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黄金が降る  作者: 毎路
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21 植生

 ザイガー教授からなかなか有益な情報が聞けたのでほくほく顔で席に戻ると、ネムとパトリックが呆れたような顔をしていた。


「なんだなんだ、ふたりして変な顔だな」


 あれー、と首をかしげる。

 するとネムは可愛らしく口を尖らせ、パトリックは自分の頬を摘んだ。


 はたと我に返ったのはパトリックの方がだった。


「僕は……途轍もなくちぐはぐな光景を見せられてね」

「ザイガー教授と一番話しているの、ルヴだってこと気づいているかしら?」


 むっとしたようにネムに言い返される。

 そんな顔をしてもかわいいにしかならない。


「そりゃ、心外ってやつだな。熱心な学生と教授のあるべき姿だろ?」


 胸に手を当てて言い返す。

 まあ、そんなことはいいのだ。


「ほらほら立った立った」


 まだ言いたいことがありそうな二人を追い立てて、学食へ向かう。

 時間は有限で、次の講義までの空き時間を日頃のねぎらいを込めてアフタヌーンティーをする予定なのだ。


「さあ、作法のご教授のほどよろしくお願いするぜ、パット!」

「エルム人にお茶の作法を聞くなんて……覚悟はいいんだろうね?」


 両手を合わせて拝むと、すごんでくる。

 品のいい見かけに反して、実にノリのいいやつである。


 聞けば、アフタヌーンティーにはエルム式とマロニエ式が混同されがちだという。


「作法、マナーがなく自由度が高いのがマロニエ式だ」

「つまり、がっちがちの作法があるのがエルム式だな」


「そういうことだよ」


 その理解でいいのか。

 当事国の国民が言うのだからいいのだろう。


「とはいえ、ここは学食のアフタヌーンティーセットだ。緩く行こう」

「自由の国アクイレギアだものね?」

「それって結局マロニエ式にならん?」

「座って」


 三段に連なるケーキスタンドを前にする。

 ティーカップとソーサーをセット。

 それぞれ入れる茶葉のティーパックを選択……。


「この時点でたぶん、違うよな?」

「学食だからね、こんなものだろう」


 前提から妥協しているのだが。

 まったくもってルーズなエルム人である。


「これには食べる順番が?」

「基本的には、下からいただくのが昔の仕来りではあったよ、ネム嬢。でも今は自由に食べて構わないんだ」


 下段にサンドイッチ、中間にスコーン、上段にケーキがある。

 ネムの目は華やかなケーキに向いていた。


「でもさ。それだと、どこが厳しいんだ?」

「いい質問だ。それは――カップの持ち方だね」


 親指と人差し指で、ハンドル部分を摘んでみせる。

 ルヴィがいうのもどうかと思うが、まるでピアニストのような長い指だ。

 ティーカップと優美な指先が良く似合う。


「指を通してはいけないんだ。支える時に、こう指を追加して添える」


 中指を添えて見せるが、なかなか難しい。


「ちなみに、今はテーブルに着いているからしないけれど、ガーデンパーティーとかで立食だったり、ソファーなどでテーブルと距離がある場合は、カップとソーサーを持つんだ」


「ソーサーが持つ物って初めて聞いたぜ……」


 ネムもソーサーを見て不思議そうだ。


「さあ、マナーはいいから、楽しくお茶をしようじゃないか」

「いや、だからそれってマロニエ式………」


「聞こえないねえ」


 美しい所作で口をつける。

 見れば、椅子に深く腰掛けておらず、背筋が伸びている。

 どうやらお茶のマナーは一日にやそこらでは身につかなさそうだった。


「……さっきの台詞は撤回するぜ」

「これがエルム式なのね」

 

 






 パトリックと本場のエルム式を学びながら楽しくアフタヌーンティーをいただいたあとは、メールリ教授の専門講義だ。専門が違うパトリックとは途中で別れた。再び会えるのは週明けになってからだ。まともな友人と離れるのは寂しいが、充実したひとときを過ごせた。


 メレディス・メールリ。

 地理学における、系統地理学と地誌学のうちでは、系統地理学の学者にあたる。その系統地理学をさらに二分する、自然地理学と人文地理学のうちでは、自然地理学を専門としており、地形や気候に基づいた植生に詳しい。


