6.僕はついてゆけないかもしれない。この世界のスピードに
明くる日、俺は頼れるマネージャーと同期に泣きついていた。
理由はもちろん、けいたろうというストーカーに襲撃された件だ。オーディションの件で話し合わないといけないことがあると、夢花火に召集を受けていたので、タイミングが良かった。
「――というわけで俺は走って家に帰った訳です」
「なるほどね」
「唯一嬉しいことがあったとするなら、岬ちゃんが『しょうがないから今日は一緒に寝てあげる』と同衾を許してくれたことでした……」
「それはどうでもいいけど」
ざくろ様は「ていうか女子高生の妹とそれは流石に犯罪でしょ」とゴミを見るような目を向けてくる。油断すれば今にも警察に通報しそうであるが、そう簡単に俺が隙の糸を晒すとは思って欲しくないものだ、
同じく話を聞いていた二葉さんが口を開く。
「昨日、私が電話していた時にそんなことが起きていたんですね」
「はい、実は電話の向こうで俺はパニック状態に陥ってました」
「口調などからその窮地を見抜ければよかったですね……申し訳ございません」
「あ、いえいえ、謝って貰うことではないので」
そう否定したのだが、二葉さんは「私もまだまだ勉強が足りてません」と肩を落とす。
俺の勉強ってなんだろう。本条一仁検定を受験しているとかなんだろうか。リスニング問題まであるとは、結構本格的なやつなんだな。
二葉さんは追って「実は私もけいたろうさんの話をしようと思っていたんです」と言った。
「そうなんですか?」
「ええ。本条さんはまだけいたろうさんについてあまり詳しくなさそうでしたので、一度ご説明をしようかと」
「ああ、それは助かりますね」
そう答えると、ざくろ様が俺の方を薄目で見てくる。
「なんですか?」
「いや。別に。あんたってけいたろうのことも知らないんだなって」
「そうですけど……あれ、もしかして結構有名な人ですか? そういえばみゃこ生の女帝とかって聞きましたけど」
「……まぁきらめきちゃんも知らなかったくらいだから、当然そういう反応になるわよね。最近Vtuberにはちょっと詳しくなって来たみたいだけど……それ以外は相変わらずか」
それから呆れたようにしつつ「二葉、説明してやりなさい」と言う。
めちゃくちゃ常識知らずな奴みたいな物言いをされたが、そこまでのことなんだろうか。
疑問に思って二葉さんに目をやる。「では」とその小さな口が動いた。
「みゃこみゃこ動画のライブストリーミングサービスはみゃこみゃこ生放送と呼ばれ、そこで活動する配信者は生主と呼ばれる訳ですが……けいたろう@みゃこ生最強美少女もこの生主の一人です」
俺が理解できなかった「@みゃこ生最強美少女」の部分は、その生主の界隈ではありがちな、補足というか副題のようなものらしい。な〇う小説で「伝説の黒騎士~暗黒魔法の使い手は不吉だとパーティから追放された俺は魔王となり、人類から戻っきてくれと懇願されるがもう遅い~」といった感じのタイトルがあるが、この波ダッシュに挟まれた部分がそれに該当するんだと思う。たぶん。
「けいたろうは8年前、当時まだ11歳の頃にみゃこ生デビューしました」
「11歳……ってことは小学生の時ってことですか!?」
「はい。小学生でしかもルックス抜群の美少女が顔出しで配信を行うということで、配信初期からみゃこ生トップクラスの同時接続を叩き出していたそうですね」
「ほぉー」
「ただ、けいたろうの凄いところはそのルックスや物珍しさで集めた客をそのまま離さなかったところです。そもそもの配信者としての才能があったようですね。顔を出していなければ子供だとは思われないくらいに、ネットの海に適応していました」
鮮烈なデビューを果たし、そのまま順調に階段を上り続けたけいたろうは、いつしかみゃこ生の女帝と呼ばれ、同サイト内では右に出る者はいないほどの配信者になっていったのだという。その存在が圧倒的であることは数字にも表れているらしく、
「けいたろうのみゃこ生でのコミュニティの登録者数は十五万人を超えています」
「十五万人! それはすごいですねー」
「……あんた、今Metubeと同じ感覚で十五万人という数字を考えてるでしょ」
ざくろ様が口を挟む。
なにか違うのだろうか。
「みゃこ生はMetubeと比べるとそもそものユーザー数に差がありますので、同じ十五万人でも全く違った意味合いの数字となります」
「あ、そうなんですか」
「はい。みゃこ生の登録者数をMetube式に換算すると、ざっとした計算でも十倍はしても良いのではないかと」
「……十倍?」
聞き間違いかと思ったが、二葉さんはこくりと頷く。
え、それって、けいたろうがMetuberとして活動したら、十五万を十倍した数字のチャンネル登録者数を見込めるということだよな。
つまり――
「ひゃ、ひゃくごじゅうまん……?」
俺の振るえた声に、二葉さんはきっぱりと「そうです」と答えた。
「そもそもけいたろうはMetubeにもサブとしてチャンネルを持っているんですが……このたまに配信や動画投稿をするというチャンネルにさえ、現時点で五十万人の登録者がいます」
