20話 再会の予兆 ― 白き花の記憶 ―
封印都市エル=リュミエールで明かされた女神の「影」。
それは神々の真実に触れる“禁忌の扉”だった。
崩れかけた聖堂でリュウたちは、自らが歩んできた旅の意味を問われる。
失われた光の中で、新たに見えたものは「女神なき世界」でなお輝こうとする、人間の意志だった――。
そして、旅は続く。
滅びを迎えた都市の瓦礫を越え、彼らは再び立ち上がる。
それぞれが抱える傷と誓いを胸に、次なる迷宮へ。
だがその先に待つのは、選ばれし者にしか辿り着けぬ“真なる祭壇”だった。
風が静かに吹き抜ける草原に、一輪の白い花が揺れていた。
その花びらは淡く光り、夜の帳に浮かぶ月を映していた。
アレンはその前に立ち、膝をついた。
王都を離れて三日。彼は目的もなく歩いていた。ただ、胸の奥にある“何か”に導かれるように。
「……この花を見ていると、胸がざわつく」
言葉は誰に向けたものでもない。
だが、彼の声に応えるように風が吹き、花がふるりと震えた。
次の瞬間、微かな声が響く。
――アレン。
彼は振り向いた。
だがそこには誰もいない。
ただ、月光に包まれた草原の中央に、白い衣をまとった少女が立っていた。
「……だれ、だ?」
アレンの声が震える。
少女はゆっくりと振り向いた。
その瞳は透き通るような銀色――かつて、誰かの瞳と同じ色をしていた。
「わたし……誰なんでしょうね」
少女は自分の胸に手を当て、首をかしげる。
「気がついたら、この花のそばに立っていました。
名前も、どこから来たのかも、なにも思い出せないのです」
アレンは息を呑んだ。
彼女の声の響き、仕草、そして目の奥に宿る微かな光――。
すべてが、“あの人”に重なっていた。
「……そうか。じゃあ、俺が探してたのは……」
彼の言葉が途切れた。胸の奥が焼けるように熱くなる。
少女は首を傾げて笑った。
「あなた、泣いてますよ?」
「……わからないんだ。ただ、どうしても……涙が出る」
彼女はそっと近づき、アレンの頬に触れた。
その瞬間、淡い光が二人を包む。
アレンの脳裏に、断片的な記憶が流れ込んだ。
――焚き火。
――夜風。
――そして、“また、逢おうね”という声。
アレンは立ち上がり、少女の手を握った。
「……君の名前、俺が思い出す。だから、一緒に来てくれ」
少女は目を丸くしたあと、ふわりと微笑んだ。
「……ええ。あなたの隣なら、怖くない気がします」
そして、二人は歩き出す。
草原の向こうに広がるのは、かつての王都ヴァルティアの廃墟。
女神なき世界で、彼らは再び“運命の円環”を歩み始めた。
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同じ頃、王都の北方。
セレナとカイは、崩壊した神殿跡で奇妙な光を目にしていた。
「……これは、まさか“女神の欠片”の再結晶?」
カイの目が光る。
セレナはその光を見つめながら、かすかに笑った。
「リリア……あなた、やっぱり消えてなかったのね」
空に浮かぶ月が、再び輝きを取り戻していく。
それは、世界がゆっくりと“再誕”の予兆を見せている証だった。
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夜明け前。
アレンの隣を歩く少女が、ふと立ち止まった。
「ねえ、アレン……」
「どうした?」
少女は微笑み、胸に手を当てた。
「私、思い出したの。……この花の名前。『女神の涙』。
そして――あなたの名前も」
アレンは息を詰まらせた。
少女の瞳が、光の粒を湛えながら彼を見つめる。
「……アレン。あなたに会うために、私は生まれたの」
風が吹き、白い花びらが夜明けの空へと舞い上がる。
それはまるで、失われた誓いが再び結ばれる瞬間のようだった。
アレンは微笑んだ。
「おかえり、リリア」
少女の頬を涙が伝う。
彼女は静かに頷いた。
「ただいま、アレン」
朝の光が二人を包む。
世界はまだ壊れかけていたが――確かに、そこに新しい命の息吹があった。
封印都市での戦いは、リュウたちにとって「信仰とは何か」「守るとは何か」を問う試練だった。
女神の影――それは存在しない神にすがる人々の幻想か、それとも絶望の底に差すもう一つの光か。
今回で物語はひとつの区切りを迎えたが、真実はまだ霧の向こうだ。
彼らの歩みは止まらない。
新たな仲間、新たな迷宮、そして“封印された希望”が彼らを待つ。




