〜sideフレデリック 馬車の中
父である皇帝陛下にマグリットのエスコートを代わりにしてやれと言われた際、一瞬の動揺が顔に出てしまったのは失態であった。
その一瞬を目敏く見た皇帝陛下は、ニヤリと底意地の悪い顔で嗤う。
しまったな、と思えど取り返しは付かないし、誤魔化せる気もしなかった。それでも俺自身では今のところどうこうしようと思っている訳では、無い。
柄にも無く、マグリットへエスコートの件を伝える時は言い淀んだ。自身で、らしくないなと苦笑した。
そもそもマグリットの前では、いつもの様に皇子然とした態度がどうにも取れない。
それでも用事がある体で連絡を取る事が出来た事を、卑しく喜んでしまった事は否定出来ない。
マグリットとの会話は、自分が皇子としてでは無い一人の男だと実感するのだ。自分と対等に普通に話をする人物など、居ない。
父も母も、当然弟でさえも。
それが居心地が良い。
折角エスコート役を承ったのだ。どうせなら三日間全部やりたいが、どうだろうか。
マクシミリアンの行動が今までと違うだけに、読めない。
だが普通、三日間全て同じ人物と夜会に出席するのは暗黙の了解だ。それを覆す時点で、帝国の貴族として有り得ない。
有り得ないが、マクシミリアンならそれを平然とやるに違いない。
マクシミリアンが今回エスコート役の変更を願ったのは、マクシミリアンの本音からなのか、魅了の効果なのかは正直ハッキリとしない。
マクシミリアンの心の中を覗ける訳もなく。
覗けた所で、マクシミリアンにさえどちらか判断は付かないのかもしれないが。
さて、どう出てくるのか。
此方は、どう出るべきなのか。
此処で、変に波風を立てるべきでは無い。
まだまだだ。
此処でマクシミリアンを切り捨てたとて、恐らくはトカゲの尻尾切りとなってしまう。
ジェシカ=ウェルズリー男爵令嬢に魅了を渡した者でさえ、捕らえる事も出来なくなってしまう。
他にもこれから起こる事を知っていたとて、現在ではまだ起こっていない事柄に証拠などありはしないのだ。
何もしていないのに、罰する事は出来ない。
それでも。それでもマクシミリアンがマグリットのエスコート役を返せと言ってきたならば、俺はどうするべきなのだろうか。
本音は、間違いなく。
譲りたくなど無い。当たり前だ。
マクシミリアンに譲ってやる義理など、無い。
マグリットの意思を尊重したい、とも思っている。
マグリットがマクシミリアンを嫌っているのは、知っている。知っているが、立場上マクシミリアンがマグリットの手を取れば、拒否は出来ないであろう。
わかっている。そんな事は分かっているのだ。
俺でさえ公式の場であれば、マクシミリアンに真っ向から対立出来る立場ではないのだから。
それでも、マグリットが嫌だと口にしてくれたなら。
俺は間違い無く現在の立ち位置を無視してでも、マグリットの手を取るだろう。
俺がマグリットをどう思っているのかは、あの聡いマグリットが気付いていない訳も無く。と言うか、俺自身も隠す気も無いんだが。
隠す気はないが、今のところ明確にするつもりもない。
マグリットの気持ちが、俺と同じ温度で無いと知っている。相手の心情を読むのが得意なのはお互い様。
伊達に皇子をしている訳ではない。
しかし触れたい、という欲求をどうしたら良いのか。
別に初めての女でもあるまいし。気付けば手を伸ばしていたりする。
マズイな、と思えど無意識だからどうしようも無い。
俺と同じ温度ではないかもしれないが、俺が触れる事に拒否感は感じない。
少しずつ少しずつ慣れていけば良い、と思うのは烏滸がましいか。
それでも他人の目を気にせずにマグリットのエスコート役をする事になるとは、思っても見なかった。
今まで社交場で、マグリットとはダンスひとつ踊った事も無かった。
マグリットだから、とかではなく。社交は挨拶回り等はしていたが、ダンスまでは余程で無い限り、誰とも踊らなかった。
少しでも未婚の御令嬢に、期待を持たせたくは無いと言うのが一番の理由。
今まではそれで問題もなかったし、俺自身ダンスをひとつの手としてまで、親睦を深めたいと思うような人は居なかった。
まさかそう思う相手が現れるのも予想外だが、それがマグリットとは夢にも思わなかった。
ギルドでの活躍も聞けば聞くほど、本当は心配で。
強いとは聞かされたところで、強さをこの目で見た事がある訳では無いし。
そもそも理性と感情は違う。どんなに強いと聞き及ぼうが、心配は心配なのだ。
一度強さを見れば心配しなくなるのかと考えた事もあるが、見る機会など普通に与えられるとも思えない。もし見る事があるとすれば、それは襲撃された時くらいだろう。
そんなのは全くもって、望んではいない。
魔法を使っているのは見る。騎士団や皇家所属の魔法部隊でさえ滅多に居ない程、滑らかに魔力を扱うのは純粋に凄いと思っている。
帝国には貴族令嬢に、戦いを教えるなどの習慣は無い。
マグリットに聞けば、公爵家はその典型であったと思う。魔法を使うための本が一切置いていない、と言っていた。
つまりマグリットは学園入学前の貴族時代までは全く魔法を扱うことが出来なかったんだ。魔力コントロールは習っていたとしても。
幾ら何度もやり直しを繰り返しているのはいえ、マグリットは三年程を繰り返している程度で、それでそこまでの練度に上げる事が出来たのは、本人の努力とやる気。それに間違い無く、魔法の才はあるんだろう。
それでも、何かと戦うと言う事は予想外の事が起こらないとも限らない。怪我がどうだとかは聞いた事も無いし、聞く必要も感じていない。それでも、無事な顔を毎日見て安心している、なんてマグリットは考えた事も無いんだろうな。
一層の事、閉じ込めて何処にも出れないようにすれば。なんて出来ない事を考えが過ぎる。
そもそもあんな移動手段を持ったマグリットを、閉じ込めるなんて考える方が馬鹿らしい。
馬鹿だ馬鹿だと思えど、そんな考えを捨てきれない俺は愚かで。
一度でもマグリットが俺に手を伸ばせば、おそらく俺はそれを手放せない。
あぁ、もうすぐ公爵家に到着する。
着飾ったマグリットを見るのは一体いつ振りになろうか。
元々は興味が無かったから確認する事も無かったのだが、今回の夜会での楽しみのひとつで。
間違いなく、綺麗なんだろうな。
そもそもが社交界の華、と呼ばれる程の淑女なのだ。
そんな女性をエスコート出来るとは、光栄の極みだな。




