言われて愕然としながら急いで列車に戻ったのだった。


「俺、甘いの駄目だって言ったよね?」


 席に帰ると。

 手渡されたパウンドケーキの塊を見て、ハイダの同行者であるマルクは遠慮なく顔を顰めた。


「すみません、それしか食べ物残ってなくて」


 ハイダの前に並んでいた客は、小柄な女子であるハイダにはそれくらい残しておけば充分と判断したのだろう。

 商品は食事系が買い占められ、おやつ系の物しか残っていなかった。

 しばらくケーキを睨みつけていたマルクは、おもむろに自分の鞄の中からチーズと干し肉を取り出すと、一口大に割ったケーキにそれらを乗せて口に放り込む。

 何度か一緒に食事をして思ったのだが、マルクの食べ方は独特である。出された物は最初に全て細かく刻んでから、ひょいひょいと口に入れていくやり方だ。

 それが行儀いいのか悪いのか、この世界のマナーをハイダは知らない。


「それ、おいしいですか?」


 チーズの見た目に興味を持ったハイダが尋ねてみるが、マルクは無言で膝の上の物を口に詰め込むだけだった。

 最後にお茶の蓋をとって一気に流し込む。


 きっとおいしくないのだろう、と結論づけたハイダは一つおねだりするのは止めておいた。

 そしてハイダ自身も、久しぶりとなる食事にとりかかることにした。

 バター風味の素朴なケーキの甘みは、空腹と疲れを癒してくれる。


(私が食べ物にこだわりのある人じゃなくてよかった。もともと一週間くらい同じもの食べ続けても平気なくらいだしな)


 ここでハイダはようやく人心地つく。そして今日、列車に乗ってから初めて窓の外に目をやった。

 抜けるような青空とどこまでも続く緑色の田園風景は、農村地方出身のハイダにとって異郷感よりも懐かしさを感じるものだった。


(食べ物をみても。植物にはあまり違いはないのかな。町や人は完全に西洋風だったけど)


 お茶を口にしながら、目の前のマルクを見る。


 甘い物がよほど嫌だったのか、荷物から小さな岩塩を取り出したマルクはそれを口に放り込んで飴玉のように舐め始めた。

 口の中は大騒ぎになっているのだろう、顔面はくしゃくしゃに歪んでいる。


 それでも、目の前のこの男性は、ハイダがこれまで見てきた中でも最も美しい人間だった。

 顔立ちや全身のバランスもそうだが、ハイダが特に目を引かれたのはその色合いだ。

 淡く透けるような空色の髪、木漏れ日のようなわずかに緑がかった金色の瞳。


(見た目は妖精か王子様みたいなのに。中身が全然合ってない)


 繊細な芸術品のような外見から荒々しい言葉が出てきた時はハイダはとても驚いた。

 ついでに言えばマルクの声は、ハイダが好きだった歌い手によく似た甘く低く独特な響きのある美声だった。


 ハイダがおつかいを頼まれたもう一つの理由はそれだった。見た目はフードで覆ってしまっていても、その声だけでこの男性は誰かの心を掴んでしまうのに充分過ぎるほどだったので。

 ハイダ達は今、誰かの記憶に残るわけにはいかなかった。

 現在彼女達は逃亡真っ最中なのである。




 ハイダがこの世界にやって来たのは今から二週間ほど前になる。

 ある日バイトが終わって帰路につき、いつもの街角を曲がったらハイダは見知らぬ場所にいた。

 そこは大きな噴水のある広場の石畳の上だった。

 幸い、ハイダの出現を見ていた者たちは大勢いて、彼らは戸惑うハイダを取り囲むとどこか公共の施設のような所に連れていってくれた。


 そこで聞かされた話によれば、この世界には時折ハイダと同じようにどこか別の場所から迷い込んでしまう者たちがいるらしい。

 ハイダが連れて来られたのは神殿で、そこではそのような者たちを保護するシステムが確立していた。


 本来ならば。神殿で手続きを済ませたハイダはこちらでの生活を世話されて「いつか戻れるかそうでないかはわからないけどまあそれまで気楽にやっていきましょう」という暮らしに入る予定だった。


 なのに。

 とある事故によって。

 ハイダはこの国における重要な力をうっかりとその身に取り込んでしまった。

 その力をハイダから取り出すにはハイダの体を壊すしかない。

 つまり、ハイダが死ぬしかない。


 神殿が出した結論を知ったマルクはハイダを連れて神殿から逃亡した。

 何故ならば、ハイダにその力を譲渡してしまうという事故を起こしたのがこの男自身だったからだ。


「これでお前が殺されたら寝覚めが悪すぎるだろうが!」


 そんな理由でマルクはハイダを逃がすことにしたのである。


(マルクさんが罪悪感と行動力を持つ人でよかった……)


