12.王子が落ちていた理由
本日2話更新してます。
お兄ちゃんの部屋を後にして台所に戻ると、お兄ちゃんは眉を寄せ、オフィーリアさまは涼しい顔をしてお茶を飲んでおられました。ルークさまに意地悪なことをおっしゃっていたので、気づいていらっしゃるはずなのに。
私は、覚悟を決めてオフィーリアさまの傍に立つと、その場で跪いて頭を下げました。
「オフィーリアさま申し訳ございません!家の前に倒れておられたルークさまを家で保護して、領府に届け出なかったのは私のせいです。両親も兄も、私のわがままにつきあってくれただけなのです。罰を受けるのはどうか私だけにお願いいたします!」
「エマ、顔をお上げなさい」
「ですが、オフィーリアさまやエヴァレット侯爵家にお世話になっている身でありながら、ルークさまを保護して」
「エマ、落ち着いて席に着きなさい。私のいう事が聞けないの?」
必死に弁解しようとする私に、オフィーリアさまははっきりとした口調で私に言い聞かせるように仰います。これ以上頑固にしようものならオフィーリアさまを困らせると思い、私は下を向きながら開いている席に着きました。すると、小さな食器の音と共に、柔らかく暖かい香りが鼻をくすぐります。
「紅茶を入れなおしました。これを飲んで、少し落ち着かれては?」
声の方向を見れば、エドワードさんがゆったりと微笑んでいました。エドワードさんがそう言うなら、オフィーリアさまもそう思っておられるのだと考え、私は暖かくほんのりあまい紅茶を口に含みました。
「おいしい、です」
「ありがとうございます」
紅茶が喉を通るたびに、気持ちが静まっていき小さく息をつく。オフィーリアさまはお優しいから厳しい刑罰は与えてくださらない。ならすぐに領府へ赴き、罰を受けよう。もしできるなら、ルークさまの体調が戻られてからだと有難いのだけど。
「本当に悪趣味ですね」
紅茶を飲みほして顔を上げようとしたところで、ぽつりとお兄ちゃんが呟いた。
「お兄ちゃ」
「私が手を出したら悪化するに決まっているでしょう? それにエマなら行き倒れを見つけたらほっておかないと思ったのよ。 現に手厚く保護してくれて助かったわ」
!?
「何も知らない妹が可哀想と思わないのですか」
え!?
「可哀想とは思ったわ。でも、初めから知らせていたらあのバカ殿は何も変わらないままだったかもしれないのよ。あと、貴方はやっぱりワンコね。さっきのバカ殿のセリフ、貴方が仕込んだのかしら。完璧すぎて断罪する隙がなかったわ」
「俺は何もしていません」
「態度といい表情といい。平民でありながら、特例にて学院で学ぶことを許されましたゆえ…って、どこかの誰かさんみたいね」
「あ、あのっ!?」
涼しい顔で会話を始めた二人に、私は焦りながらも割り込む。先ほどの緊迫した雰囲気とは違い、どこかのんびりとした空気に私はただただ戸惑う。
「お、オフィーリアさまはルークさまの事」
「ええ、元王太子と知っているわよ。当たり前じゃない」
「あの、でもルークさまを見つけたら領府に差し出せと」
「差し出すよう令が出ているのは、『ジェラルド元王太子を名乗る不逞の輩』よ。先ほどの者は、自分の口でルーク・カーヴェルという平民だと名乗ったじゃない。正直、私の名前を呼んで現れた時は、助けられた恩を忘れて過去の名前を名乗りエマやフレッド、アシュリー家を巻き込むつもりかと思ったのだけれど、そこまで落ちぶれてなかったようでよかったわ」
ジェラルド元王太子を名乗る不届きもの。その言葉に、私はお兄ちゃんを見ました。もしかして、オフィーリアさまに見つかった時のために、お兄ちゃんはルークさまに『レイクリーズ王国の王子にジェラルドという者はいない。もしジェラルド王子を名乗る不逞の輩が現れたら、領府に申し出る事とお触れがあるそうです。重ねて問います、貴方は誰ですか』と、冷たく問い詰めたのかもしれない。やっぱり、お兄ちゃんは今でもルークさまが大切なのだわ。
「お兄ちゃんはやっぱり、ルークさまが大切なのね!だから、昨日も冷たく突き放して「貴方は誰だ」と問いなおしたのね!」
心の中がほっこりして私がお兄ちゃんに言うと、お兄ちゃんは顔をひきつらせて顔を横に振る。
「いや違う!俺は、そんなつもりは毛頭ない」
「だって、ルークさまのお世話を私に任せてくれたり、わざわざ報告書を読み上げたり、冷たく突き放してもどこか苦しそうに」
「あぁああらそうなの、やっぱり貴方はワンコなのねぇ。さぞかしご主人様が部屋にいて、嬉しい事でしょうねぇ?」
一瞬で頬を膨らませ不機嫌になられたオフィーリアさまは、冷たくお兄ちゃんを一瞥された後、席を立たれました。
「ですから俺は」
「言い訳なんていらなくてよ。貴方の言葉なんて聞く耳も持ちません。ええ、さっきだって騎士の礼も本意ではないでしょう?私も、貴方ごときが騎士だなんて不安でいっぱいだもの」
「で、でも、さっきのオフィーリアさまとお兄ちゃんはすごくきれいでした!本当にお姫様と騎士のようで」
「ああ、可愛いエマ。こんなワンコの妹だなんて不憫でならないわ。いっそ私の妹にならない?」
「わわわわわ私がですかっ!?」
柔らかい感触と、甘い匂いに包まれて、私は一瞬天国を見たようでした。オフィーリアさまの柔らかい胸が、私の顔に、顔に。耳元に鈴のような軽やかなオフィーリアさまの声がして、一気に顔が赤くなりました。女の私から見ても、美しく可憐で優しいオフィーリアさま。何事もなければ、今頃はお城でルークさまと共に過ごされていたでしょう。
ん?
