取り敢えずデートです
魔物の大量発生は相変わらず続いていて、マグリットの本音としては学園に呑気に通っている暇は無いのだが、流石に此処まで来て通わないなんて出来ない為、少しでも時間が出来れば魔物討伐に繰り出すのだ。
やはり大量発生は、今までのやり直しの中では無かったのでは無いか、と最近思うようになっていた。
此処まで多く魔物が出ているのを、ギルド側がずっと黙っていたとは思えない。
現在は皇帝陛下にフレデリックまでは知っているものの、未だに民、いや、貴族にさえ周知されてはいない。
それはひとえに魔物を処理し続けているギルド員が居るからであるのだが、正直それもいつまで続くのかはわからない。
今の所、確かに帝国で発生しているものの、帝都などの大きな街では魔物の発生はしていない。けれどそれも、時間の問題だろう。
そんな状況にも関わらず、マグリット達が三年になっても学園では何も変わらない。
マグリットの側でジェシカが泣き、マクシミリアン以下側近達が来る。
しかも羽根ペン以降、物が壊れたと泣きついて何かしらマクシミリアンに買って貰っているようで、何故か視界の隅でいつも自慢するかのように話している。
羽根ペンから始まり、インク壺、ノート、教科書と学園内で使う物だったのが、ネックレス等の装飾品になっていくのは、流石に黙っていて良いのだろうかと悩む。
ジェシカに買い与える為のお金は、皇宮が管理する物である。それをさも、自分のお金の様に使うのは頂けない。
かと言って、わざわざマグリットが直接マクシミリアンに注意を促す必要があるかと言われると、正直首を傾げる。
フレデリックや皇帝陛下から、伝えてもらう事も可能である。
口を出すべきか、黙っているべきか。
溜息を飲み込み、三年になった為、新しい教室へと入る。
面子は特に変わらない。
わかっているのだが、マクシミリアンが同じ教室に居て、常に敵意を向けて来るのは、余り気持ちの良い物では無い。
今までならマグリットが居れば、取り巻きとばかりに様々な御令嬢が纏わりついていた。
しかしジェシカを虐めているという噂が本格化するに従って、取り巻き達もマグリットと距離を取る様になった。
マグリットよりもマクシミリアンを敵に回す方が、不利だと思ったのだろう。
本音を言えば、マグリットにとって一人になる時間が増えた事は、悪いことばかりでは無い。
今では以前に比べ、一人の時間の方が圧倒的に多い。そうなれば、自由に動ける時間も増える。
時間を見つけては依頼を熟し、ギルドへと報告し、情報収集をし、皇帝陛下に報告など、少しの時間も無駄にする事は無くマグリットは動いていた。
相変わらずマクシミリアンが居る事もあり、担任の先生も変わらない。
つまりはフレデリックが現在、クラスの生徒の前で今後の予定なんかを話している。
「ーーーーーーつまりは、今年は新入生歓迎パーティーが行われる。」
新入生歓迎パーティー??とクラスの生徒の殆どが疑問を顔に浮かべてフレデリックを見る。
学園が始まって以来、一度だってそんなものが開催された事など無い。疑問に思うのも当然である。
フレデリックが理由をツラツラと述べていたが、余り理由になっていないような気がするのだが・・・と思うものの、パーティーという事で、楽しそうにしている者も多い。
この学園、通うと拍が付くのだが中々に厳しく、娯楽も少ない。
それもあり、浮かれるのは致し方無いのかもしれない。
(新入生、歓迎、パーティー、ねぇ?)
