32 都市化
都市化とは都市発展と、それによる集落ないし地域の変化過程についていう。都市発展は都市化とは別個の概念とする考えもあるが、農村集落が都市的集落に変化するまでの過程だけを指す意見もある。あるいは、より都市的な集落に至る過程を含めるという見解もある。
「都市化は、レオナルドゥス・ヘンドリック・クラーセンらの提唱が有名だ」
ジェンキンス教授は、都市化について提唱した有名な人物と同じ出身者の学生を指名した。
「彼は、都市人口学者です。都市内の人口分布の変化が世界の多くの年で類似の動向を示すことから、都市の発達段階に関する仮説を提唱しました。都市化・郊外化・逆都市化・再都市化の繰り返しだというものです」
ドーナツ化現象があげられる。都市に最初人が集まって、地価が上がり、その都市の周辺にベッドタウンが作られて、都心部は過疎化が進む。
「都市圏の成長は、都市化・郊外化までをいいます」
ドーナツ化現象もこのときで、成長段階に当たる。
「都市圏の衰退は、逆都市化・再都市化です。欧州諸国の都市圏では、1980年代には既に逆都市化段階に入っていました」
ここでようやく都市が衰退する段階ということだ。
「都市内環境の悪化、在来工業の衰退などによります。新規産業の発展、都市再開発によって回復する年もありますが」
そこで学生は席に着いた。
「ありがとう。では次に………そうだな、イクシオリリオンの都市化を聞こうか」
言葉というのは恣意的だ。
人と対話して理解を深めるが、その言葉を予め定義しなくてはならない。
隣でネムが急いで立ち上がるのが分かった。
そんな急がんでも……。
「イクシオリリオンでの、都市化の特徴については大きく三つ挙げられます。一つは、人口の量・密度の増大」
自然増加により社会増加率が重要になって来る。
「――結節機関の集中。ここでいう結節機関とは、工場や事務所などの職場と学校、店、病院、駅、郵便局、娯楽施設などの人が利用する各種の期間あるいは組織体のことです」
特定地域に特定機関が集積し、空間的な文化を引き起こす。
「そして、都市的生活様式の浸透で、専門処理システムに依存する生活様式です」
市場経済の徹底的な浸透や、マスメディアの強い影響、個人主義的傾向の増大が挙げられる。
「ここまでが、イクシオリリオンでの都市化の定義になります」
ジェンキンス教授の専門講義は、ひたすら言葉の定義と過去の論文の発表と討論の繰り返しだ。事前に用意するのも緊張感がある。そしてネムの後に、ルヴィが立ち上がった。
「ネムが紹介してくれたので、オレからは地理学辞典における定義とイクシオリリオンに当てはめた話をします」
ルヴィはそう前置きをして語り始めた。
「cityは、人間の基本的な生活根拠を成す集落の一類型で、村落に対する言葉とされています。地理学辞典において、集落を都市と村落に区分し、対比的に都市を定義しています。行政的な都市、村落、中間ですが、これらの都市に対する認識・定義には問題がありす。――続けても?」
頷きが返ってくる。
関心を得ることができたようで続きを話す。
まず一つ目だ。
「都市・村落の基準が不明瞭であること」
どれだけの人口規模・中心性があれば都市であるのといった点だ。
そして二つ目。
「市よりも人口が大きな村があり、行政的な市をもって都市、村をもって村落とするのは不適当だということ」
例えば、本国のタキザワ村は人口54,903人だが、ウタシナイ市は4,114人だ。
村のほうが市よりも、人口が多いところは少なくない。その逆もしかりだ。
最後に、三つ目。
「市町村の内部に都市と村落が混在しているとみなした場合、都市だけの統計データを得ることが困難であることです」
よって、何らかの機能性・中心性を有するすべての地域が都市であり、統計データの都合から行政的な市町村もまた都市であるとした。
「人口が多い地域をいつの段階で測定したのかな」
これは難しい問いだ。
人口は流動的であるがゆえに、いつの記録かというのは重要だ。
しかし、同時に計測することは現実的には難しい。
「………遡ればきりがありませんが、1960年の国勢調査から新設された統計表章地域では、人口集中地区(Dencity Inhabited District)を新設しました。これはショーワの大合併として、1953年に町村合併促進法、1956年に新市町村建設促進法により、市町村数が9,868から3,472にまでまとめられ、市町村の境域が拡大した背景があります。人口密集地域を特定する必要が発生しました」
「おお、具体的にはどのように特定を?」
ジェンキンス教授の瞳は薄い色ながらも光を受けた硝子のように輝く。
問われる内容は知識でしかなく、ルヴィは淡々と答える。
「調査区を約50世帯とし、その人口密度が1k㎡につき4000人以上あり、このような調査区がお互いに隣接して、その合計人口が50,000人以上に達する場合に、それを一つの人口集中地区として区画しました」
興味深いとジェンキンス教授は頷いた。
