第11幕 『 ハガキ 』
土曜日の朝。
なんだか今日は院長が張り切っているようで、もうすでに2時間ほどぶっ続けで診察してる。
そんななので、みんな気を抜けなくて休む間もなく動き回っていた。
継続の子の診察。中島さんはついにこの日、自分で注射をうったんだよ。
そして、ワクチン、外傷、皮膚病、それになんだか分けの分かんない相談とか...。
土曜の午後は休診なので、午前は結構忙しかったりするんだよね。
「つかれた...」
院長はそう言うと、カルテがまだ残っているにも関わらず院長室へ消えていった。
張り切っていた院長の集中力も、3時間は保たなかったようね。
そして残っていたカルテ、新しくたまったカルテを片付けると、ちょうど12時。
ああ、終わった...。
「ふ~、つかれたねぇ」
みんなが医局の椅子にどっと座った。
「院長って、突然働き出すことが稀にあるよね」
院長室に届かないような声でわたしが言った。
「いつもあれくらい働いてくれるといいんですけど」
「でもペース狂っちゃう」
「高原先生は診察中にひとりでもいいけど、院長はひとりにしておけないですからね」
「うん、そうかも」
その時、突然院長室の扉が開いた。
一斉に動きが止まる。
やべ~...。
「あ、これ、石津先生から」
院長は1枚のハガキをテーブルにおくと、すぐに院長室へ戻っていった。
上田さんが素早く手にとる。
「石津先生?」
森先生が知華ちゃんに聞く。
「森先生が来る前にいた先生ですよ」
知華ちゃんがにっこり笑って答えた。
「めずらしいですね。石津先生がハガキ送ってくるなんて。なんて書いてあるんです?」
彩ちゃんが、ひとりでハガキを読んでいる上田さんに催促する。
「えっとね、読むね」
上田さんは一旦みんなを見たあと、また視線をハガキに戻した。
「みなさん、お元気ですか。少し前に開業しました。とってもびんぼーです」
上田さんはハガキをテーブルにおいた。
って、それだけかい?!
わたしがテーブルのハガキをとろうとしたら、彩ちゃんが先に手を出していた。
「え~、それだけしか書いてないんですかぁ」
彩ちゃんはそう言いながらハガキの裏表を何度も見ると、納得してハガキを知華ちゃんに渡した。
知華ちゃんも裏と表を何度か交互に見た。
次にわたしのところにハガキが来るかと思ったら、今度は森先生に渡ってしまった。
あまり興味のない森先生は、すぐにわたしにハガキを回した。
やっと来たよ...。
みんなと同じように表裏をみる。
ほんと、それだけしか書いてないや。
わたしがハガキをテーブルに戻すと、上田さんが壁のボードにピンで貼付けた。
土曜の午後は当番制。
といっても、夜に入院の子の世話をして、それが終わればすぐに帰ることが出来る。
今日はわたしと知華ちゃん。
入院の子は、膿胸のネコと昨夜からいる嘔吐の仔イヌ。
膿胸の子は胸腔の洗浄。
ずいぶんきれいになってきた。来週には退院出来そう。
嘔吐の仔イヌは、薬が効いているのか朝からもどしていない。
輸液バッグを新しいのに換えて、点滴の漏れがないか確認する。
最後にカルテの記入をして、終了。
「じゃぁ、終わろうか」
いつものようにスクラブの上にジャケットを羽織り、知華ちゃんと一緒に外に出た。
「おつかれさまでした」
知華ちゃんがぺこりと頭を下げながら言うと、自分の車に走っていった。
わたしも自分の車に行き、ジャケットのポッケから車のキーを出す。
キーを差し込む。
わたしはそこで動きを止めた。
知華ちゃんの車が駐車場を出ていく。
しばらく考えて、キーを抜いた。
車のキーをジャケットにしまい、病院の鍵を取り出す。
そして、建物へ戻るとロッカールームへと続くドアを開けた。
常夜灯の明かりを頼りに医局まで行く。
そしてライトのスイッチを入れた。
医局が明るくなった。
メモなどが貼ってあるボードの前に立つ。
昼間、上田さんが貼付けたハガキ。
ピンを外し、手に取る。
裏と表をゆっくりと見る。
ったく、住所くらい書けよ...。
そうだ...。
消印を見る。
どこだろ?
わたしはバッグからノートを取り出すと、消印の地名を写した。
いつものコンビニでお弁当を買い、マンションに戻る。
お弁当の袋をテーブルにおくと、すぐにマックを開いた。
ネットで、地名を検索。
ここかな?
けっこう田舎。
でも、思ったより遠くなさそう。
近くに高速が通ってる。
画面に地図を出したまま、わたしはお弁当を食べはじめた。
石津先生は、開業するためにいっこく橋を辞めたのかな?
そんなこと一言も言ってなかったのに...。
開業か...。
なんだか、ここのところ、開業がとっても身近になってきたような気がするな。
お弁当を食べてる途中で、わたしは携帯を取り出した。
名前を探す。
そして発信ボタン。
しばらく呼び出し音が鳴る。
「はい、まき動物クリニックです」
つながった。
「あ、もしもし。うちのワンちゃんが急におかしくなったんですけど、今から診てもらえますか?」
「あ、わかりました。こちらに来るのに、どれくらいかかります?」
「もしかしたら、2時間くらいかかるかもしれません」
「わ、わかりました。気を付けていらして下さい」
ここで少し間を置き。
「真紀ちゃんさぁ、真面目過ぎぃ」
「あ~、ひょっとして灯子ちゃん?!」
「そだよぉ。2時間もかけてどこからくんのさ。ちょっとは疑いなよ」
「だってさぁ...」
真紀ちゃんは相変わらず真面目だ。
「ところでさ、あしたヒマ?」
「うん、病院にはいるけど、きっとずっとヒマ」
「午後、遊びに行っていい? これはほんと」
「いいけど、何かあったの?」
「なんにもないけどさ。じゃぁ、行くね」
そこで、電話を切った。




