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 生まれ変わる前、成宮あかりは、少女向けの軽いタッチの小説を書いて生活していた。いわゆるラノベ作家である。

 そこそこ売れっ子で、作家一本でなんとか食い扶持は稼げていたので、これ幸いと、取材や資料探し以外では引きこもり生活を満喫していた。

 もちろん彼氏いない歴=年齢である。

 彼女は、何日か人と会わずにいてもまったく平気な、コミュ障マイペース人間であった。

 そんな自分の在り様に、人としてどうよ、と考えなかったわけではないが、いつも最終的には、ちゃんと自活しているし、誰にも迷惑かけてないし、問題ないよね、と自己完結していた。

 享年四十一歳。少しは運動せねばと散歩を始めた三日目に、突風に飛ばされたラブホの看板の直撃を受け、全身を強く打って死亡した。色々とひどい。


 前世の事を思い出したのは、十二歳の時だ。

 養護施設から、遠い親戚だという夫婦に引き取られ、諸手続きを終えた後、大きなお屋敷に連れて行かれて、そこで、デロデロに泣いた祖父と叔父を名乗る人物達にダブルで抱きつかれた、その瞬間である。


 あ、私このシーン見たことあるや……


 そう思うと同時に怒涛の記憶再生が始まり、あまりの事に、半日ほどの間ぽかーんと口をあけたまま、受け答え不能の状態に陥った。

 そんな自分の周囲で祖父と叔父がわたわたオロオロしていたが、余裕がなかったのでひたすらスルー。


 なぜなら自分の設定が、どう考えても前世で好きだったゲーム「君花」のヒロインだったから。


 マジか? 確かに私はあかりだけど、あのあかり!?

 でも、さっきのシーンは回想エピソードの「やっと会えたね、あかり」のスチルそのままだし、苗字は成宮だし、ええええええ~~?

 設定だけならともかく、ここまで同じ展開って事は、こっから先も、あの通りになっちゃう?

 前世で「君花」大好きだったのは認めるよ? だけどがっつり引きこもりだった私が、あんな起伏の激しい高校生活、やれるのか?


 大丈夫か私!?






***






「まあそれでもね、最初は頑張ってみようかなー、と思ったんだよ? せっかくこういう立場に生まれたわけだし、ゲーム通りに行くかどうかは分からんけど、やっぱちょっとは恋愛ってものに憧れはあったし……」

「そうですわね……」

「引きこもりから学園昼メロとか、振り幅でかすぎるけど、内容は熟知してるから、何とか乗り切れるかもって。……アホだよね~、やっぱコミュ障はコミュ障なんだって、身の程を知ったよ」


 ふっ、と自嘲の笑みを浮かべて、あかりはコーヒーを一口飲んだ。


 突撃してきた麗華をゲームを中断して迎え入れたものの、高校中退という事態をそう簡単に納得してくれるはずもなく、とりあえず落ち着こうとソファを勧め、飲み物を運んでもらったところである。


「だってさあ、私サッカーの話とかにずっとニコニコしながら相槌打って聞き上手なんて無理だよ。ゲームじゃ何クリックかで終わるけどさ、実際には二時間三時間だよ? それが現実って分かるし、相手にも悪いと思うけど無理。本物のリア充さんっていうのは、それなりのスキルとエネルギーが必要なんだって実感したよ」

「ええと……今のは男鹿おが先輩の話?」

「ちがうよー、斉藤くん」

南小路みなみこうじ先輩と鷹司たかつかさ先輩も、貴方について何やら言ってましたが、いつの間にそんなに関係してましたの?」

「その言い方、私が何股もしてるみたいだからやめて~、わかんってんでしょ、向こうから寄ってくるんだもん」


 もううんざり、とあかりはため息をつく。

 出会いイベントは一通りこなしたものの、その後あかりが多少でも進展させたのは、二年の男鹿孝明おがたかあきだけだ。

 誰にときめくか分からなかったから、一通り会ってみて、後はストーリー展開順に、男鹿の要請に応じて生徒会の仕事を少し手伝っただけ。

 だが、一向に興味が持てない相手との付き合いは気疲れするばかりだ。生徒会もめんどくさいので、最初の手伝い用件が終わったら速攻で逃げた。さらに男鹿の婚約者である橘からの嫌がらせが始まり、あかりはすっかり嫌になる。