「そ、そんなのVtuberで言ったら四天王クラスじゃないですか」
「まぁ、でしょうね。けいたろうには四天王クラスのポテンシャルはあるでしょう」
あるいはという気持ちで言った言葉にも、事もなげにそう返されてしまう。
衝撃は更に連鎖して押し寄せる。
「今でこそVtuberというもの自体のブームが巻き起こったから差は出来たものの、昔はきらめきちゃんとけいたろうはライバルとまで言われてたのよ」
「あの天道きらめきとですか……!?」
「けいたろうの方も割と何でもできるタイプだったからね。活動するサイトこそ違うものの、今日はこっちの同時接続が勝っているぞとか、こっちの方が面白い配信してるぞとか、毎日のように視聴者が言い争っていたわね」
当時を懐かしむように語るざくろちゃん。
察するに、この人は天道きらめき軍としてその言い争いに参加していたのだろうな。ただ、ざくろ様はあんまりレスバ強くなさそう。攻撃にだけパラメータ割り振って紙装甲なタイプのキャラメイキングをしてそうだ。リアルならダイレクトアタックが使えるから無敵なんだろうけど。
今度は二葉さんが言う。
「そんな人が今回Vtuberになりたいとゆめパズルに応募してきたので、正直社内は大騒ぎです」
「大騒ぎですか」
「前世の時点で四天王クラスの人材ですからね。今はまだ大事になっていないですが、『あのけいたろうが』となれば、恐らく他のVtuberや企業も注目することでしょうし、こんな機会はそうそうないでしょう」
二葉さんの顔が商売人の顔になっている。
まぁでも、それも仕方ないか。夢花火という中堅下位ぐらいのVtuber事務所が、一躍トップ層に躍り出るチャンスなわけだしな。会社としてはぜひとも引き入れたいのだろう。現時点で五期生オーディションでの人気もナンバーワンなわけだし。
ん、待てよ。
「あれ、もしかして今回のオーディションでけいたろうさんが現時点で一番人気なのって、その正体がバレてるから……ってことだったりします?」
「どうでしょう。それがなくともっていう感じもしますが、たしかにまったく無名の状態だったら、1位になっていたかは微妙なところかもしれませんね」
「そもそもけいたろうさんはオーディションに参加することを自身の視聴者に伝えていたんですか?」
「薄っすらとほのめかしていたという程度のようです。そこから信者とも呼べる熱心な視聴者がアンテナを張って、このオーディションを探り当てたみたいですね」
二葉さんはそう答えたものの、ざくろ様は「どうせ匂わせれば間違いなく探し当てるだろうって分かっててやったのよ」と吐き捨てるように言った。
故意で公開オーディションに自分の知名度を利用したという可能性もある訳か。今もけいたろうがこのオーディションに参加しているという情報はネット上で広がっていっているだろうし、ちょっとなんだかなぁという気持ちはするな。
「そんな熱心な視聴者がいる方なんですね」
「狂信者を抱え込んでる配信者といえばけいたろう、とすら言われてるいるわね」
「そこまででしたか……」
「だから、あんたのところにもそろそろ殺害予告とか来るんじゃない?」
「じゅわ!?」
不意をつかれて俺の口からは光の巨人のような声が出た。
「まぁジョークよ。けいたろうのとこはあんまりガチ恋勢はいない……というよりは大人しくしてるはずだから」
「ど、どうしてですか?」
「前にけいたろうが好きな漫画のキャラが作中で死んだことがあるんだけど、その時に『イタ様が死んだ』って最後にツブヤイターに言い残したまま、一年間姿をくらましたことがあったのよね」
「はぁ」
「本人曰く『喪に服していた』ってことらしいんだけど……そのせいか、けいたろうの恋路を邪魔すると配信そのものをしなくなるっていう風潮が出来たみたいで、結果的にある程度そういう言動を黙認するようになったらしいのよね」
それからもしょっちゅう色んな漫画やアニメのキャラに惚れているのだとも言う。
そして、今度選ばれた対象は俺だというわけか。
その流れがあるから今回も許されだろうと予想するのは分かるが……ヒキー・ニッターという2次元の住人はともかく、本条一仁という三次元の住人に想いを寄せているけいたろうを見て、果たしてガチ恋勢は今までと同じように許してくれるのだろうか。なんだかそうは思えないんだが、どうか杞憂であって欲しい。
あれこれ考えていると、ざくろ様が「で!」と大きな声を出す。
「結局どうするの?」
「なにがです?」
「だから、ストーカーの件よ。警察に通報とかするの?」
「け、警察ですか?」
「まぁそうですね。一番大事なのは本条さんの安全ですし、夢花火のチャンスだとか言っている場合ではないでしょう」
急に物々しい雰囲気になって俺はびくついてしまう。
でも、そうだよな。本来はそういうことも考慮すべき話なんだよな。
俺がおっさんでけいたろうが美少女だから笑い話っぽくもなるが、これがざくろ様なんかが視聴者にストーカー被害を受けたとかいう話なら、ネタでは済まされないだろう。
とはいえ、だ。