チラリと誰にも気付かれずに、マグリットはマクシミリアンを見る。
こんな無茶なイベントを捩じ込める者など、限られている。
何を思ってこんな事をしようと思ったのか、どうせ碌な事では無いのだろうとは思うが、さてどうなるのやらと、呆れた顔を手のひらで覆って隠す。
マグリットは一人、移動教室のため歩いている。
学園内でこうして一人っきりになるのは、今世が初めて。
ジェシカの芝居が、マクシミリアンの悪意が今まで以上なのが原因だろう。
一人になって寂しいか寂しく無いか、と聞かれたら気にもならない、というのが正直な気持ちである。
所詮、貴族同士などこんなものだと、身を以て知っている。
今世では確かに、親しい人を作っていた訳では無い。
それでも、ずっとそうだった訳でも無いのだ。
何のしがらみもなく、市井で友と呼べる者がいた時だってある。
戻りたくなる時だって、ある。
マグリットはフッと立ち止まり、外の景色を眺める。
皇后陛下になる事に、異論は無い。
けれどこの学園という場所は、閉じ込められているようで、息もし難い。
少し、サボりたくもなる。
見本となれ。
そんなのは嫌と言う程、知っている。
所作ひとつ、意識するくらいなのだ。
けれど。
一年まるまるサボったようなものだし、とも思ってしまうのだ。
本音を言えば、こうして学園に通う意味も見出せない。此処で習う内容はもう問題無く、履修しているのだ。
一日や二日サボったところで問題ないのではなかろうか、と考えれば考えるほど足は動かない。
チラリと周りを見る。
幸いなのか、なんなのか。
人の気配は感じない。
サボったところで、個人的にやりたい事がある訳では無いのだが。それでも此処にいるより余程、有意義な時間を過ごせそうだ。
そうして、足が教室へと向かわないまま時間だけが過ぎる。
「何してるんだ?マグリット。」
そう声を掛けて来たのはフレデリック。
人目があれば、挨拶もするがもう授業開始のチャイムは鳴ってしまった事もあり、人っ子一人居ない。
「何も、しておりませんわ。」
チラリと視線を一瞬だけ向けて、又外を眺める。
「授業は出ないのか?」
「・・・出なければ、いけませんね。」
そう言うものの、足は動かない。その上、授業は始まってしまっている。今更だ。
「一緒に、サボるか?」
フレデリックはそう言って、まるでエスコートするかの様にマグリットへと手を伸ばす。
「教師がその様な事をしては、マズイのでは?」
「どうとでもなる。
普段から真面目だからな。」
差し伸べられた手のひらを見つめる。
手を伸ばしても、良いのだろうか。チラリとフレデリックを見上げると、優しく微笑んでいる。
そしてマグリットはエスコートを受ける様に、フレデリックの手を取るのだった。
ーーーーーーーーー
流石にそのまま姿を消す訳にもいかず。
お互い帰るために諸々済ませ、着替えてから落ち合う。
見つからない様に、となるとやはり市井に出るのが手っ取り早い。口には出さずとも、二人とも市井でも違和感無い格好をしている。
「何処に行きますか?」
「取り敢えずは此処から出てから考えたいな。」
確かに、とクスクス笑う。
そして今度は、マグリットがフレデリックをエスコートするかの様に手を差し伸べる。
「エスコートは俺の役目なのにな。」
マグリット同様、フレデリックもクスクス笑って手を取る。
人気の無い場所に転移して、目的も無くブラブラして歩く。
普段から忙しくしている事もあり、こうして予定無く過ごす事が無い事もあり、お互い何をして良いのかわからない。
「殿下は「ちょっと待て。」」
マグリットが話し掛けようとするも、フレデリックが待ったをかける。
何か?とキョトンとフレデリックを見上げる。
「こんな場所で、殿下は、無いだろ?」
思ってもみない事を言われ、目をパチパチさせる。
殿下を殿下と呼ばない。そんな事考えた事も無かった。確かにこんな市井のど真ん中で、殿下と呼ぶのがマズイ事はわかる。わかるが、出来るかと言われるとそれはそれで、ちょっと違う。
思わず困った顔をフレデリックに向けてしまうのも、仕方が無いと思うのだ。
「しかし・・・」
「無理に名を呼べ、なんて言わない。
だが、殿下は止めてくれ。」
フレデリックも何とも言えない顔をしているのを見て、確かに「殿下」とは呼べないので、了承の為頷く他ない。
「何処か行きたい所はございますか?」
「行きたいところ?」
マグリットもフレデリックも、思いの外こうして目的無くブラブラする事に慣れていない。
「何も考えずに、飛び出すものではございませんね。」
口ではそう言いながらも、マグリットは楽しそうに軽やかに歩く。
「お互い普段から忙しくし過ぎかもしれないな。」
肩の荷が降りたかの様な姿に、フレデリックは安堵の表情を浮かべる。
けれど。
いや、だからこそ。
本当は。
(貴族社会から、解き放ってやるのがマグリットに取って、救いなんだろう。)
そうは思うも、もう手放せやしないのだけれど。
「何か、したい事とかありませんか?」
「そうだな。
マグリットとデートしたいな。」
デート、とポツリと呟いて、キョロキョロと周りを見渡す。
そんな姿を見て可愛いなぁ、と思うのだ。
普段では見られない、マグリットの市井に出た時のみの、この気の抜けた表情が、堪らなく好きなのだ。
普段のマグリットも、綺麗だと思う。
けれどこの市井での姿は、殆どの者は知らない姿で。それを見られるこの関係性が、とてつもなく嬉しい。
「取り敢えず、慣れない街歩きでもしてみるか。」
そして手を伸ばし、マグリットの手のひらを掴む。
驚いた、というよりもギョッとした顔で、マグリットは繋がれた手を凝視する。
「デートだろ?
