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~そして、今~

~そして、今~


 バース王がこの王城に戻ってきてから、三週間ほど経過した。すっかり様変わりした王城での生活を、彼はそれなりに過ごしている。

 今、彼が寝泊まりしている場所は、かつて罪人を閉じ込めていた半地下の牢屋だ。そんなところで寝泊まりするだなんてとんでもない、と皆は言うが、彼はどうせなら、という感じで、ただでさえひどい環境を、ことさらひどい場所を選んで、逆に楽しんでいた。昔冒険者をしていたときの経験が、悲観せず楽しもうという気にさせてくれているのだ。

 窓から差し込む朝日が、一日の始まりを告げた。どこからともなく聞こえる鶏の声で、微睡から抜け出す。

「はははっ、鶏も飼っとるのか。……よっ」

 と、王は楽しげに笑い、体を起こす。ボロボロになった服の埃を払いつつ、ただの板に簡単な毛布があるだけのベッドから立ち上がり、牢の扉を開ける。当然ながら鍵は閉まっていない。

 体を伸ばしつつ、歩いて地上へと移動した。

 生活圏は、この牢屋と中庭、そして城内の厨房と食堂、客間ぐらいである。食糧は中庭で育てているし、王城が半分湖畔にはみ出している構造ゆえ、中庭で釣りができる。この城を作り上げた、新生バース王国初代女王メルカヴァ・バース女王の遊び心で、そんな一角が作られたと文献に残されている。その遊び心のおかげで、助かっているのだ。ただ、今現在は湖内にも当然強力な魔物がいるため、脱出経路には使えない。

 逃げ出せば、その人数を見せしめに処刑する、とも脅されており、逃亡に踏み切った者はいない。

 ここで住まう皆は、交代で食事を作る。最初は、最高権威でもある王にそんなことはさせられないと皆が制止を試みたが紛糾し、結局王が強引に押し切る形で、今はこうして料理の腕を振るっていた。なお、料理の腕は並。絶品ではないがまずくもない、という程度である。これも冒険者時代の経験が生きていた。

 王城内は、全員で約五〇人程度が軟禁されている。大した戒律も何もなく、穏やかな軟禁生活を送っている。城から脱走しようとさえしなければ、身の安全すら保証されている。

 とはいえ。

 王は晴れ渡る空を見上げ、嘆息した。

「あと何日、この空を見上げられるのだろうか」

 つぶやきながら、彼は厨房へと向かった。


 バース王国王都は、たった一晩で陥落した。

 攻めてきた魔物達の数も尋常ではなかったが、やはりあの岩で出来た魔物、いや、低級とはいえ魔族に分類されるガーゴイルという存在こそ、魔軍との戦いを大きく変えたといっても過言ではないだろう。

 ユニスの使者を帰らせたあと、結局ガーゴイルに押しきられた。城内の隔壁を落とし、少しでも魔軍の進行を遅らせると共に、王家関係者の脱出時間を稼ごうとした。しかし空を飛べるガーゴイルは外から回り込み、隔壁を無意味として謁見室にまでなだれ込んだ。

 守りを固めているこの衛兵と、ガーゴイルの部隊は睨み合い、一触即発の状態となった。そんなところに、魔族がその間に現れる。

 魔族は、王たちに降伏することを勧告した。……人質を連れて。

 王城の関係者であれば、皆覚悟を持って残った者たちばかりだ。なので人質としての意味はなかった。そう、王城の関係者であれば。

 連れてきた人質は、城下町のただの一般人、それも年端もいかない少女だった。

 優先されるべきは、国家元首の命と話すものは多いだろう。泣きじゃくる少女を前に、近衛兵たちも、そして王たちも何も出来なくなった。

 降伏すれば、全員の命を保証する、約束は違えないとその時の魔族はそう宣言した。少女を助けるには結局それしか無く、これにより、バース王国は魔軍に陥落した。


 炎の魔法を使用して、鍋料理を進める。具材は様々。野菜は何とか自給はできているし、その他不足する物資なども、魔軍を通して寄付されているらしい。

 そして時折それらに混じる魔獣肉。魔軍が魔獣を狩るとは思えないことから、これも寄付品であることは間違いないだろう。果たしてどんな人物が、魔獣肉を寄付しているのだろうか。