 もしもそのどちらかでもなかったら、ハイダはこの異世界にやって来て早々に命を失くしていただろう。

 出会ったのがマルクでよかったという思いと、そもそもマルクに出会わなければこんな状況にはなっていなかったのではないかという思いが半々である。


 ハイダが取り込んだ力について。

 ハイダの現在の状況は、ハイダ自身の知識による解釈では、ハイダの体の中に永遠に消費されない莫大な燃料が積み込まれているようなものらしい。

 しかし生身の体でそれを持っていても何の役にも立たない。せめて自動車なり飛行機なりのエンジンを持った器がなければ意味がないと言う。

 そして本来ならそれを受け取る筈だった宇宙船並みのエンジンを持ったマルクは、ハイダを壊す代わりに彼女を自らの手で宇宙船レベル、せめて飛行機レベルにまで仕上げてやると宣言した。それならば、神殿も彼女を壊す理由がなくなるからだ。


 ハイダが取り込んだ燃料の使い道は魔法であった。

 この事実を聞かされた時、ハイダは驚愕した。

 まさか自分が本物の魔法が存在する世界に来てしまうことがあろうとは。

 いくらフィクションが大好きなハイダでも、その可能性を夢見る年頃はとっくに過ぎていた。


「魔法の概念はあるのにそのものは存在しないって。なんなのそっちの世界。ふざけてんの」


 マルクは魔法使いであるという。

 こちらの世界では魔法を使える者は神官と呼ばれるらしい。

 魔法は神から与えられた力で、それを使える人間は神の使いということになるのだと。

 これからハイダが目指すのは、特級レベルの魔法使いこと神官になることだった。


「国によって色々あるが、俺達の国の神殿は軍としての色合いが強い」

「それはもしや私がマルクさんに鍛えられた後は戦の最前線に立たされるということですか」

「うちが実際に戦をしたのはもう数百年前の話だ。今は魔獣や野盗の盗伐や自然災害や魔法災害の対応が主な仕事だな」


 対人間の野盗は怖いが、それ以外ならまあ許容範囲かとハイダはホッとした。


 この列車に乗ってから、ハイダはマルクから渡された初心者用の魔法指導書を一通り読んでいた。もともと読書は大好き、なおかつ速読派だったので、だいたいの内容は頭に入っている。

 言葉や文字関連の障害は、最初に神殿で保護された時に魔法で補完されていた。


(この世界には魔法が使える人とそうでない人がいて、幸いにも私自身は前者だった。だから鍛えようによっては私が宇宙船、せめて飛行機クラスになれる可能性もあるらしいんだけど……)


 マルクを見る。気付いた相手が眉を上げた。


「……何」

「マルクさんがそこまでになるのに何年修行したんですか?」

「……20年?」

「⁉ ということはつまり私達はこれからそれだけの時間逃げ続けると⁉ ! イタッ」


 頭をはたかれる。


「そんなわけねーだろ。俺の場合教師どもが悪かったね。俺がお前に教えりゃもっと早くに仕上がる筈だ」

「ですが半分でも10年……」


 ハイダはマルクの年齢を想像してみる。

 見たところ、ハイダの世界で言うなら20代後半くらいだろうか。そこからの10年と言えば様々な意味で人生でとても大事な時間なのではないか。


(いくらこの人が原因だからって。私が死なない為だけにマルクさんの人生のその期間を奪ってしまうなんて申し訳がない……いや……でも……それだけのことをやらかしてしまったのだと思えば懲役10年は妥当なのかも?)


 ハイダはあっさり自分の中でこの事態を飲み込んだ。ぐじぐじと悩むのは趣味ではなかったからだ。

 それに、自分の努力次第では、その期間がずっと短縮できるかもしれない。


「ということで早速本の内容を実践してみたいのですが」

「そうだな。あんまり大きなやつを使うなよ。車掌がくる」

「では物を温める魔法などは?」

「……いいんじゃない。やってみろ」


(はじめてのまほう!)


