取り敢えず一日目が終わります
あれからマグリットとフレデリックは、ずっと挨拶回りでちっとも夜会らしさを堪能する事はなかった。
帰り際に「ダンスを踊りたかった」とフレデリックに言われてやっと、ダンスを踊る事を忘れている事に気付かされたくらいである。
一年程マグリットが行方不明であった事や、ドレスの入手先であったりと周りの者達は聞きたい事だらけであった。
しかしそれはやはりのらりくらりと誤魔化したのだが、それでもドレスはマグリットが用意した物で公爵家は実は一切関与していない事を家族に大っぴらにされてしまった。だからこそ余計にしつこかったのだが。
疲れた、と自室で一人ベッドに腰掛ける。
こんな時はゆっくり眠れたらな、と思うも眠気は訪れない。
ベッドに座りながら、大きな窓を見て夜空を眺める。
夜会とはいえ一晩中では無い。それでもかなり遅い時間までやっている事もあり、家に帰り着いた時間はかなり遅かった。夜が明けるのも時間の問題である。
この三日間は夜会に出る女性は皆、寝不足と戦う。夜は遅いのに貴族の女は支度に時間が掛かるのだ。仮眠程度しか眠れない。
疲れを顔に現れないように、普段以上に支度に時間がかかるのは仕方が無い。
考える事は数あれど・・・・・・
まずは自分の気持ちをハッキリとさせないといけない事を、マグリットは気付いている。
今後、どうしたいのか。
今までは死ぬ以外の事を考えもしなかった。
だからこそ、その後なんて考える必要も無かった。
けれど、きっと今回は違う。
もし上手くいかなかったとして、死んでしまったとしても。
これはきっと避けてはいけない事。
これからのこと。
断罪があろうが、なかろうが。死のうが死ぬまいが。
マクシミリアンに輿入れし、そのまま皇太子妃になりいずれは皇后陛下となるのか。
貴族社会から出て、ギルド員として過ごしていくのか。
婚約破棄、解消して別の貴族と婚約するのか。
貴族社会から出て、ギルドも辞め、そもそも帝国から出て行き、全く別の生き方をするのか。
それとも、フレデリックの手を取るのかーーーーー
小さな音でトントンと、ノックが聞こえる。
マグリットが寝ているかもしれない、という配慮であろう。
マグリット的に問題無かったため、尋ね人を招き入れる。
「お兄様。こんな遅い時間にどうされましたか?」
「マグリットこそ、早く寝ないと流石にキツいのでは無いのか?」
「あら、女性だけでなくとも男性も支度に時間が掛からない訳では無いのですから、お兄様こそ早く寝た方が良いのではないのですか?」
「それでも御令嬢達と違って、朝早くから用意する訳ではないからね。」
それは大丈夫、と微笑む。
何の用事かはわからないがわざわざこんな時間に訪ねてくると言う事は、立ち話で終わるようなものでは無さそうだとアタリをつける。
アレクを部屋へと招き入れる。
お酒にしますか?と聞くも辞退され、いつも通り紅茶を淹れて差し出す。ありがとう、と一言。ひと口飲んで、はぁ、と疲れたように溜息を吐く。
疲れているのならわざわざ今日訪ねて来なくても、と思うも何か思う事があるのだろうと敢えて口を出さず、アレクが話し出すのを待つ。
「聞かない、とは言ったんだけど・・・・・・どうしても気になって。」
何の話かと一瞬考えるも、最近同じような台詞を聞いたな、と思い出す。
幾ら何でも、マグリットの傷がアラクネからやられたなど荒唐無稽過ぎてスルーすると期待したのだが無理だったようだ。
アレクはマグリットの強さの片鱗を見た。
だからこそ逆に、断定してしまったのだろう。
「その傷、アラクネだね?」
疑問系ではあったが、確信を持つ強い口調であった。
嘘を吐くのは簡単だ。
騙せるかどうかとなると、話は別だが。それでも、嘘はあまり吐きたくないのが本音で。
言えない事があれば、嘘よりも黙っている方を選ぶ。どうしても無理な場合は嘘も厭わないのだが。
「どうしてそう思われたのでしょうか?」
「逆にそう思わない、とでも思ったのかな?」
「・・・・・・思いましたわ。
アラクネなど遭ってしまったが最後、普通なら死ぬ以外にはありませんもの。」
「そうだな、普通はあり得ない。
騎士団総出で倒すようなレベルの魔物だ。」
だが、と傷口があるであろう場所を指差して「その傷は間違いなく、爪痕だった。」と呟く。
「爪など、様々な魔物が持っている物ですわ。」
「けれど爪に毒がある物は、実はそうは居ないんだよ。」
君の傷口は毒を持った物だった、無表情で今は服に隠れて見えない傷口を睨み付ける。
「何故毒があると?」
「傷口の特徴が、毒がある物であったからだ。」
いつの間にそんな細かい所まで見ていたのかと、あの時は傷が有る、というだけに意識が向いているものだと思っていた。
だが実際は確かに、毒を受けたせいか傷口が少しだが黒くなっていた。汎用性のある解毒薬での応急処置程度では、それさえも消えなかった。
アラクネの糸を使ったドレスを着た事もそうだが、そもそも毒に気付いていたと言う事は、恐らくは疑ってはいたのだろう。
自分よりも圧倒的に強いマグリットに、傷を付けた魔物がアラクネであろう事を。他にも居ない訳では無いが、候補として上がっていたのは間違いない。
「もし、アラクネだと言ったところで何か?」
「いや、何かある訳では、無いんだ。
ただ、知りたかった。」
秘密だと、言われた。
その勝負に負けたのだ。本来ならばこの詮索も、ルール違反で。
それでも、確認したくなってしまった。
「ご想像にお任せ致しますわ。お兄様。」
是も否も言わない。
何かを言えば、なし崩しに全てが露見するかもしれない。
だから、言わない。
そもそも傷口がどうやって出来たなんて、言う必要性も感じない。
冷たい、のかもしれない。
それでも全てを伝える必要は、どうしても感じないのだ。
「・・・いや、すまなかった。
僕が、悪かった。聞かない約束だったのに。」
その言葉に、マグリットはフルフルと首を振る。
伝える必要は感じてはいない、が。
「心配は、嬉しいものです。」
心配されるのは、嫌じゃないのだ。
別に秘密主義な訳では無い。
いつかは、何もかも伝える事が出来る時が来ればいいのに、とも思ってはいる。
全てが終われば、素直に家族と接する事が出来るだろうか。
今はまだ、やっぱりまだ自分が死ぬ未来から逃れれたとは思えない。
だからこそ、家族とは距離を取る。
謂れの無い罪が、家族を巻き込まない様に。
「君が嫌がっても心配するよ。
僕のたった一人の妹、だろ?」
御馳走様、と席を立って部屋を辞する。
恵まれてるな、と思う。
婚約者以外は、恵まれていた。
やはりマクシミリアンと婚約を続ける、と言うのが一番無いな、と思う。
好き嫌い、だけでなく。
結婚など貴族にとっては契約だ。
信用出来ない人物を、契約の相方にする事は出来ない。
魅了に掛かる以前の問題だ。
歩み寄る努力さえなかった人物と、この先歩いていけるとはどうしても思えない。
ひとつだけだが、前進したと胸を張ろう。
さて流石に少しでも寝ないと不味かろうと、ベッドへと潜り込む。
長い眠りでは無かったけれど。
久しぶりに夢も見ずに、眠れた。




