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7.ご飯にする?お風呂にする?それとも〇〇〇?

 都内某所の閑静な住宅街を俺と二葉さんは並んで歩いていた。

 二人の間に会話はない。微妙な緊張感が流れているような気がする。少なくとも俺の心臓の鼓動はいつもよりも早い。


 けいたろうというストーカーへの対策案として、ざくろ様は「二葉の家に泊まったら?」と提案したが、俺はそれをその場のノリのようなものだと思っていた。やはり女性の家に男がそう易々と泊まったりするのは良くない。


 しかし、ミーティングが終わると、二葉さんは「ではいつからにしましょうか?」と訊いてきた。なんのことかと考えていると、「私の家に泊まる件です」と言う。

 もしかしたら二葉さんは正気を失ってしまったのかもしれないと思い、改めてそんなことをする必要はないと申し出たのだが、「マネージャーとしてこの事態を見過ごすことは出来ません」と断固として自分の意思を曲げようとはしなかった。意外と頑固な一面もあったりするのだなぁ、なんて考えたりもした。


 その結果、数日を挟んだ後に、俺はこうして二葉さんの家に向かうことになっていた。女性の家に行くこと自体が初めてなのに、しかもそれがお泊りというのはこれ如何(いか)に。卵からいきなりオ〇ガモンが出てきたってくらいのワープ進化だ。


「つきました。ここが私の家です」


「へぇ、ここが……って――」


 俺は言葉を失った。それが見るからに高級そうなマンションだったからだ。

 夢花火でのマネージャー業とはそんなに稼げるものなのかと驚いていると、


「えーとですね……実はうちの父はかなり過保護でして。一人暮らしするなら、セキュリティも万全なところでないと駄目だと言うんですよ」


「はぁ」


「なので、お恥ずかしい話ですが、ここの家賃もほとんどを親が支払っているんです。流石に私の給料だけではとても……」


 ああ、なるほどな。

 ちなみにどれくらいなのかと尋ねてみたところ、大卒の初任給くらいはあるとのことだった。そこに住まわせようとするだなんて、もしかしたら二葉さんは結構いいとこのお嬢さんだったりするのだろうか。なにかと所作が奇麗だなとは思っていたが、それなら納得である。


 やたらと広く、眩いくらいに明るいエントランスを抜けて、エレベーターに乗る。二葉さんの家は7階にあるらしい。


「いまさらですが、妹さんはお一人にしても大丈夫なんでしょうか?」


 そのやや不安げな声に俺は答える。


「家自体はバレてないので大丈夫じゃないかと。それに、案外岬ちゃんは『お兄ちゃんいないから友達を家に呼んでお泊り会するんだー』って楽しそうにしてましたよ」


「そうでしたか」


「なんで俺がいる時はお泊り会しないんでしょうね。お客様をおもてなしするためにウィットに富んだジョークなんかも用意してるんですが」


「たぶん、そういうとこですね」


「えっ」


「あ、つきましたね」


 驚愕に身を固まらせる俺を無視して、二葉さんはそそくさとエレベーターから降りてしまった。


 何がいけないと言うのだろう。俺がジョークをかます。面白いお兄ちゃんがいるんだねって友達が笑う。それを見て岬ちゃんが喜ぶ。あまりにも美しく自然な流れじゃないか。

 ただ、ふと、「お兄ちゃんを友達に紹介するの恥ずかしい……」と申し訳なさそうに言った岬ちゃんの顔が脳裏に浮かび、俺は思考を放棄して、慌てて二葉さんの背中を追うのであった。





「お、お邪魔しまーす」


 玄関を抜けて、リビングに踏み入ると、そこには広々とした空間が広がっていた。白を基調としたインテリアが配置されている。物は少ないが、観葉植物なんかが置かれていて寂しい感じはしない。

 あと、すごく良い匂いがする。別にアロマだとかそういうのではなく、これが二葉さんの家の匂いというものなのだろう。許されるなら深呼吸したい。流石に犯罪的気持ち悪さになることが予想できるので、やらないけど。