「いえ、まだそこまでは考えてません」
俺はきっぱりと否定した。
「そうなの?」
「はい。まずそもそもの問題は俺が配信で自分の最寄り駅を暴露したのがいけないっていう話なんで……」
「ああ、まぁそれはたしかに」
「それに今回けいたろうさんがどんな人なのかを聞いて、一度話をしてみたいと思いました。ベテランの配信者としてなにかためになることを教えてくださるかもしれませんし」
8年もの間、最前線で戦っているベテランの配信者と関われる機会なんてそうそうないだろう。登録者100万人に至るための秘訣なんかも聞けるかもしれない。けいたろう側には実質100万人という補足が必要であるが。
「ただもちろん、話をするにしてもちゃんとそういう場を設けてからにして欲しいですけどね。もう俺は自分の最寄り駅に行くのが怖いくらいですよ。また後ろから声をかけられるんじゃないかと」
「そこまでなの?」
「けいたろうさんのオーディションでのキャラクターがヤンデレだったじゃないですか。そのせいか、包丁とか持ってきそうだな、っていう嫌な想像までしちゃうんですよねぇ」
ざくろ様は「ふーん」と興味なさげに相槌を打ったのだが、
「――なら、うちに泊まる?」
と唐突に、とんでもないことを言い出した。
「はい?」
「うち、部屋余ってるから。別に事態が収まるくらいまでなら全然構わないけど」
「……いや、いやいやいやいや! だめでしょう、流石にそれは!」
「なんで?」
「だ、だって、俺は男で、ざくろ様は女性ですし……」
「別になにもする気が無いなら関係ないでしょ」
「ええ……」
「それとも、あんたはなにかする気なの? それなら流石の私もお断りさせて頂くんだけど」
「しないですよ!」
「じゃあ、いいじゃない」
あ、ほんとだ。ならいっかぁ!
……とは当然なるはずもないのだが、「んー?」とぺしぺし俺の頬を叩いてくるざくろ様に対して、俺は口をぱくぱくとするしかなかった。完全に言い負かされてしまっている。ついさっき、俺はざくろ様は攻撃性能のみのレスバファイターじゃないかと侮ったが、それに相対する俺は攻撃も防御もクソザコの最弱キャラだった。縛りプレイでしか使われないやつようなネタキャラだな。
起死回生の一手を探していると、体に妙な刺激が走った。
何事かと思って見れば、二葉さんが机から身を乗り出して俺の左手をガシッと掴んできている。
思わず「……え?」と言うと、二葉さんははっとしたようにして「失礼しました!」と席に座り直した。
それからもう一度口を開く。
「……お、お二人のマネージャーとしてはですね。一応そういった不順異性交遊に繋がるような真似を堂々とされるのは困ってしまいます」
「そうなの?」
「もちろん基本的には個々人の自由意思に任せはするんですが。度を過ぎないように心がけて欲しいですし、公にする形でというのは会社に要相談になりましてですね……」
「ふーん」
俺はここでようやく分かったのだが、ざくろ様のこの「ふーん」はきっと、面白い玩具を見つけたときに発する鳴き声なのだ。その推測が間違いではないことを指し示すように、彼女はにやりと笑った。
「じゃあ、二葉は本条がこのまま危険な目に遭っても良いって言うんだ」
「そういう訳ではありません!」
「でも、私の家は駄目なんだ」
「そ、そうですよ……あ、ならしばらくはホテルかなにかに泊まるというのはどうでしょうか?」
「配信はどうするの?」
「……基本的には会社でやってもらう感じでしょうか」
「なんか面倒くさそうね」
俺は全然それでもかまいません、と口を挟もうとしたところ、キッと睨まれてしまったので閉口した。
「マネージャーなのによく分からない理由で担当の快適なVtuber生活を阻害するのはいかがなものかしら」
「よく分からないでしょうか……」
「ただ同期が助け合おうとしているだけでしょ」
「……それはちょっと違うような?」
「二葉がそれは違うと思いたがってるんじゃなくて?」
「えっ?」
「本当に、なんの深い意味もなく、純粋に会社のことだけを考えて、二葉は否定しているの?」
その光景はまるで熟練のメンタリストによる心理誘導のようだった。漫画やアニメだったら二葉さんの目はぐるぐると渦巻いていることだろう。
やがてざくろ様がわざとらしく「あ、そうだ!」と手を叩く。
「そういえば、二葉の家も部屋が一つ余ってるんじゃなかったかしら。そこを貸してあげればいいじゃない」
「私の家、ですか」
「そうよ。マネージャーなら困ってる担当のために、それくらいはしてあげてもいいんじゃないの?」
いや、なにまた馬鹿なことを言い出してるんですか。
俺はそう横から突っ込みを入れようとしたのだが。
「――分かりました。では本条さん。しばらくの間、よろしくお願いします」
「ええっ!?」
その馬鹿げた提案を二葉さんが肯定したものだから、俺はもうびっくらこいて目玉が飛び出しそうになった。
ジェットコースターのように目まぐるしく変わる展開に俺がただ唖然とする中、ざくろ様のくつくつという笑い声だけが、妙に耳に残るのであった。