 ふと、ボロボロに泣きじゃくる少女の顔を思い出す。あの時の娘は今頃何をしているのだろうかと、王はふと思い出す。

 魔族は、約束を守った。城内に避難していた者たちも、侍女達も、近衛兵たちも、全員が生かされた。魔軍の軍門に降ることを許さないと、自決しようとした近衛たちもいる。しかし魔族は、等しく武器を取り上げ、()()()()した。このことで、勝手に死なれては困る人質、ということとなった。

 王族やその関係者が人質という事実は、それだけで多方面への牽制になる。現に、デニアス王国はそれなりの軍を配備していても、正面来て事を運ぶ選択を躊躇っている。ユニス王国も、自国の領土を取り戻してからは、それ以上の進軍を行っていない。ユニス王国は戦後の経済的問題もあるので、積極的に出られないという問題もあるが、どちらにしても消極的だ。

 仕方ないことだろう。

 だからバース王は、過去に自死しようとしたこともあるが、結局それはやめた。例え死んだとしても、死体を操って生きているように見せる方法があると、神経を逆なでするような声色で、道化師みたいな魔族に言われたからである。死んだところで無意味、いや、死後死体を適当に操られて戦場に立ったりされた方が余計に状況をわするくするだろう。そこまで考えた王は、生き恥をさらしてでも生き抜いてみせると、考え直し、今に繋がる。


 鍋が沸騰してきたところで、王は考えをやめた。

 具材を鍋に放り込み、煮る。ただそれだけの料理だが、簡単な味付けさえしておけばそれなりに美味しくもなるし、冬の今は暖かいものが食べられるだけでも満足である。

 王の他、数人の男女が調理を進めている。ここにいる全員分を毎日一人で調理するにはいささか無理があるため、数人単位で交代制にしているのだ。その中の一人は、見覚えのない顔だった。年齢は四〇代中程の男で、しかし他の面々とはまとう雰囲気が違う、と王は感じるのだった。

「……君は、名は何だったかな?」

「カイと申します」

「ふむ? 聞き慣れない名前だな。最近になって捕まった者かね?」

 カイと自己紹介した人物は、曖昧な笑顔を向けた。

 ここに捕らわれているのは、王自身を逃亡させないためであることを、王自身は理解している。

 例えば、誰かが逃亡を図ったときに、その人数を別に処刑すると言われているし、誰かが病死した際に、どこからともなくその人数分が補充されたこともある。これまでの間に三名が亡くなり、新たに加わった者は、街の人間、兵士、そして通りかかった冒険者、以上三名だ。そうやってここの人数は保たれている。

 それ以外で一人加わったのは、いささかおかしいな、とは王は考えている。

 彼は王のそばにより、口をパクパクとさせながら、手招きをした。王は内緒話か、と察した。王が彼の口元に耳を傾けると、王にとっては驚きの事実を語って聞かせた。

「ユニスの諜報員です。バース王様がこちらに移動させられたとの情報を掴み、こちらに潜入しております」

「……なんと!?」

 王は、小さな声で驚きの声を上げた。

 この中庭の界隈は、脱出も侵入も不可能だという認識だったからだ。

「今はまだ情報を収集している段階となります。まだ皆さんを救出するには情報が足りませんし、作戦を練る必要もあります。今はまだ、ご辛抱ください」

「ああ、そうしよう。……私が知っている範囲であれば、まあ料理しながらでも話しておこう」

 王は、自分らが置かれている状況を、この三週間の間にそれなりに理解していた。鍋の具材をかき混ぜながら、彼に話し始めた。

 王たちが捕らわれ、住まう領域は二つに分かれている。王城内は、この厨房と隣の食堂、そこに繋がる客間。外は、厨房から出入りできる中庭と、半地下の牢となる。中庭や食堂から城奥へ続く扉は固く閉ざされており、概ねこの範囲までとなる。

