最終話 Epilogue
「……う……ぐ……ここは……?」
俺は周りを見渡すと……真っ白な部屋でベッドの上で寝ていた。
どこからどう見ても、ここは病室だった。
「どうして俺はここに……?」
確か、決勝戦で『影の集団』たちと戦って……それで、勝利して……その後、倒れた俺に花火が『後は任せて』って言ってくれて――
「そうだっ、花火は?! 花火は大丈夫なのか?!」
俺は彼女を探すために、立ちあがろうとすると――
「……ぐっ……」
少し、足が痛んだ。
しかし、この程度、我慢すればなんてことない。
俺は病室から出ようと歩いて行くと――
――コンコン
病室の扉がノックされた。
「失礼します――って、日野さん、お目覚めになられたのですね?!」
すると、現れたのは看護師さんだった。
ちょうど良い、花火の場所を訊くチャンスだ。
「あのっ! 花火は――錦花火って人がどこにいるか知ってますか?」
「錦さんですか……彼女はこの階にある507号室にいらっしゃいますよ」
「花火も……病院に……?!」
彼女も怪我を負ったのか……?
「一体、花火に何があったんですか……?!」
「……あまり他の患者さんの情報を話すのは良くないんですけどね……でも、どうせネットで調べればわかることですし、構いませんよ……錦さんは、決勝戦が終わった後に『影の集団』の3人から襲撃されました」
「ッ――?!」
やっぱり、あいつらは俺たちとの約束を守る気なんて無かったのだ。
「その後、錦さんは『影の集団』の3人を目にも留まらぬ速さで圧倒し、駆けつけた警察によって『影の集団』は殺人未遂で逮捕されました」
「じゃあ……花火は無事なんですね?」
「それは……どうとも言えません。錦さんの体は無事ですが、ギフトの過剰使用やエリクサーの過剰摂取による影響による後遺症が深く残っておりますので……」
後遺症……?
どういうことだ?
もうなんでもいい、とにかく彼女の状態を確認しないと……ッ!
「お願いしますッ! 花火と会わせてくださいっ!」
「うーん……ですが、日野さんはまだ足の調子が良くないので……」
しかし、そこまで言ったところで、看護師さんは何か察したように言葉を止めた。
そして、「ふーん」と呟く。
「なるほど……そういうことですか……でしたら、今、松葉杖を持ってきますから、それを使ってください」
「あ、ありがとうございます!」
何か、勘違いされているような気がするが……気にしないことにしよう。
俺は看護師さんから受け取った松葉杖を使って507号室へ向かった。
「ふぅ……花火ー? 起きてるか? 俺だ、蓮だ」
俺は扉の前でそう言いながら、ノックをする。
しかし――返事は一切なかった。
も、もしかして、かなりの重傷を負ったのか……!?
「花火ッ! 無事か?!」
病室の中に入ると……ベッドには絹のような銀髪をした少女が安らかな寝息を立てていた。
「花……火? ただ寝てる……だけだよな?」
気持ちよさそうに寝ているし……大丈夫なんだよな……?
俺は、そっと彼女の頬に手を伸ばした。
「――えっ?」
次の瞬間、俺の手首が掴まれ、勢いよく引っ張られた。
俺の体も、つられて引っ張られ――
俺は、いつの間にかにベッドの上で花火と向かい合うように四つん這いになっていた。
彼女の目は……いつの間にかに開いていた。
「どう? びっくりした?」
彼女は、意地悪げに俺に微笑みかける。
「花火……ッ!? ……良かった、無事だったんだな……? 心配したよ……」
「ごめんごめん、ちょっと全力出しすぎちゃってさ……」
「そういえば……俺のこと、『影の集団』から守ってくれたんだよな……」
あの影の集団を1人で相手したのだ。
一体、どれほど頑張ったのか……。
すると、花火は俺の頬に腕を伸ばす。
「良いの良いの……私は、蓮君が無事で居てくれたら、それで良いんだから」
彼女は、俺の頬を愛おしげに撫でると――
「ねえ……これで、ちゃんと恩返しできたかな……?」
「恩返し……?」
「うん……私は蓮君にたくさん救われてきた。きっと、蓮君がいなかったらここまで生きて来れなかったと思うくらいに……だから、その恩返しだよ」
花火は「どうかな?」と不安げな表情をして言ってきた。
「……違うだろ」
「え……?」
花火はわかっていない、全然わかっちゃいない。
驚愕で見開かれている彼女の目を見つめながら、俺は言葉を紡ぐ。
「俺だって……花火にずっと救われてきたんだから……恩返しになんてならないだろ……ッ!」
いつの間にかに、俺の視界は涙で滲んでいた。
俺たちは互いに互いを救い合ってきた。
だから――恩返しをする余地なんてないのだ。
「蓮君……? 涙が……」
「う、うるせえ……」
俺は咄嗟に目を手で隠した。
すると、花火が「そっか」と呟く。
次の瞬間――花火は俺の背中に手を回し――
「っ……!?」
愛おしげに、ぎゅっと俺を抱きしめた。
今度はバックハグではなく……正面からのハグだった。
花火の体温が、呼吸の音が、速まる心臓の鼓動が、全て直に伝わってくる。
なんだかそれは……不思議と不快では無かった。
「ねえ……それじゃあ、代わりに――私のお願い事を聞いてもらってもいい?」
「お願い……?」
花火は「うん」と相槌を打つと――
「――実は、私……エリクサーの過剰摂取でここ数ヶ月の記憶が無くなっちゃっててさ……」
「ッ――!?」
記憶……喪失……ッ!?
そうか……エリクサーは世界最高のポーションであるだけあって、劇薬だ。
それを大量に飲めば……脳に障害が出る可能性は十分にある。
すると、花火は、俺を抱きしめる力を一層強めると――
「だからお願い……無くなっちゃった蓮君との思い出をもう一回、体験させて……? 記憶を取り戻させて……?」
震える声で、涙交じりの声で、懇願した。
心なしか、彼女の鼓動はより速まっていた。
俺の答えは――当然決まっていた。
「――そんなの当たり前だろ! 幾らでも花火の気が済むまで、思い出を体験しようぜ……! 屋台でわたあめとかたこ焼きを食べあったり、俺も配信に映ったり、来年も探索者バトアリに参加して熱い戦いをしたりさ……」
「蓮君……」
そうだ、これでいい。
これで全てハッピーエンドだ。
でも……何かが物足りなかった。
本当に無くなったものを取り戻すだけで良いのだろうか。
どうして俺の鼓動はこんなにも速まっているのだろうか? どうして目頭はこんなに熱くなっているんだ? どうしてこんなにも――花火を失いたくないと思っているんだ?
この瞬間――今までずっと目を逸らし続けてきた事実に……俺は気づいてしまった。
「花火!」
「ど、どうしたの? 急に私の名前を叫んで……?」
困惑で首を傾げる花火。
俺はそんな花火に、溢れる想いをぶつけずにはいられなかった。
「――なあ……取り戻すだけじゃなくて……これからずっと、新しい思い出を作り続けないか?」
「っ?! ……それってどういうこと……?」
俺は、ハグを解くと、彼女の目をじっと見つめながら――
「花火――好きだ」
今まで逃げ続けてきた想いを、伝えた。
今、そうしないと……きっと、俺は永遠に逃げ続けるだろうから。
何よりも、この溢れる想いを止めることなんてできなかったから。
花火が告白に答えるまでの数秒間。
それが……俺にとっては永遠のような苦しみに思えた。
「――私も大好きだよ……蓮君……!」
でも……彼女の満面の笑みの返答で、その苦しみは全て吹き飛んだ。




