第七話 初めてのマギア
結局、僕は経験不足からか、魔法が形にならず、使うことができなかった。
このままじゃあ大切な猪肉が食べられなくなってしまう……。
いや、熟成とかは聞いたことがあるし、それをした方が美味しくなる事もわかってるけど、僕はそれの仕方を知らない。
濡れ烏に魔力を通せば知識は入ってくるけど、今ミヅハとルプスに食べさせたいのは、僕が今できる最善の方法での料理だ。
深層意識の中でミヅハに言われるまで忘れてたけど、僕は料理人じゃない。
多少料理ができる一般人だ。
人並、という言葉がしっくりくる。
その状態で作る料理を、僕が今できる最高の料理を、食べさせたいんだ。
二人から僕の料理を美味しいと言ってくれたことが、すごくうれしかった。
孤児院でも言われてたけど、何か違う感じがしたんだ。
心の距離が近い人、本音でしっかり接してくれる人。
そういう人は、孤児院ではあんまりいなかったんだよなあ。
アルトくらいかな。
おどおどしつつも、しっかりと自分の意見を言ってくれた人は。
トムラはなんでもうまいうまいって言って食べてるし、何か苦手なものがあっても、無理して食べて旨いって言って、食事の場を明るくさせるために振舞っていた。
野菜、それも根菜が凄く苦手なくせに、涙目になりながらうまいって言ってた。
ちゃんと食わないとでっかくなれねえぞ、なんてちびっこたちに言いながら。
ミーナは、自分の意見を言うけど本音を隠しながら言う印象だったなあ。
おいしいんだけど、もうちょっと塩気があるほうが私には合うかな、とか、この子にはちょっと甘すぎる気がするんだけど、みたいに、濁し濁し言っていたなあ。
アルトだけ、これ美味しい、美味しくないって、短いながらも率直な感想を言ってくれた。
そして、自分でも好きな料理を自分で作れるようになりたいって言って、自分で包丁とか撹拌機とかを持ってた。
ミヅハとルプスは、全部言ってくれる。
魔法の縛りのようなものがあるからなのか、ルプスの旨いって言った言葉は本当に旨いって言っているのが感じ取れたし、ミヅハに至っては、もう僕と一心同体だ。隠し事なんてできやしない。
僕は隠し事はできるだけしないようにしてるけど、何でも知ってるミヅハには隠し事なんて通じるはずが無いから、もうこの二人には嘘とか隠し事とか無く、本音のみで接しようと決めた次第だ。
まあそんなこんなで。
僕は魔法がまだうまく使えない。
ミヅハはやり過ぎる。
残るはルプスのみ……。
……そうか、マギアだ。
ルプスの毛は白。
間違いなく寒色。
水も冷気もお手の物だろう。
頼むっきゃないな、これは!
「ルプス師匠、マギア教えるから、猪の血を洗い流してよ!」
「ん? 俺がマギアを? 一応魔獣だぞ、俺は」
「大丈夫大丈夫。ちょっとミヅハの記憶を見させてもらったんだけど、ルプス師匠にも深度ができたんだって。まあ、深度が無くてもマギアは使えるけども」
「深度……ほう、俺は人に近くなったのだな。何とも便利な存在だな、獣人とは」
「すごい存在を創っちゃったもんだよ……まあ、それはそれとして、マギアについて説明するよ」
マギア。
体から精製されるマギを、呪文で固めて形にする手法。
一通りの呪文は知ってるし、知らなかったら濡れ烏に聞けばいい。
まずは、マギを認識するところからだね。
「んーとね、ルプス師匠。お腹の、へその下あたり。そこらへんからマギができるらしいんだけど、その感覚はわかる?」
「ふむ……いや、わからんな。もともとは無かったものを感じろというのは、厳しいことを言うな」
「あー、そっかあ……まあ、ちょっとマギを流してみるから、ちょっと手、借りるね?」
うむ、と言ってルプスは僕に手を差し出してきた。
大きくて逞しい手。
大人って感じの手だな、なんて思った。
僕も大きくなったらこんな手になれるのだろうか。
誰かを守れるほどの、強くて、大きな手。
憧れちゃうなあ……。
そんなことを思いつつも、僕はルプスにマギを流し込んでみる。
初めは顔をしかめていたルプスだったけど、次第に慣れてきたのか、自分の中にあるマギを感じてきているようだった。
「……今までは力で何とかしてきたが、こういう手法も取れるとなると、戦術も広がりそうだ。 それで、アルメリア。このマギとやらはどう使えばいいんだ?」
「呪文を唱えるだけだよ。氷結系、水流系はあんまり習ってないんだけど、基本的なのならわかるよ。これから色々手伝ってほしいものがあるかもしれないから、それは今後の課題だなあ……」
そう言いながら、孤児院で習った水流系、水属性のマギアの呪文を思い出す。
水、流れ、噴出……?