 他の攻略対象にも特に心は動かないし、これは向いてない事をした自分が悪かったのだと反省して、ゲームをなぞることは止めにした。だが、これが何故か止まってくれない。

 麗華の婚約者以外の四人が、入れ替わり立ち代り接触してくるようになり、あかりはメンタル的にすぐ詰んだ。

 やる気満々のリア充イケメン達の押しに簡単に勝てるくらいなら、コミュ障などやっていないのである。

 深海魚の分際で地上の恋愛なんぞに色気を出した報いか、ギラギラの砂浜に引っ張り出されたあかりは、お日様ストレスでカピカピ状態なのだ。さらに、この後に続くであろうドロドロ展開の事を思えば、鬱にもなる。


「私思ったの。このまま皇栄にいたら、絶対学園昼メロに巻き込まれるって分かってるのに、なんでいるのかって」

「…………」

「リア充への道をあきらめた今、私が皇栄に居る理由ってある? ないよね? ピコーン! そうだやめちゃえばいいんだ! 私頭いい! でやめましたが何か!?」


 ハイライトの消えた目で、今前にいる友人にしか言えない理由を言い切り、あかりは胸を張る。

 麗華は眉をへの字にして、そんなあかりを見つめた。


「だからって……。 なら転校すればいいではありませんか。いくらなんでも中退なんて!」

「しばらくお外出たくない、怖い」

「えーー……」

「だって橘先輩超怖かったし。ゲーム知ってるから何とかなると思ったけど無理。囲まれて嫌味言われるとか、ゲームじゃ軽いジャブくらいなもんだけど、ちびりそうになったもん。バカボンどものおかげで、既にいやがらせし隊第二陣の影がちらほらしてるし、学校辞めてもバカボン来るし、おうちが一番安全よ」

「でも……、養父母様方ごりょうしんや、叔父様たちは何て?」


 あかりを溺愛する保護者達が、大事な娘のドロップアウトを許すはずがない、そう思って突っ込んでみた麗華だったが、


「私のしたいようにして欲しいって」


 というあかりの答えに愕然とする。


「何故!?」

「それこそ、じっくりお話したわけよ。私に高校レベルの教育はもう必要ないことと、皇栄に通うのが嫌な理由を当たり障りのない程度に。で、どうせなら高卒年齢まで好きな事して過ごしたいんだ的なことを、ポジティブで発展的なイメージが伝わるように、一生懸命プレゼンしたの」

「……ポジティブと発展的の意味が分からなくなりましたわ」

「熱意の勝利!」

「もういいですわ……」


 麗華は疲れたようにため息をついた。


 甘すぎるだろ祖父叔父。

 あれか? わが子にお笑い芸人とかプロレスラーになりたいって言われて、最初反対してても熱心さに負けて許しちゃうパターン?

 つかそれこそ、叔父さん達にまたOHANASHIしてもらえば、攻略対象達とか何となるのでは?

 おまえそれ、引きこもりたいだけだろ!


