19 メイクアップ
「あーあ、保護者に先越されちゃったねえー?」
机の裏にくっついたガムのように離れない二人が講義室を出ていくのをそのまま見送るのを、さらに引いた画角から様子見する。
「……放っておけ。今夜のナイトパーティーに送れるんじゃないぞ、遅刻魔」
見た目は悪くない。刈り込まれた黒髪に太い眉は凛々しく見えるし、スポーツかジムで鍛えた体はぴちぴちのシャツの上からでもはっきりとわかるくらいにはボディメイクされている。一重なところも、エキゾチックで東洋人嗜好の女たちには受けがいいだろう。……なのに、まあ、見込みのない相手に恋しちゃってるわけだ。
「ジャカランダタイムってのがあるんだよね」
軽口をたたきながら、肩をすくめる。
ダークブラウンの瞳に睨まれるが、本気ではないことは分かっている。
じゃれあいだ。きつい言葉も挨拶代わりだと気づいてからはなんでもない。
そこへ、割って入る声。
「開始時刻を教えてもらわないことにはね」
お義理かおまけかといった具合に声をかけた同じグループのマイクだ。ニット帽を被っていて、伸びた髪が外向きにはねている。金髪というには色が薄くて、華がない。いつも笑ってるけど、誰にでも合わせるから、アンドリューは嫌いみたい。だからアマンダも好きではない。ただ、アンドリューは今回誘った手前、ため息をついて嫌そうに説明をする。そんなだったら、誘わなきゃいいのに。そんなアンドリューを横目でちらちらと見ては俯くジェシカ。
……みんなバカだなあ、というのがアマンダの所感だ。
「ジェシーの家ってここから近いんだっけ? 実家暮らしだよね?」
言われた地区は、アンドリューのマンションと真逆だ。ここにいるアマンダ、アンドリュー、ジェシカ、マイクのなかで、車を持っているのはアンドリューしかいない。けれどもその距離では地下鉄乗ってくる方が早い。車を送迎するようそれとなく頼むのも無理があるだろう。
「あのさ」
安物の鏡を複数駆使してなんとか後ろ髪まで見せる。
「こーれでおっけい」
明るいブラウンの髪は解かすのに苦労した。そばかすを消すファンデーションを使って、艶肌にする。黄種のアマンダとは違い、白種の肌には数段明るいトーンにするのに絵の具のように色を混ぜなければならなかった。
「……ありがとう、アマ」
礼を言われるが、手を振るにとどめる。
「いいって。白種はうらやましいよ、ちょっとメイクするだけで映えるんだからさあ……」
整形が盛んなジャカランダにおいて、外出用の顔を作るのは、まるで芸術作品を生成するのと同じ作業だ。平面的な顔に影をつけ、光を当て、線を足して、絵を描く。
「茶色の髪に、小さい薔薇も似合ってるよ」
正直に言うと、白いドレスに合わせた白薔薇のブーケの花飾りはまるで結婚式に出るかのようで、見た時どうしようかと思ったが、生花のブーケは分解して小さく髪に刺し留め、パーティー風にした。そばかすも染みもない肌に、ほんのりチークを足せば、絵画から出て来たような古めかしいお嬢様になる。本当に、白種は得だ。
「アマのおかげだわ。……アマもその髪、素敵よ」
「今夜のパーティーのために、脱色したんだよね」
二時間かけて、金髪にしてみた。
メイクは堀が深くなるよう、影も光も足した。
「誰に見せるってわけでもないのに、ジャカランダでの癖が抜けないんだよね」
行き過ぎたルッキズムに罹っていると取り上げられたりするけど、完璧を目指すことの何が悪いか分からない。鏡を見て毎日自分に失望するくらいなら、整形してうっとりと自分の顔を眺めたほうがいいのではないか。
毎日の髪のセットやメイクの出来に一喜一憂する同級生たち。
一番の美人の座を競って、美容整形院に駆け込む姿を思いだす。
その鬼気迫りぶりからすると、容姿に自信のない女の子の背中を押すくらい可愛いものだ。
「なに、不安なの?」
「……うん」
アクイレギア人は弱みを見せることを嫌う。だから、ここで頷いたのは、事実でもあるだろうけど、それほどの不安を抱えているわけではないということ。まあ、妥当だろう。
「今日のジェシーはあたしが作った最高傑作ジェシーなんだよ?」
「う、うん」