「ペロー・インネールオ? っだったかな? ねえ、ルプス。ちょっと空に手を向けて、さっきの言ってみてよ」
「ぺるぉ……? なんだ? もう一回言え」
「ペロー・インネールオ!」
「ぺろーいんねーるお?」
「ちょっと待っ今唱え」
途端にルプスの手から噴出する水流。
何も準備も期待もしていなかったであろうルプスの右腕が上に噴射される。
よほど適性があったのだろう。
予想以上の水量、威力で噴射されたそれは、瞬く間に辺り一面を水浸しにして、猪の血やら内臓やらを吹き飛ばし、何なら肉も吹き飛んだし、ついでにルプスはどこかに飛んで行った。
……なんだろう。この虚無感。
たった一瞬の出来事だった。
それですべてが無くなった。
加減というものを教えなかった僕が悪かったんだ……そうだ……これは僕が悪いんだ……。
「肩……肩というより前足の関節が外れた……全部……」
そう言いながら、ルプスがよたよたと戻ってきた。
「ごめん……僕が悪かったよ……全部言ってからがよかったね……ごめん……」
申し訳なさと後悔が一気に押し寄せてきて、泣きそうになってしまっている。
男は泣くなとはよく聞くけど、こんなことしちゃったら男も女も関係なく泣くんじゃないかな……。
「いや、今回は俺も悪かった。慣れない力をむやみに使おうとした結果だ。確かにアルメリアも悪いところがあるが、不注意だったのは俺もだ。気にするな」
右腕をぶらりを垂らしながら、濡れてぐしゃぐしゃになった髪を左手で撫でてくれるルプス。
……優しいなあ。
こういうのも、家族なのかなあ。
溢れてきた涙をこらえながらルプスを見ると、結構つらそうな顔をしていた。
……そういえば右手の関節外れてるじゃん!
「ミヅハー!!!」
……まあね、こうなるだろうとは思ってたよ。
クラオカミをアル君が創ってくれた鞘に納刀しつつ、ほわっと笑いながら、私はそう言った。
「ミヅハ殿! 申し訳ないです……! 俺が不甲斐ないせいで御身足を泥で汚してしまい……!」
「いーのいーの! それより、右手の関節、見せて? んー……痛みは結構ありそうだけど、獣人だしなあ……治すの痛いけど、耐えられる?」
「悪魔……いえ、竜との戦いの時に負った傷よりは平気です。やってください」
「あーい。じゃあいっくよー。いち、にの、さんっ!」
ボクンっと音がして、肩の関節をはめた。
続いて、肘、手首、とはめていく。
幸い、手のひらは何ともなかったみたいで、何もしなくても大丈夫そう。
「っつー……これは、経験したことのない、痛みですね……」
「んー、どうなんだろうね? 魔獣の時も脱臼とかあったかもしれないし、体のつくりが変わったから、そう感じるだけになったのかもしれないよ? 痛みに敏感になるっていうことは、それだけ危機感もあがるってもんさ!」
そういうものですかね、と、ルプスは言う。
まあね、私も知識としては知ってるけど、痛みの強さは10段階でこれくらいー、みたいなのしかわからないわけで。
実際に痛みを感じたことが無い私には、痛みと言うものの強さがわからないんだよね。
「あとは動かさないようにして、んーと、これか、あった。これをこうして……はい、怪我人のかんせーい!」
美丈夫がアームスリング付けてるの見るの、面白いなー。
「なるべくそっちの腕は、前足? は動かさないようにしてね!」
「ありがとうございます……何から何まで……」
「いーのいーの! その代わりなんだけど、なんだっけ、あの猪……そう、黒毛大猪だ。そうだそうだ。それの居場所、教えてくれない? ちゃちゃっと狩ってくるからさ」
「でしたら俺が」
「安静にしてろーて! 私も体動かさなきゃなまっちゃうしね。んで、どこら辺?」
こういうのは教えてもらった方が面白い、と、私は思う。
知りたいと思ったことが何でもわかっちゃうのは、すごく便利だけど、つまらない。
例えば、宝くじとか。
あれは当たった時の衝撃とか、当たるまでのドキドキ感を味わうものであって、初めから番号を知ってしまっていたら、どうせ当たるし、何円かー、くらいで終わっちゃう。
お金は必要だけど、必要分以上持ってても宝の持ち腐れだ。
厄介事も増えるしね。
てなわけで、私はルプスに大猪の居場所を聞いて、安静、安静にとルプスに言い聞かせ、今いる水たまりから抜け出した。
……正直、ルプスには感謝してるんだよねー……。
くっついてた血とか色々、水で吹き飛ばしてくれたし……。