「スッキリしていて良い部屋ですね」


「ありがとうございます。と言っても、あまりこの部屋で過ごすことは無いんですけどね」


「そうなんですか?」


「家にいる時は基本的に自室にいますし……そもそも寝るとき以外で家にいることもあまり無いですし」


 二葉さんの体から抑えきれなかった社畜の波動が放出された。俺自身、社畜として働いていた経験があったからどうにか耐えれたが、そうでなかったら一瞬で魂を持っていかれていたかもしれない。危ないところだった。


「本条さんの部屋はこちらになります」


 リビングの奥にあったやや重厚そうな扉を開けて、二葉さんは「どうぞ」と促してくる。

 その先の光景に俺は思わず「おお」と声を上げてしまった。


「この部屋を俺一人で使っていいんですか?」


「はい、ここにある機材もお好きに使って頂いて構いません。お布団は後で持ってきますね」


 ベッドこそ無いが、ビジネスホテルの一室のような機能美にあふれた空間がそこにはあった。エアコンやパソコンにテレビ、小型の冷蔵庫まで備え付けられている始末である。


「通信環境も問題ないはずですし、防音室になっていますので、個人的な設定さえ済ませればそのまま配信もできる環境になっているはずですよ」


「え、この部屋って防音室なんですか? 何故二葉さんの家にここまでの設備が……?」


「……まぁ色々ありまして」


 どこか遠い目をする二葉さん。めっちゃ気になるが、プライベートな話になるのだろうし、あまり聞いてほしくなさそうにしているようにも見える。ここは軽く受け流すのが大人の男の余裕というものだろう。速報、俺氏かっこいい。


「あれ」


 そこで俺の目になにやら茶色い小袋が映った。

 整理整頓された室内にぽつんと置かれていたため、妙な違和感がある。

 なのでなんとなしに拾い上げようとした。

 しかし、


「――あっ」


 俺の横から素早く二葉さんが躍り出て、その小袋を拾って自分の後ろへと隠す。

 拾い上げようと前傾したポーズのままそれを見届けた俺は、疑問に思って問いかける。


「えっと?」


「なんでもありません。今は気にしないでください」


「……と、言われましても」


「これは……そうですね、夜のお楽しみというやつです」


 そう言って珍しく、にやっと笑う二葉さん。

 夜のお楽しみって、それは一体――


 「!!!」


 そこで俺ははっとした。

 夜のお楽しみで、茶色い小さな紙袋。それはひょっとしたらアレなのではないのだろうか。彼女いない歴イコール年齢な俺は当然、それを知識としてしか知らないが、たしか買う時にそんな感じの気遣いがあるのだと聞いたことがある。


 まさか、そういうことなのか。だが、俺たちは別に深い仲というわけでもないのに、なぜそんな準備をする必要があるのだろう。いやいや待て待て。だからこそ、ということもある。つまり、二葉さんがマネージャーとその担当という関係から一歩前進しようとしている可能性だ。そんなフラグがあった気はしないのだが、俺が2000年代のラノベ主人公もびっくりの鈍感系だったという可能性だってある。これはもしや、大人の階段がもう目前にまで迫ってきているのでは――


「本条さん?」


 気付くと、下から覗き込んでくるような顔がすぐそこにあった。

 俺は「わっ」と後ずさる。


「すみません、自分の世界に浸ってました」


「はぁ、つまりいつものやつですね」


 そう言って、ふむ、と頷く。

 うーん、俺の奇行をこれで済ませてくれるのだから、やはりこの人は俺にとって世界最高のマネージャーだと思うわけなんですよね。


 それから二葉さんは「では」と続けて、


「これから晩御飯を作りますので、少々この部屋でお待ち頂けますでしょうか?」


「えっ、二葉さんが作ってくれるんですか」


「そうですね。……あの、もしかして出前とかの方が良かったでしょうか?」


「いえ、そんなことは無いです! 手料理の方が100億倍良いです!」


 その必死な形相に「そんなにですか」と笑った後、「では腕によりをかけて作りますね」と二葉さんはその場を後にした。

 

