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超美少女こんぷれっくす♡ゼロ  作者: うと
こんぷれっくす
1/5

イチ

夢を見ていた気がする。

なにか、ひどく嫌な夢だった。

けれど、目が覚めた瞬間、それは砂みたいに指の間からこぼれていった。

なにを見ていたのか、もう思い出せない。

ただ。

「……気持ちわり」

喉の奥に残る、妙な違和感だけが消えなかった。

胃のあたりが、じわりと重い。

寝起きのせいにしては、少しだけ不快で、少しだけしつこい。

布団の中で、しばらく動けなかった。

思い出そうとすればするほど、なにも掴めない。

代わりに、胸の奥がざわつく。

理由のない、嫌な予感みたいなものだけが残る。

「……なんだよ」

小さく吐き捨てて、ようやく体を起こした。

時計を見る。

遅刻するほどじゃない。

でも、余裕があるとも言えない時間。

考えるのをやめるには、ちょうどいい。

顔を洗って、制服に袖を通して、適当に朝を済ませる。

いつも通りの動き。

なにも変わらない。

変わらない、はずなのに。

どうしてか、少しだけ足取りが重かった。

外に出ると、朝の空気がひんやりと頬に触れる。

それだけで、少しだけ頭が冷えた気がした。

深呼吸をひとつ。

肺の奥に空気を押し込んで、ゆっくり吐き出す。

大丈夫だ。

ただの夢だ。

覚えてないんだから、どうでもいい。

いつもの変わらない1日。

そう言い聞かせるみたいに、足を進める。

通い慣れた道。

見慣れた景色。

なにも変わらない、朝。

「おはよ」

横から、声がした。

振り向くまでもなく、誰かわかる。

隣に並ぶ足音。

少しだけ軽い、規則正しいリズム。

「……おはよ」

短く返す。

それだけで、十分だった。

彼女は、にこにこと笑っている。

朝日を受けて、やけに綺麗に見えるその顔。

整っていて、どこに出しても恥ずかしくないような笑顔。

周りのやつらが「いい子だ」って言う理由も、なんとなくわかる。

「今日はちょっと遅いね」

「別に」

「寝坊?」

「違う」

会話は、それで終わる。

無理に続ける必要もない。

沈黙が気まずいとも思わない。

ただ、並んで歩いているだけ。

それだけの関係。

……のはずなのに。

ちらりと、視線が動く。

彼女の横顔。

相変わらず、隙がない。

表情も、仕草も、全部が整っている。


ほんの一瞬。


目が合った。

その奥が、やけに静かだった。

なにも映していないみたいな。

底が、ひどく遠いみたいな。

ぞわ、とした。

理由なんてわからない。

ただ、見ちゃいけないものを見た気がして、すぐに視線を逸らした。

「どうしたの?」

すぐに気づかれる。

そのことに、少しだけ苛立つ。

「なんでもない」

「ふーん」

彼女は、それ以上追及しなかった。

ただ、笑っている。

いつも通りに。

なにも知らないみたいに。

なにも気づいていないみたいに。

それが、少しだけ引っかかる。

でも。

それ以上考えるのは、やめた。

どうでもいいことだ。

オレには関係ない。

そうやって、線を引く。

昔からの癖みたいに。

関わらなければ、なにも起きない。

見なければ、なかったことにできる。

それでいい。

それで、十分なはずだ。

「今日、テストだよね」

「……あー」

思い出したみたいに、適当に返す。

どうでもいい。

そんなもの。

「大丈夫?」

「まあ、なんとかなるだろ」

「そっか」

また、笑う。

変わらない表情。

変わらない声。

その全部が、やけに整っていて。

少しだけ、現実感が薄い。

夢の続きみたいな感覚が、まだどこかに残っている。

胃の奥の気持ち悪さも、完全には消えていない。

でも。

歩いていれば、そのうち忘れる。

授業が始まれば、考える暇もなくなる。

いつも通りの一日が始まる。

なにも起きない。

なにも変わらない。

そう思いながら、校門をくぐる。

ざわざわとした人の声。

日常の音。

その中に溶け込むみたいに、オレは歩き出す。

彼女も、隣で同じように歩いている。

ただ、それだけのこと。

それ以上でも、それ以下でもない。

___なのに。

どうしてか。

胸の奥に、あの夢の残りカスみたいな違和感が、ずっと引っかかっていた。


昼休みは、いつもと同じだった。

騒がしい教室の中で、オレは一人、窓際の席に肘をついていた。

弁当を広げるでもなく、ただぼんやりと外を見ているだけ。

誰かと話すわけでもない。

話しかけられることも、ほとんどない。

それでいい。

関わらなければ、なにも起きない。

オレには関係ない。

そうやって、いつも通りの距離を保つ。

___はずだった。

ポケットの中で、スマホが震えた。

びくり、と肩が揺れる。

周りを気にするみたいに、反射的に視線を動かしてから、そっと取り出した。

見慣れない名前。

いや、見覚えはある。

下の学年のやつだ。

何度か廊下ですれ違ったことがある程度の、顔と名前が一致するくらいの距離感。

『放課後、少し時間いいですか?話したいことがあって…』

短い文。

でも、妙に整っていて、余計な余白がない。

画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。

「……なんだよ」

小さく呟く。

意味は、なんとなくわかる。

わかってしまう。