ルークさまとオフィーリアさま。美男美女のお二人が並ばれて嬉しいと思う反面、胸にツキンと痛みが走ったのはなぜでしょう。
「エマ、どうしたの?」
無言になった私に、オフィーリアさまが声をかけてくださいます。うん、きっとルークさまもオフィーリアさまも離れられると思って寂しいのだと、私は結論付けました。
「いえ、オフィーリアさまがお姉さまなら、嬉しいです。もしオフィーリアさまが、お兄ちゃんのお嫁さんになってくださったら、なんて」
「!!!!!!!!!」
私が笑って答えると、オフィーリアさまがなぜか目を真ん丸にされました。
「エマ、さすがにそれは無礼というものだ。俺は幸運にも騎士になれる権利を得ているけれど平民で、オフィーリア嬢は元王太子妃候補筆頭だったし、破棄されたとしても縁談は引く手数多なんだ。隣国の王太子殿下も、婚約していなかったら理想の妃だとおっしゃっていたし」
「判ってるけど、夢見るだけでもいいじゃない。ルークさまほどじゃないけど、お兄ちゃんも顔は悪くないんだし、みんなだってお兄ちゃんかっこいいって言ってるよ?」
「だったとしてもだ。それにオフィーリア嬢は、学院の事で散々心を痛められたんだ。あと、俺ごときが評するのも無礼だが、オフィーリア嬢は美しく賢く優雅な方だ。それでいて身分を気になさらないから、王妃でも平民の妻でも、オフィーリア嬢が添い遂げたいと望む相手と共にお幸せになっていただきたい。先ほど不安と仰られていたが、もし騎士にと望まれたなら俺は生涯をかけて、要らないと言われるまで守り続けたいと思」
「ままままっま、守るだなんて、実力を見せてからおっしゃいなさいな!ま、まぁワンコですし?私の事もわんわん吠えながら守ってくれるんでしょうけどね!本当に変に自信過剰なのねっ!」
ツンとそっぽを向かれ、オフィーリアさまは玄関の方に歩いて行かれました。
「あ、あと、フレッドは明日改めて報告に来ること。他に頼みたい仕事もあるから、判ったわね」
こちらを振り返り、そっけなくオフィーリアさまが仰ると、お兄ちゃんは小さくオフィーリアさまに頭を下げました。
「承知しました」
「エマ、また領府に遊びにいらっしゃいね。待ってるわ」
「はい、もちろんです!」
そして、お兄ちゃんに向けたそっけなさとは違い、砂糖菓子のような笑みをたたえ声をかけてくださると、そのままオフィーリアさまは外に出られました。そのあとをエドワードさんが礼をして追い、我が家には静寂が戻りました。
「……………本当に、お兄ちゃんオフィーリアさまに何かしたの?」
「それが本当にわからないんだ。王太子から婚約者として紹介されたときから、なんだか俺に対してだけ冷たくて。何度か理由を尋ねたんだが、ワンコで駄犬で自意識過剰とか言われてしまってな。かといって、学院を退学してどうしようと思っていたら後見人になって隣国の騎士学校に進ませてくださったし、嫌われているんじゃないのか、嫌ってるけど俺の何かが有益だと思ってくださってるのか」
「お兄ちゃん鈍感だからねぇ。きっとどこかでオフィーリアさまを怒らせてるんだよ」
「これでも隣国の王太子殿下からは機転がきくとか気が利くとか言われてるんだけどなぁ。とにかく、オフィーリア嬢の機嫌を損ねないようにしないと………出来る気がしないが」
そう呟き椅子に座ると、お兄ちゃんは大きくため息をつくのでした。
ずいぶんお待たせしました。どんだけ放置していたのやら。次は近いうちに上げられるよう頑張ります。