ルヴィが着席した後は、他の国の定義を聞いていき、終わりに各自割り当てられた翻訳を発表させた。
「では、今回割りてておいたSMEAについての定義を翻訳してもらえるかな、まずはネム」
先週で発表者が決まっている学生たちが、挙って手元を漁るのが見えた。
「はい。ヤマダ・トクオカが1983年に提唱した都市の把捉で挙げられています。これは標準大都市雇用圏(Standard Metropolian Employment Area)とし、中心都市とその周辺地域すなわち郊外からなる結節地域を都市圏としました」
先ほどの定義をより詳しく明確にしたものだ。
「このSMEAの設定は三段階あり、まず、中心都市の設定として、常住人口が5万人以上の市町村を『中心都市』とする。そして、郊外の設定として、中心都市への通勤率が10%以上の周辺市町村を『郊外』とする。ここでは、中心都市も郊外も、常住就業者の75%以上が鉱業を除く非第一次産業就業者でなくてはならない。最後に、全体の人口規模の確認として、都市圏全体が10万人以上の人口規模を有するかを確認し、条件に当てはまらないものは、このSMEAから除外されます」
しっかりと翻訳した内容を発表したネムは、ジェンキンス教授は頷きを得て着席した。発表は次の学生に移る。
「みんなありがとう。翻訳は難しかっただろう。やはりこうして母国語としている学生に翻訳してもらうのが一番わかり易い。では、これらの定義について、意見を述べなさい」
午前の緊張感あるジェンキンス教授の専門講義が終わり、午後のレフェルト教授のグループワークもスムーズに打ち合わせを終わらせると、アパートに直行する。日々の疲れから沈没しているネムを部屋で寝かせて、先日軽食を入れてもらっていたバスケットの返却に、管理人室へ降りる。
管理人室にいるマリエはどこかに電話をかけているところだった。
しかしルヴィの姿を認めると、受話器を置いてしまう。
「おはよう、ルヴィ。どうしたのかしら」
会釈をしながらあいさつし、バスケットを片手で持ち上げる。
「こちらをお返しするのが遅れて。……電話はよろしかったんですか?」
最近、受話器を持つマリエの姿をよく見かける。
どこかへ電話を掛けているようなのだが。
「ええ。つながらないものだから」
バスケットを受け取ったマリエが困った顔をする。
「どこに電話をされていたんですか?」
「塗装業者にね。ガレージのペイントが剥げてきているから塗り直しをお願いしているのだけど」
マリエがため息をつく。
電話番号が現在使用されていないと音声が流れたという。
「依頼自体はもうしているんですか?」
「先月からね。来週来てもらうことになっているのだけれど」
ガレージに雨漏りが見つかったのでその修理もしてもらえないか確認のため電話したところつながらないのだという。そういえば、ガレージの軒に黒い染みができているところがあったのを思い出す。
音信不通とは怪しい流れだ。
「ちなみに代金は払っているんですか?」
「いいえ、後払いよ。それは救いかもしれないわね」
でも、と困った顔をしている。
「こんなことは今までなかったわ。この地域はみんな彼の塗装業者に世話になっているの」
「顔見知りなんですね。ほかに頼んでいる人は事情を知らないでしょうか」
マリエは首を振る。
「まったく音沙汰がないそうよ。奥様のほうは教会でお会いするのだけれど………そういえば今月に入ってお見かけしていないわね」
つまり、公私ともに会うことができていないということだ。
「何か事情があったのでしょうけど……来週は天気が崩れるというから、新しい業者を当たってみないとね」
諦めたようにマリエは受話器を眺めた。
「――あの、オレでよければお手伝いしますよ」
本国では技術の授業で工具の扱いは習っている。
はるかに古い記憶だが。
「あなたたちは私が預かっている大切な子たちですもの。気持ちだけありがたくいただくわね」
無理やり押し切るわけにもいかない。
専門の業者に頼んだほうが見栄えもいいに違いない。
「サンドイッチおいしかったです。ありがとうございます」
バスケットを手渡す際に、線香の香りがした。
「どういたしまして。また必要な時は声をかけてちょうだいね」
マリエの右手の薬指にはシルバーリングがある。伴侶がなくなった際、左手の薬指から右手の薬指に移動させる習いがあるという。マリエの年齢からして、夫とは死別したのだろうということは想像に難くなかった。
「あれ? お線香ってアシュバッター教のものじゃなかったけ?」
しかし食前の祈りはゲフェン教のものだった気がする。となると………マリエも、イクシオリリオン人らしく、生きている間は神道、結婚はゲフェン教、葬式はアシュバッター教という複数のところに世話になるタイプだろうか。
一神教が強い外つ国でこんな生活が通用するかは分からないが。
「うーん……まいっか」
祈れる対象がたくさんあるのはいいことだ。
そう思うのは――特に意識していないが――多神教だから、なのかもしれないけれど。