だから、余計に面倒だと思った。

既読をつけるか迷って、結局そのままポケットに戻す。

見なかったことにすればいい。

それで済む話だ。

___なのに。

「ねえ」

横から声がする。

顔を上げると、彼女が立っていた。

いつの間にか、すぐ近くに。

「なに見てたの?」

「……別に」

反射的に画面を伏せる。

隠す必要なんてないのに、勝手に手が動く。

彼女は、それをじっと見ていた。

ほんの一瞬だけ。

それから、いつも通りに笑う。

「ふーん」

それ以上は、なにも言わない。

けれど。

なんとなく、気づかれている気がした。

なにを、とは言えないけど。

胸の奥が、少しざわつく。

「今日、放課後ってさ」

オレは、できるだけ何気ない声を装った。

「なにしてんの」

「んー?」

彼女は少しだけ考える素振りを見せる。

指先を顎に当てて、首を傾げる。

その仕草が、やけに作られている気がして、視線を逸らしたくなる。

「委員会の集まりあるんだよねぇ」

「へえ」

短く返す。

それ以上、深く聞くことはしない。

それで十分だった。

放課後、いない。

それだけ確認できればいい。

理由なんて、特にない。

ただ、面倒ごとに巻き込まれたくないだけだ。

オレには関係ない。

そう思いながら、昼休みはそのまま終わった。

 

放課後。

教室の空気が、少しずつ抜けていく。

帰るやつ、部活に行くやつ、騒ぎながら出ていくやつ。

その中で、オレは最後まで席に残っていた。

時間をずらす。

人が少なくなってから動く。

それも、いつもの癖だ。

「……」

スマホを取り出す。

昼のメッセージ。

結局、既読もつけていないまま。

ため息をひとつついて、立ち上がる。

廊下に出ると、思ったより人がいなかった。

静かで、少しだけ落ち着く。

指定された場所。

校舎裏。

わざわざ人目につかない場所を選ぶあたり、やっぱりそういうことなんだろう。

面倒だ。

心の底から、そう思う。

でも。

来なかったら、それはそれで面倒なことになる気がして。

結局、足を運んでいる。

我ながら、意味がわからない。

「せ、先輩」

先にいたのは、あっちだった。

小さく肩を跳ねさせて、ぎこちなく頭を下げる。

「あ、えっと……来てくれて、ありがとうございます」

「……別に」

距離を保ったまま、立ち止まる。

近づきすぎないように。

関わりすぎないように。

それなのに、向こうは一歩踏み出してくる。

「あの……!」

声が少しだけ裏返る。

緊張しているのが、見ていてわかる。

視線が揺れて、手が落ち着かなくて。

その様子に、なぜか少しだけ息苦しくなる。

「わ、わたし……先輩のこと、ずっと前から……」

ああ、やっぱり。

心の中で、ため息をつく。

面倒だ。

どう断るか、それだけを考える。

それ以上は、考えない。

考える必要もない。

「好きです」

言い切った。

震える声で、それでもちゃんと。

まっすぐに。

それが、少しだけ眩しくて。

視線を逸らす。

「……」

なにも返せないまま、数秒が過ぎる。

沈黙が落ちる。

そのとき。

「あれれっ」

不意に、軽い声が割り込んだ。

「邪魔、しちゃったかな?」

振り向く。

そこにいたのは、彼女だった。

いつの間にか、すぐそこに立っている。

夕方の光を背にして、にこにこと笑っていた。

「い、いえっ!」

後輩が、慌てて首を振る。

「だ、大丈夫です……!」

声が上ずっている。

明らかに動揺しているのがわかる。

彼女は、その様子を横目で見ながら、くすっと笑った。

「かわいいね」

ぽつりと、そう言う。

軽い調子で。

なにも深く考えていないみたいに。

「こんなに頑張ってるんだし」

ちらりと、こっちを見る。

その視線が、一瞬だけ絡む。

「承諾しちゃえば?」

冗談みたいに。

でも、どこか本気みたいに。

曖昧な温度で、そう言った。

「……」

胸が、ざわつく。

さっきまでとは違う、不快な感覚。

手が、じわりと冷える。

気づけば、拳を握っていた。

震えを抑えるみたいに、強く。

「先輩……?」

後輩が、不安そうに名前を呼ぶ。

その声が、遠く聞こえる。

頭の中が、妙に静かだった。

逃げろ。

関わるな。

オレには関係ない。

いつもの声が、頭の中で繰り返される。

それでいいはずなのに。

どうしてか、視線が逸らせない。

彼女の方から。

目が、離せない。

「……ごめん」

口が動く。

考えるより先に。

「無理」

短く、それだけ。

それ以上の言葉は、出てこなかった。

後輩の表情が、わずかに固まる。

「あ……」

なにか言おうとして、言葉が続かない。

そのまま、視線が落ちる。

「そ、ですよね……急に、すみませんでした……」

小さく頭を下げて、足早に去っていく。

その背中を、見送ることもせず。

オレは、ただ立ち尽くしていた。

「ふーん」

隣で、彼女が声を漏らす。

「断るんだ」

相変わらずの笑顔で。

なにも変わらない顔で。

「……別に」

視線を逸らす。

それ以上、なにも言いたくなかった。

彼女は、少しだけ首を傾げる。

いつものニコニコとした笑顔で。

なんともないような顔で。

そう、オレには関係ない。関係ないんだ。

オレの手は、まだ震えていた。


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