第二次バース王国侵攻戦争・記録
ガドネア歴 九八五年 五月三日 第二次バース王国侵攻戦争・記録
勢いに任せた魔物の軍勢は、バースの王城にまで及んでいた。貴賓としてバースを訪れていたアーサーを始め、彼の部下とバース王国は連合を組み、戦った。しかし、歴戦の戦士たちも、たった二〇体程度のガーゴイルと無数の魔物の群れの前にはなすすべもなく敗退した。
今は、かろうじて王城内に魔物が入ってこないように籠城戦となっているが、これもいつ突入されてもおかしくはない状況だった。
「ここは何としても死守する! 皆のもの、私に命を預けてくれぃ!」
「おおおおお!」
湧き上がる兵士たちの雄叫び。城門を突き破ろうとする魔物たちの雄叫び。城の小窓から散発的に魔法を打ち放つ魔道士兵たちの詠唱の声。城のテラスから上へ下へと弓を放つ兵士たち。様々な怒号が所構わず飛び交っていた。
それらの嵐のような攻撃を受け、倒れる魔物たちを踏み越え、次々と別の魔物が押し寄せる。魔獣であれば屍の山が築かれ進軍を阻害できたのだが、魔物は、死ねば灰となって砕け散るため、足止めにもならない。もう、その勢いを止めることは、もはや不可能だった。
「……もうすぐ城門が崩壊する! それが合図だ! ありったけの力を叩き込むのだ!」
「おおおおおっ!!」
がんっ、がんっ! がんっ!!
何度も外側から衝撃を受けていた城門は、ついにひびが入り、そして真っ二つに割れ、倒れていく。
「今だ!」
「フレア・ブラスト!」
「バーニング・ボム!」
「メイディング・サラマンダー!」
一斉に炎の魔法や精霊を呼び出し、城門からなだれ込んできた魔物たちを迎撃する。それらすべてを屠りつつ、その後から後から突入してくる魔物を、入れさせまいと皆は奮闘し、押し戻し始めた。
誰かが行ける、と思ったのもつかの間、その炎の中を悠然と歩いてくる魔物がいた。サラマンダーが体当たりし、ダメージを負わせようとしたが、その魔物のたった一撃の拳で叩き潰され、サラマンダーは消滅した。
「…ガー…ゴイルっ! 怯むな、討て討て討て!」
「奴らに物理的な魔法は効かん! 精神攻撃系のものを使うんだ! ……アストラル・クラッシュ!」
二階から飛び降りてきたアーサーが、叫びながら魔法を撃ち放った。
その魔法の名を聞き唖然とする魔道士兵たちがいた。初級も初級の魔法で、ちょっとした疲労感が出るぐらいのものでしかない。子供たちが罰ゲームで使うぐらいの、本当に威力がないものなのだ。
しかし。その一撃を受けたガーゴイルは、ふらついたかと思うとピシッとどこかに亀裂が入ったような音が響いた。見れば、肩の辺りに僅かなひびが入っているではないか。
「効いてる? 効いてるぞー!! アストラル・クラッシュ!!」
そして、子供の頃なら誰でも使うこの魔法は、無詠唱でも扱えるほど簡単なものなのだ。
魔道士兵たちは次々とこれを繰り出し、ガーゴイル一体がたちまち魔法の光に包まれ、粉々に砕けていく。そしてガーゴイルが思ったよりも簡単に倒せたことから、バース陣営はにわかに士気が上がった。
「押せ押せ押せ! 押し戻せぇーーーっ!!」
そしてアストラル・クラッシュの大詠唱が始まった。
アーサーも魔道士兵たちが狙っている数体後ろのガーゴイルめがけ、魔法を放った。
「フレガチョーナク!」
アーサーは別の魔法を唱えた。まっすぐに光が収束し、突き進む。最近になって、彼の妻が、歴史に埋もれていたものを掘り起こした魔法である。龍族のレーザー・ブレスを解析し、人の手で魔法として再現したものだ。
その威力は高く、数体のガーゴイルを貫通して、それら全てが爆発四散した。
ガーゴイルは不利と判断したか、撤退を開始する。士気が高くなった兵士たちは、追撃するために城門をくぐろうとした。
「駄目だ!」
「戻れェ!!」
アーサーと指揮官が叫ぶのと、門外に光が降り注ぐのは同時だった。
そのとき門の外に飛び出していた兵士たちは、光に包まれて粉々に砕け散ってしまう。生き残った兵士たちは慌てて元の位置へと駆け戻る。ガーゴイルは撤退したかのように見せて、飛び出してきた兵士たちに一斉砲火を浴びせたのだ。
「っ! ここは任せる!」
「ああ、ご武運を!」
指揮官と別れたアーサーは、その足で階段を駆け上り、城の最奥まで辿り着く。やや乱暴に扉を開けると、そこにはバース王夫妻が並んで立っていた。彼の妻は、泣きじゃくる赤子を抱いて、それでも諦めた表情はしていない。
「……アーサー殿か。現状は把握しているつもりだ。もうここも長くはないだろう。其方の飛行能力なら、魔物たちよりも早くユニスへと行くことができるだろう。バースの現状を、ユニス国王に伝えてもらいたい」
「しかしっ!」
王は首を振った。
「軍師から聞いておる。其方が唯一、ガーゴイルに圧倒できる能力を持っている。ここでみすみすそれを失うわけには、死なせるわけにはいかない。バース国王として、今すぐ其方にユニス王国へ生還することを、命じる」
と、国王は強く彼に言い渡した。
「……はっ、御意に!」
有無を言わさない神母野と共に発せられた命令に、彼は従うほか無かった。
「王様、お妃様、どうかご無事で!」
「其方もな。……また会おう!」
アーサーは深々と礼をすると、一目散に駆け出す。適当なテラスから身を乗り出しながら、翼を展開した。魔力を翼に込め、一気に上空へと羽ばたく。
アーサーを見送った王の背中に、側近たちが呼びかける。
「王様、お逃げください!」
「お前たちこそ先に逃げろ! 私はこのバース王国国王だ。国王としてこの国を守るために戦う義務がある!」
「しかし王様!」
「これは命令である! お前たちは家族を守れぃ!」
既に魔物の軍勢は、あの門での猛攻を凌ぎきり、城内を蹂躙し、最奥まで攻めてきていた。もう、後はない。ここで戦ったところでどうしようもない状況でもあった。王が逃げろと言っても、アーサーのように空が飛べない限り、退路もない。最悪の状況だった。
「ふふっ」
と、この極限状態の中で、誰かが笑った。
「分かりました。私たちは『家族』を守ります。みんな、なんとしてもここを死守するぞ!」
「お、おまえら、命令が聞こえないのか!」
「ええ、命令に従い、家族である王様をお守りします!」
と、近衛隊長は笑い、剣を構えた。もうここまで来ればただのへりくつだ。どうしても王を守りたい。それが、彼らの意思だった。
「…このクソたわけ共目! なら覚悟を決めよ」
「おおおおっ!!」
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