 ハイダは嬉しくなった。

 そして頭の中で本に書いてあった手順を思い返す。

 手の中にある、蓋付きカップのお茶に熱を通すイメージをした。


 何十秒か後。

 残った液体がこぷりと動いた。

 続いて、熱く煮えたぎったお茶が、天井めがけて勢いよく噴き出てくる。

 わあ、とマルクが飛び上がった。ハイダも喜びのあまりに立ち上がる。


「成功しました!」

「失敗だろうが! ……すみませんね、お騒がせしまして」


 片手でハイダの頭を押さえ、もう片手は周囲に向けて詫びを入れたマルクは、そのまま腰を下ろす。

 と同時にシュン、と何かが動いて辺りにぶちまかれたお茶が一瞬で消えていく。

 その間もハイダの興奮は収まらない。


「マルクさんもっと喜んで下さい! 私、生まれて初めて魔法というものを使ってしかもそれが成功したんですよ!」

「……そうだな。この程度で済んでよかったよ。俺の見込みが甘かった。いいか、今のお前の状態はな、怪力の赤ん坊に凶器を持たせたようなものだ」

「? それはつまり?」

「実践は最後の最後だ、お前は知識と制御をひたすら頭に入れていけ、でなけりゃ怖くて念話も使えないだろうが」

「念話……」


 よくわからないがそれが魔法の基本中の基本なのかと思う。

 首を傾げているハイダに、ふと伸ばされたマルクの手がこちらの髪をつまみ上げた。


「影響が早すぎるな」

「はい?」

「強い力は当人の容姿に変化をもたらす。お前のろくに手入れもされてなかった頭髪が、見てみろ、もう艶が出てる」


 言われたハイダは慌てて自分のセミロングの黒髪を触る。見た目も手触りも、美容院帰りのように素敵な感じになっている。おお、と驚いてから。


「ということは……こちらでは容姿の素晴らしい方はとても強い神官さんなので気をつけろ、ということなんですかね」

「神官に限らずだ。あと天然の美形ってのもいるにはいる。そういうのは王族に多いな。あいつらはむしろその容姿そのものがなんらかの力になることが多いが」

「そしてつまりマルクさんの修行を終えたらこの私も最終的には絶世の美女に?」

「そこまで行けたらな」

「私の場合この現状では多少肌艶がよくなったところでそもそも限界がありそうなのですが、それは別人の顔に変わってしまうということなんでしょうか」

「いや。お前と認識できる範囲で限界まで美しくなって後は周りの評価が変わるんだろうな。俺はそうだった。……それと、お前は、卑下するほどの容姿じゃない、と、俺は思う」


 ハイダは少し驚いた。

 こういう気遣いをしてくれるようなタイプではないと思っていたのだ。


 そもそもハイダとマルクの出会いはひどいものだった。

 事故により力を受け取ってしまったハイダを、マルクは出会い頭に怒鳴りつけた。自分が原因なのに、である。

 その次の朝から逃亡の為に半ば誘拐のようにしてあちこちを連れ回され、その間、マルクはずっと不機嫌に黙るか怒るか文句を言うかだったのだ。


 自分のミスで赤の他人を死には追いやれない、という絶対的な信念はあるものの、それ以外では周囲の人の心を慮ったりすることはない人物かと思っていた。こうして逃げている状況も、ハイダと彼自身以外の者たちには大迷惑な話なのだろうから。


(怖い人なのか、優しい人なのかよくわからない)


 ハイダがマルクの人物像を考えながら観察していると、マルクは急にハッと息を飲んだ。そして言った。


「あーそれとね。お前の容姿がどうだろうと俺からの好意とは関係ないから。俺には長年想い続けてる最愛の相手がいるんでそーゆーのは期待しないように」

「!」


 話が変わった。ハイダは慌てて身を乗り出す。


「待って下さい。マルクさんには大事な方がいるんですね? そのお相手というのは、これから十年距離が空いても大丈夫な方なんですか?」

「……ああ。大丈夫だ。問題ない。少なくとも、お前の気にすることじゃない」


 そこで突然、マルクの言葉の温度が変わった。

 これ以上は踏み込んでくるなと明確に空気で線を引かれた気がする。


 ハイダは黙るしかなくなっていた。

 これまでの人生で自分に縁がなかった分、彼女は人の恋愛話を聞くのが大好きである。だが、さすがに出会って二週間の年上異性で、これから師匠となる人物に嫌がられるのを承知で強引な聞き取りをしようとするほど無謀ではない。

 ハイダは好奇心を胸の中にしまった。そう遠くない先に、もう少し互いに心を開いて酒でも入って口も軽くなった頃合いに尋ねてみようと頭の隅にメモしておく。


(こんなに素敵な……少なくとも見た目は素敵な人なんだから、きっと心震えるような素晴らしい恋愛話が秘められているに違いない)


 先の楽しみが増えたとにこにこする。

 謎の笑顔を不気味に思ったのか、嫌そうな表情になるマルクに澄ましてうなづきかけてから、ハイダは荷物の中から魔法指導書の2巻を取り出した。


(3巻まで貰ってないけどそれで終わりってことはないよね? 外国で続きが読めるんだろうか……)


 考えても仕方がない。とりあえず黒い革張りの表紙をめくる。



 その時だった。


 コツリと床を踏む音がして、ハイダ達の横に誰かが立った。

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