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黄金が降る  作者: 毎路
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04 新顔

「ネムー! 切りがいいとこで昼食にしようぜー!」


 隣の部屋から了承の返事があった。

 仮眠を取った後に、部屋割りを決めて各自荷物の整理に取り掛かっていた。


「これでひとまずおっけーだな」


 机の横の備え付けの本棚に最後の本を入れ終わり、手をはたく。

 本棚は今までの学生も使ってきたのだろう。棚の内側には日焼けもなかった。


 ルヴィたちのアパートは角部屋で、2LDKだ。

 広々とした窓があるリビングが最も広い。リビングには窓が三つあり、キッチンのところにある小さなものと、テーブルと椅子があるところでメインストリートに面した大きいもの、ソファとテレビが置かれたところにある角の窓だ。


 アパートの部屋を入って左手にあるのがルヴィの部屋で窓がない。

 右手にあるのがネムの部屋で角に位置するので、窓からは庭の木が見える。

 ネムの部屋は西日が入って来るので、基本的には備え付けのカーテンを使うようだ。


 キッチン以外の水回りは私室にあるので、基本的にそこで生活できそうなくらいだ。

 ネムが私室から出て来ると、そこはルヴィとは違った趣の部屋だった。


 花柄のレースが揺れている。


「なんか、ネムの部屋可愛いな」

「カーテンのせいじゃないかしら。ルヴのところは、窓がないでしょう?」


 いろいろ訳あって、ルヴィは窓のない空間の方が都合がいいのだ。

 主に、兄からの連絡の関係で。


 その時、腹が大音量でなった。


「――相変わらず、正確なお腹ね」


 大騒ぎする自分の腹を押さえる。


「まあなー、自分でもびっくりする」

「時計がなければ、ルヴのお腹と眠気で代用できるわね」


 雑貨店があると聞いたので、行ってみようということになり、階下へ降りていくと、玄関扉が開いていて、管理人のマリエが廊下に出ていた。レジデンスの前には、大きな搬入車が止まっていて、荷物をおろしているところのようだった。


「まあ、二人とも。外に行くの?」

「はい。昼食を買いに行こうかと。ちょっとそこまで」


 ルヴィが外を指さすと、ネムが微妙にその指を調整してくれた。


「……ああ、雑貨店ね?」


 マリエはおかしそうに笑う。

 ルヴィは全く見当違いの方向を指さしていたらしく、結局言葉にして伝えることにした。

 

