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オッケーだって言ってくれ

 


 社会人になって早二年。来年には部下もついて俺も先輩として後輩を引っ張っていく立場になる。そうしたら二十代の半ばにもなって色々その先のことがチラつき始める時期だ。


 彼女とは相変わらず上手くやっている。喧嘩もワガママもすれ違いもそれなりに経験して、それでも離れることなくここまでやって来た。

 俺はそろそろ、結婚というラインに立ちたいと思っている。

 男はまだ、と言われる歳でも、女はもう、と言われ始めてしまう歳だ。若ければいいなんてことは思わないが、未来のことを思えば、今大きな決断を下しても早すぎるなんてことはないと思うのだ。

 それとなく将来について聞いた彼女の反応も悪くはなかったし、まったくナシとは思われていないはず。問題は、いつか、ということであって。

 俺の仕事が軌道に乗ってきたということは彼女にとっても軌道に乗り始めるということ。結婚はまだいいや、と思っていてもおかしくはない。いや、結婚したからってこのご時世、専業主婦になってもらえるかどうかは分からないんだけれど。


「なあ」

「ん、何?」

「俺はそろそろかなって思うんだけど、お前はどう思う」

「え、何が?」

「結婚」

「えっ! えっ、えっと、……え?」


 急すぎただろうか。仕事から帰って飯食って風呂入って、二人で入ったベッドのなか、というのは唐突すぎただろうか。

 彼女が動揺してるのが暗い部屋の中でもよく分かる。


 回りくどいことは苦手だ、ロマンチックな演出とやらも。もちろんプロポーズは後日きちんとするつもりだけど、つい事前確認をしてしまった。


「俺と家族になるって考えたことある?」

「………………ない、ことは、ない、デス」

「なんで敬語なの。それはあるってこと?」

「まあ、あの、女子は一度は好きな人の苗字になること考えたりするもので、その」

「……ふっ、そっか。じゃあ明日指輪買いに行こうか」

「え!?」

「オッケーってことじゃねーの?」

「いやあの、急でびっくりしちゃって」

「頼む。オッケーだって言ってくれ」

「あ、あの、」

「………………………」

「……オッケー、です」

「よし、じゃあ寝るか!」

「えぇえ!?」


 その日の夜、俺はとてもいい夢を見たが彼女はあまり眠れなかったらしく、申し訳ないことをしたなと思った。反省はしてるけど後悔はしてない。

 こういうことは慎重さも大事だけど勢いもなくちゃダメだと思うんだ、俺は。……それでもちょっと強引すぎたかな。







 結婚というのは大掛かりなイベントだ。当然だが面倒なことも多い。書類面だったり人間面だったり金銭面だったり。でもその分、彼女と結ばれるのは喜ばしいことだと思えば苦労だって、肉体的な疲労以外はなんてことない。

 たまたま仕事の納期と重なった結婚準備だってへっちゃらだ。



「大丈夫?」


 …………と、思っていたのは俺の精神だけだった。こともあろうに俺は過労で倒れて病院送りになっていた。入院までは行かず、点滴を打って帰れる程度のものだったけど、彼女は死にそうなほど青ざめた顔で目覚めた俺を見ていたのだった。


「ごめん、心配かけた」

「ほんとにね! こんなんじゃオチオチお嫁に行けないじゃない」

「悪い」

「いや、だからこそ嫁に行かなきゃかな……」

「こんな俺でも?」

「そんな君だから」

「……そっか」

「でももう倒れるのはなし。心臓止まるかと思ったんだから」

「ほんとごめんな」

「いいよ、これからはスピードダウンしてゆっくりやって行こ?」

「ん……そうする」


 彼女にこんな思いはもうさせたくない。

 よく妊婦に「もう一人の体じゃないんだから」なんて言うけれど結婚するということはこういうことでもあるのだとしみじみ感じさせられた。


「あのさ、いい機会だし、ちゃんと言っとくな」

「何を?」

「いいから、聞いて欲しい」

「う、うん」


 彼女の肩を抱いて、黒く光る綺麗な瞳に自分が写っているのを見ながら俺は一生で一番真剣な顔と声を作った。


「俺は、お前が世界で一番好きだ。愛してる。こんな俺だけど、一生一緒にいて欲しい。──結婚、してください」


 病院のロビーでムードもへったくれもないけれど今言っておかなきゃいけない気がしたんだ。


 彼女は一度潤んだ瞳をまた潤ませて「はい」とそう、…………言ってくれると思ったんだけどなぁ。


「……こんなめんどくさい人、他に任せられないよ。仕方ないから私が結婚してあげる」


 ちょっと悪戯げに笑う顔が可愛いから許すけど、ほんとはちゃんと言って欲しかった。でもやっぱり可愛い。くそぅ。

 なんてしょんぼりしながらも改めて受け入れてもらったことを喜んでいると彼女が急に抱きついてきた。外でこういうふうに甘えてくるのは珍しい。なんとなくおずおずと彼女の腰に手を回すと優しい声が耳元で言った。



「私も、世界で一番愛してる」



 俺の彼女は落として上げるのがサイコーに上手い。俺は一刻も早くうちに帰りたくて仕方がなくなった。







 人生は上手くいくこともいかないことも色々ある。彼女にたった一言、言って欲しくて頑張っていた俺は、きっと遠い未来になっても、その一言のために頑張るのだろう。


 そんな約束された人生に、笑えばいいのか悩めばいいのか、迷わないでもないけれど、絶対にわかっているのは、俺はどんな時だって彼女を愛して、幸せに暮らすってことだけだ。


 それだけでいいのだ。





 俺様彼氏の恋愛事情 完




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