渋谷分署の問題児たちへ送る特別なおしおき(後編)
半分日本人の部下であるアキを連れ、俺は外へ出た。一対一のスパーリングをするためだ。
ジャケットを脱いだが、眼鏡はそのままにしておく。アキも同じようにボンバージャケットを脱いだ。
……おお。
今の彼女は、体にぴったりとしたタンクトップに、細身の青いパンツという格好だった。拳を鳴らし、紫色の瞳で俺をじっと見据えている。
俺も視線を彼女の顔に向け続けようとしたが、なかなか難しい。
美人で、強くて、それに……体にフィットしたトップスのおかげで、実に豊かなスタイルをしていることまでよく分かる。気を散らされる要素が多すぎる。
「それで、これは私への罰の一環なのでございますか、キャプテン?」
アキは拳を鳴らしながら尋ねた。
冷静な彼女の態度に、俺は少し気圧されていた。何しろ、彼女はレベル六の火属性エレメンタル・メイジだ。たとえ訓練とはいえ、本気を出されたら俺なんて簡単に叩きのめされるだろう。
これを罰としてやろうとしていたわけじゃなくて、本当によかった。そんなことをしたら、かなり恥ずかしいことになっていたはずだ。
「いや」
俺は腕時計を外した。
「今日、本当に罰を受けてるのはミコだけだ。本人は楽しんでるみたいだけどな。俺はただ、君と訓練したいだけだ。手加減はしないでくれよ」
「本当によろしいのですか、キャプテン?」
アキはためらいがちに尋ねた。
俺のために攻撃の威力を抑えようかと考えているのが分かった。だが、そんなことをされたら訓練にならない。
「もちろんだ」
俺は力強く答えた。
「手加減は一切なしだ。遠慮せず全力で来てくれ。これは命令だ。もし俺が勝ったら、君に好きな質問を一つできる。正直に答えるという条件付きでな。逆に君が勝ったら、君にも同じ権利をやる」
アキは少しためらった。
俺を傷つけることを心配しているのは明らかだった。
「うーん……」
やがて彼女は頷き、戦闘態勢を取った。
俺も同じように構える。
計画は単純だった。
俺が知りたいのは、アキ・サカイ=シュミットという人間についてだ。
彼女が自分から秘密を打ち明けてくれないのなら、こちらから聞き出すしかない。
勝負に勝って、すべて話してもらう。M-SERTの隊員プロフィールに、意図的に記載しなかったことも含めて、全部だ。
俺から先に仕掛けた。
「ライトニングストライク!」
低威力の魔法をアキに向けて放つ。
だが、彼女は軽く横へステップすると、俺に向かって炎を連続して放ってきた。
「ファイアラッシュ!」
……おいおい、マジか。
こいつ、本当に手加減してないぞ。
俺は横へ走り、炎をかわした。
オレンジ色の炎はしばらく俺を追いかけてきたが、やがて途切れる。
少し余裕ができたところで、俺はさらに二発のライトニングストライクを放ち、バブルシールドを展開。そのままアキに向かって突進した。
必要なのは、素早く彼女を押し切ること。それさえできれば、この勝負もすぐに終わるはずだった。
だが、その考えを試すほど近づくことすらできなかった。
「ドラゴンブレス!」
やばい。
アキが空中へ跳び上がり、口から炎の奔流を放った。
炎が俺のバブルシールドに直撃し、俺の体を後方へ押し戻す。
その技は数秒間、彼女を空中に浮かせ続けた。俺はシールドを維持するだけでも精一杯だった。
押し寄せる炎の熱があまりにも強烈で、耐えきれない。
もう、これ以上は防御魔法を維持できそうになかった。
炎が止まった。
攻撃は終わったのかと思った、その直後。
アキは地面に着地するよりも早く、次の技を繰り出してきた。
空中で体を回転させながら放つ、炎をまとった蹴り。
その熱量は、俺の防御魔法を打ち消すほどだった。
今度こそ完全に吹き飛ばされた。
衝撃でシールドが消え、俺の体は宙を舞い、そのまま後方へと弾き飛ばされた。
「ひゃっ! キャプテン! 大丈夫ですか!?」
アキが地面に倒れ伏す俺のもとへ駆け寄ってきた。
完全に星が見えている。
キャプテンとしてあれだけ大口を叩いておきながら、俺は一発の攻撃も当てられなかった。
まあ、彼女のほうが俺より強いことは最初から分かっていた。
それにしたって、まさか一発も当てられないとは。
「キャプテン、本当に大丈夫ですか?」
アキは俺の隣に膝をつき、様子を確認し始めた。
すると、明るい朝日を遮る何かが視界に入ってきた。
目を瞬かせて視界をはっきりさせると、目の前にあったのは、彼女の実に見事な胸元だった。
「うおっ!」
俺はパニックになった。
彼女の下から慌てて起き上がろうとした際、誤って額同士をぶつけてしまい、そのまま二人そろって地面に倒れ込んだ。
今度は、なぜか俺が彼女の上に乗っかる形になっていた。
……柔らかい。
「んんんんんっ!」
アキの頬が一瞬で真っ赤に染まった。
「あっ! す、すみません!」
俺は彼女から離れながら、慌てて謝罪した。
誤解されたくなかった。
自分が彼女のキャプテンとして、変な人間だと思われるのも避けたかった。
「いやー、さすがっすね、ボス。さすがっす」
メイド服姿のミコが、窓からこちらを眺めていた。
どうやら、ずっと見ていたらしい。
俺は慌てて話題を変えた。
「お前、掃除してるんじゃなかったのか?」
「休憩中っす」
そう答えたミコは、ジュースの紙パックを取り出して一口飲んだ。
もう片方の手には、アイスブラスターを持っている。
……お前、その物騒なものを何に使うつもりなんだ?