 講義室は日当たりがよく、窓の外の観葉植物の緑を透かして柔らかく午後の日差しが入ってきていた。眠くなる時間だ。そこへ紅葉をまとったかのような教授が教壇へ上がった。


「ランチは終わったかな。では講義に入ろう」


 ルヴィは、初めてこのメールリ教授を見たとき、そのオレンジ色の髪にそばかすの散った白い肌、緑の瞳の明るい色彩に、彼の柔和で朗らかな性格がそのままにじみでてきたようだと思わされた。


 この専門講義は、初回のガイダンスの時間で、今後の講義の内容がわかり易く説明された。学生から教授陣への口コミが載っているサイトがあるようだが、そこでもメールリ教授は、サイトで名前の横に赤いトウガラシが4つ並んでおり、ホットな評価を得ていて、人当たりがよくなかなか人気の教授らしい。地理学の教授は5人いるが、パトリックに聞いた話だと、最も評判がいいのが自然地理学者で植生を専門とするメールリ教授、そしてあまりよくないのが人文地理学者で地質の調査を得意とするザイガー教授らしい。


 ルヴィは、両方の講義を履修しているが、はじめこそ機器の見本で見せしめにされたものの、教える側の能力は、数回受講してきた中で、そう悪くないものではないかと感じている。投げやりな姿勢もはじめのほうは垣間見えたが、スライドに映し出さない、ちょっとした雑談に出てくる話は含蓄に富んでいる。

 これはスタンスの違いだろう。


 メールリ教授の講義は、学生たちの発言の場として優れていると言えた。メールリ教授の講義は専門科目に当たり、多くの専門科目がそうであるように、秋学期と春学期を続けて受けることが推奨されている。そして、秋学期は講義はそのままの意味で講義を受けたり、個人発表をしたりするが、春学期はフィールドワークを実際に行う課外活動が主となるようだ。今は秋学期なので、メールリ教授の講義を聞く時間が三分の一、残りの三分の二は学生が与えられた課題に応じて発言する場で毎回四人から五人が発表する頃には講義時間が終わるといった具合だ。


 前の発言者へのコメントが終わり、ネムの番になる。

 立ち上がったネムが今回のテーマである母国の気候区分について説明を始めた。


「大部分は温帯湿潤気候です。しかし、北部では、冷帯湿潤気候になります。冬の寒さが厳しく、夏も冷涼で、年間を通じて降水量が少ないです」


 付け加えるなら、梅雨・台風の影響が少ないことも特徴だ。


「大陸側の気候は、冬は大雪になり、北西季節風が大陸との間の海である縁海を通過する際に大量の水蒸気を含むため、冬は大雪になります。夏は晴天が多く、気温が高くなります」


 これは北西季節風が大陸との間の海である縁海を通過する際に、大量の水蒸気を含むために大雪になる。


「寧海側の気候は、夏には雨が多く、蒸し暑くなります。冬は乾燥して晴れの日が多いです」


 寧海側は、夏は南東季節風の影響下にあって多雨で湿度が高くなり、冬は北西季節風が山脈を超えて乾いた風となり乾いた風となって拭き下りてくるため乾燥するのだ。


「南西諸島の気候は、亜熱帯に分類されます。年間を通じて高温で、梅雨や台風の影響が大きいです」


 ここは内陸性気候もあり、年較差は大きくなる。

 周囲の山脈に季節風が遮られ、年間の降水量が少なくなるのも特徴だ。


「内海の気候ですが、年間を通じて降水量が少なく、夏季に干ばつが起こりやすいです」


 これは、本州と島々のそれぞれに横たわる山地があり、季節風がどちらからも遮られるからだ。


「それらの気候によって、何か他の国と共通する部分はあるかい?」


 メールリ教授の講義では、良心的な採点がなされていると感じた。

 発言内容が薄いと感じた場合、何も言わず減点するのではなく、メールリ教授から質問し、その答え方によって加点していくようだった。


 ネムも自分の発表が弱いと自覚しているのか、落ち着いてその質問に答えた。

 ………あるいは、わざと穴を作って、質問内容を絞り込んでいるのかもしれない。


 本国の地域別の特産物や気候については、降水量や特産物の割合など、グラフや数値で何度も試験に出るほど学んできているので、ネムは把握している。そのため、ルヴィは安心して聞くことができた。


「内海では、地中海性気候と似ているため、柑橘類の栽培が盛んです。また、イクシオリリオンでは米を主食としていますが、降水量が少ない地域では小麦の栽培がおこなわれています」


