蘇生
生者が誰もいなくなった空間。
No.1勇者パーティが居なくなってからどのくらいの時間が経ったのだろうか。
その部屋にあるのは、魔王の死体と細切れの肉片、そして徐々に濃さを増す瘴気のみ。
ライオの死体と魔王の死体には距離があり、まだ瘴気はライオに届いていない。最も、瘴気は死者には影響しない。何の意味も無かった。
──しかし、ここである事象が発生した。
ライオの近くまで漂ってきた瘴気が突如濃くなり動きだした。それに呼応するように魔王から溢れる瘴気がライオの近く──正確にはライオの頭付近に──に集まった。
大量の黒い瘴気が濃淡を付けて何か形成する。
もし仮に知識ある者がこの瘴気を見たとしたら──その人はこう思うだろう。
──魔法陣、だと。
瘴気で大きく描かれた魔法陣は、さらに膨らみ、黒く輝き始める。その光はライオ達が居た部屋を包み込み、広がっていく。
そして、光が収まった時──、
──バラバラになったはずのライオは、五体満足で蘇っていた。
暫くその場でフリーズしていたライオは、おもむろに瞼を開いた。
目を開けたライオは、これまでの事を思い出し、息を吐いた。
(上手く、いったのか)
────────
──ライオが死の間際に思い出した記憶、それは彼が最初に魔法を使った時のものだ。
つまり、シラヴィアから回復魔法を授かり、無意識に自分に行使したときの事。
あの時、当たり前だがライオの身体には治すべき傷があった。ウィークウルフに切られた傷が。
そしてその傷には、ウィークウルフが発していた瘴気が付着していた。ウィークウルフ自体はシラヴィアが消滅させたため、傷についているのはごくごく少量の残滓、常人でも何の問題も無い量だった。
──しかしライオが回復魔法を発動する前に、その少量の瘴気は彼の魔力──回復魔法に使おうとしている魔力に入り込むように移動した。
これは後から知った事だが、瘴気は魔力を喰らい増殖しようするために、人が発する魔力に近づくらしい。しかし、相手の魔力が大き過ぎると逆に消滅させられてしまうらしい。
当時、ライオの回復魔法の魔力は、技術不足で大したことはなかった。対する瘴気も、ウィークウルフの残滓という限りなく小さいものだった。
結果として、魔力も瘴気も無くならずに、混じり合った。弱く絶妙なバランスで魔力と瘴気の回復魔法が出来上がった。
そして、その回復魔法は『問題なく発動した』。そのまま回復魔法として魔力と同じく、瘴気も消費された。その後にも特に異常は無かった。
修行した後にはそんな偶然起こらなかったし、その時の記憶も死の間際に思い出すまで忘れていたし、理解もしていなかった。
これを思い出し、ライオは1つの仮説を立てた。
『魔力の代わりに瘴気を用いても回復魔法が使えるのではないだろうか?』
普通、そんな発想はしない。人間は瘴気を持たないし、むしろ身体に有害だ。ましてや扱う事なんてない。瘴気を持ち、扱えるのは、魔人や魔獣のみだ。
だが、これだけではピースが足りない。サリアの呪い魔法により、ライオは回復魔法の発動を封じられていた。仮に彼が瘴気を扱えても、回復魔法自体が使えるようになるわけではない。
──その不足を補うためにライオは、魔法の特性を利用した。
そもそも魔法とは、身体に内在する魔力と呼ばれるエネルギーを使って発動する、多様な現象の事だ。魔法の形成には人によって得手不得手がある。例えば、ライオは回復魔法が得意だが、それ以外の魔法は常人並みかそれ以下程度だった。
そして、魔法を覚えるためには2つの概念が必要となる。それは、詠唱と魔法陣である。