 身に余る待遇に俺は「岬ちゃん、岬ちゃん、岬ちゃん……」と久々となるスーパー岬ちゃんガードを使用することとなった。以前に使ったのはたしか二葉さんと初めて出会ったときだったと思うから、やはり彼女こそが俺にとって最強の刺客なのだと確信した。





 結論から言うと、夕ご飯はとてもとても美味しかった。

 なにせ俺の好物を把握した上でわざわざハンバーグを作ってくれたのだ。あまりの美味しさにほっぺが落ちてしまった。なので俺の顔は今、口裂け女のようになっている。ちなみにこれこそがウィットに富んだジョークというわけだな。アメリカのコメディドラマのような笑い声のSEお願いします。


 それからお風呂も借りた。わざわざ湯船にお湯も貯めてくれたのだが、いつも二葉さんが使っているお風呂だと思うと、とてもじゃないが浸かることは出来なかった。お揃いのボディソープ使うというだけでも、俺にとっては一生の思い出ものだ。俺から俺とは思えないような香りがする。この香りに包まれたまま寝るのだから、今日はいい夢が見られるに違いない。


「本条さん、よろしいでしょうか」


 そうして風呂上りにお借りしたパソコンを弄っていると、ノックの音と共に声がした。「どうぞ」と返事をすると、扉が開く。


「失礼します……あ、お仕事中でしたか?」


 そう言って入ってきたのはパジャマ姿の二葉さんだった。

 お風呂上がりだからなんだろうか。なんかこう、ちょっと色っぽい感じがする。ただの仕事仲間が見ていい姿とは思えず、まっすぐ直視することが出来ない。


 とはいえ、そうしてどぎまぎしている姿を見せてしまえば変な空気が流れてしまう気がしたので、俺は平然を装って「いえ、仕事というわけでもないのですが」と答えた。


「というと?」


「けいたろうさん関連で、俺のチャンネルやツブヤイターに書き込みがないか見てたんです」


「ああ、どうでしたか?」


「今のところはまだ大騒ぎにはなっていないんですが……なんかもうすでに、こんなのまで出ている始末で」


 ディスプレイに画像を表示させると、それを見る為に二葉さんが俺の横に並ぶ。すると、ものすごく良い匂いが漂ってきた。俺も良い匂いがしているはずなのに、明らかに差がある。きっとマリアージュ的なものが起きているのだろう。女子校生の匂いとかいうとんでもない香水が売っていると耳にしたことがあるが、俺はこの二葉さんの香りのする香水が買えるなら、100万円くらいまで払う覚悟がある。


「これは……ファンアートですか」


「はい、ヒキー・ニッターとけいたろうさんのものみたいです」


 そう、今すでにツブヤイターには『ヒキたろう』というハッシュタグが作られており、そこにはファンアートなどが投稿されていた。けいたろうについては青春ひばなの姿をしている場合もあるが、基本的には二次元化された彼女自身の姿が描かれている場合が多いような感じだ。ただ、ここに投稿している人たちは本当に俺たちの関係をてぇてぇと思っているのではなく、悪ノリとも言うべきおふざけで楽しんでいるような印象があった。


「流石けいたろうさんですね。配信者もヤバいが視聴者はもっとヤバいと言われるだけはあります」


「そういえば、この前、狂信者が多いってざくろ様が言ってましたね」


「そうですね。例えば別の配信者がけいたろうさんの悪口を言おうものなら、信者たちは徹底的に粘着して荒らし回ります。そのせいで、クリーンな路線の配信者は、彼女の名前を決して口にしてはならないものとして扱うようですね」


 ヴォル〇モートかな?