ジェシカだけでこのクオリティに持ってくるのは不可能だ。
お守りだって用意している。それに。
「勝負かけるなら今だって分かってるよね?」
恋敵が不在という好機。
散々けしかけて、やる気を出させる。
好きな人にアタックするのははじめてという奥手な友達は今までになかった。アマンダにだけ打ち明けてくれたことはとても嬉しかった。
友達のジェシカのアプローチが成功すればいいという気持ちは本当だ。コミュニティに迎え入れてくれた恩人であるアンドリューが満足する結果を望むのも本当。それぞれが望む対象も形も違うけど、どっちも好きだから応援する。
どっちに転んでもいい。
着飾った状態で街路に出る。
アパートの前は、ネオンの明かりが遠い、静かなところだ。
学生寮が密集する地区は、意外と静かだ。周りに何もない。
「あ、来たよ」
道に寄せて止まる一台の車。
アンドリューの横にはマイクが座っていた。
思わず舌打ちしそうになったが我慢する。
アマンダの新しく友達になった子はとても繊細だから。
「行こ、ジェシー」
おずおずと握り返される手を引っ張って乗り込む。
対角線上になるようにジェシカを座らせる。
これで運転するアンドリューから見えるのはジェシカだ。
――勇気を出す魔法の粉は断ってきたから、アマンダがもう打てる手はない。
こくりと頷くジェシカは、目の横を触りかけてはっとする。
今日は眼鏡じゃないのを忘れていたんだろう。
いつもは瓶底のようなガラスの奥にある瞳で一心に、ハンドルを握るアンドリューの斜め横の顔を見つめる。運転をしているアンドリューは当然のことながら、前から目を離さない。
「あの……アンドリュー、迎えに来てくれてありがとう」
「こいつが図々しく頼んできたからな」
鼻を鳴らして、アマンダにじゃれてくる。
だからそういうのは悪手だというのに………。
でも気にかけてもらえてうれしい。
「いいじゃん、両手に花だよドリュー?」
「誰が花だ」
うれしくなって絡んでいくと小気味よく返される。
その横で、ジェシカが俯く。
こんな軽口に落ち込むなんて。
「……ごめんなさい。迎えに来てもらって」
本気に取ってバカみたい。
びくびくしちゃって仕方ないの。
「あ? 何がだ? 招待したのはこっちだぞ」
ほら、軽いジョークの応酬だ。
さっき言ったことの内容をいちいち考えて、一喜一憂するなんてバカだ。
「僕も拾ってもらってありがと、しかも一番最初にさ」
「近くだっただけだ。そうじゃないなら、こっちの麗しい女たちを先に迎えに行くさ」
軽い言葉なのに、自分に掛けられたようにチーク以上に頬を赤くする。
こんなに分かり易くて大丈夫なのかと思うけど、アンドリューは気づかない。
おもしろいけど、わらえない。
ほんと、バカばっかり。
でも嫌いじゃない。
「お前、だいぶ羽振りがいいようだな?」
「それ、自分で言う? アンドリューもそうだってことじゃん」
「当たり前だ」
アンドリューとマイクとの会話はどこか白々しさがある。
アンドリューはへらへらしているマイクが嫌いだと思っていた。
でもちょっと警戒しているときがある。
何にだろうと目を細めて様子を見ていると、手に温かいものが触れた。
「………アマ、ありがとう」
何のお礼だろうと思って考えた時、さっきのアンドリューの言葉だと分かった。麗しい、だなんて使い古された定型文なのに、まじめに受け取って、こんなに切なそうに微笑む。……バカだけど、バカって言いたくない。アンドリューはほんとにバカ。でも、上を見ているようで、ちゃんと周りもみてる、そんなところに救われたから。
「ううん。どーいたしまして」
みんな値札のうえからアマンダを見てる。
アマンダの価値はそこにしかないから。
はじめてアマンダを見てくれた人たちに、いい結果を受け取ってほしいい。
――どっちに転んでも構わないといったけど、それは正確じゃない。
どっちに転ぶことはないと分かってるから。
「こーいうのって第三者から見たほうが分かるってことだよね」
いつもは割と聡明なのに、視野が狭くなる二人は似た者同士かもしれない。
そんな風にふたりの様子を見守るアマンダを、さらに見ている視線。
その時は気づかなかった。