詠唱というのは魔法を形成するために、魔法ごとに定められている言葉である。使用者の魔力が乗せられた詠唱は、魔法を使うときに、『型』のような役割を果たし、自分の魔力を魔法陣の形に誘導してくれる。そのため、詠唱を使うと魔法が安定しやすく、新しい魔法の修行や、慣れない魔法の行使に役立つ。しかし、詠唱はどうしても時間を必要としてしまう上に、詠唱自体に魔力を込める必要があるため燃費が悪い。実際、ある程度覚えた魔法使いならば詠唱はせず、自分の魔力コントロールだけで魔法が放てる。勿論、ライオの回復魔法、結界魔法、隠蔽魔法は全て無詠唱である。
さらに言えば、これは今回関係がない。
大事なのは、もう1つの概念、魔法陣である。
魔法陣というのは魔力を特定の魔法に変換するために作られる図式であり、全ての魔法に魔法陣は存在する。魔力は透明なので魔法陣は基本的には見えない。考え事をするためには脳が必要なのと同じで、魔法陣は魔法を使う上で必須であり、これがないと魔力はただのエネルギーの塊に過ぎない。
(詠唱で魔力を誘導して)魔力で魔法陣を形成し、魔法陣に使用する魔力を流し込み、魔法を放つ。構築、展開、発動、魔法はこの3段階で構成されている。ライオはサリアの魔法により、回復魔法の発動の部分のみを行使不能にさせられていた。
だからこそ、ライオは死ぬ直前まで魔力を操れて、回復魔法の魔法陣も構築する事が出来た。これも重要なことだ。
──そして、最後のピース。それは『天災魔法』と呼ばれる現象だ。
天災魔法は偶に発生する自然現象であり、それは行使者不在の魔法である。
自然の中にも魔力は存在する。人里や魔獣の住処などには少ないが、そういった場所じゃなければ割と豊富に存在する。また、魔力が多い場所は魔法使いにとっては修行に適した良い土地であり、自身の魔力量の増加、魔力回復速度の上昇など、多くの恩恵が受けられる。閑話休題。
そして、自然界の魔力は基本的にはその場にあるだけなのだが、そこには濃淡が存在する。同じ地域でもある場所に多かったり、逆に少なくなったり、時により変化する。そして、非常に稀なことだが──偶然、魔法陣の形に自然の魔力が配置されることがある。
そして構成された魔法陣に、魔力が流れ込んだ場合──、行使する者が居ない魔法でもそれはすぐに発動してしまう。例え、誰も望まなくても。
生きている人の魔力はコントロールされているため、どんなに大きくても天災魔法は発生しないし、魔法陣を展開しても発動する意思さえ示さなければ何も起こらない。しかし、天災魔法は違う。
天災魔法は文字通り、天災だ。構築が不安定で暴走しやすく、規模も魔力量により大きく変わる上に、どんな魔法が発動するかは不明であり、未知の新魔法が発動することもある。
だが、逆に言えば、天災魔法ならば呪い魔法で発動を阻害されることもない。ライオが死んだ時点で呪いは解けるし、そもそも──、行使者が居なくても発動するのが天災魔法だ。
──だから、ライオは意図的に天災を利用することにした。
過去に試した事は無い。死んだ後に魔法を使ったことはないし、天災魔法を利用した実験は危険でタブーとされているから。
ライオの残り魔力では、死んでコントロール権を失ったとしても天災魔法が起こすには全く足りない。
──しかし、ここには大量の瘴気を発する魔王の死体がある。
だから、ライオの魔力不足を瘴気で補う。瘴気を天災魔法のエネルギーとする。
発動する魔法は、回復魔法。勇者パーティの奴らに気づかれたらお終いなので、死んでから暫く経った後に蘇生するように設定した魔法陣を眼前で構築する。だが、それだけではダメだ。あの時の、初めて回復魔法を使った時の瘴気の挙動を思い出し、ライオの魔力に浸食する瘴気が魔法陣を構築できる出来るよう調節する。さらにライオが死亡した後にコントロール不能となった魔力が、少しずつ拡散することも考え、小さく、細く、繊細に魔力を練る。
そして彼は死に、勇者パーティは魔王城から帰還した。その後、彼の残した魔力に、あふれ出た瘴気が食いつき、魔法陣を形成し──、
──そこまで奇跡的な段階を踏んでようやく、瘴気で代用した天災魔法の行使と相成った。