 突っ込みたいのは山々だが、保護者まで認めているのなら、もはや麗華が何を言っても変わらないだろう。

 本人の意志も固いようだ。限りなく後ろ向きだが。


「――寂しくなりますね」

「御剣さん……」


 麗華がやめて欲しくない本音を漏らす。

 出会って一年もたたないが、既にあかりは麗華の大事な友達だ。

 彼女の前でなら、麗華も気を張らずにいることが出来る。似た価値観を持ち、他者の知らない概念を共有する、今のところ唯一の相手なのだ。

 学校を辞めるといっても、別にこの世から居なくなるわけではない。しかし、会う機会も持てるはずの交流も、格段に少なくなるのは間違いないだろう。

 そんな麗華の言葉に、あかりも感じるところがあったのか、真剣な表情で見返してきた。


「私ね、ずっと聞きたいと思ってたことがあるの」

「何でしょう?」

「御剣さん、ゲームやった事ある?」


 唐突な質問に、麗華は首をかしげる。

 もちろん前世ではやっていた。その事はあかりも承知しているので、聞いているのは今の生になってからの話だろう。


「ありませんわ」


 悪役フラグ回避のため、そんな余裕はまったくなかった。

 あかりが全ルートをぶった切ろうとしている今、麗華が悪役化して没落する可能性もほぼ消えたので、がむしゃらに努力する必要もなくなったが。


「私ね、前は乙女ゲとかギャルゲとかシュミレーション系がメインだったの。アクション系もちょっとやってみたけど、反射神経が必要なやつはちょっと相性会わなくてねー」

「わたくしもですわ……」


 要するに二人とも手が遅く不器用なため、すばやい判断力や指さばきが必要なゲームが出来なかったわけだが。


「でもね!」


 あかりが身を乗り出した。


「今は嘘みたいに手が動くの! 今やってるヴァーストⅦでも、PvPで上位ランカーになれたんだよ!」

「そ、そうですの」

「もー超楽しいよ! 御剣さんも一緒にやろうよ!」


 麗華の肩がぴくりと揺れたのを、あかりはもちろん見逃さない。


「オンゲーいいよ~、今いるギルドも面白い人ばっかりだし、私レベあげ手伝うし! 御剣さんだったら、すぐに上級プレイヤーになれると思う!」

「で、でもわたくし」

「……学校は辞めちゃうけど、私、御剣さんとは切れたくないんだよね」

「――っ」


 かあっと、麗華の顔が赤くなる。

 確かな手ごたえを感じたあかりは、よしあと一押し、と、スマホを操作して、麗華にメールを送信する。ほぼ間を置かず、麗華の横のスクールバッグから、メール受信の音が聞こえた。


「今、ヴァーストの私のID、送ったから」

「成宮さん……」


 あかりは麗華の手を、ぎゅっと握った。


「待ってるね」





 ***






『行っけーーーっ! 行け行け行け行け行けーーー!!!』


 ギルド期待の新人、スモモレンジャーのおたけびがヘッドセットのスピーカーから響いてくる。

 向かう敵はオークキング。ストーリー序盤から二番目のボスだ。

 猛るスモモレンジャーに攻撃力強化を又がけしつつ、レナリナラーメンは指示を飛ばす。


「モモ落ち着いて! タゲ行ったよ! 私のほうにまっすぐ逃げて!」

『おk!』

『常に壁の後ろねー』

『押忍!』

「リリさんよろー」

『はーい、挑発いきまーす!』

「タゲ移った! 戻っていいよ~」

『いえぇぇーーーい! 烈波斬!』


 スモモレンジャーは巨人族のこわもて兄貴だ。

 野太い声とともに繰り出される斧技に、空気が波立ち、カマイタチが生まれて敵を切り裂く。


 ピギィィィーーーーーーー!


 紙の冠を被った、豚そっくりの頭部を空へと振り立て、笛に似た叫びを上げて、オークキングが倒れた。


『早っ』

『モモ兄貴の今のレベならもうそんなもんだよ』

「私らが手出したら瞬殺だしね~、さすがにそれはあんまりだし、練習にならんから」


 今日は、ギルド内イベント「超大型新人スモモレンジャー兄貴と行く――さきがけ! 超高速ストーリー攻略の会」である。

 初心者であるスモモレンジャーの連携等の練習も兼ね、誰かが寝落ちするまでメインストーリーを爆走する予定だ。土曜の夜は皆熱い。


 スモモレンジャーのムービーが終わるのを待ちつつ、レナリナラーメンが次の行き先をネットで確認していると、ピロリン、と音声フレンドチャットの申し込みが来た。

 見ると、相手はスモモレンジャーよりさらに新人のリボンちゃんだ。”リボン”ちゃんではなく”リボンちゃん”でひとつながりのキャラ名である。ラビ族の女の子で、昨日アカウントを取り、一時間前に初ログオンしたばかりの超初心者だ。

 ちなみにラビ族とは、エルフよりもさらに小さい、二頭身にふわふわウサギ耳の、ヴァーランドストーリーにおけるかわいい担当である。

 