手を繋ぐのもデートの一環だ。」
振り払われないのを良い事に、マグリットの手を引いて歩き出す。マグリットも振り払うことも出来ずに、引き摺られるように歩き出す。
「デート、って何をするものですか?」
「・・・・・・さぁ?」
「妻帯されてた事もあるんですよね?」
「あるにはあるが・・・」
フレデリック的にはマグリットに余り深く聞いて欲しくない話で、口籠もる。
「デートくらいされていたのでは?」
「そもそも貴族同士市井でデート、なんてしないだろ?」
「私も貴族令嬢ですわよ?」
「今この場で、貴族令嬢らしく扱って欲しいのか?」
フレデリックはマグリットの顔を覗き込んで問い掛ける。
マグリットは思わず、後退りして顔を背ける。
「いいえ、そんな事をすれば目立って仕方ありませんもの。」
「だろ?」
ハハハ、と皇子らしくなく笑う。
「それでもデート、していたのでは?」
笑っていたのがピタリと止まる。まだその話を続けるのかと、言いたげだ。マグリットはそれに気付きながらも、スルーを決め込む。
「・・・・・・デートなんて、しなかったな。」
マグリットの様子に諦めたように、答える。
「しなかった?」
結婚までしたのに?と口には出さずともフレデリックには伝わったようで小さく頷く。
「忙しかった。と言うのは恐らく言い訳なんだろうな。
別に、愛していた訳でも無い。
政略結婚なんて、そんなものだろう?」
そう言いながらも、後ろめたい感情を感じ取る事が出来る。
それはきっとマグリットに対してでは無い。
過去、やり直しの中で娶った妻達に向けての感情だ。
「後悔、しているのですか?」
後悔、と声は出さずに口だけで復唱する。
そして首を横に振る。
「していない、かな。」
「それにしては・・・」
マグリットの言いたい事もわかるのだ。
割り切った感情を、持っている訳では無いのは確かで。それをマグリットは、感じ取っている。
「後悔、というよりかは・・・・・・
愁傷、のような感じかな。
大切にしてもくれない俺なんかに嫁ぐ事になって、申し訳無かったとは、思っていた。
それでも、大切にしようとも思えなかった。
同情はあれど、どうにかしてやろうとも思えなかった。」
酷い、男だろ?と自虐的に嗤う。
「相手がどう思っていたかわかりませんので、それは何とも言えません。
本当にただの政略結婚としてだったのか。実は想いを寄せていたのか。向こうには別で、愛する人が居たかもしれません。
今それを思うのは、栓なき事。
後悔ではないにしろ、そうやって何か思いを残すような事になってしまったのであれば、相手は覚えてなど居ないと一層開き直って、今後はしないと誓えばよろしいでは有りませんか。
気付いたのであれば、同じ事を繰り返さなければ良いのです。
それこそ、誰も覚えてなどおりません。」
今度はマグリットからフレデリックと繋いだ手を引っ張り、行きましょうと促す。
そこからはまるで市井で過ごす平民のように、露店で食べ物を買い歩きながら食べて、お店を見て回り、喫茶店で少し休憩したりもした。
お互い立場も状況も忘れて、純粋に楽しんだ。
「マグリットとこうしてデート出来るなんて思ってもみなかった。」
「確かに。殿・・・貴方様がこうして市井に溶け込む事が出来るとは思ってもみませんでした。」
「え?そこ??」
はい、と頷く。
皇子殿下が市井で違和感無く、買い食い出来ているのだ。普通に驚くだろう。
今も歩きながら、フレデリックは串焼きを食べ、マグリットは果実水を飲んでいる。
「サボったツケは、あるだろうけどな。」
そうだろうな、とは思う。
普段から睡眠時間を削ってまで、働いているのだ。本当ならこんな事をしている時間など無い筈で。
「大丈夫なのですか?」
「大丈夫だろ。
今回は陛下も仕事してくれてるし。」
今までのやり直しの中。
皇帝陛下は徐々に体調を崩していく為、政務が全てフレデリックに降り掛かった事もあり、時間が幾らあっても足りなかった。
そういう意味では今回、教師としての仕事も増えた事もあってやはり忙しいのだろうが、それでも皇族がする政務は代わりが利かない、時間も関係無しにやってくる為、今より余程多忙であった。
今回も表向きは皇帝陛下は体調を崩していく、というスタンスもあり、表立った政務は出来ない事もある。それでも書類仕事を担ってくれる分、負担は大きく減っていた。
「それに未来の嫁とのデートくらい、させてもらっても良いだろ?」
そう言ってウインクをする。
流石見目麗しいだけあり、そんな仕草もサマになる。
「まだ婚約者でも無いのに?」
こんな風に二人で居る所を見られでもしたら、本来ならば問題で。
「そこはまぁ、御愛嬌という事で。」
「他に行きたい所はございませんか?」
粗方お店も見て回った。
帰っても良いが・・・という微妙な時間。
お互い暇でも無いし、解散しても良いのだが。
「デート、とは違うのだが・・・」
言いづらそうにするフレデリック。
歩みも止まり、目線も下の方を見いて視線は合わない。
視線を逸らすなんて、らしく無いなと思いながらマグリットは繋いだ手をそのままに、少ししゃがんでフレデリックと視線を合わせる。
「何処でもお供しますよ?」
ニコッと不安なんか消し飛べ、と言わんばかりに笑い掛ける。
「言ったな?
後悔、するなよ??」
フレデリックは不敵な笑みを浮かべ、マグリットの手を引っ張り立たせる。




