「踏まれるほど強くなれる」
◆夕焼け空を見つめて 「踏まれるほど強くなれる」
突然、あたしの後ろから「ひたひた」という足音が近づいてきた。「すたすた」ではなく、「ひたひた」と聞こえる足音って、珍しい。
「(ん? ・・・・・・先生、かな?)」
ちょっと待てよ。違うな。先生はそんな足音じゃないな。じゃあ、誰だろう。
・・・・・・くすっ!
「・・・・・・えっ!」
驚いて、思わずあたし声が裏返っちゃったよ。
そこには、夕陽を背にした一人の女子高生が、笑って立っていたんだ。
「す、末永小笹・・・・・・さん・・・・・・だよね? ・・・・・・制服だから、すぐわかんなかったよ・・・・・・」
道着ではない制服姿の彼女は、どこからどう見ても普通の女子高生。
あの鋭い気迫も恐いオーラも、まったく感じない。
とても、さっき激しく戦っていた人と同一人物とは思えない感じだった。
「こーんなとこで、何やってるのぉッ? 栗原チャン」
「え? あ、いやー、先生を待っててね・・・・・・」
「ふーん。そっかぁー」
「す、末永・・・・・・さん・・・・・・こそ、まだ帰ってなかったの?」
「あははっ! 普通に小笹って呼んで構わないよ。ワタシも勝手に栗原チャンって呼んでるし」
「え! そ、そんな! 気安く、小笹なんて・・・・・・」
「くすっ! 真面目だなぁ、栗原チャン! いーのいーの。気にしないでいーからッ」
「そ、そうなの? じゃ、じゃあ、小笹さん・・・・・・って、呼ぶよ?」
「はーいッ、オッケー。・・・・・・試合、お疲れ様ね、栗原チャン。ありがとうございました!」
初めて彼女とじっくり会話をした。
でも、ちょっと待って。あたしの知ってる彼女とはまた違う彼女だよ。
何なんだろう、この明るい笑顔と気さくな雰囲気は。ほんと、普通の子じゃないか。
「こ、こちらこそ・・・・・・ありがとう。・・・・・・。・・・・・・痛っ・・・・・・」
「・・・・・・あれッ? なんだか、辛そうだねッ?」
「つ、辛いよー。・・・・・・あたし、もう、試合後に全身がめちゃめちゃ痛くて・・・・・・」
すると彼女はあたしの横に座り、肩から足先までをゆっくり見て「なるほどー」と言った。
「栗原チャン、ごめんねッ! ワタシ、ちょっと強く技をかけすぎたかも。ごめーんッ!」
「え? えーと、まぁ、いいんだけどさ。試合だし・・・・・・。あたしが無理しすぎたせいも・・・・・・」
「ちょっと、待ってねッ! 栗原チャン。その痛み、ワタシが和らげてあげるよぉッ」
「え! ど、どうやって?」
すると彼女は「ちょっと痛いけど」と言って、拳をあたしの太腿や背中へぐっと押し込むように捻り込んだ。
試合中は優しくなかったのに、今はめっちゃ優しい人じゃん。ギャップがすごいな。
「・・・・・・うそ! さっきより少し、痛みが軽く感じる! え? 何したの!」
「くすっ。去年、ちょっとツボ圧しを覚えてさ。あとは専門家にケアしてもらってねッ?」
「あ、ありがとう。・・・・・・なんか、さっきまで戦ってたのに・・・・・・複雑だなぁ」
「火花を散らすのは試合の時だけ。だってそれ以外は、お互い、同い年の高校生でしょッ?」
「た、確かにそうだけど・・・・・・。なんか、そのー・・・・・・。小笹さん、試合と違って・・・・・・」
「あ! ワタシさ、栗原チャンとまた試合してみたいのッ。けっこう楽しかったからさぁッ!」
「え? ・・・・・・あ、あのさ、小笹さん・・・・・・。あたしの空手、終わっちゃったからさ・・・・・・」
「え? なんで?」
「な、なんで、って・・・・・・。だって、もう部活引退だし・・・・・・」
「・・・・・・くすっ! そういう意味か」
「だ、だって、そうだよね?」
「あははっ! 栗原チャンさ、空手、好き?」
「え! す、好きよ。・・・・・・だから、高校でも空手道部に・・・・・・」
「くすっ! あはははっ! ・・・・・・ねー。空手ってさ、部活だけのものじゃないよねッ?」
彼女の一言は、あたしの頭をガツンと撃ち抜いた。
そう言われればそうだ。別に部活だけが空手の全てじゃない。あたし、彼女に勝つことに絞っちゃって、自分の限界を勝手に狭めてたんだ。
「またいつか、どこかで当たったらよろしくッ! あははっ! 楽しみにしてるねッ!」
「で、でも、あたしなんかじゃ・・・・・・。小笹さんに比べたら、雑草みたいなレベルだしさ・・・・・・」
すると、彼女は瞳を輝かせて立ち上がり、あたしにすっと手を差し出して、こう言ったの。
―――― 雑草なら、踏まれるほど強くなれるはずだからさッ ――――
あたしは、彼女の顔をじっと見て固まってしまった。かっこいいこと言う人だな、と思って。
「栗原チャン! ・・・・・・さぁッ、ワタシのこの手、どーする? 握る? 握らない? くすっ!」
あたしは、その手を、強くゆっくり握った。空手をまだまだ続けてみようと、思い直したから。
「ありがとう小笹さん。・・・・・・でも、知らないかんね? 雑草は伸びたら対処が大変だよっ!」
「くすっ! 伸びてきそうになったらすぐ、ワタシがたくさん踏んであげるッ! あははっ!」
そう言って、彼女は握った手を解いた。
するとあたしの掌にぱしっと拳を当て、「バーイ!」と告げて夕陽の中へ走って消えていった。
かなわないなぁ、本当に。
あたしの足下には、名もわからない小さな草が夕陽に染められ、花を一つだけ咲かせていた。
Weeds Soul
完