 レナリナラーメンは、ボイスチャットを切り替え、リボンちゃんに応じた。


「何ですかー」

『何ですかじゃねえよ! 何だよこれ! どうなってんだよ!?』


 見た目にぴったりの愛らしい声が、いささか乱暴な口調で怒鳴ってきた。


「そんなかわいい声で怒られても……」

『うるせえよ! お前らが設定したんだろうが!』


 ヴァーランドストーリーⅦは多彩なボイスチャットが売りの一つだ。声もある程度アレンジできるようになっている。

 それにより、美女エルフがおっさん声で話すなどという雰囲気台無しな状態や、声バレなどを防ぐ事ができる。もちろん、あえて地声で行く者も居るが。


 実はリボンちゃんのキャラメイクは、レナリナラーメンとスモモレンジャーが行ったのだ。

 レナリナラーメンに誘われてヴァーストを始めたスモモレンジャーに、自分も一緒にやらせろとねじ込んできたのがリボンちゃんである。

 無視しても、どうせ勝手にアカウントを取って自分たちに付きまとうのは想像できたので、ギルドに推薦するのを交換条件に、キャラメイクをやらせてもらったのだ。

 おかげ様で大傑作ができた。

 リボンちゃんは全身真白で、白目のないつぶらな瞳のみピンク、毛先がふんわり内側に巻いたロングヘアはぬいぐるみサイズの体より長く、歩くときは引きずってしまう。チャームポイント耳はロップイヤータイプだ。可愛さのあまり、見たら抱きしめずには居られない仕上がりである。


「ちょー楽しかったです。モモも喜んでたでしょ?」

『そうだけど……っ じゃねえよ! その麗華だよ!』

「ここではスモモレンジャーって呼ぶ事。厳守だって言いましたよね?」

『――っ!』


 フレンドチャットは指定した相手にのみ言葉を伝える機能だ。双方向で使えば、内容を他のプレイヤーに聞かれることなく会話する事ができる。パーティチャットなどは、今日のイベントのように、ギルドや他のチャットルームに中継する出来るが、フレンドチャット個別送信のみだ。

 が、それで変な癖が付けば、ギルドやパーティでうっかり口を滑らせる可能性もある。

 個人情報を表に出したくないのなら、徹底するべきだろう。


『……モ、モモはどうしたんだよ、あれ本当にモモなのか?』

「何言ってんですか今さら」

『だがな、あんな……』

「何ですか? おっさんみたい? はしたない? そういうキャラやってんだからいいんですよ。モモはストレス多いから、ここで発散してるんです。それともリボン先輩、モモに幻滅した?」

『い、いや。確かに驚いたが、そんなことはない』

「ならよかったです。言っときますけど、モモはああいうとこ先輩に見られるの、覚悟の上で一緒にやる事承知したんですからね。その意味が分からないようなら、さっさとアカウント削除する事です」

『そうか……』


 何か感じ入った様子のリボンちゃんに、レナリナラーメンこと成宮あかりは、画面の前で肩をすくめる。

 ついフォローしてしまったが、スモモレンジャーこと御剣麗華が、このことについて、「まあ、これで離れるんならそれまでってことですわ」とあっさりした対応だった事は言わぬが仏である。嘘はついていない。

 かわいいリボンちゃんの中の人は、麗華の婚約者の天羽琉生あもうりゅうせいである。天羽製薬創業家の長子だ。ゲーム設定ではすさまじいばかりの俺様であったが、完璧お嬢様となった麗華の影響か、だいぶ柔らかで、ややヘタレな性格となっている。


『――オークキング! 紙の冠にはそんなわけがあったのか。くうっ、泣ける……っ』


 そうこうする内に、スモモレンジャーのムービー視聴が終わったようだ。何か感動したらしい。

 レナリナラーメンは、さっさとパーティチャットに舞い戻る。


「よし! つぎはいよいよ巨人国の都だよー! ステーション登録してあるから使ってね! GO!」

『イエェェーーーー!』

『行くぜーーーー!』

『でっかい兄貴がいっぱいだ!』

『おねいさんもきれいだ!』

『おっぱいおっぱいおっぱい~』


 巨人族のお姉さんはみなナイスバディである。おやじキャラのスモモレンジャーはうはうはだ。


『モモ……っ』


 リボンちゃんが何故かレナリナラーメン相手につぶやいたが、あっさり無視された。


 だってかまっていられない。

 仲間と挑む、楽しい冒険が待っているのだ。


 非生産的と言わば言え。


 彼らは、今まさに青春を謳歌しているのだ。





以上で完結です。

読んでくださってありがとうございました。

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