「他の国と比べて、気候が人の生活に特徴的な影響を与えていることはあるかな?」


 メールリ教授のこの質問は今までのものより突っ込んだものだった。産業についてならばともかく、外国の生活についての学習は、本国ではほとんどないに等しかった。ネムは悩んだ様子だったが、口を開いた。


「………エルムの友人がいるのですが、母国にいたときにイクシオリリオンの留学生がたくさん来ていたそうです。ただ、その国では天気が曇っていることが多く、晴れているところから来た留学生たちは鬱になる人が多いそうです。しかし、同じイクシオリリオンからの留学生であっても、縁海側地域出身の学生は鬱にならなかったといいます。理由を聞いてみると、地元と天気が同じだったから何とも感じなかったと。データはありませんが、そのような話を聞きました」


「素晴らしい。とても興味深い意見です。ありがとう。では次にルヴィアス」


 ネムがほっとして席に着くのを見計らってから、ルヴィは立ち上がった。


「同じイクシオリリオン出身なので、視点を変えて。イクシオリリオンの植生の分布と文化圏について紹介します」


 すると、植生が専門のメールリ教授は顎に指をかけてこちらを見上げた。

 顎を引いて発言を続ける。


「イクシオリリオンの植生は、4つに分けられます。亜寒帯林、温帯林、暖帯林、亜熱帯林です。まず亜寒帯林は、北部および本州の高地に分布しています。植生は針葉樹林です」


 エゾマツやトチノキなどの針葉樹林が多い。


「次に温帯林は、東北を中心に広く分布しています。ここは落葉広葉樹林が多いです」


 ブナ、ナラ、ニレ、カエデなどを主体とする落葉広葉樹林だ。


「三つ目に暖帯林は、西南部を中心に広く分布しています。常緑広葉樹林が多いです」


 カシ、シイ、タブノキ、ツバキなどを主体とする常緑広葉樹林だ。

 葉の表面のクチクラ層が発達した植物が多く、照葉樹林ともいう。


「四つ目に亜熱帯林は、南西諸島に分布します」


 ここはマコウ、ソテツなどからなる。

 外つ国では厳密に生物学的に異なる植物も同じと扱われることが多々あるので、植物の種類を出すことはせずにいたが、メールリ教授はその部分すら見通したようで、面白げに頷いた。


「イクシオリリオンは植物を細かく分類しているのが素晴らしい。森林と共に生活してきた民族ならではの習わしだ。アクイレギアの植生についても、ぜひ詳しく見分ける学者と再度行えば、まったく違ったものが見えてくるともいわれているよ」


 森林と共に暮らしてきたと言えば、古代のオウクで暮らしていたドルイドたちがそれにあたるだろう。


「これらの植生ですが、古代イクシオリリオンの文化圏を決定したという考え方があります。これはヤスダ・スズキの風土論、ナカオ・ササキが展開した照葉樹林文化圏などで主張されています。ナカオ・ササキらは古代、西南部で展開した照葉樹林文化と東北部で展開したナラ林文化とを対比することで、イクシオリリオン文化の源流を示そうとしました」


 レジュメを見ながら語る。


「照葉樹林文化の特徴は、水稲・陸稲などのイネの栽培、餅食、麴酒・納豆などの発酵食品などの利用、茶・漆の利用など、イクシオリリオン文化の主流に発展したと言及しています。対して、ナラ林文化の特徴は、アワ・ソバの栽培、サケ・マスの漁労、クルミ・トチなどの大型堅果類・球根の採集、海獣・シカ・クマなどの狩猟、竪穴住居と定着的村落など、12から13世紀に崩壊した古代文化の特色が強い文化であったとしています」


 そこまで語ると、メールリ教授はにっこり笑う。


「イクシオリリオンには古代文明があったという研究はアクイレギアでも注目されてきた。ルヴィの紹介してくれた説からすると、イクシオリリオンには、現代の文化に続くような原型となる文化と、失われていった文化とが、気候や植生によって分かれていたものの同時期に存在していたとみることができるね」


 この説は初めて耳にしたよ、と何度も頷く。


「ルヴィの紹介してくれた説を強化する研究は、僕も幾つか聞き覚えがあるから後で皆にも送るとしよう。では、手短になってしまったが、時間が来たようだ。次の議題の提示と、発表担当者を割り当てたので確認をしてから退出するように」


 今回は、質疑応答の時間はとれず、発表のみとなった。

 ネムはほっと胸をなでおろしているが、ルヴィは他のメンバーの意見を聞いてみたくて名残惜しかった。

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