 二葉さんは「けれど」と付け足す。


「やっぱり彼女の人気はすごいんですよ。彼女がプレイしたゲームが配信業界で一大ブームを巻き起こすこともありますし、案件を受ければ莫大な額の販促効果が得られるそうです。直接名前を出さなくても、一目置いている人は多いのではないかと」


「ほぉ……では今回の一件もまだまだ火が点いたばかりと言ったところでしょうか」


「今はまだ一部の視聴者のみが気づいている状態ですが、これがけいたろうの視聴者全体に広がった時……どこまで爆発的な反響が寄せられるのか、正直想像も出来ません」


 恐ろしいのが半分、楽しみなのが半分といった感じで二葉さんは言う。

 俺も怖がっているばかりいるのではなく、この非日常的な雰囲気を楽しめるようになったほうが良いのかもしれないな。きっとそういう心構えが出来るような人たちが、上位の配信者としてこの業界に君臨しているのだろう。


 改めてエネルギーを注入されたような気分になり、今後の配信活動も頑張ろうと意気込んでいると、二葉さんが何だか少し気恥ずかしそうにもじもじとしていた。後ろ手に何か持っているようでもある。いったいなんだろうか。


「どうかれされましたか?」


「本条さんは、今日はもうお休みになられますか?」


「いえ、まだ寝るには早い時間なので、もう少しネットサーフィンでもしながら睡魔が訪れるを待とうかと考えていましたが」


「そうですか……」


 若干ほっとしたようにして、二葉さんは後ろ手にしていた手を前にする。

 そこには、件(くだん)の茶色い小袋が握られていたので、俺は息をのんだ。


「あの、ですね。実は本条さんがお泊りするということで、準備していたものがありまして」


「は、はい」


「私もこういうことは不慣れなので、どう切り出していいか分からず、こんな直前に言うことになってしまったんですが……」


 そう言いながら、また一歩詰め寄ってくる。

 彼女の目に俺が映っているのが分かるほどの距離感だ。


「本条さん、私と――」


 私と、ともう一度繰り返す。


 風呂上がりのせいか蒸気した頬。

 どこかうるんだような瞳。

 熱を孕んだ吐息。

 

 そして、彼女はこう言った――


「……UNO、やりませんか?」


「はい?」


 がさがさと音を立てて、茶色い小袋の中からあのカラフルな色のカードを取り出す。

 それは紛れもなくUNOだった。


「やっぱりお泊りといったらUNOだと思うんですよ。トランプも良いんですが、お布団の上でやるUNOこそがお泊りの醍醐味(だいごみ)だと」


「……」


「本条さんが泊まりに来ると聞いて、すぐさま通販サイトで購入しておきました。今はなんでも一日で届くので本当に便利ですね」


「……」


「二人だけだとちょっと物足りない感じもしますが……まぁでも大丈夫でしょう。だってUNOですし」


 二葉さんはぺらぺらと少しテンション高めに喋る。

 そうか、この人は最初からそう言うつもりだったのだな。ただ俺が勝手に変な期待をしただけというわけだ。まぁそりゃそうか。そうなんだよなぁ……。

 

 口数の少ない俺を見かねてか、「本条さん?」と首を傾げて訊いてくる二葉さん。

 まったく、よくもこんな男の純情を弄ぶような真似をしてくれたな。ならばと俺は自分の気持ちの丈をありったけぶつけることにした。


「二葉さんはそんなにUNOを楽しみにしていたんですか?」


「はい。……すみません、年甲斐もなく」


「いえ、いいんです。ただ、一つだけ言わせてもらっても良いでしょうか?」


「なんでしょう」


 俺は一拍置いて、


「……今夜は寝かさないぜ!」


 そう言った。

 二葉さんは「わぁ!」と喜んだ。


 そうして開催された二人きりのUNO大会は、意外と盛り上がった。やっぱり国民的カードゲームってすごい。俺は心の底からそう思うのであった。

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