 魔物の巡回はあまり行われておらず、週に一回あるかどうかだろう。この国の最重要人物がこちらに移動してきたのが三週間ほど前だが、そこから数えても二度しかない。

 この城の構造としては、表の門から謁見室までは一本で繋がっていたが、要事では隔壁を落として分断し、表門から謁見室までは地下を通って大きく迂回しなくてはならない構造へと変化する仕組みとなっていた。この仕組みは以前の戦いで使用され、以来そのままとなっている。結局の所この隔壁は余り意味を持たず、空を飛べる魔物達が空中を迂回して謁見室に直接乗り込んできた。それとは別に、魔軍はこの地下部分を大きく改造し、迷宮化した。致死性の罠も大量に仕掛け、更に魔物も放っている。人間たちが正面から突入すれば、この迷宮が大きな壁となることだろう。

 バース王城の守りはそればかりではなく、周りに結界を作り出し、空からの侵入も防いでいるという。 

 地上は駄目、空も駄目。湖も大型の魔獣が放たれているのでおそらく無理である。

 そこで、王は疑問を感じた。それは、話をしている相手の侵入経路だ。この通り鉄壁の布陣が築かれているにもかかわらず、彼は外部から侵入を果たしたのだというのだ。

 それを尋ねてみたところ、思わぬ抜け道を教えられた。もっとも、ある種の魔法が使えないと無理な経路だったが。

「実は、この城の警備状態はかなり杜撰です」

 バース王は、鉄壁と言ったところで、彼は杜撰だと話す。

「例えばこの城にかけられている結界ですが、確かに地上付近ではかなり強固な守りとなっています。ですが、ある程度上空、そうですね、四〇フォーセル程度の高さまで上がれば、そこで結界は消えています。空を飛ぶことができれば、侵入も脱出もかなり簡単です」

 また、カイ曰く、上空への監視についてはほとんど行われていないという。


 ユニス王国を奪還したという戦いは、まだ記憶に新しい。

 当時の戦いにおいてユニス王軍では、僅か五人の人龍のみで構成された、小さな部隊を発足させた。彼らは空中戦に特化した、世界でも初めてとなる空軍だった。その僅か数人ながら、彼らの存在は圧倒的であり、彼らの働きがあったからこそ、ユニス奪還を果たしたといっても過言ではない。

 そんなユニスと戦った魔軍が占拠しているバース王城である。上空に対して警戒を強めてもおかしくないはずなのだが、そんな警戒を一切していないようにも思えるのだ。

 王はぐつぐつと煮えたぎる鍋をかき混ぜながら、口を開く。

「まあ、空を飛ぶ魔法の習得は難しいから、かな」

 王の話すとおり、浮遊や飛行といった、体を宙に浮かす系統の魔法はかなり難しい部類となる。いくつか種類があるが、いずれも複数の魔法を同時に扱う必要があるため、その制御が困難を極めるのだ。

 例えば、風の魔法を使う場合。自身を起点にして地面へと魔法を放てば、一次的に体を浮かせることは誰でもできる。しかし、これを持続的に行って空中に留まることは難しく、更に静止させるとなれば高度な魔法の制御力を必要とする。その他、小さな結界を生み出して踏み台とし、階段を上るように上空へと上がる方法、自身を乗せた結界自体を移動させる方法などもあるが、どちらにせよ高度な魔法制御が必要となる。その他、重力自体を制御する魔法も存在はするが、こちらは莫大な魔力を消費することから、使用自体が難しい。そうした理由もあって、空を飛ぶ方法は、翼を持たない人間にとっては会得が非常に難しいとされている。