「キャ、キャプテン……血が出ています」
背後から、アキが震える声で囁いた。
俺は振り返る。
何かがおかしい。
彼女は恐怖に顔を引きつらせていた。
俺は首の後ろに手を伸ばした。
指で触って確かめ、手を戻してみると、確かに指先に少し血がついていた。
ほんのわずかだ。
転んだときに切ってしまったのだろう。
「アキ」
俺は静かに呼びかけた。
「大丈夫か?」
彼女はゆっくりと首を横に振った。
その表情には恐怖が浮かんでいる。
さっきまでの自信に満ちた態度は、すっかり消え失せていた。
……俺のせいなのか?
「くそっ。やっぱりこうなると思ったんすよ……ボス!」
ミコのアイスブラスターが起動する音が聞こえた。
振り返った俺は、目を疑った。
ミコがすでにアキに照準を合わせていたのだ。
一体、何が起きている?
「おい! 何をするつもりだ!?」
俺は金髪の少女をかばうように、その前へ立った。
アキはまだ地面に座り込んでいる。
自分の仲間が、今まさに彼女を撃とうとしているようにしか見えなかった。
「目が見えなくなったのか!?」
俺はミコに怒鳴った。
「お前が何に照準を合わせているのか、分かってるのか!?」
「ちっ」
俺の質問を無視し、ミコは武器を下ろした。
設定をいくつか調整してから、再び持ち上げる。
今度は俺に向かって照準を合わせた。
真剣な表情でスコープを覗き込んでいる。
「ボス、悪いけど、今すぐそこからどいてほしいっす。うちのお嬢さんが、もうすぐ核爆発みたいなことになるんで。そうなる前に、あたしが凍らせなきゃいけないんすよ」
核爆発?
それって、まさか……。
俺は振り返った。
そして、ちょうどその瞬間、目の当たりにした。
アキの瞳が、鮮やかなオレンジ色に変わっていた。
彼女の周囲では、火の粉が飛び散り、空気が火花を散らすように弾け始めている。
また始まった。
先週、シュガー・サボターズで起きたときと同じだ。
彼女は、自分では制御できないと言っていた、あの姿へと変わりつつあった。
……俺の血を見たからなのか?
血を見ることも、彼女の中にあるもう一つの姿を引き起こす原因になるのか?
「キャプテン、お願いです。私を撃たせてください。この姿を制御できなくなって、あなたを攻撃してしまう前に」
「駄目だ、アキ。もっといい方法があるはずだ。前回、君が俺にライトニングストライクで気絶させてくれって頼んできたときだって、俺は嫌だったんだ。君を助けるために、ほかに何ができるのか教えてくれ。俺がやる」
膝をついたまま、アキのポニーテールが突然ほどけた。
前回と同じだ。
髪の束がふわりと浮き上がり、彼女の全身から熱波が生じ始める。
目の前に立っているだけで、その熱が肌に伝わってきた。
「ボス!?」
ミコが武器を構えたまま叫ぶ。
「武器を下ろせ、ミコ。これは命令だ」
「キャプテン、お願いです。彼女に撃たせてください」
俺は困惑しながらアキを振り返った。
熱で焼かれずに近づくことすらできない。
仮に近づけたとして、俺に何ができる?
この現象が何なのか、俺には分からない。
こんなものを止める方法が、彼女を力ずくで気絶させることしかないなんて、どうしても納得できなかった。
そのとき、アキが突然、苦痛に顔を歪めて頭を後ろへ反らし、悲鳴を上げた。
彼女から放たれる熱波が、さらに激しさを増していく。
「ボス!? もう本当にどいてください! 手遅れになる前に、あたしに撃たせて!」
ミコが俺たちに武器を向けたまま叫んだ。
「アキ!」
俺は彼女を呼び、押し返してくるエネルギーの波に抗いながら、少しずつ近づいた。
「約束してくれ。俺にすべて話すと。君を助けるために、もっといい方法を見つけられるように、全部だ」
頭を後ろに反らし、苦しみに耐えていたアキが、どうにか頷いた。
よかった。
正直、こんな方法を使うのは今でも嫌だった。
だが、ほかに選択肢はない。
俺は横へ飛び退いた。
その隙を逃さず、ミコがすぐさまアイスレイに狙いを定め、友人に向けて四発の衝撃波を放った。
アキの体が後ろへ倒れる。
彼女は分厚い氷に包まれ、そのまま凍りついた。
それから間もなく、メイド服姿のミコがよたよたとアキのもとへ歩いていった。
アイスレイを持ち替え、今度はスカートの下から小型のスタンガンを取り出す。
そして、それをアキの顔に向けて撃った。
その後に訪れた静寂は、耳が痛くなるほどだった。
アキを苦しみから解放するには、気絶させる必要がある。それは分かっていた。
だが、ミコのやり方はあまりにも完璧すぎた。
一連の動作に迷いはなく、最後の一撃に至るまで冷静そのものだった。
その目に浮かぶ真剣な表情も。
どう考えても、これが初めてではない。
小柄な少女が、友人のためにこうした役目を引き受けたのは、今回が初めてではないのだ。