「そう。……なら、これから私があなたたちをランチを誘うのは迷惑かしら?」


 マジで、というのが正直な感想だった。

 今朝からホテルで食べたのは、ウェルカムフルーツだけだった。

 加えて歩き通してカレッジまで彷徨い、ここまで辿り着いてからは、ひと眠りしただけですぐに荷解きだ。


「とんでもありません」

「とても嬉しいです」


 ネムと一緒に頷くと、マリエはにっこりとほほ笑んだ。その脇を、帽子をかぶった男性が、卵がたくさん入ったケースを奥に運ぶために通りかかるついでに立ち止まる。


「マリエ、この子たちは新顔かい?」


 180糎超えのルヴィの顔に影がかかる。

 横幅もありかなりの巨体だが、この国に来てからだと珍しくない。 


「ええ。この子たちは今日来たばかりなの。ネム、ルヴ。この男性は農園を所有しているジョーンズさん。ここへ食料の運搬もしてくれているの」


 ジョーンズは目深にかぶった帽子の下から青い瞳をまじまじと見開きネムを凝視すると、おもむろにルヴィに近づいた。体を寄せ、片手を添えて耳打ちされる。


「お前さん、とんでもない別嬪さんと一緒じゃあないか」

「ちょっかい掛けたらだめですよ」


 しっかりと釘を刺す。すると面白かったのか、よく言った!とルヴィの背中をバンバン叩き、目じりに笑い過ぎの涙を浮かべながら、こっそり耳打ちされた。


「心配になるくらい別嬪さんだからな、夜道とは言わず、なるべく目を離すんじゃないぞ。脅したかないが、この国は美しすぎると生活するのも物騒になる」


 顔を離すと、両腕を広げた。一見してすぐに解るボディーランゲージ、所謂、歓迎スタイルだった。


「ようこそ、お若いのふたり。自由の国アクイレギアへ。儂はジョーンズ、こうして昔からマリエのところに食材やら花の苗やらを持って来とる。30年来の付き合いだ」


 慌ただしい言動の変化と物々しい口調に、ルヴィは目を白黒させると、上品で落ち着いたマリエの声が情報を補足した。


「ジョーンズさんの農園では化学肥料を使っていないから安心できるの。それにとても美味しいわ」


「がはは! いやあ、マリエに持ち上げられたな! ご機嫌取りにケーキでも持ってくりゃ良かったかもしれん!」


「――あら、砂糖の塊のようなくどいケーキはお断りよ。せっかくの紅茶が台無しになるわ」


 物腰の柔らかなマリエと、豪放磊落といった言葉がよく似合うようなジョーンズとのやり取りは、想像していたのとは違った方向で遠慮がない。


「マリエの手料理は、必ず一度は食べるべきだ。胃を鷲掴みにされること間違いなしだぞ!」


 聞いていたマリエは呆れたように額に指をついた。


「まったくいつも大げさなのだから。あなたの分のベーグルサンドはバスケットに入れておいてあるから忘れずに持っていってちょうだいね」


「おっと、大事なことを忘れるところだった! このバスケットを忘れちまったら進路を180度変更してこっちまで引っ返さにゃならん。なんせ儂はこのベーグルを楽しみに、片道150キロのドライブをするんだからな! じゃあマリエ、また次の火曜日に」


「ええ、気をつけて」


 トラックのエンジン音が外から聞こえ、ジョーンズはバスケットを忘れずに片手でひょいとひっつかんで、嵐のようにトラックのエンジンをつけて大きな音を立てながら去っていった。


「賑やかね。子どもの頃から変わらないのだから。さて――あなたたちの歓迎のおもてなしをさせてちょうだい」


 マリエに言われ、階段下の右側にある裏口から出ると、階段の窓から見えた庭に出られた。

 しばらくしてカートに乗せて運ばれてきたのは、マリエの手料理だった。


 テーブルの上には、少しの振動でフルフルと震えるスクランブルエッグと揚げられたかのようなベーコン、チーズなどが入ってグラタンになったオニオンスープ、レタスとハムを挟んで軽く焙ったベーグルサンド、マッシュされたポテトサラダが所狭しと並べられた。ワゴンの上には、シトラスを沈めた果実水と、明るい色の紅茶、瓶に移し替えられたコーラが並んでいる。


「今日のランチがこんなに贅沢なものになるとは思ってもいませんでした」

「あら。食べてみるまで分からないわ?」


 グラスに水を注ぎながら、マリエが茶目っ気たっぷりに笑う。

 食前の祈りを捧げるので、マリエに合わせて両手を組んでみる。


 マリエはアクイレギアでも信徒の多いマシアハ教徒のようだ。

 祈りが終わると、乾杯の音頭と共に、豪勢なランチがはじまった。


「いただきます」


 ベーコンを口に含んだ瞬間、口の中で唾液が止まらなくなるほどだった。まさに垂涎もの。

 言葉にしなくとも表情で伝わったのだろう。


 魔法使いのようにマリエはほほ笑んだ。


「口にあったようでよかったわ。アクイレギアに来ると、食生活が乱れてしまったり、食欲不振になってしまったりする子たちが多いから」


 マリエが管理人としてこのレジデンスにいるのは日中だけだという。

 昼食ならば、予め伝えておけば作ってくれるという。


「――良ければ、夕食も作り置きしましょうか? 冷めてしまうから、温め直さなければならないけれど」


「え、いいんですか?」

「願ってもないことですけれど」


 おずおずとネムが覗うと、マリエは優しく微笑んだ。


「頼まれたからには腕によりをかけて作るわね」


 夕食のためにも雑貨店に寄ろうと思ったが、その必要がなくなった。

 この料理をまた食べられるのかと感動していると、マリエは苦笑した。


「ここに入居する子たちは学生でしょう? お昼はカレッジもカレッジにいるから、休日くらいしかないのだけれど、それでも忙しくしているから滅多に頼まれることはないの。だから、こうして歓迎の食事でもてなせることが私の楽しみだわ」


