違和感
「シラヴィア様、お久しぶりです。……よく僕だって分かりましたね」
どのくらい時間が経ったのか、落ち着きを取り戻したライオの第一声はそれであった。
シラヴィアの見た目は10年前と何ら変わっていない美しい姿だ。しかし、ライオは違う。彼は今年で19歳である。ライオとシラヴィアが初めて出会った時とは、体格も顔つきも声も全然違う。
それにライオは、泣き声も押し殺していたし、顔も腕を押し当てていたので見えなかったはずだ。
(どうしてすぐに僕だと分かったのだろう?)
回復魔法が発動してからライオが泣くまでの間に1度顔を見ていたならば分かるかもしれないが、シラヴィアの口ぶりからしてそれはない。彼女は、ライオが泣いていることにも、その時に気づいたようだったし。
(──それに、シラヴィア様は、おそらく……)
ライオが周囲を見ると、戦いが起こったなんて信じられない程、綺麗に整頓されてゴミ1つない部屋があった。場所は間違いなく魔王と戦った部屋で間違いない。回復魔法が正常に働き、部屋へのダメージが全てなかった事にされたのだ。室内の豪華な調度品の配置は、魔王と戦う前のものとほぼ同じように思える。天災魔法なので回復魔法の効果範囲を絞れなかったとは言え、随分広範囲になってしまったものだ。
──だからこそ、違和感がある訳だが。
そんなライオの思考はともかくとして、シラヴィアはあっけらかんと答えた。
「なに。そう難しい事でもない。我には『その者の才能を輝きとして視る』力があるんじゃ。童と初めて会った時もあの魔法の才能の光が見えたから、助けるだけでなく才能を開花させようとしたのじゃよ。あの時の光と童は一緒じゃったからな。顔が見えなくてもすぐ分かったぞ」
「なるほど……。それは……っ、ゴホッ、くふっ」
ライオは続けようとしたが、突然喉が痛み、咳が出た。泣きはらしたせいか彼の声はだいぶ掠れていて、声にも何か違和感がある。
咳を出したライオに、シラヴィアが近づき背中を摩る。
「ふむ。大丈夫か? 話すのは後でも良いぞ。……時間はいくらでもあるからの」
「いえ……」
ライオは回復魔法を喉に掛ける。死ぬ前に使い切った魔力は、時間経過でそこそこ回復していた。
「これで治りました……?あれ?」
「上手い魔法じゃのう……ん? どうかしたか?」
明らかにライオの声がいつもよりも高い。まるで声変わりの前のように。
「いえ、ちょっと声が……っ!?」
その事に引っ掛かりを覚えて、ライオが目を泳がせていると……、
──調度品の1つ、大きな鏡が目に入り、
「それは童の時間魔法の影響じゃろうよ。この規模は中々無いが、随分と派手に戻したようじゃのう」
──鏡の中には、小さなライオ──まるで10年前の自分──が立っていた。
「……え?」
ライオは非常に混乱した。彼女の言葉に、そして今の自分の姿に。
(時間魔法なんて聞いたことがない。第一、僕の得意な魔法は回復魔法だ)
「時間魔法とは……?」
ライオは、半ば呆然としながらシラヴィアに尋ねる。
「ん? 童が使っている魔法じゃよ? 知らぬのか?」
「……僕が使っていたのは回復魔法じゃないんですか?」
「回復魔法……? ……なるほどの。確かに開花した時の魔法が……」
シラヴィアが小声で何事か思案し、納得したように呟く。
「シラヴィア様?」
「ああ。悪いのう。把握したぞ。童は魔法の種類を勘違いしておったのじゃ」
「種類を?」
「うむ。童が使っていた魔法は回復魔法なんぞではない」
そう言うとシラヴィアはおもむろに指で円を描く。時計の針を回すように。
「童が使う魔法は、『時間魔法』じゃ。遥か昔、人類の大英雄『無手の勇者』ルークが得意としていた魔法の1つじゃよ」
「っ!?」
──そう、とんでもない事を口にした。