 もちろん例外はあって、生まれ持ったセンスが飛行魔法に傾いていたり、種族柄向いていたりするなどがある。カイは、この前者になる。

「実は、空を飛ぶ魔法が比較的得意な方でして」

「……なるほどな」

 王は、少々驚きながらも納得の表情を見せていた。

 王は炎の魔法を停止し、鍋を釜から下ろす。何人か手伝いに入り、皿に盛り付けを始めた。じっくりと煮込まれた具材はとても美味しそうに見えた。

「それで上空のこともある程度把握している、というわけか」

「はい」

 盛り付けられた皿を、厨房の隣にある食堂へと運ぶ。運びながら、王とカイの会話は続く。

「一人一人私が運んで外に連れ出すことは可能です。ですが、いくら監視の目が行き届いていないとはいえ、あまり得策ではないでしょう」

 一人逃げたら、一人を見せしめに殺す。そうした問題もあるが、今は一旦考えないことにする。

「というと?」

「まず、逃走先と経路でしょう」

 一例として、カイはユニス王国王都を挙げた。

「それなりの反撃能力がある年として考えれば。ですが、近いとしても馬車で三日以上。それなりの距離です。逃走中、魔軍に追いつかれる可能性もあり得ましょう」

 カイは、一旦言葉を切る。

「次に、ここに捕らわれている人が多い、ということもあります」

 これこそが問題点、でもある。

「一人二人ならいなくなっても気づかれにくいでしょうが、王様は別、と考えた方が良いでしょう。できるなら全員で同時に脱出、が望ましいかと。ですが、大人数での移動手段をどう確保するか、が問題となります。……最大の問題点として、私が使う魔法では、人一人を運ぶにはいささか力不足で、結界上空まで到達するのには、それなりに時間がかかってしまいます」

 カイは苦笑し、王も苦笑するのだった。

 はこんでいる間に見つかる可能性は、限りなく高いだろう。だからこの方法は使えないというのが、カイの結論だった。

 食事を摂り終えた王たちは、中庭へと移動する。そして畑の側にある、日当たりの良いベンチに腰掛け、話を続けた。

「外に脱出する方法はいくつかあります。結界はこの中庭の壁ギリギリになるので、数フォーセルほど空間跳躍すれば、簡単に出られます。この時は、ファルアスタシア流を修める方の助力が必要となります」

「……ファルアスタシア流か」

 バース王は、昔知り合った人物に心当たりがあった。

「そう言えば、マリア・ファルアスタシア殿、今は結婚されていたな。マリア・スナー殿の力は借りられるか? 一応顔見知りでもあるが」

 カイはその言葉に、表情を曇らせ、ゆっくりと首を横に振った。

「マリア殿は、先日病気で亡くなられました」

 王は目を見開いて驚きを見せたが、やがて、沈痛な表情となった。

「……そうか」

 小さく呟いた後、カイに話を続けるよう促す。

「ファルアスタシアの奥伝以上で、空間跳躍が使える人物となれば、本家の方々か、マリア殿の娘さんぐらいでしょう。ですが、二人とも現在は旅に出ております。比較的居場所が掴みやすいのは娘さんで、アリア殿は既にガドネアから外海へと出てしまわれています。そのため、ファルアスタシア流に頼るのは難しいでしょう」

 カイは、開示してよい範囲での情報を提供した。厳密には、ファルアスタシア家の前師範がデニアス王都から生家へ戻ってきてはいるが、彼らは明確に、ファルアスタシアの流儀を戦争には使わない、たとえそれが人命救助であっても、というスタンスを保っている。そのため助力を請うのは無理だろうと、カイは考えていた。

「脱出については、ユニスに持ち帰って相談したいと思います」

「わかった。……まあ急ぐ必要はないだろう。それまではここでの生活を満喫することにするよ」

 と、王は話を締めくくるのだった。


 真夜中。カイは魔法を使い、壁を駆け上る。そして風の魔法を使いつつ大きく蹴り出し、上空へと躍り出た。そのまま体を持ち上げ、結界を飛び越え、闇夜へと消える。そして一路、ユニスを目指すのだった。


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