 相当多忙になるらしい……。


 入居者は、現在ルヴィたちを合わせて6名だという。


「この建物は、4階建て。1階は、管理人室や、応接室、広間と厨房に倉庫、ガレージがあるだけ。居住区画は2階からなの」


 2階に、一人用の部屋が6室で、最大収容人数は6名。

 3階に、二人用の部屋が3室、三人用の部屋が1室で、計4室で満室時は9名。

 4階は、短期滞在者用に泊まれる部屋となっているという。


 つまり、入居者としては、最大15名ということだ。


「算術の問題よ。現在、このレジデンスにはあなたたちが入居したことで空室状態はちょうど50%になりました。さて、2階には何人いるでしょう?」


 ルヴィたちが来る前は、空室状況は半数以上だったということだ。

 経営する側としては問題ないのだろうか。


 考えているうちに、ネムがくすくすと笑いながら答えた。


「4人です」


「正解よ、ネム。簡単すぎたかしら?」


 マリエが紅茶を置いてほほ笑んだ。


「現在、複数人向けの3階にはあなたたちだけなの。あとは一人用の2階の子たちだけよ。一人で留学する子が多くなったり、共同生活を避ける子が昔より多くなったのね」


 長年、学生向けのレジデンスを管理しているだけあって時代の変遷を感じているのだろう。


「この国ではこうした算術が出来ない人は多いの。いとも簡単に簡単に解いてしまうのを目の当たりにすると、イクシオリリオンでの教育が素晴らしいのだと実感するわ」


 他の入居者にも問題を出しているようだ。

 俄然、他の住人のことが気になって来た。

 ネムの話からすると、入居者は同じ、イクシオリリオン人学生らしいが。


「どんな人たちが住んでいるんでしょうか?」


「ここから通える範囲のカレッジの子たちがほとんどよ。中には、研究所がここから近いという子もいるけれど」


 ただ、とマリエは続けた。


「お互いが会うことは少ないかもしれないわ。アクイレギアのカレッジはとても忙しいの。それにペーパーテストだけではなくて、実地での活動が重視されるから、長期でこのレジデンスを空けることも少なくないわ。きっと、あなたたちも、課外活動などがこれから多くなるでしょうね」


 入居者の条件に、学生をいれているだけあって、カレッジの行事に詳しいようだ。


「宜しければ、大学院のことについても教えていただいてもよいですか?」


 新しく紅茶を淹れながら、マリエは、私にわかることなら、と快く応じてくれた。


「ありがとうございます。あの、オリエンテーションについて、大学院生向けのやつなんですけど」


 アクイレギアの学校の多くは、秋開始するところが大多数だ。オリエンテーションには力が入っているようで、来週から始まるオリエンテーションは一日では終わらないものだったので、内容が気になった。


「大学院生のオリエンテーションは3日間あるわね」

「長いなってびっくりして。一体何するんだろって」


 紅茶を淹れてくれながら、マリエは微苦笑した。


「大学生は1週間だからこれでも短いのだけれどね」


 基本的なことは変わらないという。


「授業の取り方、キャンパスの案内などはイクシオリリオンと共通しているようね」

「では、違うところも?」


 湯気の立つカップをそれぞれの前に置きながら説明してくれる。


「ドラッグについての説明があるわ。イクシオリリオンと比べると、規制が緩いの。容認されているものとそうでないものの知識と、誘われた際の断り方などね。けれど決して手を出すべきではないわ」

「ひえっ」


「脅したくはないけれど、若い子たちの間では流行っているようだから……」


 マリエの顔が陰ったが、もう一つ重要なことが、と話し出す。


「文化の差というのは重要なものだわ。留学生向けの講座として分かれているところもあるようだけれど、必ずあるの。異性交遊のことよ。アクイレギアでも親元から初めて一人で生活するのがこのタイミングであることが多いから特に念入りに説明があるのだけれど、イクシオリリオンの子たちはびっくりするのね」


 はっきりと拒絶しなければ被害を訴えても負けることはざらだという。


「よ、よく聞いておきます」


 内心悲鳴を上げながら、頷く。とにもかくにも、アクイレギアの中でもこの巨大都市リグナムバイタでは異性関係というのはルーズでオープンらしく、当人たちもどういった立場にあるのか把握できずにいる人も少なくないらしい。


「……もし、何かあったら、気兼ねなく言ってちょうだいね。私はこのレジデンスのホスト。あなたたちの味方だから、悩み事があって、相談する人がいなければ頼ってね。どんな内容でもいいわ。伊達に、74年も生きているわけじゃないもの」


 真剣な顔を緩ませて笑うので、空気が和んだ。

 カップに口を付けると、カモミールティーだった。


「最後にとっておき。学生のソウルフードの一つよ」


 現れたのは、チーズケーキにチョコレートクリームとアイスが乗っているインパクト大な皿だ。カロリー爆弾のようなデザートを食すと、どれも美味だったが、腹がはちきれそうになる。アクイレギアの食事はいつもこれなのか。


『ごちそうさまでした』


 手を合わせて、イクシオリリオン語で言うと、『お粗末様でした』とマリエも返してくれた。こうして姿だけを見ると、ルヴィやネムたちよりもずっとイクシオリリオン人に見えるのが不思議だった。


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